ポストヒューマンセンタードデザインとは・意味

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ポストヒューマンセンタードデザインとは?
ポストヒューマンセンタードデザイン(Posthuman-centered design)とは、従来の人間中心の視点を超えたデザインのあり方を指す。「人間中心主義」を超えて、人間と自然、人間とテクノロジー、人間と社会のつながりを重視し、より広い視野からデザインを考えるアプローチだ。人間と自然システムや社会システム、テクノロジーが将来どのように関わっていくかを探求するデザイン哲学ともいえる。
ポストヒューマンセンタードデザインをよりよく理解するためには、まず「ヒューマンセンタードデザイン」への理解が欠かせない。
ヒューマンセンタードデザイン(Human-centered Design、日本語で「人間中心設計」とも言う。以下、HCD)は、システムを設計する際にユーザーの利便性やニーズに合わせて設計する過程を指す。1980年代に生まれたHCDは、ユーザーを開発の中心としている点が特徴である。開発プロセスのあらゆる段階において、ユーザーの欲求や好み、お金を払ってでも解決したいと考えている悩みや課題を常に念頭に置くことで、ユーザーがより直感的で利用しやすい製品を作ることができる。
一方で、このHCDの考え方からの脱却を目指すのが、ポストヒューマンセンタードデザインである。環境問題や社会問題の解決が重視される現代において、この視点が新たに重視され初めているのだ。
ポスト「人間中心」が重要となる背景
現代の私たちが暮らす地球は「人新世」と呼ばれる新しい時代に突入している。人新世とは、人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになったことを表す新しい時代区分のことだ。人類は地質学的・生態学的プロセスにおいて中心的な影響力を持つようになった。これは現在の気候危機の影響や、デザイン実践に反映される人類の自己認識においても顕著である。
たとえば、HCDは、ユーザーを個々に分離可能な存在として認識するが、そのアプローチは、直接的には関係しない多くのものを無視しているともいえる。HCDが人々の幸福のために多くの改善をもたらすと同時に、その対象から外れた他者(人間だけでなく、自然界や社会システムに存在するすべての住人)の幸福を損なう結果も生み出しているのだ。
これまでの人間中心主義的な考え方においては、人間と自然、人間とテクノロジー、人間と社会の間に明確な境界線を引くことができると考えられていた。しかしポストヒューマンセンタードデザインでは、その考え方から脱する必要がある。個々ではなくつながりを重視し、ユーザーや人間だけに着目するのではなく関係性と文脈に焦点を当てるからだ。社会環境課題が複雑に関連し合うことへの意識が高まる今、HCDにおいて忘れられていた存在を含めたデザインのあり方を見つけることが重要である。
ヒューマンセンタードデザインとの違い
ヒューマンセンタードデザインの場合
- 対象範囲:現実の人間のニーズに焦点を当てる
- 価値観:利用者のニーズに合わせた製品やサービスを生み出すことを目的としている
- 視点:開発プロセスを通じてユーザーのフィードバックやニーズを取り入れる
ポストヒューマンセンタードデザインの場合
- 対照範囲:人間だけでなく、他の生物や環境なども対象としている
- 価値観:倫理的な側面や多様性、包容性といった価値観も重視する
- 視点:人間と環境の共存や持続可能性といったより広範な視点も考慮する
前述した通り、ポストヒューマンセンタードデザインは、HCDの概念をさらに発展させた考え方だ。HCDが人間を設計の中心とするのに対し、ポストヒューマンセンタードデザインは、人間だけでなく、他の生物、環境、テクノロジーなど、より広範囲な存在との関係性に着目している。そのため、人間を中心としないデザイン・ソリューションを生み出すこともできると期待されている。
「集合知デザイン」「拡張知能」という一面も
また、ポストヒューマンセンタードデザインは、「Collective Intelligence Design(集合知デザイン)」や「Extended intelligence(拡張知能)」の要素も持ち合わせると捉えることもできる。
集合知デザインとは、コミュニティが複雑な問題を解決するためにデータとテクノロジーを活用したり、新しいアイデアや洞察を生み出すために多様な視点を活用したりする方法を指す。
拡張知能とは知能が分散された現象、つまり知能は個々の人や物だけに限らず、外部のシステムや環境との相互作用によってより豊かになり、広がっていくことを表す。
ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのジェフ・マルガン教授は著書『Big Mind: How Collective Intelligence Can Change Our World』の中で、人間と機械が共に機能し、現代の大きな課題を解決する可能性を秘めていることについて言及している。
また、工業分野の標準化に関する活動を行う組織・IEEE標準協会(IEEE-SA)と、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)内に設置された研究所であるMITメディアラボは共同で「拡張知能評議会」を立ち上げ、次のような設立趣旨を述べた。
Instead of thinking about machine intelligence in terms of humans vs. machines, we should consider the system that integrates humans and machines — not artificial intelligence, but extended intelligence.
「人間対機械」という構図ではなく、人間と機械が統合されたシステムを考えるべきなのです。人工知能ではなく、拡張知能こそが目指すべきものである。
「集合知デザイン」や「拡張知能」においても、人間にだけ焦点が当てられることはなく、人間とより広範な存在との関係性として、人間と機械の関係が注目されている。これは、ポストヒューマンセンタードデザインと重なる特徴でもあるだろう。
ポストヒューマンセンタードデザインが与えうる影響
はじめに、ポストヒューマンセンタードデザインは、現在地球規模で複雑化する課題の解決に貢献する可能性がある。
たとえば、気候変動や生物多様性の減少などの環境問題が深刻になっている。このような状況下では、人間中心の考え方だけでは問題解決が難しく、より広い視点が必要となる。そんな時、ポストヒューマンセンタードデザインは人間と自然の共生を重視し、環境負荷の少ないデザインを促進する。人口増加に伴い、危惧される資源の枯渇という問題においても、ポストヒューマンセンタードデザインは資源の循環利用やより少ない資源でより多くの価値を生み出すデザインを追求する。
次にテクノロジーとの共存があげられる。
AIやIoTなどのテクノロジーの発展により、人間とテクノロジーの関係性が大きく変化している。人間中心の考え方だけでは、テクノロジーがもたらす負の影響、たとえばAIの発展に伴う倫理的な問題に対処することは難しい。ポストヒューマンセンタードデザインは、AIと人間が共存し、社会に貢献できるような開発を促す姿勢をとる。また誰もがテクノロジーの恩恵を受けられるようなデザインを追求できる。
そのほか、多元性を尊重するうえでも重要だ。
現代社会はさまざまな価値観や文化を持つ人々が共存している。そのため、従来の画一的な設計ではすべての人のニーズに応えることは難しい。ポストヒューマンセンタードデザインでは、人間の多様性に留まらず、他の生物や環境の多様性も尊重し、より包容的なデザインを目指すことが可能になるだろう。
ポストヒューマンセンタードデザインのアプローチ
たとえば、ポストヒューマンセンタードデザインで「スマートシティ」を設計する場合。スマートシティとは簡単にいうと、デジタル技術を活用して、企業や生活者の利便性・快適性の向上を目指す都市を指す。
HCDでは、人間の移動の効率化や利便性を重視してきた。しかしポストヒューマンセンタードデザインでは、都市における生態系の保全や、人々の多様な価値観を尊重した設計を行うことが重要になる。デザインされたシステムによる影響を受けうるすべての人間や人間以外の存在にも発言権が与えられるべきだ。そのため、都市システムをデザインする際の分析対象となるのは、ユーザーのみならず、社会コミュニティや、都市部に生息するハトなども含まれることになる。
そのほかの例として、ポストヒューマンセンタードデザインのあり方でAI開発を行うとする。HCDが目指すものは、人間の指示に従い、効率的にタスクを実行するAIの開発だった。しかしポストヒューマンセンタードデザインでは、AIが人間と共存し、社会に貢献できるような開発を目指す。
このアプローチの実践例はいまだ不足しているが、「ブロックチェーン」や「スマートコントラクト(所定の条件が満たされると人の手を介さずに自動的に契約が実行される仕組み)」などの技術を使用することで、人間中心主義的な仕組みを変えていくことができるかもしれない。
たとえば、ブロックチェーン技術によって森林自らが森林資源の管理を行う「terra0」というプロジェクトがある。これは、スマートコントラクトを活用し、木々やその他の森林資源が一定の条件を満たしたら、森林の伐採などが自動的に行われる仕組みを持つ。ここでは森は単なる資源ではなく、ある種の主体として捉えられている。最初のシステム設計には人間の手によるものだが、それ以降は森林自体が土地を管理し、利益を得て、土地を購入し拡大する方法が開発されたのだ。
これは従来の所有概念を覆すものであり、自然と人間の関係性を根本から問い直す試みといえるだろう。ただし、どの仕組みも人間が設計する以上、人間目線からは逃れられないことを忘れてはならず、その認識を持ってデザインすることが重要だ。
「人間中心」を超えて
ポストヒューマンセンタードデザインは、人間ではない存在も主体として含めることで、これまで忘れられていた存在に「声」を与えることができる。現段階では依然として、人間が中心となった人間中心主義的な優位性に基づいて最終決定が下されることも多い一方で、もし人間ではない存在が自ら決定を下すことができたとしたらどうなるだろうか。
そうした、より広範な視点から世界を捉える新しい考え方は、人間と自然、人間とテクノロジーの関係性を再考し、より持続可能な社会の実現に貢献する可能性を秘めている。まだ新しい概念ではあるが、今後の研究や実践により、さらにその可能性が広がっていくのではないだろうか。
【参照サイト】What is ‘Posthuman Design’ | Design Wiki
【参照サイト】Exploring Post Human-Centered Design – Philipp Kaltofen
【参照サイト】(ポスト)人間中心主義のデザイン – Center for Design Fundamentals Research, Kyushu University
【参照サイト】Beyond human-centred design, to?
【参照サイト】Overview ‹ Council on Extended Intelligence — MIT Media Lab
【参照サイト】Clip Wired Forget about artificial intelligence, extended intelligence is the future | MIT News | Massachusetts Institute of Technology
【参照サイト】What is collective intelligence: data, people, technology.
【参照サイト】Extended Intelligence.
【参照サイト】Can an augmented forest own and utilise itself?