サーキュラーエコノミーに取り組みたい。しかし、どこから始めればよいのか。回収や修理の仕組みをつくっても採算は合うのか。誰が費用を負担し、誰が利益を得るのか。そもそも、自社だけで何を変えられるのか──実務に携わる人ほど、こうした問いにぶつかるのではないだろうか。
これらの問いは、もはや一部の企業や環境部門だけのものではない。サーキュラーエコノミーが、廃棄物や環境負荷を減らす取り組みから、資源を確保し、競争力を守り、事業を継続するための経営戦略へと変わりつつあるからだ。
2026年4月の日本の循環経済行動計画でも示された通り、世界は「二次資源の獲得競争」へ突入しており、サーキュラーエコノミーは環境保全にとどまらない経済安全保障上の喫緊の課題となっている。しかし、必要性を理解することと、実際の事業として投資できる構造をつくることの間には、依然として大きな距離がある。
同じ課題に向き合っているのが、スウェーデン政府所有の研究機関、Research Institutes of Sweden(以下、RISE)だ。RISEとオランダのCircle Economyは2025年、スウェーデンで十分に生かされていない経済価値を試算した「The Value Gap: Sweden」を発表した。その額は年間約6,000億スウェーデンクローナ。2026年7月下旬の為替で、およそ10兆円に相当する。
この「バリューギャップ」を、企業はどう見ればよいのか。RISEでCircular Business Labを率いるペルニラ・ダールマン氏に、研究を事業へつなぐ取り組みと、企業が循環型ビジネスを進めるうえでの壁について聞いた。
話者プロフィール:ペルニラ・ダールマン(Pernilla Dahlman)
RISE Research Institutes of Swedenイノベーションストラテジスト、Circular Business Lab統括。コンサルティング、イノベーション、デジタルプロダクト開発分野で長年にわたり企業経営や取締役を経験。企業の循環型ビジネスへの移行を、戦略、事業開発、経済性評価、エコシステム形成の面から支援する。(プロフィール画像提供:RISE Circular Business Lab)
研究を現場へつなぐ。RISEが仕掛ける「循環ビジネスの筋トレ」
スウェーデン政府所有の独立研究機関RISEは、基礎研究と産業の実装の間を担う存在だ。素材から製造、デジタルまで幅広い技術インフラを持ち、企業とともに技術開発から実証、市場投入までを支援する。公的な研究プロジェクトだけでなく、企業から直接依頼を受ける実証事業も手掛ける。
ダールマン氏はもともと、コンサルティングやデジタルプロダクト開発の世界で、企業経営に携わってきた。サーキュラーエコノミーと資源効率の分野で働くと決めたとき、もう一度コンサルティング会社を立ち上げることも考えたという。それでもRISEを選んだのは、移行期の難しさを知っていたからだ。
「新しい循環型ビジネスは、短期的には採算をつくれず、すぐには規模を拡大できないことがあります。そういう時期には、民間資金と公的な研究・イノベーション資金の両方が必要です。その二つを組み合わせられる場所でなければ、実現できないと思いました」
そう語る彼女は、自ら事業計画を書き、2023年にRISEのなかで「Circular Business Lab」を立ち上げた。
「優れた研究論文があっても、それだけで社会は動きません。企業と一緒に手を動かし、実際の行動につなげる場所が必要でした」
Circular Business Labは、企業や組織が継続的に参加する会員制の共創プラットフォームだ。参加企業はまず、自社の循環戦略や、解こうとしている課題を持ち込む。RISEはそこに、ビジネスモデル、素材、長寿命設計、修理・再製造、デジタル技術、トレーサビリティ、認証などの専門家をつなぐ。
同業他社や異業種の企業と知見を共有する会合、研究者によるセミナー、公的資金を活用した共同研究、個社の事業開発プロジェクト。必要に応じて形を変えながら、知識を実行へ移していく。ダールマン氏は、その役割を「ジム」にたとえる。
「ここは、企業が“循環型ビジネスの筋力”を鍛えるジムのような場所です。自分でトレーニングしてもいいし、クラスに参加してもいい。必要ならパーソナルトレーナーもつけられる。ただし、ネットワーキングをするだけの場ではありません。実際に動き始めるための場所です」

RISEが開発したFuture Adaptive Designの実践プロセス。現状把握と長寿命化に向けた価値提案づくりから、将来の変化に適応できる設計、事業性の検証、組織変革、市場導入までを、探索・設計・実装を反復するプロセスとして示している。|Image via RISE Circular Business Lab
サーキュラーエコノミーへの移行は、1回の研修や1つの技術導入で終わるものではない。社内ではサステナビリティ、事業開発、製品設計、購買、物流などに分散しやすく、外部には回収や修理、再販売を担うパートナーを要する。企業の内外に散らばる力をつなぎ、小さく試し、学びながら事業に組み込む。その『筋力』を継続的に鍛える場が求められているのだ。
年間10兆円の「バリューギャップ」。環境指標を「経営の言葉」へ翻訳する
スウェーデンは環境先進国という印象を持たれやすいが、2022年のレポートによると物質の循環率(サーキュラリティ)はわずか3.4%にとどまる(※)。つまり、大部分は一方通行の消費のままだ。ただし、ダールマン氏は「重量ベースの循環率を示すだけでは、経営者の投資判断にはつながらない」と話す。
「“物質のうち何%が循環している”と言われても、経営者は『それが自社にとって何を意味するのか』と考えます。だから、失われている価値をお金に翻訳することが重要なのです」
その隔たりを埋めようとしたのが、RISEとCircle Economyが2025年11月に公表した「バリューギャップ・スウェーデン」だ。このなかで、循環しないことで失われている経済価値を測り可視化したのだ。報告書によると、同国では製品の早すぎる廃棄や資産の低稼働などにより、年間約6,000億スウェーデンクローナ(約10兆円)の潜在的価値が失われている。うち約7兆円は、まだ機能を残す製品の早期廃棄によるものだ。
従来のサーキュラリティの計算式が、経済に投入される二次資源の割合を重量で測るのに対し、バリューギャップは、直線型の生産、使用、廃棄によって失われる回避可能な経済価値を金額で捉える。バリュー・ギャップは、従来の循環率を置き換えるものではない。物質の循環を重量で見る指標に、経済価値というもう一つのレンズを加えるものだ。
バリューギャップが変えるのは、モノの見方だ。廃棄されたモノを「どう処分するか」ではなく、「投入された素材や労働、技術、顧客関係が十分な価値を生まずに失われた」と捉え直す。
「これは環境のための追加コストではなく、テーブルの上に置かれたまま回収されていないお金です。競合が先にその可能性を見つければ、自社は取り残されます」
たとえば、販売した製品を回収し、修理・再販売する。部品を再製造する。製品そのものではなく、必要な機能をサービスとして提供する。長く使う過程で、保守、交換、アップグレードという継続的な顧客接点をつくる。
一度売って関係を終えるのではなく、修理・再販売やサービス化を通じて価値を何度も事業に取り込む。日本企業にとっても、「自社製品がまだ使えるのに手放されていないか」「自社から漏れている価値はないか」を探す強力な経営の問いになるはずだ。
循環型ビジネスを阻む「3つの壁」と、突破のための処方箋
ダールマン氏がこの領域で仕事を始めた当初、議論の中心にあったのは「サーキュラリティ」や「資源効率」だった。ところが近年、企業や政策担当者が使う言葉は、「供給の安定」「経済安全保障」「レジリエンス」へと変わってきたという。
ここでいうレジリエンスとは、抽象的な「しなやかさ」ではない。海外から原料が届かない、価格が急騰する、物流が止まる、特定の供給国に依存できなくなる。そうした事態が起きても、手元にある製品、部品、素材を回収・再利用し、事業を続けられる力のことだ。
「地政学的な状況が変わると、イノベーションに向かっていた予算がリスク対策へ移ります。一方で、資源が入らない、価格が急騰するといったリスクが見えるほど、回収や再利用といった循環の事業性は高まります」
欧州では、EU重要原材料法が、戦略的原材料について2030年までに域内年間需要の25%に相当するリサイクル能力を整える目標を掲げている。循環は、資源の域外依存を減らし、産業基盤を守る政策でもある。日本の2026年の循環経済行動計画が、再生資源の供給網を「危機管理投資、成長投資」と表現したことも、同じ変化を示している。欧州で起きていることは、日本企業にとって遠い先行事例ではない。自動車、電機、機械、建設、素材など、国境をまたぐ供給網を持つ企業ほど、すでに同じ条件のなかにいるのだ。
ただし、循環型ビジネスの将来性が見えても、今日の事業採算が自動的に成立するわけではない。
第一の壁は、初期の採算性と社内予算の問題だ。回収網や修理、品質保証の設備投資が先行する一方、初期段階では量が集まらず、単位当たりのコストが高くなる。社内でも「サステナビリティ予算なのか、R&D費なのか」と明確な持ち主があいまいになりがちだ。
これに対しダールマン氏は、最初から完成形を目指さず、対象を絞った小規模な実験から始めることを勧める。RISEのような機関の公的資金や実証設備を活用し、1社だけでリスクを背負わない仕組みを作ることがポイントになる。
第二の壁は、企業の境界線と利益配分の難しさ。製造、物流、回収、修理、再販売などプレイヤーが多岐にわたるため、一部の企業に費用負担が偏ると協力関係が破綻する。また、回収量を確保するために競合他社と共同インフラを構築することには心理的抵抗も伴う。この壁を破るには、エコシステム全体のコストと収益を可視化し、公正な分け方を設計し直す必要がある。正式な命令権を持たないネットワークだからこそ、指示ではなく「共通の目的」を示して関係者を巻き込むリーダーシップが不可欠だ。
そして第三の壁が、市場の「需要」が見えないことだ。建設分野などで循環型ビジネスへの参加を呼びかけた際、ダールマン氏が目にしたのは「必要なのは分かるが、自社が最初になりたくない」という企業の心理だった。「売れるなら作る」という供給側と、「選択肢があれば買う」という需要側が互いを待ち、膠着状態が起きてしまう。
この膠着を破るカギは、買い手側の調達の転換にある。たとえば「照明器具を何台買うか」という製品の所有ではなく、「必要な明るさを一定期間提供してもらう」という機能の調達へ切り替えることだ。公共部門や大企業が求め方を変えれば、修理や回収を前提とした循環型提案が競争力を持ちやすくなり、市場に確かな需要が生まれていく。

Image via RISE Circular Business Lab
四半期ではなく世代で考える。サーキュラーエコノミーを「目的」にしない経営
循環型ビジネスの投資回収には時間がかかる。そこでダールマン氏が関心を寄せているのが、意思決定の時間軸だ。彼女が対話したスウェーデンの家族経営の中堅企業のなかには、次の四半期ではなく、第一世代、第二世代、第三世代を表す「G1、G2、G3」で事業を語る企業があった。
「彼らは四半期ではなく、世代で話します。G3に引き継げないものをつくるわけにはいかない。だから“サステナビリティ”を特別な概念として説明しても、ぴんとこないのです。長期的に存続できることは、最初から事業に入っているからです」
もちろん、長期志向だけで採算の壁が消えるわけではない。家族経営企業であっても、新しい回収や修理の仕組みへ投資するときは迷う。それでも、判断の時間軸を長くすれば、「今期にいくら売るか」だけでなく、「将来も事業に必要な素材、顧客、技術を持ち続けられるか」という問いが経営に入ってくる。
循環型ビジネスに取り組むことは、遠い未来のために現在の利益を諦めることではない。未来にも利益を生み出せるよう、いま失っている価値と資源を事業のなかへ戻すことなのだ。
ダールマン氏は最後にこう語った。
「“サーキュラーエコノミー”だけでは、人を惹きつけられません。サーキュラーエコノミーは手段にすぎないからです。私たちが本当に大切にしているのは、必要な資源にアクセスできること、安心して良い暮らしを続けられること、自分たちで必要なものを確保できること、そして供給が乱れても社会と事業を続けられることです」
循環率を上げることだけを目標にすれば、担当者以外には関係のない活動に見えてしまう。しかし、自社から漏れている価値を回収する、新たな収益源をつくる、顧客との関係を長くする、資源調達のリスクを減らす、将来も事業を続けられるようにする──そう言い換えれば、循環は経営の中心に近づく。
価値は、廃棄された時点で突然なくなるのではない。使われない時間、短すぎる製品寿命、戻ってこない部品、分断されたデータ、連携できない組織の間から、少しずつ漏れ続けている。その漏れを見つけ、誰となら回収できるかを考え、小さく事業として試すこと。それが、循環型ビジネスの出発点になる。
環境への正しさだけで企業を説得するのではなく、「何を失っているのか」「何を取り戻せるのか」を示す。サーキュラーエコノミーへの移行が国家戦略となった今、バリューギャップという視点は、理念を投資へ、そして投資を実装へ進めるための共通言語になるはずだ。
【参照サイト】環境省「第五次循環型社会形成推進基本計画」
【参照サイト】内閣官房「循環経済行動計画(2026年4月)」
【参照サイト】経済産業省「成長志向型の資源自律経済戦略」
【参照サイト】RISE「Circular Business Lab – About Circular Business Lab」
【参照サイト】Circle Economy「The Circularity Gap Report: Sweden(2022)」
【参照サイト】RISE「Sweden Loses SEK 600 Billion Annually Due to Linear Economy」
【参照サイト】Circle Economy「The Value Gap: Sweden – Circularity Gap Report」
【参照サイト】European Commission「European Critical Raw Materials」
【参照サイト】Journal of Cleaner Production「Competition or coopetition? Collaboration strategies for the circular economy」
【参照サイト】Sustainable Production and Consumption「Closing competency gaps for circularity」
【参照サイト】Journal of Business Research「Orchestrating industrial ecosystem in circular economy」
【参照サイト】OECD「Trade implications of upstream circular economy policies」
【参照サイト】Circle Economy「The Circularity Gap Report 2026」
Edited by Megumi






