害虫は本当に「害」なのか? 人間の都合を問い直す『害蟲展』レポート

2026.07.21

家の中で「彼ら」に出くわしたとき、反射的に駆除するためのスプレーに手を伸ばしてしまう人も多いだろう。ゴキブリ、ハエ、蚊、ハチ──。人間の生活空間に入り込み、不快感や被害をもたらす生き物たちは、一括りに「害虫」というレッテルを貼られ、徹底的な排除の対象となってきた。

しかし、気候変動や生物多様性の喪失が深刻化する今、人間中心の「排除」というアプローチだけで、私たちはこの地球に住み続けることができるのだろうか。

そんな根源的な問いを、アートを通して突きつけてくるのが、8thCAL(エシカル)株式会社が主催する『害蟲展 season7』だ。会場に足を踏み入れると、そこには忌み嫌われるはずの虫たちが作品となり、姿を見せていた。本記事では、展示初日に開催されたイベントでの主催者や作家たちの言葉、そして会場を彩るアート作品の様子とともに、同展が投げかけるメッセージをレポートする。

「駆除」の現場で見えた、人間都合のサイクル

害蟲展を主催する「8thCAL株式会社」は、1960年創業の建築物衛生管理・害虫防除を手がけるシェル商事株式会社を母体としている。代表の岡部美楠子さんは、父親が創業したこの会社を事業承継。自らが衛生管理の現場に立ち始めたとき、発生した虫に対して薬剤処理を繰り返すだけでは、根本的な発生要因を解消できないことに違和感を覚えたという。

「いつも駆除しているこの虫たちは、本当に悪い生き物なのだろうか。虫が入り込んで湧いてしまうような環境を、人間側が作っているのではないか」

岡部さんの中に生まれたそんな問いが、すべての始まりだった。

そもそも「害虫」という生物学的な分類は存在しない。例えば、世界に何千種といるゴキブリの中で、人間の生活空間に侵入・定着して問題となる種はごく一部にすぎない。多くは森林などに生息し、落ち葉や朽木の分解に関わっている。また、ハエの仲間には花粉媒介を担う種があり、蚊の幼虫も水中の微生物や有機物を摂食するなど、それぞれ生態系の物質循環や食物網の一部を構成している。

害蟲展

「『害虫』というのは生物そのものの本質ではなく、人間の生活空間に入り込んで、人間の都合と衝突してしまった時に、私たちがそう呼んでいるだけなんです」と岡部さんは言う。だからこそ彼女は、出てきたものを駆除するのではなく、虫の生態を読み解き、人と生き物が衝突しにくい環境をデザインする「予防」へのシフトを提唱している。

一方で、現在の都市空間の防除はどうなっているのだろうか。

「現在の害虫駆除は、1970年に施行された法律(建築物衛生法)に則って仕事をしているんです。我々もそれに則って建物の中へアプローチをしています。ただ、ネズミや一部のゴキブリなどは、餌や水、潜伏場所を求めて建物に侵入します。また、チャバネゴキブリやダニ類のように、建物内部の環境条件によって繁殖・定着する生物もいます。

だからこそ、そうした生物が建物内に侵入・定着しにくい環境条件をつくる方法を考えていて。この考え方を広めることで、地球上での生き物と人間の棲み分けが実現して、共生をしていくことが可能になっていけばと思い活動しています」

アートが、嫌悪感を一時停止させる

地球上の生き物と人間の棲み分けと共生──それを実現するためには、人々の抱く「害虫」のイメージを変えていくことが必要だ。そのように考えた岡部さんが始めたのが、「害蟲展」だった。

害蟲展

では、なぜ「アート展」なのだろうか。岡部さんは、アートの果たす役割についてこう続ける。

「正論で『虫を大切にしよう』と訴えるだけでは、私たちの根深い嫌悪感を覆すことは難しいです。でも、多くの作家の皆さんが、我々に向けられた疑問をそれぞれの表現で見つめ直してくれています。

苦手な人は、苦手なままでいい。その感情を否定する必要はない。ただ、アートを通して見ることで、虫に対する『気持ち悪い』『怖い』という反射的な嫌悪感を一旦止めることができるのではないかと考えています」

「なんでこんな形をしてるんだろう」
「なんでこんな動きをしているんだろう」
「なんでこんな所に現れるんだろう」

虫を美化するわけではない。害蟲展は、私たちの見方、捉え方を探るための展示なのだ。

「私は『バイオミミクリー・ジャパン』という団体の理事も務めています。約38億年にわたる生命の進化の歴史と、そこに蓄積された叡智。長い進化の過程で生物が獲得してきた仕組みには、社会課題を解決するためのヒントがあると考えています。

自然から学ぶということは、害虫を放置するわけではありません。その環境状況や発生要因などを精密に解き明かし、どうすれば衝突が起きにくい状況を作れるかということに注力していきたいと考えています」

作品紹介:リフレーミングの体験

実際、会場に展示された作品たちは、虫への偏見を鮮やかに剥ぎ取ってくれる。今回、優秀賞と最優秀賞を受賞した二つの作品も、まさに私たちの視点をリフレーミング(再構築)するものだった。

害蟲展でのスズメバチの作品

優秀賞 澤田樹『remains』

武蔵野美術大学出身の澤田樹さんがアクリル絵の具で緻密に描き出したのは、道端に落ちていた「スズメバチの死骸」だ。

澤田さん「スズメバチの持つ危険さや獰猛さといった迫力は、死んでもやっぱり残っている。触角や足が欠け、だんだんと肉体が無くなっていく生と死の境の様子が、とても美しいと感じたんです」

審査員を務めた画家・絵本作家の舘野鴻(たてのひろし)氏も、「人間は死ぬとこんなに綺麗ではない。昆虫は体が取れても美しさがある。彼らも生きてきたんだ、という着眼点が素晴らしい」と賛辞を送った。

害蟲展での作品

最優秀賞 廣瀬大成『カブラハバチ』

最優秀賞は、廣瀬大成さんによる「カブラハバチの幼虫」をモチーフにした作品だ。

廣瀬さん「中学生の頃に学校で育てていた大根の葉っぱの隙間にカブラハバチがいて。その時は名前も知らずに潰していました。そんな名も知れぬ虫であっても、展示と合わさることで、『害虫』というものの捉え方が変わるきっかけになるんじゃないかと思い、今回描きました。

真っ黒で弱い生き物だけど、よく見ると力強い黒色を持っていたり、宇宙っぽかったりする。その引き込まれるような感じを表現しました」

圧倒的な「黒」で表現されたその姿は、見る者を未知の世界へと引き込む引力を持っている。

気候変動の時代に、私たちが身につけるべき「判断能力」

地球の大先輩たちの姿をアートで捉え直す一方で、現実世界の生態系は今、大きな危機に直面している。気候変動や生物多様性の喪失により、虫たちの世界にも劇的な変化が起きているのだ。岡部さんは現状への危機感を隠さない。

「生物の分布は大きく変化しています。例えば、デング熱などを媒介する可能性がある『ヒトスジシマカ』の分布域は、1950年代以降、東北地方を徐々に北上してきました。気候変動の将来予測では、21世紀末に北海道の一部まで分布可能域が広がる可能性も示されています。

不安を煽りたいわけではありません。ですが、私たちがこうした環境変化に非常に敏感に対応していく必要があると伝えたいんです。虫の生態を観察することは、私たちの社会や環境の変化を知ることに直結しています」

さらに岡部さんは、慣例的な防除のあり方についても問題を提起する。

「現行の建築物衛生管理制度でも、生息状況を調査し、必要な場所に必要な対策を行うIPMの考え方が基本とされています。一方、実際の運用現場では、施設側の慣習や契約仕様などにより、調査結果にかかわらず定期的な薬剤処理が続けられているケースもあります。必要性を十分に検討しない薬剤使用を繰り返せば、対象生物の薬剤抵抗性を高める一因にもなります。

本当に必要な場面で薬剤が十分に効かず、取り得る防除手段が限られてしまう事態を避けるためにも、平常時から薬剤だけに依存しない管理へ移行する必要があります」

農薬散布

image via Shutterstock

岡部さんは、薬剤による防除そのものを否定しているわけではない。人の健康や衛生を守るために必要な場面では適切に使用しつつ、薬剤だけに依存せず、発生要因の除去や侵入防止を組み合わせることが重要だとする。

気候や生態系が刻一刻と変わる中、過去から続く慣行や一律の運用に依存し続けることはあまりにも危うい。だからこそ、私たち一人ひとりが状況を正しく読み解き、自ら考える「判断能力」を身につけることが急務なのだ。

「『害蟲展』は、決して『虫を好きになれ』と強要する場ではありません。虫を見ると、都市が見え、都市を見ると人間の都合が見えてきます。その人間の都合も見直していくと、これからの環境の作り方というものが見えてくるのではないでしょうか」

編集後記

筆者は築50年以上の古民家に住んでいる。里山にあるその家のなかには、多様な虫たちが突如現れる。今でこそ慣れて「共生」しているが、引っ越してきた当初は、手足の長いアシダカグモが現れるたびに大声を出して助けを呼んでいた。実は彼らはゴキブリなどの害虫を食べてくれる「益虫」なのだが、当時の私は、何か悪さをするわけでもない、ただそこにいるだけの虫を「気持ち悪い」という理由で排除しようとした。

今回みた作品の中には、「ムカデ」をテーマにした作品がいくつかあった。それをみて、かつて自宅で夜中にムカデに刺され、強烈な痛みと不安に半泣きになりながら、その後しばらく蚊帳のなかで寝ていたことを思い出した。

害蟲展

そんな人間にとっては脅威であるムカデだが、母親になったムカデは、子どもがある程度育つまでは、約1ヶ月もの間、何も食べずに自らの身体で子どもたちを守り続けるという。私が恐れて度々生命を奪ってきたムカデも、その子どもたちにとっては自らを守ってくれる存在であり、もちろん生態系の中においても役割を担っている。

もともとは、互いに恐れながらも、適切な距離感を保って、ともに生きてきた人間と他の生物たち。だが、いつからか、土地を切り開いたり薬を撒いたりして私たちは、人間以外の種を遠ざけてきた。薬の耐性ができて再び現れた虫たちには、さらに強い薬を撒く。撒き散らされた薬は、虫や生き物たちにはもちろん、人間にも、植物たちにも害がある。「害虫」や「害獣」などとレッテルを貼りながら、害を生み出してきたのは、人間なのかもしれない。

嫌われ者、悪者にされる虫たちの存在、その「言葉なき声」に耳を傾けてみる。人間の都合を見直し、地球上での生き物と人間の新しい「棲み分け」の境界線を探ることが、今この地球に必要とされている気がしてならない。

展示情報

  • 展覧会名:害蟲展 season7
  • 会期:
    【東京会場】2026年7月11日(土)〜7月30日(木)(休館日:月・火)13:00~20:00
    【大阪会場】2026年9月2日(水)〜9月14日(月)(休館日:火)10:00~17:00(入館は16:30まで)
  • 会場:
    【東京会場】MATERIO base(東京都中央区東日本橋3-11-12)
    【大阪会場】箕面公園昆虫館(大阪府箕面市箕面公園1-18)
  • 入館料:無料

【参照サイト】害蟲展公式ウェブサイト
【参照サイト】8thCALウェブサイト
【参照サイト】一般社団法人バイオミミクリー・ジャパン
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この記事を書いたライター

伊藤 智子(いとう ともこ)。大学時代、ヨーロッパで数年間過ごしたのち、大阪の真ん中から海と山が近い千葉の里山に移住。生態系の一部としての人間のあり方を模索すべく、山の中の古民家でシェアハウス生活を行う。ライター業の傍ら、カフェの運営やまちのつながりづくりなどに取り組み、さまざまな人と出会い、多様な生き方に触れることに魅力を感じながら過ごしている。最近のテーマは、目の前のものをじっくり感じ、味わい尽くすこと。曖昧なもの、わかりにくいものこそ大事にしたい。