地球で遊ぶ、遊ぶために学ぶ。岐阜・岩村の古民家でひらかれる、子どもたちの「生きる力」を育てる教育の再定義

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日本は世界有数の安全性を誇り、高度な社会基盤が整った国といわれている。しかし、その数字の裏側で、教育システムと子どもたちの実態との乖離(かいり)が深刻化している。 2024年度、全国の小中学生で30日以上学校を欠席した不登校の子どもは35万3970人にのぼり、12年連続で増加し、過去最多となった。小学生は10年前の5倍、中学生は2.2倍に増加している状況である(※1)

また、小・中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は、76万9,022件、前年度に比べ5%増加、重大事態の発生件数は、同7.6%増の1,405件となっており、過去最多を記録した(※2)。こうした状況のなか、2024年の児童・生徒の自殺者も527人にのぼり、社会的な深刻さを浮き彫りにしている(※3)

これらの数字が突きつけるのは、既存の画一的な教育制度が、現代の子どもたちのウェルビーイング(心身の健康と幸福)を支えるための機能を十分に果たせなくなっているという事実である。

画一的な教育の枠に収まりきれず、居場所を失った子どもたちは少なくない。彼らに必要なのは、単なる「学校の代わり」ではなく、心を開き、自分の可能性を内発的に育むことのできる「もうひとつの場」だ。

そうした教育のあり方をアップデートする試みとして誕生したのが、岐阜県恵那市岩村町にある、270年の歴史を刻む古民家を拠点とする「ひふみ学園」である。

この学園には授業も定められたカリキュラムも一切存在しない。「学びとは何か」「なぜ学ぶのか」という根源的な問いを子ども自身が立てながら、自然やアート、さらには起業家教育に至るまで、多様な学びを自らの手で広げていく。

「地球で遊ぶ。遊ぶために学ぶ。」を掲げ、子どもたちの「興味」や「好き」から始まる主体的な学びを支えるために、この学園は生まれた。

本記事では、ひふみ学園設立者・秋田稲美さんへのインタビューを通じて、岩村の地から全国へと問いかける「未来を変える新たな教育のかたち」を提示する。

話者プロフィール:秋田稲美(あきたいねみ)

影山知明さんひふみコーチ株式会社 代表取締役社長。愛知県名古屋市出身。「生きがいマップ」「ドリームマップ」「未来マップ」などのツールを考案し、「あらゆる人の一番の幸せを探そう」という理念のもと、独自のコーチングメソッドを用い、コーチングを幸せに生きるための哲学として広めている。親や教師向け、ビジネスパーソン向け、プロコーチ養成のオンライン講座を提供し、加えて小・中・高校生への出張授業による「ひふみコーチング」の普及にも力を入れている。2017年に開塾したオンライン起業塾「起業ひふみ塾」は、現在200名規模へと成長。塾生の30%近くが海外在住者である。「急がない、競わない、比べない」をモットーに、世界中の仲間と支え合うコミュニティづくりを大切にしている。著書に『自分をひらく朝の儀式』『自分をゆるめる夜の儀式』(かんき出版)、『ZOOMはじめました』(WAVE出版)、『逆算の人生デザイン』(成隆出版)など多数。

「ひふみ学園」設立に至ったきっかけ。持続可能な教育インフラを求めて

この挑戦の原点には、秋田さんの深い人生観がある。

「60歳で定年を迎えるまでのあと数年で取り掛かる“人生最後の仕事”として決めたのが“学校づくり”でした。学校は自分がいなくなっても残り続ける。子どもたちのためにも、地域のためにも、やってみようと思ったんです。

キャリア支援の仕事を続けてきて、人のキャリア相談に乗りながら同時に自分自身のキャリアも考え続けてきました。せっかく一生懸命やったのに、“なぜあんなことを……”と後悔するようなキャリアはもったいない。人生最後の仕事選びは慎重に選びたかったんです」

教育に関わる人の多くが、「いつかは自分の理想の学校をつくりたい」と口にする。秋田さんは、その言葉を次世代への社会的投資として形にする道を選んだのである。

まるで江戸時代にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えさせる、趣のある岩村の街並み。

なぜ「岩村」という土地を選び、古民家で始めたのか

秋田さんは名古屋に生まれ育った。母親は新宿育ちで、祖父母の家も都心部。かつての彼女にとって、自然は遠い存在だったという。

「都会での暮らしは、あらゆるものが“完成品”として届きます。食べ物はスーパーのパックに入った状態が当たり前で、それがどこでどう育ち、どんな命だったのかを肌で感じる機会はほとんどありませんでした。自然との接点が希薄な環境で育ったからこそ、岩村の景色は衝撃的だったんです」

そんな秋田さんが初めて岩村を訪れたとき、これまでの自分の暮らしの感覚が大きく揺さぶられるような新鮮な驚きを覚え、すぐに惚れ込んだ。

小さな町の中で、人々が助け合いながら生きる姿。カフェに行けば、地域の人々がお互いの話を知っていて、困ったときには自然に助け合う。そんなコミュニティの温かさに、秋田さんは心を奪われた。

さらに築270年の古民家も、都会生まれの彼女に大きなインスピレーションを与えた。

「ある日、古民家の玄関で業者さんに“この下に何があるんですか”って聞いたら、『地球(大地)です』って言われたんですよ」

土間の下に広がるのはコンクリートではなく大地そのもの。昔ながらの土間のある暮らしに根ざした感覚に、思わず心を打たれたのだ。効率化のなかで切り離されてしまった「人間としての身体性」を、この大地の上でなら取り戻せると確信した瞬間だった。

二階から見下ろす玄関先には、ひなまつりの子どもたちの絵。古民家であり、学園でもある空気が漂う景色。

“地球で遊ぶ”ために、私たちは学んでいる。学びを「消費」から「自己実現」へ

秋田さんにとって、シュタイナー教育の教員養成課程で学んだ哲学が大きな影響をもたらした。

シュタイナー教育とは、20世紀初頭にオーストリアの思想家ルドルフ・シュタイナーによって提唱された教育理念である。知・徳・体の調和的な発達を重視し、学力の習得だけでなく、芸術や身体活動、自然との関わりを通して「人間としての全体性」を育むことを目的としている。子どもの発達段階に応じたカリキュラムを導入し、自由な自己表現や創造力を尊重する点に特徴がある。

それまで彼女は「人生とは生まれて、死んでいくもの」というシンプルな直線的な感覚を持っていたという。しかし学びの中で、人はそれぞれ生まれ持った個性や好奇心を携え、それを存分に表現するために生きている──そんな考え方に行きついた。

また「私たちは遊ぶために、地球にやってきた」という哲学に至った背景には、彼女の亡くなった父親からの強い影響がある。秋田さんは、これまで人生で父親から怒られたことが一度もなかった。ただ彼が唯一強く口にしたのは、「お前は何のためにそんなにたくさん働いているのか」という問いだった。

経営者として秋田さんは20代後半から40代まで、早朝から深夜まで働き、お盆や家族行事を欠席することもあったという。しかし父親は、毎週水曜日には釣りに行き、一泊することも多かったそう。彼は「人は一日四時間働けば生きていける」と語った。

この父親の言葉と生き方が、秋田さんにとって「働くことだけが人生ではない」という気づきの原点となり、やがて「私たちは地球に遊びに来ている」という哲学へとつながったのである。ここでいう「遊ぶ」とは、単なる娯楽ではなく、自らの感受性をフルに使って世界と関わるという、能動的な生き方を指している。

「一度きりの人生だからこそ、怖いものも、美しいものも、できるだけたくさん体験して、悲しみも、怒りも、喜びも、感動も、すべての感情を味わい尽くして生きる。悲しみで泣き崩れることも、怒り狂うことも、すべて“心が動いている”証拠なんですよね。体と心を持って生まれたからこそ味わえる体験なんです」と秋田さんは穏やかに語った。

だからこそ、学びは「将来の安定のため」だけでなく、「人生を思いきり楽しむためのツール」にある。

英語を学べば行ける国が広がり、体力をつければもっと遠くまで旅ができる。楽器やダンスを身につければ、人と深くつながれる。そうしたツールを集めていくことこそが、学びの本質なのかもしれない。学びは苦行ではなく、人生を豊かにする旅の準備。そう捉えたとき、日々の学びはまったく違う意味を帯びて見えてくる。

子どもに寄り添う秋田さんの笑顔が、場をやさしく包む。

子どもに寄り添う秋田さんの笑顔が、場をやさしく包む。

週休3日制に体験型ワークショップ、プロボノ先生。「余白」が育む自律性

感受性をフルに使って「地球で遊ぶ」ためには、心身のエネルギーが満たされていることが欠かせない。ひふみ学園では、子どもたちが本来持っている自律性を引き出すために、あえてスケジュールを詰め込まない「余白」を戦略的に設計している。

「週休3日制」がもたらす、学びのエネルギーの回復

ひふみ学園は現在、月火水の3日間の登校、木曜はオンラインプログラム、金曜から日曜は休みという週休3日制で運営している。

「週休3日でも子どもたちは元気に学び、成長しています。週5日間で詰め込まなくても生きていけることを子どもたちが証明してくれているんですよ」

この「余白」の設計には明確な意図がある。不登校などでエネルギーをすり減らした子どもたちにとって、自分のペースを保てる時間は、自発的に学ぶ意欲を取り戻すための「静養」であり「準備」でもあるのだ。 詰め込みではなく「休息の充実」が、かえって学習への集中力を高める結果を生んでいる。

社会とつながる「プロボノ先生」と「起業家教育」

また、同園のもう一つの特徴は、閉ざされた「学校」という枠を外へ開き、多様な大人や社会と接続させている点にある。

その象徴が、社会人が自身のスキルや経験を活かして授業を行う「プロボノ先生」の仕組みだ。子どもたちは、学校の先生以外の「働くことを楽しんでいる大人」と出会い、実践的な知識に触れる。さらに、楽しみながら起業家マインドを身につけるプログラムでは、地域の課題解決やサービスの提案などを通じ、「正解のない問い」に対して自ら価値を創造する力を養う。

こうした「余白」と「社会接続」の両輪が、子どもたちの自己効力感を育んでいる。

朝の会と帰りの会を行う部屋で、子どもたちと穏やかな時間を過ごす石井大介さん。ひふみ学園のプロボノ先生であり、この古民家の管理人としてここで暮らしている。

朝の会と帰りの会を行う部屋で、子どもたちと穏やかな時間を過ごす石井大介さん。ひふみ学園のプロボノ先生であり、この古民家の管理人としてここで暮らしている。

趣ある古民家に滞在しながら、子どもたちとふれ合い、共に過ごせるプロボノ先生やボランティアも募集中。ここでの時間は、大人にとっても大切な学びと癒しのひとときになる。

趣ある古民家に滞在しながら、子どもたちとふれ合い、共に過ごせるプロボノ先生やボランティアも募集中。ここでの時間は、大人にとっても大切な学びと癒しのひとときになる。

環境を活かした、多彩な体験型ワークショップ

また、岩村町ならではの環境を活かした、多彩な体験型ワークショップも実施。

古民家の障子張りやめだかの飼育、岩村城跡の散策、学園裏庭での野菜づくり、田植え、わらび餅づくりなど、歴史や文化に触れながら、直接手を動かして学ぶ楽しさを味わえる時間であり、「暮らしを体験する学び」を深めることができる。

自分の力で何かを成し遂げる経験は自己効力感を育むものであり、教室のテストでは得られにくい学びへの前向きな姿勢を生み出すのである。

子どもも大人も地域の人も一緒に田んぼへ。土に触れ、季節の営みを体で感じる時間。

岩村町のシンボル「岩村城跡」。標高717メートルの山頂まで歩けば、ちょっとした登山気分も味わえる。子どもたちが自然の中でのびのびと過ごす散策にもぴったりの場所だ。

地域とつながりながら「自分で考え、行動し、協働する」経験を多く持つことは、子どもたちが将来どのような道を歩むにしても必要となる基盤を築くことになる。公式な学校制度の枠組みとは異なり、フリースクールとして独自の教育方針を展開している点も、この学園の大きな特徴である。

学び方の順番は「子どもの関心」から始まっていい

最初は保護者が、普通の学校に行かないことへの不安を口にするという。

「親御さん自身が普通の学校教育を経験しているから、『座って勉強する時間が少ないんじゃないか』と、心配になるんですよね」

ただ、筆者がひふみ学園に滞在した際に、一人の保護者がこう話してくれた。

「漢字を一・二・三から学ばなくてもいいと思うんです。魚が好きなら魚偏の漢字をきっかけに、右側の部首に興味を持つかもしれない。それでいいんじゃないかって」

何かに没頭する経験こそが、知識を定着させる最大のブースターになる。子どもたちはやらされるよりも、自ら興味を持つ瞬間の方が、吸収力は驚くほど高いだろう。

子どもたちが笑い声を響かせながら過ごす、ひふみ学園のメインルーム。

子どもたちが笑い声を響かせながら過ごす、ひふみ学園のメインルーム。みんな仲良しで元気いっぱいだ。

「心の根っこ」を育む。子どもの行動変容から見える教育の成果

一般的に、従来の教育現場や社会生活の中では「やりたくないことにも耐えて取り組む経験が、精神的な強さを作る」という考え方が根強く残っている。自由な学びを尊重する一方で、「理不尽さに耐える経験が不足することで、将来社会に出た際に折れやすくなってしまうのではないか」という懸念を抱く人も少なくないだろう。

この問いに対し、秋田さんは「本当の意味で折れない強さとは何か」について、次のように語ってくれた。

「子どもの頃に『理不尽にも耐えなさい』と抑圧されると、一見、忍耐強く、社会に適合しているように見えます。しかしその実態は、自分の感情を押し殺し、他者の評価軸でしか自分を保てない状態であることも少なくありません。

だからこそ子ども時代は、“無条件で愛されていいんだ”という圧倒的な安心感(心理的安全性)を根っこに持てることが大切だと思っています。そこがしっかりしていれば、大人になったときに、ただ硬く耐えるのではなく、柳のようにしなやかに揺れながらも、本質的な部分で折れずに生きていけると感じています」

子どもたちが毎朝、元気いっぱいに飛び込んでくるひふみ学園の玄関。ここから一日が始まる。

この「心の根っこ」の回復は、具体的な子どもたちの変化として現れている。

たとえば、長期間引きこもり、当初は親の車から降りることさえできなかった子が、今では自ら玄関へと駆け込んでくるようになる。また、場面緘黙(かんもく)により外では一切話せなかった子が、ある日突然、自分の意思を言葉にし始める瞬間もあるという。

「場面緘黙の男の子がいて、幼稚園の頃から家の外では一言も喋らなかったんです。でも家では普通に話すんですよね。それがある日、ふっと外でも突然ペラペラと話し始める瞬間があったりするんです。ほかにも、思いきり遊び尽くした子が、自分からドリルを開いて勉強を始める姿を見せてくれたりして。そんな瞬間に立ち会えることが、この場所を運営する大きな意義です」

普通の学校に合わず、行きたくない、行けなくなった子どもたちが集うこの学園で、子どもたちは「学び直す」のではない。「生きる力を取り戻す」ように、遊び、笑い、学び始めるのだろう。

地域社会との共生。「学校」が関係人口を生む拠点に

こうした学園の試みは、校舎の中だけにとどまらず、岩村という街全体にも新たな循環を生み出し始めている。

「学校がある」ことで、地域には新しい人の流れ(関係人口)が生まれ、歴史ある岩村町の魅力が教育という文脈で再発信されているのだ。

今年で三度目を迎えたサマーキャンプには、世界中から約50名が参加した。参加者の半数以上が地域の宿に滞在し、地産地消の食や文化に触れる。古民家という歴史的資源を「教育の場」として活用することで、「教育格差の是正」「地方創生」「関係人口の創出」という三つの課題に同時にアプローチするモデルとなっている。

インタビューの最後に、子どもたちが生きる未来への社会への願いを秋田さんに聞いた。

「あらゆる人が一番幸せな人生を生きられる社会になってほしいです」

そう話す優しい秋田さんの瞳が、印象的だった。

取材後記

日本は世界でも類を見ないほど平和で、誰もが一定水準の暮らしを享受できる国であるにもかかわらず、10代の主な死因が自死であること、不登校の小中学生が35万人を超えていることは、この社会で「生きること」がどれだけ苦しいものになっているのかを突きつけてくる。

150年前に始まった公教育制度は、本当に子どもたちの可能性を広げてくれるものなのだろうか。インターネットで世界中とつながり、自由に表現できる今の子どもたちにとって、試験に合格するためだけの教室での学びに縛られたくないと思うのは自然なことだろう。

私たちは今、「学ぶとはどういうことか」「子どもたちはどんなときに“生きている“と感じられるのか」をもう一度問い直す時期にきているのだろう。

取材時に学園で出会った子どもたちの笑顔は、「机の上の学びだけでは見つけられない」「生きることそのものが学びである」ということを教えてくれた。

ひふみ学園のような場所では、生きることと学ぶことが自然に重なり合い、そこでの学びは日本の未来を明るく照らしていくだろう。教育が変われば、社会が変わる。取材は、その確かな希望を感じさせてくれた。

※1 令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査(文部科学省)
※2 一般社団法人全国PTA連絡協議会 いじめ認知件数は過去最多を更新 2025年
※3 朝日新聞 小中高生の自殺、過去最多527人 24年暫定値、全体では減少
【参考サイト】ひふみ学園ウェブサイト 
【参考サイト】ひふみコーチ株式会社ウェブサイト  

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