前編では、竹中工務店が提唱するサーキュラー建築コンセプト「サーキュラーデザインビルド®」に基づいて構想された「サーキュラーモデル2050」の詳細についてお伝えしてきた。後編では、その新しい建築手法がもたらすインパクト、およびモデルを踏まえて目指すべき日本ならではのサーキュラー建築の未来について、より深掘りしていく。
「脱物質化」より「冗長性」が次の循環を生む?
モジュール化という視点から、サーキュラーデザインの本質を考えさせられる点がもう一つ挙げられた。それが「冗長性」というキーワードだ。
森氏「工事現場の仮設事務所ではよく三層に積んでいると思うのですが、一階に使っている鉄骨と三階に使っている鉄骨は同じです。普通に考えれば一番上の階は必ず余っていて、余裕があるのです。それは一見無駄のように思えるのですが、実は三階のものをまた一階で使えるようにするためでもあるのですね」
海野氏「サーキュラーでは冗長性のようなものも大事になると思っています。今までの建築では、例えば必要最小限の柱の細さにして、なるべく抽象的に建築の空間を見せることにフォーカスしてきたのですが、逆に、寸法に余裕があれば、柱としての役割を終えた後でも梁に使えるかもしれません。削る方法はいくらでもあるので。そのため、無駄を削ぎ落としていくというやり方は、もしかしたらサーキュラーではないのかもしれません」
横山氏「美的感覚から言えばやはりプロポーションを細く、繊細にしたくなってしまうのですが、そこが次の循環と相反することもある。設計者としてやりたいことと、資源をなるべく大切に使う、使い回せるように設計するということの線引きが違うのですね」
減価償却しない建築へ
ここまで説明したように、構造から部材まであらゆる側面において徹底的にサーキュラーデザインの原則が貫かれている「サーキュラーモデル2050」は、環境面や経済面から、結果としてどのようなインパクトを生み出すのだろうか。それを非常に分かりやすく表しているのが、「スクラップアンドビルド」から「サーキュラーデザインビルド®」へシフトすることで建築の価値がどのように変化するのかを示した下図だ。

出典:竹中工務店
従来の建設モデルでは、建築物の資産価値は竣工時が最も高く、経年変化とともに資産価値が低下しながら、延命措置として10〜20年のスパンで改修や設備の部分更新が行われ、いずれ解体されるというライフサイクルをたどる。一方で、サーキュラーモデル2050が目指す更新を前提とした新たな建設モデルでは、建物利用者によるカスタマイズが可能となっている。数年単位では家具・設備・内装など軽微な改修が行われ、テナントの社員増加などで2フロアを借りたい場合は上下階をつなぐ吹き抜けをつくったり、一部の構造躯体を増築・減築したり、技術革新で最新の設備機器を付加したりすることもできる。姿を変えながらカスタマイズすることが楽しくなる建築を目指しているのだ。
竹中工務店の試算によれば、一般的な鉄骨造を基準モデルとし、本モデルを「第1世代モデル」、将来行われる増改築・改修後の姿を「第2世代モデル」と定義した場合、基準モデルに対してWLC(ホールライフカーボン)を第1世代で60%、第2世代で80%削減できるという。

出典:竹中工務店
鹿嶋氏「通常であれば、新築時の価値が100%で、そこから価値は段々と劣化していき、最後は壊して価値がゼロになり、もう一度新しくつくるというのを何回か繰り返します。しかし、今回は躯体を長く使い続けること、劣化ではなくエイジングしていく経年美化のように什器や内装の更新により価値が増し続けていくという考え方を目指しています」
本モデルの作成にあたっては、ドイツ・デュッセルドルフの港湾再開発地区メディエンハーフェンにある木造ハイブリッドのオフィスビル「The Cradle」を参考にしたという。
The Cradleは、建物をマテリアルバンクとみなし、解体後も資材を循環させる前提で設計されている。すべての部材の種類・品質・位置・リサイクル性が記録されたマテリアルパスポートが付与されており、ドイツで最初にビルディング・パスポートのデータベース「Madaster」に登録された新築の建造物だ。
このThe Cradleの特徴は、施工会社のDerixが、使い終わった木材部材を買い取ると約束している点だ。現状では、いくら解体可能性の高い設計やマテリアルパスポートへの投資をしたとしても、20年後、30年後の解体時に実際に建材の買主が現れ、投資が回収できるという保証はどこにもない。このリスクが、サーキュラー建築やマテリアルパスポート導入における大きな課題となっている。The Cradleの場合、Derixが部材の残存価値に基づいてそれらを引き取る仕組みにすることで、このハードルをクリアしているのだ。
役目を終えた後は、机になる壁
残念ながら、当初想定されていたプロジェクトの中止により、「サーキュラーモデル2050」は完成形を見るには至っていないが、そのエッセンスが適用された事例はすでに生まれている。それが、2027年に横浜市で開催予定のGREEN×EXPO 2027に出展する竹中工務店が、自社パビリオンの建設のために一時的に設置した仮設事務所だ。
この仮設事務所は、当時の設計メンバーを中心に、竹中工務店の技術開発テーマの一つとして起案されたものだ。現状の仮設事務所の実態調査、体制の構築、予算化、ユニットの試作など、様々な検証を重ねながら開発を進め、第一号が竣工した。
期間限定の仮設事務所は、当初からサーキュラーデザインが施されており、EXPOの終了後も廃棄が生まれない設計となっている。
横山氏「この仮設事務所は10トントラックで運搬可能な三つのモジュールでつくられており、一つひとつは均質で単純なのですが、三つを組み合わせることで自由に多様な空間を作ることができるシステムになっています。鉄骨はリース品となっており、床、外壁、屋根など様々なところに木を使用しています。設計のポイントは、すべての部材をダボで固定する構成としていることで、仮設事務所として役目を終えた後は、劣化した部分は家具にしたりできるようになっています」

出典:竹中工務店
海野氏「普通、プレハブの建築の外壁はサンドイッチパネルのように断熱材も込みで標準仕様で作られているので、壁にしか転用ができません。しかしこれはただの木板なので、壁だったものを机にもできるし、本当にいろいろな用途に転用できる可能性があるという点が面白いですね」
建築は、建築を超えたあらゆる産業のマテリアルバンクとして機能する。また、そうした仕組みを社会に実装していく上で、仮設事務所のように当初から短期間での解体が決まっている小規模な施設は、そのための実験・検証拠点としても非常に相性が良いのだ。
人々が自ら建築する力を取り戻すには。アジアらしい循環建築の未来
一つ一つの素材の視点からまちづくりの視点までを接続し、循環型の都市やシステムを駆動する装置としての建築という新しいビジョンを提示している「サーキュラーモデル2050」や「木造仮設事務所」だが、その未来に向けたヒントを、海野氏は欧州よりもむしろアジアの建築に見出していると語る。
海野氏らは今年インドネシアを訪れ、現地の竹を活用した建築物を視察し、多くのインスピレーションを得たという。
海野氏「欧州は石の文化で、同じものを何百年も使い続けるという発想ができると思うのですが、日本はどちらかというと式年遷宮のようにきちんと育林がなされ、使い終わった柱や梁は鳥居に転用したり、地震で被災した神社の復興に使ったりという形で、災害とともに歩んできた循環の仕方が合っていると思うのです」
「例えば、インドネシアの最近の現代建築では竹がたくさん使われており、そのまま接合部が見えるようなディテールになっています。現地の方は建築として洗練されていないと嘆いていましたが、私はむしろここに可能性があると思っていて。どのように組み立てられているかが一目瞭然なので、現地の人が常に自分たちの手でメンテナンスしたり、10年、20年で竹が朽ちたら入れ替えるといったことがその場にいる職人の手でできるのです。そのため、中を構成する材料はどんどん移り変わっていくのですが、形や思想は残り続けていく。この動的平衡のような考え方が、アジアの循環に即しているのではないかと感じています」
海野氏は、サーキュラーエコノミーの分野で最もよく知られる「バタフライ・ダイアグラム」についても、石の文化という欧州の前提が垣間見えると指摘する。

参考:バタフライ・ダイアグラム(Circular Economy Hubより)
海野氏「バタフライ・ダイアグラムを見てみると、左側が生物サイクルで、右側が技術サイクルと、両者が完全に分離されてしまっているので、木や竹など自然由来の建材をどう扱えば良いかが分かりづらくなっています。また、シェアやリユースなど円が小さいほど優先順位が高いと言われているわけですが、これはモノ自体が劣化していかないということが前提として語られているように思うのです。この中には、実はエントロピーが増大していくという概念があまりないのかなと」
「エントロピーは常に増大していくもので、建築も劣化していきます。最終的にはバラバラになって風化して土に還っていくようなものがアジア的なサーキュラーだとすると、この増大したエントロピーをもう一度低エントロピーの状態に戻すことができるのもまた植物かなと思っていて。太陽から光を受けて、開放系の中でどんどん壊しながら代謝していくように、植物が起点となってエントロピーが少なくなっていき、それをまた建築に使っていくという循環がアジアでは起こっているのではないかと」
「また、素材の循環が速いということは、そこに関わる人々や生産の行為も活性化するはずです。それを支えているのが人々の文化であったり日々の生活だったりすると思うので、地域の経済圏や生態系における人々の協力やコミュニティがあって成り立っていくような循環のあり方が、アジア的なのではないかと考えています」
インドネシアの竹建築を手掛ける設計者によると、竹の建築の寸法はミリメートルではなくセンチメートルなのだという。このおおまかで、良い意味での曖昧さ、冗長性こそが、高度な技術がなくとも地域の職人たちが自らの手で建築をメンテナンスできる余地を生み出している。修理可能性とは、本来素材や製品設計そのものではなく、それを扱う人との関係性の中に宿っているのだ。
また、エントロピーが増大しないように人間が自然を制御しようとするのではなく、増大したエントロピーを再び低減させられる植物の力を借り、循環の輪を人間の世界だけではなく自然に開くことで、応答するようにメンテナンスを続けていくという考え方も、日本やアジアらしい風土に立脚したデザイン態度だと言える。
こうした「手に負える」技術は、イヴァン・イリイチの提唱する「コンヴィヴィアリティ」の概念にも通じる。人間の能力を奪っていく「第二の分水嶺」を超えることなく、人間の能力が拡張する技術や道具のあり方を大切にするイリイチの思想は、昨今ではAIなどの文脈でも注目されているが、同じことは建築においても当てはまるのだ。
海野氏「まさにコンヴィヴィアリティのようなことを私たちゼネコンが考える意義は大きいと思っています。ゼネコンや設計事務所は建築という産業を発展させてきたわけですが、逆に言うとそれは人々から建築する力を奪ってきたとも言えるかなと思うのです。それにより、第二の分水嶺を超えてしまい、建築を自分たちの手で修理すらしなくなったという人が巷にあふれていると思います。そこをもう一度活性化することが、資源循環のためには非常に大事だと思っています」
建造物の長寿命化は、素材や建物そのものが担うのではなく、その建築とともに生きる人々やコミュニティが担う。そして、部材は自然のリズムに応じて入れ替わっていくものの、設計の思想や形状自体は世代を超えて引き継がれていく。そのためには、人々が自らの手で建築に手を加えられる、新しい寸法システムとしての冗長性が重要となる。
海野氏が描くアジアならではの循環建築のビジョンは、決して欧州から世界へと広がっているサーキュラーエコノミーやサーキュラーデザインの概念を否定するものではない。欧州は、海野氏が「石の文化」と表現するように、その気候や風土の中で培われた叡智を言語化し、ビジュアル化してきたのである。私たちが輸入すべきなのはそのアウトプットの表層ではなく、日本やアジアも同じように自らの自然環境や文化を土台とした循環体系を構築するという考え方なのだろう。
かつては、その土地にあるものから家を建て、服をつくり、食事をまかなうのが当たり前であった。それらが切り離され、素材の出どころも分からなくなっているからこそ、愛着も責任も持ちづらくなっている。また、こうした生産と消費の距離の拡大こそが、デジタル・プロダクト・パスポートのような可視化やトレーサビリティの重要性を高めているという皮肉もある。本当に必要なのは、パスポートへの登録などが必要ないほど、お互いに目に見える関係の中で立ち上がる、自分たちの力で修理可能なコンヴィヴィアル建築なのかもしれない。
海野氏「設計者や施工者が亡くなった後でも建築がどんどん維持、メンテナンスされていくという未来を考えると、やはり建築に対する愛着を持ち、自分たちの力で維持していく力こそが、まさにコンヴィヴィアリティだと思うのです。今回の2つの例も、アジアらしい循環やコンヴィヴィアリティの考え方の実践例だと思います」
編集後記
今回の取材では、竹中工務店が目指す「サーキュラーデザインビルド®」の思想の根幹や、そのビジョンを実際にモデル化した「サーキュラーモデル2050」や実現した「木造仮設事務所」を通じて可視化されている具体的なアイデアや技術、そしてアジアらしい循環建築の未来という、最先端の議論に触れられる大変貴重な機会となった。何より特筆すべきは、こうした議論が、竹中工務店の若手メンバーらによって自発的に主導されているという点だ。従来の常識にとらわれず挑戦と学習を続けるその姿に、大いに刺激をいただいた。
現在「サーキュラーモデル2050」は、その実装の場を探している。循環する都市・建築という新たなシステムをともに創造したいとお考えの方は、ぜひ一度相談してみてはいかがだろうか。
【参照サイト】竹中工務店設計部 CIRCULAR MODEL 2050






