岩手発・フォルケホイスコーレと考える「ウェルビーイング」な学び舎

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「自分らしさ」が自分にはあるはずなのに、今の自分に満足できない。令和元年の内閣府の調査でそんな若者の多さを表す結果が出た。この傾向は今に始まったことではないだろうが、自分らしさなんて気にも留めず世の中に出る若者だけを歓迎する社会でいいのだろうか。少し立ち止まって考える場所があってもいいのではないか。本記事は、そんな思いを持つ人に届けたい。

岩手県陸前高田市をフィールドに活動するNPO法人SET(以下SET)は、「人口が減るからこそ豊かになるまちづくり・ひとづくり・社会づくり」を掲げ、主に学生や20代が各地から集まり、移住者も増やしながら活動を行っている。IDEAS FOR GOOD編集部も2019年にSETを訪れた。(【東北のいま#3】キャンパスは「まち全体」人口減少がすすむ陸前高田市でデンマーク流の学びを実践する学校

そんなSETで先日「4周年記念Change Makers’ Collegeアイデアソン」が開催された。Change Makers’ College(以下CMC)とは数か月にわたって陸前高田市広田町で持続可能なライフスタイルを探求する学び舎だ。デンマークの「大人の学校」と呼ばれるフォルケホイスコーレから思想を受け継いでいる。

今回のイベントでは下記のテーマで各専門の方とのCMCのあり方についてアイデアを出し合い、議論を深めた。今回はその模様についてレポートする。

  • セッション1 :日本におけるWell-beingな学び舎とは何か?
  • セッション2 :卒業したメンバーはこれからどう生き、どのように学び舎としてサポートしていくのか?
  • セッション3: CMCは日本でどのような位置付けを目指すのか?
CMCでの地域の方との対話の様子

CMCでの地域の方との対話の様子

文化と環境から自分を切り離して見つめる場所

セッション1ではまずウェルビーイングの意味について改めて振り返り、日本型のウェルビーイングのあり方について考えた。

スピーカー:宮森千嘉子さん(一般社団法人CQラボ主宰)

宮森千嘉子さん「文化と組織とひと」に橋をかけるファシリテーター、リーダーシップ /チームコーチ。サントリー広報部勤務後、 HP、GEの日本法 人で社内外に対するコミュニケーションとパブリック・アフェアーズを統括し、組織文化の持つビジネスへのインパクトを熟知す る。また 50カ国を超える国籍のメンバーとプロジェクトを推進する中 で、多様性のあるチームの持つポテンシャルと難しさを痛 感。「文化と組織とひと」を生涯のテーマとしている。共著に「経営戦略としての異文化適応力」(日本能率協会 マネジメントセンター)がある。

スピーカー:岡田勝太さん(Change Makers’ Collegeファウンダー)

岡田勝太さん
2011年の震災より、陸前高田市広田町に通い、2015年に大学卒業後移住。震災をきっかけに「本当に豊かに生きるとは?」をテーマに様々な活動を行う。2017年にCMCの立ち上げを行う。フォルケホイスコーレを始め、他のデンマーク教育機関とも共にプログラム開発を行なっている。現在2児の父。

スピーカー:加藤佑 (IDEAS FOR GOOD創刊者)

加藤佑
1985年生まれ、横浜育ち。東京大学卒業後、リクルートエージェントなどを経て、2015年12月にHarch Inc.を創業。翌年12月、世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン「IDEAS FOR GOOD」を創刊。2020年に第一回ジャーナリズムXアワード受賞。サーキュラ―エコノミー専門メディア「Circular Economy Hub」、横浜市におけるサーキュラーエコノミープラットフォーム「Circular Yokohama」など複数事業を展開。

加藤佑や岡田さんは「定義する必要はない」と強調する。ウェルビーイングのイメージとしては美味しいご飯を食べる・充実した休日を過ごす、といった「ハピネス」とは異なり、紆余曲折ある人生の中で終わりを迎える日に「幸せだった」と振り返られるような長期的なものを示す。

このウェルビーイングについて、宮森さんはさまざまな国の文化の観点から、「ウェルビーイングの感じ方はそれぞれの国の文化によって異なる」という。たとえば、IDEAS FOR GOODでも多く取り上げてきたようなヨーロッパ・北欧諸国に代表される「生活の質・自分のあり方(=being)」に重きを置く文化や、アメリカ・中国・日本にあるような人生で何らかの目的を達成することに重きを置く「達成志向(=doing)」が根付く文化。後者の達成志向の文化では一定の所得を獲得すると、努力すればさらにウェルビーイングになれるというわけではないことにジレンマがある。

達成志向な日本の文化にありがちだが、岡田さんは「ウェルビーイングな学び舎を運営するうえで、『ウェルビーイングにならなければならない』と縛られるのは本末転倒だと感じる」とこぼす。ウェルビーイングのための方法論を語りすぎると、そこに向かっていかなければならない・達成しなければならないように無意識に思ってしまうことにウェルビーイングという言葉の難しさがある。

上記のようなbeing型・doing型といった国の中で浸透している文化は学校で習うものではない。その地の空気感として共通認識があり、この認識は無意識に次の世代にも引き継がれていく。この「文化」を通して得た価値観で悩んだり、迷ったりする自分を客観的に見つめ直す自己認識力を鍛えることによって今の自分の状態を知ることができると宮森さんは語った。

活動の中で自然とのふれあいも多い

活動の中で自然とのふれあいも多い

「バランスを取る」日本のウェルビーイング

現代の日本に根付く達成志向はいつから始まったのだろうか。この問いに加藤は「江戸の鎖国後に通商条約を結んだハリスが『日本の人々は幸せそうに見える。開国がこの国にとっていい影響をもたらすのか迷うところがある』と日記を残した。現代は文化が変わってしまったのかもしれない」と答えた。それに対し、岡田さんは「陸前高田市にはかつての豊かさが残っている」という。つながりという安心感が地域の中にあり、CMCの参加者はここで感じた安心感を人生においてかけがえのない資産にしている。達成志向の国でありながらもそうした地域も残っているのだ。

ここで加藤は、個人の中で環境・社会・経済の3つのバランスをとることがウェルビーイングのカギであることを強調した。それぞれ、たとえば環境とは自然とのふれあい、社会とは人とのつながり、経済とは自由へのアクセスを指す。いかに経済的に豊でも、環境や社会とのつながりに乏しければ幸せにはなれないし、逆に環境・社会の側面だけを重視していても、経済的な余裕が全くない状態だと、安心して暮らすことは難しい。

加えて、宮森さんは「日本はこの3つのバランスが取りやすい国であることに気づいていない」という。世界各国と比べて個人主義・集団主義偏重の地域は少ない。忖度や空気を読む、といった言葉があるが、ポジティブに捉えれば思いやりがあるということ。この思いやりを口に出すことより生きやすくなるのではないだろうか。

上記の議論を踏まえ、岡田さんはバランスを崩してCMCに参加する人が多い中で、影響を受けている文化について客観的に認識し、自然豊かで人の温もりが魅力の陸前高田で自分を見つめ直す機会を提供することこそがCMCの価値なのではないか、と締めくくった。

セッション1の議論まとめ

セッション1の議論のまとめ

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チャレンジしたい課題は「卒業後の生きにくさ」

セッション2では、CMCの卒業生を中心に、CMCを卒業したその後について議論を深め、CMCにできることを探った。

スピーカー:Momoyo .Jørgensen(モモヨ・ヤーンセン)(ノーフュンスホイスコーレ教員/インターナショナルコーディネーター/短期研修部代表/ノーフュンスホイスコーレ職員代表理事)

福本幸子さん フォルケホイスコーレにて管理職ならびに教員として20年の経験。約2回程度で日本での講演活動、職員研修の提供、セミナーの開催も行う。「人と出会う」をテーマにフォルケホイスコーレの教育価値観である多様性、サステナブルな人間と社会等、民主的なコミュニティー・社会へ参加する「アクティブな市民」としての人づくりを仕事にしている。

スピーカー:保科光亨さん(CMC卒業生)

保科光亨さん神奈川県出身。教員になるという夢を叶えるべく東京学芸大学に入学。しかしNPO法人SETの活動をする中で、様々な教育のあり方に気づき、教員を断念。大学を休学してCMC2期に参加後、『デンマーク幸せ留学』と題して4ヶ月間デンマークでヒッチハイクで旅をする。その後、大学を復学するも持病が悪化し生死を彷徨い大腸全摘の手術を受ける。それをきっかけに人生について改めて考え直し、再び教員という夢を志す。

スピーカー:笹原爽志さん(CMC卒業生)

笹原爽志さん
岩手県宮古市出身。CMCの3期に高校卒業後、すぐにCMCに参加。卒業後は、もともと興味があった地域教育やローカルのコミュニティで1年間働いた後に、地元にUターンして宮古市地域おこし協力隊に着任。地域おこし協力隊では「体験型観光のブランド化」の事業を担当している。

スピーカー:外村祐理子さん(CMC卒業生)

外村祐理子さん大阪出身。同志社大学5年生。2019年1月からデンマークのノーフュンスホイスコーレに半年留学。帰国後、就職活動に違和感を持ち、CMC5期生として参加。そして、北海道東川町でフォルケをモデルにした学び舎を作ろうとしているCompathにインターンとして参加。初の1か月コースでハウスマスターを務める。

モデレーター:山本晃平さん(Change Makers’ Collegeファシリテーター)

山本晃平さん
参加者と一緒に暮らしながら、授業をしたり、地域住民との関わりをコーディネートをしている。大学生の頃から陸前高田市に通い、SETの短期プログラムを運営する。大学卒業後移住。小学校免許/中等数学科免許

CMCを終えて感じることとして、ポジティブな面もネガティブな面も活発に話された。特に議論に上がったのは「デンマークでの経験は留学と見られるが、日本でのフォルケの経験は『遊んでいただけ』と思われやすい」という外村さんの発言だった。ほかにも、人生を楽しむことの重要性を教えられるフォルケホイスコーレの卒業生にとって、モラトリアムを良しとされない日本の社会が生きにくいと感じてしまう、といった意見もあった。

この卒業後の「生きにくさ」をどう軽減し、次の一歩を踏み出しやすい環境を作っていくのか。これについて「CMCの卒業生と対話する時間が欲しかった」と保科さん。外村さんは「興味関心に近い分野で活躍するロールモデルを紹介してもらえたのはよかった」が、一方で「CMCの関係者は近い思考を持つ人が多いため、もう少しクリティカルな視点ももらいたい」と話した。「CMCで自分が見つかる」といった希望だけでなく、CMCでの経験をどう捉え、人生の中で余白の時間を持つことが一般的に思われない日本の社会を生き抜いていくのか、そういったクリティカルな視点もCMCを見つめる視点として重要だ。

CMC活動の様子

CMC活動の様子

自分の人生を妥協なくしっかり考えたい人がCMC参加者に多い。山本さんは「彼ら・彼女らにとってセーフティネットに感じられる場になれば」と話すが、日本ではフォルケホイスコーレが人生に疲れた人が行く場所、といったイメージがつきつつある。CMCの見せ方に懸念があるが、モモヨさんは「社会に出る若者は誰でも最初は不安。社会づくりの中でCMCがどんな役割を果たすのか、高い視座は忘れないでほしい」とCMC運営陣に伝えた。

生きにくいと思わなくても、止まってもいい。もっとライトに「止まる」ということを考えてもいいのではないか。また、「止まること」が換金できない価値であることが理解を得られにくい。その価値を知ってもらうにはどうしたらいいのか。そんな議論を深めながらこの時間が締めくくられた。

セッション2の議論のまとめ

セッション2の議論のまとめ

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CMCのような自発的なセーフティネットが若者の背中を押す

セッション3で話されたテーマは「CMCを日本の中で位置づけていくには」。CMCが今後日本のセーフティネットとしての役割を果たしていく可能性について考えた。

スピーカー:宮本みち子さん(社会学博士)

宮本みち子さん 青年期のライフコースの変容や若年層における失業者・フリーター問題、生活困窮者、貧困問題、社会的な孤立等の問題について、日本及び国際比較の研究に尽力。
国及び地方自治体の子ども・若者政策の立案や、全国の若者支援団体の活動に関与。近年は、「社会的排除のリスクを抱えた若者の実態と支援施策に関する国際比較研究」の成果を基とした総合的な若者政策の構築についても研究。放送大学・千葉大学名誉教授。

スピーカー:両角達平さん

両角達平さん88年生まれ長野県出身。(独)国立青少年教育振興機構 青少年教育研究センター 研究員。若者の社会参画について、ヨーロッパ(特にスウェーデン)の若者政策、ユースワークの視点から研究。ストックホルム大学教育学研究科修士卒。現在は国立青少年教育振興機構に研究員として勤めながら、都内の大学で教鞭とる。著書「若者からはじまる民主主義』(萌文社)2021年

スピーカー:加藤遼さん(NPO法人SET理事/パソナJOB HUB ソーシャルイノベーション部長/内閣官房 シェアリングエコノミー伝道師/IDEAS FOR GOOD Business Design Lab.所長)

加藤遼さん
新しい働き方や地方創生に関する公共政策事業企画、新規事業開発、子会社経営/事業統括等を歴任。現在は、ワークスタイルトランスフォーメーション(WX)やサステナブル経営支援に関する事業開発に従事。内閣官房/総務省/観光庁/東京都等の専門家/政策委員、複数のNPO理事、大学院講師等も兼任。

スピーカー:岡田勝太さん(Change Makers’ Collegeファウンダー)

岡田勝太さん
2011年の震災より、陸前高田市広田町に通い、2015年に大学卒業後移住。震災をきっかけに「本当に豊かに生きるとは?」をテーマに様々な活動を行う。2017年にCMCの立ち上げを行う。フォルケホイスコーレを始め、他のデンマーク教育機関とも共にプログラム開発を行なっている。現在2児の父。

これまで、国の制度では就職の段階で生きづらさを抱えている人に対し、どうしたら仕事に就かせるか、ということに重点が置かれて議論されてきた。しかし社会に出る前の不安をしっかり深堀し、内省することを歓迎する団体があることは心強い存在だと宮本さんは話す。

また、2セッション目で語られたCMC参加者が抱える「生きづらさ」は個人の問題ではなく、社会的な側面が生きづらくさせている要素が強いと両角さんは話す。スウェーデンでは生きづらさを個人で抱えさせず、社会全体でモラトリアムを歓迎する。「そういった意味では、CMCがどう日本で活かされていくかではなく、日本がどうCMCになるか、ではないか」と両角さんは笑って話した。

「転職したことで不利益を被る人が減れば多様な生き方・働き方に柔軟な社会になるのでは」と宮本さん。年功序列が色濃く残る企業も多く、一つの企業での勤続年数が長ければ長いほどまだ生涯年収が高い傾向にある。「レール」をいつ外れても、そのために不利益を被ることがなく、人として十分に暮らせる。それが自分らしい生き方を叶え、周りの人にも快く多様な生き方を促す一つのカギになるのかもしれない。

CMC活動の様子

CMC活動の様子

また、加藤遼さんのバリに住む友人の話も象徴的だった。「そこらに生えているバナナを食べれば死なない。ストレスを感じたら海に入ればいい。」その友人の話に、これこそが究極のセーフティネットだと感じたのだという。これに対し「広田町ではまさにそのバナナが地域のおばあちゃん・おじいちゃん。2万円で7か月過ごせたのは地域のつながりがあったから。この場所であれば究極食うに困らず自己実現も可能だと思った」と岡田さん。お金がないと暮らせない、それが若者の意思・実現したい生き方をむしばんでいる。

現在日本には生きづらさで悩む若者のセーフティネットがない、という課題に対して「ないならつくる」と立ち上がったのがCMCではないか、という議論に移った。現在地域を運営する主体は地方自治体だが、かつては住民自治・組合だった。つまり、「やりたいことがあるなら地域住民がやる」という方針。CMCひいてはSET自体が組合に通ずる自発的な結社に近い。両角さんは「日常的な組合の集合こそが民主主義をつくる」と語る。「今後SETという組合にさまざまな形で参画できる機会を創る方法をもっと考えたい」といった岡田さんの気づきで締めくくられた。

セッション3-1の議論のまとめ

セッション3-1の議論のまとめ

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セッション3-2の議論のまとめ

セッション3-2の議論のまとめ

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編集後記

環境・社会・経済の付き合い方のバランスを崩しがちな現代人にとって、陸前高田という場所で自分を見つめ直し、立ち止まれる場所がいかにセーフティネットになっているか、ということを痛感した。今回5時間半にも及ぶイベントだったが、2011年の震災を機に立ち上がったSETが10年、CMCが立ち上がって4年が経ち、これまで地域住民や大学生たちを巻き込んで広がってきたコミュニティは今も多くの人の共感を呼んでいる。

人生の「余白」を歓迎しない日本の中で、こうした場所が繁栄し、「ないならつくる」とさまざまな場所に広がり続けることが大きな渦を変えていくのかもしれない。

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