データフェミニズムとは・意味
データフェミニズムとは?
データフェミニズム(Data Feminism)とは、データの集め方や使い方における権力の不均衡を問い直し、ジェンダーや人種といった多様な視点からデータの収集・分析・活用を再考するアプローチである。
この考え方は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のキャサリン・ディグネイジオ氏とエモリー大学のローレン・クライン氏による共著『Data Feminism』によって広く知られるようになった。
同書は、データは決して中立ではなく、誰が、誰のために、誰の利益を念頭に置いてデータを集め、分析しているのかという権力構造を問うことが重要だと指摘している。
近年、データフェミニズムはAI(人工知能)の開発や運用におけるアルゴリズムのバイアス問題とも密接に関連し、不公正なデータ利用を防ぐための指針として注目されている。
また、データフェミニズムの根幹にはインターセクショナル・フェミニズム(交差性のフェミニズム)の思想がある。これは、ジェンダーだけでなく、人種、階級、セクシュアリティ、障害の有無といった複数の要因が絡み合うことで生まれる複合的な差別や抑圧を理解し、それらの不平等を是正することを目指す考え方である。そのためデータフェミニズムは、すべての人々にとってより公正なデータ社会を実現するための重要な視点となっている。
データフェミニズムの背景
データフェミニズムは、データサイエンスが抱える権力や不平等の問題に対処するために生まれた。データサイエンスとは、数学、統計学、コンピュータ工学、AIなどを用いて大量のデータから有用な情報や洞察を引き出す学際的な分野を指す。
データサイエンスは社会に大きな影響を与える力を持つが、その利用には二面性がある。社会的な不正の告発や公衆衛生の改善に貢献する一方で、差別的な監視や警察活動を強化するためにも利用されてきた。
歴史的に、データは権力者によって支配構造を強化する手段として用いられてきた。例えば、植民地支配における先住民の人口調査、19世紀から20世紀初頭にかけての優生学、そして現代に至る人種差別的な監視システムなど、データは特定の集団に不利益をもたらす道具として機能してきた歴史がある。
こうした歴史的背景から、データフェミニズムはデータ収集や分析の過程に潜む権力の偏りを可視化し、それを是正することを目指す。「データサイエンスは誰のために、誰の利益を反映しているのか?」という問いが、その中心にある。
この考え方により、性差別や人種差別、階級差別が反映されたアルゴリズムやデータ製品に対する批判が高まり、より多様な視点を取り入れたデータ活用が求められるようになっている。
データフェミニズムとインターセクショナリティ
データフェミニズムの核心には、インターセクショナリティという概念がある。これは、米国の法学者であり人権活動家のキンバリー・クレンショーが1980年代後半に提唱した理論である。
インターセクショナリティは、人種、性別、階級といった複数のアイデンティティが交差する地点で、いかに特有の差別や抑圧が生まれるかを分析する視点を提供する。クレンショーは、例えば黒人女性が直面する差別は、単なる人種差別や性差別を足し合わせたものではなく、両者が交差することで生まれる複合的なものであると論じた。
データフェミニズムは、このインターセクショナリティの視点をデータサイエンスの領域に適用する。キャサリン・ディグネイジオとローレン・クラインは著書『Data Feminism』の中で、従来のデータサイエンスの担い手が特定の層(主に白人男性のエリート)に偏ってきた結果、既存の社会的不平等を無意識のうちに再生産、あるいは強化してきたと指摘する。
こうした構造的な権力の偏りに対し、データフェミニズムは異議を唱える。ジェンダーや人種といった単一の視点だけでなく、それらがどう絡み合っているのかを分析することで、データが社会の不平等をいかに強化しているのかを明らかにする。その目的は、データサイエンスを抑圧的な構造に抗うための力に変え、より公平な社会の実現に貢献することにある。
データ・フェミニズム7つの原則
また『Data Feminism』では、データサイエンスや分析における権力構造、ジェンダーの不平等、そしてデータの解釈に対する新しい視点を提供するための指針として、以下の「7つの原則」が掲げられている。
- 権力を検証する:世界で権力がどのように作用しているかを分析することから始まる
- 権力に挑戦する:不平等な権力構造に立ち向かい、正義を目指すことに取り組む
- 感情と身体性を重視する:身体的な経験や感情を含む多様な知識を大切にし、人々の lived experience(生きた経験)を尊重する
- 二元論とヒエラルキーを再考する:ジェンダーの二元論やその他の社会的ヒエラルキーを再考し、抑圧を永続させる従来のシステムに立ち向かう。
- 多元主義を受け入れる:知識は単一の視点ではなく、複数の視点を統合することで最も完全で価値のあるものが生まれると認識し、ローカルや先住民の知識も優先する
- 文脈を考慮する:データは中立的でも客観的でもない。データは特定の社会的文脈に依存しており、その文脈を理解することが正確で倫理的な分析のためには不可欠である
- 労働を可視化する:データサイエンスの仕事も多くの人々の労働の積み重ねで成り立っていることを可視化し、その貢献を認識する
これらの原則は、データが客観的・中立的であるという神話に挑み、その背後にある社会的・政治的な力学を明らかにすることを目的とする。データフェミニズムは、これまで見過ごされてきた女性やマイノリティの視点を取り込み、データを用いてより包括的で公正な社会を築くための思想的・実践的な枠組みなのである。
データフェミニズムの実践例
オーストラリアの非営利団体によるデータフェミニズムの実践
アジアおよび太平洋地域における女性の権利を支援するために活動するInternational Women’s Development Agency(IWDA:国際女性開発機構)は、データ・フェミニズムの視点から貧困を測定・分析するために、「Equality Insights(平等の洞察)」を立ち上げた、
このプロジェクトでは、太平洋地域における既存のデータを活用するのではなく、「ジェンダーに配慮した多面的な貧困指標」を使用し、貧困の影響を測定した。この指標は、貧困を単に収入だけで測るのではなく、生活環境や健康、教育、資源へのアクセスなど多様な要素を考慮し、男女それぞれがどのように影響を受けるかを正確に把握するものである。
従来の貧困調査では、世帯の代表者一人に家計全体の状況を尋ねる形式が多く、家族内の資源配分や個々の生活状況が見えにくかった。一方、Equality Insightsは世帯の全成人に個別に質問を行い、貧困が男女にどのように影響を与えるかを詳細に分析している。
たとえばフィジーでは、女性が家事労働のために不衛生な調理用燃料に多くさらされ、健康を損なうリスクが高いことが明らかになった。このことは、家事労働に関するジェンダー規範により男性に比べて不均衡であるとも言い換えられる。また、フィジーの女性は長期的で質の高い医療へのアクセスも少なくなっていた。
Equality Insightsでは既存のデータ収集方法で見落とされがちな不平等な状況を可視化することで、貧困の概念を再定義する試みが進められている。IWDAは、女性の権利団体や関係機関と連携し、ジェンダーに配慮したデータ収集の重要性を訴えて続けている。
フェミサイドの実態を記録するデータベースの構築
メキシコでは、性別を理由とする女性殺害「フェミサイド」が重大な犯罪と定義されているにもかかわらず、国家による体系的なデータが存在しなかった。この「データの欠如」という問題に対し、人権活動家のマリア・サルゲロは、報道などから独自にフェミサイドの事例を収集し、その発生場所をGoogleマップ上に記録するデータベースを個人で構築した。
彼女の活動は、公式データがない中でジェンダーに基づく暴力の実態を可視化する「カウンターデータ(対抗データ)」の作成であり、データフェミニズムにおける「権力への挑戦」を体現している。このデータベースは現在、メキシコで最も包括的な資料としてジャーナリストやNGOに活用され、社会変革を促す重要なツールとなっている。
ジェンダーに基づく暴力に関するデータの可視化
データは、専門家だけのものではない。タンザニアのグループ「DataZetu(私たちのデータ)」は、ジェンダーに基づく暴力の統計データを、現地の伝統的な布「カンガ」の柄としてデザインするコンペを開催した。これにより、暴力という深刻な問題をアートやファッションを通じて日常的な会話のテーマへと転換し、社会の意識向上を促した。
また、アルゼンチンのグループ「Economia Feminista(スペイン語で、フェミニスト経済学)」は、政治におけるジェンダー平等の進捗を可視化する「Femiindex」を開発。このプロジェクトは、中絶の権利やLGBTQ+の権利、同一労働同一賃金など、フェミニズムの主要な争点に対する政治家の姿勢をランク付けし、有権者に「フェミニスト有権者ガイド」として提供する。これは、データを市民の政治参加に直接つなげ、政策決定に影響を与えることを目指す試みである。
データフェミニズムが目指すもの
データフェミニズムは、データサイエンスの力を利用して、より公正で包摂的な世界を創造することを目指す思想であり、実践である。
その根底にあるのは、データサイエンスの従来の手法が、いかに既存の社会的不平等を強化してきたかを批判的に検証し、データの力をより公平に分配し直すという目標である。
性別、人種、階級といった社会的背景によって誰かが不利益を被ることのないよう、データの収集、分析、活用のあり方を根本から問い直すこと。データフェミニズムは、そのための羅針盤となるだろう。
【参照サイト】Data Feminism
【参照サイト】Data feminism explained
【参照サイト】The Seven Principles of Data Feminism
【参照サイト】CHAPTER 2: Introduction to Data Feminism · From Bias to Feminist AI
【参照サイト】[2405.01286] Data Feminism for AI
【参照サイト】『データ・フェミニズム』 Catherine D’Ignazio and Lauren Klein(2020) Data Feminism, The MIT Press.
【参照サイト】データ・フェミニズム1)
Featured image created with Midjourney