エコシステムアプローチ(Ecosystem Approach)とは・意味
エコシステムアプローチ(Ecosystem Approach)とは?
エコシステムアプローチ(Ecosystem Approach)とは、生物多様性の保全とその持続可能な利用を目的とした、土地・水・生物資源を統合的に管理するための戦略である。人間社会も生態系(エコシステム)の一部であるという前提に立ち、自然と人間の複雑な相互関係を包括的に捉える点が最大の特徴だ。
このアプローチは、2000年に開催された生物多様性条約第5回締約国会議(CBD COP5)で採択され、条約の主要な行動枠組みとして承認された。生物多様性の保全、持続可能な利用、そして遺伝資源から生じる利益の公正かつ衡平な配分という条約の3つの目的のバランスを図ることを目指している。
エコシステムアプローチを支える12の原則
エコシステムアプローチの思想的背景には、生物多様性条約で示された「12の原則」が存在する。これは、アプローチを実践する上での基本的な考え方を示すもので、そのいくつかを以下に紹介する。
原則1:社会的な選択である
生態系の管理目標は、科学的な情報だけでなく、社会の価値観や選択によって決められるべきだとする考え方。原則2:管理は地方レベルに分散されるべきである
管理の権限や責任を、より地域の状況を理解している地方の行政機関やコミュニティに委譲すること(地方分権)を推奨している。原則4:生態系サービスからの便益を管理する必要性を認識する
生態系を維持するための経済的なインセンティブを考慮し、市場に歪みをもたらすような補助金などをなくしていく必要がある。原則11:すべての関連情報(科学的知見、先住民・地域コミュニティの知識)を考慮する
最新の科学的データだけでなく、その土地で長く暮らしてきた人々が持つ伝統的な知識や慣習も尊重し、意思決定に活かすことが重要である。
これらの原則は、エコシステムアプローチが単なるトップダウンの環境保全技術ではなく、多様な人々の参加と合意形成を重視する社会的なプロセスであることを示している。
背景にあるもの
世界の多くの国や地域、特に途上国では、農業や漁業、林業といった自然資源に直接依存する産業が人々の暮らしを支えている。しかし、過度な資源利用や気候変動、大規模開発は生態系の劣化を引き起こし、かえって貧困や不平等を深刻化させる事態を招いている。
一方で、従来の自然保護政策は、特定の種や保護区を守ることには熱心でも、生態系がもたらす多様な恵み(生態系サービス)を将来にわたって維持する視点が欠けていた。また、森林、水、農業といった分野ごとに行政が縦割りで管理を行うため、施策間の連携が取れず、問題の根本的な解決に至らないケースも少なくなかった。
こうした反省から、自然と人間社会を一体のものとして捉え、分野横断的に課題解決を目指す「エコシステムアプローチ」が掲げられたのである。
エコシステムアプローチの目的
エコシステムアプローチは、生物多様性の保全と自然資源の持続可能な利用を両立させながら、人間社会の福祉やレジリエンスの向上を図ることを目的としている。
具体例は以下の通り。
- 森林や湿地などの生態系を保全しつつ、地域住民がその資源を公平に利用・管理できる体制を整える
- 地域コミュニティの権利を尊重し、自律的な運営を支援する
- 災害や気候変動に強い社会を構築する など
エコシステムアプローチは、生態系の健全性を維持しながら、人間のニーズと生物多様性のバランスをとる。同戦略は都市の河川計画や海洋資源管理などにも応用され、さらには政策の効率化、将来世代への配慮といった観点も含んでいる。
エコシステムアプローチの重要性とメリット
エコシステムアプローチは、従来の個別的な環境対策では見落とされがちな広域的・複合的な影響に対応できる点が評価されており、道路や建物などのインフラ開発による環境への影響にも柔軟に対処できる。
人間は自然が提供するサービスを当然のものとしがちだが、それを失えば経済的損失や生活の不安定化を招きかねない。特に脆弱な地域ではその影響が深刻だ。こうした背景から、エコシステムアプローチは生物多様性条約の下で主要な行動枠組みとされ、国際的にもその実施が重視されている。
そんなエコシステムアプローチの主なメリットは以下の通り。
- 生物多様性と生態系の保全:流域全体など、広域的な視点で生態系の健全性を高め、多様な種の共存を可能にする。
- 資源の持続可能な利用:将来世代のことも考慮し、土地・水・生物資源を公平かつ効率的に利用する道筋をつける。
- 政策・関係者間の協力強化:行政の縦割りを越えた政策連携や、政府・企業・市民の協働による意思決定を支援する。
- 公的関与の促進:資源管理に市民が関与する機会を生み出し、透明性のある社会づくりに貢献。
- コスト削減と効率化:自然の機能を賢く活用することで、ダム建設や環境修復などにかかる将来的なコストを削減できる。
エコシステムアプローチの課題と対策
エコシステムアプローチには多くの利点がある。しかし、その導入や運用にはいくつかの課題も存在する。
トレードオフ
エコシステムアプローチの導入にあたっては、どのような形の生態系を維持・管理するのかという社会的な選択が必要となる。この際、課題となるのが「誰が恩恵を受け、誰がコストを負担するのか」という点だ。
ひとつの土地においても、森林、湿地、草地など複数の安定した生態系の状態が存在し得る中、それぞれが提供する生態系サービス(水の浄化や炭素の貯留など)やこれらのサービスに価値を置く立場は異なる。このことから、利用形態によって得られる利益と失われる価値はトレードオフの関係になってしまう。
たとえば、森林が木材生産に特化して管理されると、炭素の貯留能力が低下するかもしれない。またアグリビジネスによる土地転換を例にあげると、遠く離れた国の消費者がその利益を得る一方で、現地では生態系への負荷や、現地住民が享受していた生態系サービス(清潔な水や洪水の抑制、生物多様性など)が損なわれるといった課題が生じる。現在の利益を優先するあまり、将来世代が本来受け取るはずだった生態系サービスの喪失が見過ごされることも少なくない。
どのような形の生態系を維持・管理するのかという社会的な選択を公平に行うには、生態系サービスの本当の価値を評価・考慮することが必要とされ、透明性の高い意思決定と科学的助言が不可欠となる。
多様な利害関係者間での対立
多様な利害関係者間での対立も避けられない。たとえば、農業生産を優先する立場と、生物多様性の保全を重視する立場では、同じ土地や水資源の利用をめぐって意見が食い違うことがある。
このような対立を解消するためには、農業、開発、保全などの目的が異なる中で、全員が公平に議論に参加できるプロセスを確保することが重要だ。その際、科学的知見と地域住民の知識を融合させること、そして社会的弱者の声を確実に拾い上げる制度的配慮が求められる。
環境管理の複雑さ
従来の分野別の環境管理では対応しきれない複雑さも課題だ。従来の環境管理は、森林、水資源、生物多様性といった分野ごとにバラバラに扱われることが一般的だが、自然のシステムは相互に係っており、一つの資源に対する管理が他の資源に影響を与えるケースも少なくない。たとえば、上流の森林伐採は下流の水質や洪水リスクに直結する。
このような現実から、エコシステムアプローチでは、複数の分野や制度、関係者を横断し、自然と人間社会の双方にとって最適な管理方法を考える「統合的管理」が求められる。この統合的管理では、農業・都市計画・水資源などの部門横断的な連携、多様な知見の活用、長期的な視野と柔軟な対応力を持つ「適応的マネジメント」が必要とされる。このようなアプローチは、複雑で不確実性の高い環境問題に対応するうえで非常に効果的だ。
エコシステムアプローチの実践が求められる
エコシステムアプローチは、単なる環境保護の手法ではない。「自然を守ること」と「人々の生活を支えること」を分断せず、地域社会の権利やウェルビーイングの向上も同時に目指す包括的な枠組みだ。
特に、市民社会の関与はその実践において欠かせない。住民組織やNGO、先住民団体といった地域に根ざした主体が、現場の知識や経験を活かし、自然資源の持続可能な管理を主導することは、生態系の健全性と地域の自立や社会の公正性を両立する道を開くことにつながる。また、政策や計画に地域の声を反映させること、資源に対する権利を明確にすること、そして多様な主体との協働による共管理を進めることも大切だ。
「自然を守ること」と「人々の生活を支えること」を同時にかなえるエコシステム・アプローチは、気候変動や資源の争奪が激化する時代において、持続可能な未来の鍵となる可能性を秘めている。
【参照サイト】エコシステムアプローチについて (生物多様性条約第5回締約国会議文書 :UNEP/CBD/5/L.16 一部
【参照サイト】Ecosystem Approach
【参照サイト】The Ecosystem Approach – UK Parliament
【参照サイト】An ecosystem approach | NatureScot.
【参照サイト】The ecosystem approach : five steps to implementation – resource | IUCN.
【参照サイト】FHWA | Environmental Review Toolkit | Eco-Logical: An Ecosystem Approach to Developing Infrastructure Projects
【参照サイト】The importance of ecosystems and the ecosystem approach | IUCN NL