人間中心設計とは・意味
人間中心設計とは
人間中心設計は英語でHuman-centered Designと訳され、「システムを設計する際に、ユーザーの利便性やニーズに合わせて設計する過程」を指す。
従来製品やサービスの設計において、ユーザーが関わるのは完成した製品やサービスの使用テストにとどまっていた。1980年代に生まれた人間中心設計は、製品やサービスを設計する過程でユーザーの使い勝手やニーズを把握することを重要視し、ユーザーを開発の中心としている点が特徴だ。
人間中心設計では、開発プロセスのあらゆる段階において、ユーザーの欲求や好み、お金を払ってでも解決したいと考えている悩みや課題を常に念頭に置くことで、ユーザーがより直感的で利用しやすい製品を作ることができる。
人間中心設計の具体的な方法
人間中心設計は国際規格であるISOで規格化されており、具体的な手順や水準が文書化されて定められている。具体的な手順は「利用状況の把握」「要求の明示」「デザインによる解決の設計」「設計の評価」の4つの過程のサイクルで構成され、それぞれユーザーの利便性を踏まえて設計を進めて行く。なお、企業活動の「PDCAサイクル(Plan:計画する、Do:行動する、Check:評価する、Act:改善する)」になぞらえて、以下「HCDサイクル」(HCD: Human-centered Design)と呼ぶ。
最後の「設計の評価」の段階でユーザーの要求水準を満たさなければ、初めからプロセスを再検討することが求められる。それぞれの過程で、実際に製品やサービスを使うユーザーの視点を取り入れることで、より使いやすい製品やサービスを実現可能にすることが狙いだ。
利用状況の把握
HCDサイクルの最初のプロセスにあたる「利用状況の把握」では、アンケートやインタビュー、フィールド調査といった方法を用いて、実際のユーザーから情報を集め、利用状況を把握する。
要求の明示
「利用状況の把握」で集めたデータを集計・分析し、ユーザーが何を求めているのかを探り出す。ここで、製品やサービスが満たすべき要件を定義することが重要となる。
この際、課題の定義を行う上で有効とされるアプローチに「ペルソナ」と「シナリオ」がある。
「ペルソナ」は、製品やサービスを提供する際に、それらが主にどのような顧客に向けたものなのか、具体的な人物像を設定することを指す。ペルソナを設計することで、対象となるユーザー像を明確にできるだけでなく、製品やサービスの開発に携わる人たちの間で対象となるユーザー像を共有するのに役立つ。
「シナリオ」は、先述したペルソナの行動を物語形式で表したものだ。ユーザーの状況を理解する上で用いられたり、ユーザーが製品やサービスを利用した際に生じる問題点を分析する上で用いられたりする。
「利用状況の把握」で得た結果を、シナリオとして表現すると、内容がリアルで伝わりやすくなる。製品やサービスが完成した後には、使用方法の説明などに有効活用できる。
デザインによる解決の設計
「要求の明示」で定義された製品やサービスが満たすべき要件を基に、製品やサービスのプロトタイプを作成していく。先で紹介したペルソナが確立していれば、ユーザーが何に悩んでいるのか、それをどう解決したいのかが理解しやすくなる。
設計の評価
「設計の評価」では、作成したプロトタイプをユーザーに利用してもらい、評価を集め、ユーザーの要求を満たしているかどうかを確認する。
「設計の評価」はHCDサイクル最後のプロセスであるが、ここで終わりというわけではない。人間中心設計は継続的に繰り返すことが重要だ。実際にユーザーに利用してもらうことで、開発側からでは見えない改善点が見えてくる。そのため、評価を高めるには何度もHCDサイクルを繰り返すことが重要だ。
この際、忘れてはならないのは常に「ユーザー=人間」を中心におくことである。
人間中心設計に関係する用語
人間中心設計は、近年頻繁に使われるUX(ユーザーエクスペリエンス)との関連も深い。UXは製品・サービス利用者の経験を指すが、人間中心主義は製品・サービスを設計する上でのプロセスを指す。
人間中心設計とUXの違い
UXは、製品やサービスの使いやすさだけでなく、製品やサービスに対してユーザーがどのように接し、どのような体験をするかを総合的にとらえることである。UXには、実用性や使いやすさ、効率性などに関するユーザーの認識が含まれる。
人間中心設計はUXを構成する要素の1つと考えることができる。
UXのみならず、製品やサービスの「使いやすさ/使いにくさ」をはかる「ユーザビリティ」や「デザイン思考」のベースにも人間中心設計の考え方がある。
人間中心設計とデザイン思考の違い
なお、デザイン思考は、顧客のニーズを観察したうえで仮説を立て、プロトタイプを作成し、実際に何度もユーザーテストを行いながら新たな商品やサービスを作り出す過程のことを指す。デザイン思考の重要な考え方の1つに「常にユーザーを中心におく」があるが、これは人間中心設計の考え方と共通する。
ここからも分かるように、人間中心設計とUX、人間中心設計とユーザビリティ、人間中心設計とデザイン思考には共通点が多い。それぞれが全くの別物というわけではなく、UXやユーザビリティ、デザイン思考を構成する要素として、まず人間中心設計の考え方があると考えると理解しやすい。
なお、世界に向けてさまざまな教材を提供する教育機関「インタラクションデザイン財団」(The Interaction Design Foundation)のウェブサイトでは、人間中心設計とデザイン思考の違いについて以下のように記述している。
デザイン思考は、世界規模・地域規模の大きな問題を解決するための人間中心設計を含む、より広い概念である。一方、人間中心設計はより範囲が狭く、インタラクティブ(双方向性)なシステムを使いやすく便利なものにすることを目的としている。
人間中心設計の事例
ここでは、人間中心設計の事例をいくつか紹介したい。
IDEOが開発した子ども用歯ブラシ
電動歯ブラシやマウスウォッシュなど口腔衛生製品を扱うアメリカのブランド「オーラルB」(Oral-B)社は、90年代半ば、アメリカのデザインコンサルタント会社「IDEO」に新しい子ども用歯ブラシの開発を依頼した。
IDEOの開発チームは、すでに市販されていた大人用歯ブラシを子ども向けのサイズに作り直すのではなく、子どもたちが歯を磨く様子を直接観察した。そこで彼らは、親が使う柄の細い歯ブラシは子どもたちにとって持つのが難しいということに気づく。
そこで生まれたのが、子どもたちが持ちやすい、大きくて柄の太い、やわらかなグリップの歯ブラシだ。これは、IDEOの開発チームが子どもたちが歯を磨く現場に出向き、子どもたちを観察し、課題に気づいたことからこそ生まれたものである。
言語学習アプリ「Duolingo」
言語学習アプリDuolingoも、人間中心設計の事例としてあげられる。世界中に1億2000万人以上のユーザーを持つDuolingoの始まりについて、創設者はイギリスのガーディアン(The Guardian)のインタビューでこう語った。
私がやりたかったのは、無料で語学を学ぶ方法を作ることだった。世界の言語学習を見ると、12億人が外国語を学んでおり、そのうちの3分の2は、より良い仕事に就き、より多くの収入を得るために英語を学んでいる。しかしほとんどの語学学習には多額の費用がかかり、英語を学ぶ人々には資本がない。
Duolingoには広告非表示や追加機能のある有料プランもあるが、完全無料で語学学習ができるアプリだ。また、アプリはゲーミフィケーションのルールに則っており、語学学習者を引き込む。アプリのUI(ユーザーインターフェイス)は非常にシンプルで、あるタスクを完了したり、テストをクリアしたりしないと先に進めないようになっている。タスクを完了させたり、テストに合格したりすると、達成感が生まれるため、学習者はより多くのことを学ぼうという意欲が湧いてくる。
配車アプリ「Uber」
配車アプリUberもまた、人間中心設計を基盤に生まれた製品の1つといえる。Uberが登場する前に主流だったタクシーは、大都市では捕まりにくく、タクシーを呼んでもどれくらいで来るのか、今どこにいるのかは分からなかった。一部のタクシーの運転手がユーザーの乗車を拒否したり、追加料金のかかる長時間のルートを選んだりといった問題もあった。
Uberは、配車を確定する際に到着予定時刻が表示される。アプリではユーザーを迎えに走るドライバーの位置情報が更新され、車に乗っている間も、アプリで最も効率的なルートを確認して、それが守られていることを確認できる。また、Uberでは配車の際に料金を明示しているので、追加料金を心配する必要はない。加えて、ドライバーと乗客が互いを5つ星で評価するシステムが導入されているため、配車前にドライバーの評価を見ることができる。
Uberの透明性、信頼性の高さは、徹底的にユーザーの声に寄り添った人間中心設計に裏付けられている。
人間中心設計の広がりと、その先のデザイン概念
近年では製品だけでなく、ソフトウェアやウェブサイト、アプリなどの分野にも人間中心主義の考え方は広がっている。さらに最近では、すでにこうしたデザイン手法がスタンダード化されている営利企業分野だけでなく、公共政策や政府プログラムの構想での必要性が提唱されている。政治家よりも問題に詳しい当事者の意見を政策に反映したり、市民に行政手続きや健康診断を促すために行動パターンの分析を行うといった形だ。こうした取り組みが広がることで、より効果的に社会課題を解決していくことが期待される。
一方で、人間中心設計の先にあるデザイン概念「ライフセンタード・デザイン」にも最後に少しだけ触れておきたい。
人間中止設計の広がりにより、私たちは個々のニーズに合ったより便利な製品やサービスを享受してきたが、その生産プロセスや使用中の環境負荷、また使用後の廃棄などについては十分に考えられてこなかった。その結果、気候変動や環境破壊は加速し、人間の生存も危ぶまれる事態となっている。この原因を「人間中心」の考え方にあると捉え、人間以外の自然界や動植物なども含めた地球上の全ての生命のためのデザインを行おうと試みるのが、ライフセンタード・デザインという概念だ。
人間中心設計が間違っているということでは決してないが、時代と共にデザインが担う役割の大きさが注目され、その概念はアップデートされ続けている。人にとって、そして地球にとって本当に善いデザインとは何か、考え続けていきたいものだ。
【参照サイト】Human Centered Design
【参照サイト】ISO・Ergonomics of Human-System Interaction
【参照サイト】When To Use User Centered Design For Public Policy
【参照サイト】What Is Human-Centered Design? | HBS Online
【参照サイト】人間中心設計とは?6つの原則と、4つのSTEP【デザイン・UXを学ぶときに知っておきたい基礎知識】 | Tayori Blog
【参照サイト】ペルソナとシナリオによる 建設コンサルタントのダイバーシティ推進施策立案
【参照サイト】人間中心設計に用いられるシナリオの連続性
【参照サイト】What is Human-Centered Design (HCD)? — updated 2024 | IxDF
【参照サイト】8 Outstanding Examples of Human-Centered Design Every Business Needs to See
【参照サイト】Duolingo creator: ‘I wanted to create a way to learn languages for free’ | Education | The Guardian
【参照サイト】人間中心設計とは?今さら聞けない基礎知識を丁寧に解説! | 株式会社ニジボックス
参考文献:山崎和彦、松原幸行、竹内公啓著『人間中心設計入門 HCDライブラリー第0巻』(近代科学社、初版2016年)
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