いま、私たちの海はかつてない危機にさらされている。世界経済フォーラムが2016年に公表したレポートによれば、世界の海はすでに1億6500万トンものプラスチックで埋め尽くされており、2050年までに海洋プラスチックの量は魚の量を超えるという。
この50年で世界のプラスチック生産量は20倍に増え、2014年には3億トンものプラスチックが生産された。また、その生産量は年々増加の一途を辿っており、今後20年でその量は2倍になると予想されている。
廃棄されたプラスチックの一部は海へと漂流し、その過程で劣化して小さなマイクロプラスチックとなる。このマイクロプラスチックは動物プランクトンの餌となり、彼らの命を奪って海の生態系を壊すだけではなく、食物連鎖を経て最終的に私たちの人体へと舞い戻ってくる。
この深刻化する海洋プラスチック問題に対し、かねてから企業として真摯に取り組んできたのが、イギリスに本拠を置くフレッシュハンドメイドコスメブランド、「LUSH(ラッシュ)」だ。
ラッシュでは、無駄なプラスチック廃棄の削減に向けて同社の代名詞とも言えるブラックポットに100%リサイクルプラスチックを使用し、容器回収も世界中の全店舗で展開している。2011年には約8%だった国内での空き容器の回収率も、現在ではすでに約30%以上にまで増加した。
また、マッサージバーやソープなどの固形アイテムについては包装を行わないネイキッドでの販売を進めており、現在では全600商品のうち約2割がネイキッド商品となっているほか、海洋の生態系に悪影響を与えるマイクロプラスチックの削減に向けて商品に使うラメやスクラブにプラスチックフリーの資材を使用するなど、脱プラスチックの取り組みを進めてきた。
そんなLUSHがこのたび、6月8日の「World Oceans Day(世界海洋デー)」に合わせて新たに全世界48ヶ国で海洋プラスチックキャンペーンを開始し、「タートル ジェリーボム」を発売した。
ウミガメの形をしたこのジェリーボムは、お湯に入れるとウミガメのお腹からプラスチックゴミに見立てた糸寒天が出てくる仕様となっている。お湯に浸かってバスボムの香りや色を楽しみつつも、バスタブに浮かぶプラスチック風の破片を見ながら、世界の海洋ゴミの問題について考えることができるというユニークな商品だ。
今回、このキャンペーンと同時に東京・品川のラッシュジャパン東京オフィス内にあるLush Studio Tokyoでは、海洋プラスチックゴミについて考えるイベント「Soapbox 世界海洋デー :海洋プラスティックごみのことを知り、くらしに変化を起こそう」が開催された。
ラッシュがどのような価値観で海洋プラスチックの問題と向き合い、自社の事業を通じて課題解決に取り組もうとしているのか。IDEAS FOR GOOD編集部ではイベントに参加し、海洋ゴミの専門家とラッシュ担当者のお二人に話をお伺いしてきた。
目次
- イベントレポート:Soapbox 世界海洋デー
- インタビュー:JEAN 小島あずさ氏「非難するのではなく、前向きに伝える」
- インタビュー:ラッシュジャパン 末次大輔氏「ジブンゴト化の秘訣は、人とのつながり」
イベントレポート
当日は「Soapbox 世界海洋デー :海洋プラスティックごみのことを知り、くらしに変化を起こそう」と題し、一般社団法人JEAN(Japan Environmental Action Network)の事務局長を務める小島あずさ氏をゲストに迎え、海洋プラスチックの現状について知るトークセッションが開催された。
JEANはもともとアメリカのICC(International Coastal Cleanup:国際海岸クリーンアップ)というイニシアチブに端を発する団体で、海岸に捨てられたゴミや漂着したゴミを収集、分類してデータ化する取り組みや、海のゴミ問題に関する啓発活動などを行っている。
ICCでは世界中の海岸で集められたゴミの情報を共有し、調査結果を考察することで、単なる海岸の清掃活動にとどまらず、それらのゴミが出る原因やどうすればゴミが減らせるのかを研究しているとのことだ。
そのJEANで事務局長を務める小島氏は、もともとは広告制作の仕事に関わっており、海のゴミや環境問題についての専門家ではなかったという。しかし、あるときアメリカの生協には買い物用の布袋があることを知り、その日本版を作りたいと思って作ったところ、それが日本のエコバッグの第一号になったのだそうだ。
そうした個人的な経緯から環境問題に持ち始め、大好きな犬の散歩をしているときに道端に落ちていたゴミが気になって仕方がなかったこともゴミ問題に本格的に取り組むきっかけとなったとお話ししてくれた。
かつては夢の物質と言われた「プラスチック」
小島氏によると、プラスチックのもともとの言葉の由来は「やわらかい」「自由に形を変えられる」という意味だという。今私たちが「プラスチック」と呼んでいるものは石油から作られた合成樹脂で、石油プラスチックができたのは今から110年ほど前のこと。
自由に変形が可能なプラスチックは当時「夢の物質」と呼ばれ、最初は一部の耐久消費財などに使用が限定されていたものの、研究開発の結果として世の中が求める優れた材質へと進化を遂げ、今では使い捨ての製品などに多く利用されるようになったとのことだ。
海洋プラスチックはどこからやってくるのか?
プラスチックの生産量が増えていることは分かるが、なぜそれが海に行くのか分からないという方も多いだろう。また、最近ではリサイクルの取り組みも進んでおり、本当にそんなにたくさんプラスチックが廃棄されているのかと疑問に思う方もいるかもしれない。一体、海を漂流するプラスチックはどこからやってくるのだろうか。
小島氏の説明によれば、もともとは街中に捨てられたものや川に捨てられたものの一部が様々な経路をたどって最終的に海に流れ出るという。また、台風や洪水、津波などの自然災害も海にプラスチックが流れ出る原因となっているとのことだ。
地上で出たプラスチックゴミのうち全てが海に行くわけではないものの、海には繰り返しゴミが漂着するため、結果として密度が高くなり、プラスチックで溢れ返ることになる。
マイクロプラスチックはどこから生まれるのか?
また、海洋プラスチックの問題をより深刻にしているのが、「マイクロプラスチック」の存在だ。マイクロプラスチックとは、劣化により5mm以下になった細かいプラスチックのことを指す。石油から作られたプラスチックは物質として安定しているため、「分解」はしないが「崩壊」はする。
皆さんの中にも、洗濯バサミやポリバケツなど、外で使っているプラスチックにひびが入ったり、割れたりしてしまった経験があるという方がいるだろう。プラスチックは外部環境により劣化し、細かく砕けていき、目に見えないほど小さくなっていくのだ。特に海上や海岸は紫外線や波の衝撃などが原因でプラスチックが劣化しやすい環境となっているという。
3R(Reduce・Reuse・Recycle)+ Rethink・Respect
海洋プラスチックの現状について学んだトークセッション後のQ&Aでは、「日本ではリサイクルが盛んだが、それは機能しているのか?」という質問が会場から挙がった。この質問に対し、小島氏は、リサイクルだけでは不十分と即答する。
同氏によれば、日本ではリサイクルさえすればよいという風潮があるが、いわゆる「3R」のうち、まず取り組むべきは「リデュース(減らす)」ことで、次が「リユース(再利用)」、それでもだめなら「リサイクル」の順で取り組むべきだという。また、小島氏はハワイのNGOの友人から、これらの3Rに加えて「リシンク(再考)」と「リスペクト(尊重)」の視点もあることを教えられたという。
改めて私たちの日常のプラスチックの使い方について再考し、そのプラスチックが私たちに与えてくれる恩恵に感謝しながら、たとえ使い捨てと言われるプラスチック製品でも繰り返し使うこと、またあらゆる生命の源となる海にも感謝をし、できる限り海を汚さないように心がけること。こうした「リシンク」と「リスペクト」の気持ちが重要だという同氏の話には強く共感した。
インタビュー:JEAN 小島あずさ氏
イベントを終え、この海洋プラスチック問題という深刻な現状を前にして私たち一人一人は一体どうするべきなのか、改めて現状とともに問題解決のヒントをJEANの小島氏に聞いてみた。
「非難するのではなく、前向きに伝える」
Q:日本を取り巻く海洋プラスチックの現状について教えてください。
2015年にジョージア大学のジェナ・ジャムベック氏が発表した調査論文のなかで、世界の国々が海にどのぐらいプラスチックゴミを出しているのかのランキングが発表されました。その結果を見ると、1位は中国、19位まではすべて開発途上国、20位がアメリカ、そして日本は30位となっています。急激な人口増加と工業化が進む中国の沿岸地域や急速に経済発展している途上国でプラスチックゴミが増えているのです。
日本の周りを流れている黒潮の上流にあるのが、ランキング上位にある東アジアや東南アジアの国々です。これらの国から出たごみは黒潮に乗って運ばれて、九州北部から対馬暖流に乗り、日本海に入ります。冬には中国大陸からの季節風で、日本から出たごみと共に、日本海沿岸地域に漂着します。
九州大学の研究によれば、日本の沿岸に浮遊するマイクロプラスチックの量は世界平均の約27倍もあるという調査結果も出ています。もちろん日本人もいっぱいゴミを出していますが、日本は特に海洋ゴミが集まりやすい場所にあることが分かります。
Q:プラスチックを減らすためのアクションを起こすうえで、何を心がければよいか?
「無理をしない」ということが大事ですね。こうしたイベントを開催すると、今日から頑張ろうと奮起する人もいるのですが、無理をすると続かないので、「これだったら今日からできるな」「続けていけそうだな」ということから始めるのがよいと思います。
海洋プラスチックの話をするといつも暗くなってしまうのですが、大事なことは「前向きな伝え方」をすることです。同じことを言われるのでも、否定的な言い方をされるよりは、応援するような気持ちで肯定的な言われ方をしたほうが賛同しやすいですよね。特に、人は今まで自分で意識したこともなかったことを咎められると反発したくなってしまいます。
例えば、何も考えずに毎日ペットボトルの飲み物を買っている人に「それはだめだよ」と言うのではなく、「マイボトルのほうが飲みやすいよ」と伝えてあげる。このように、行動を非難するのではなく行動を変えたいと思えるような前向きな伝え方をすることが大事だと思います。
インタビュー:ラッシュジャパン 末次大輔氏
続いて、ラッシュジャパンでバイイングマネジャーを務める末次大輔氏にも、今回のような活動に企業として取り組む際のポイントについてお伺いした。
「ジブンゴト化の秘訣は、人とのつながり」
Q:海洋プラスチックの問題に取り組もうと考えたきっかけは?
海洋プラスチックの問題は以前からラッシュにとっても大きな課題でした。昔は商品に含まれる「ラメ」にプラスチックを使用していたのですが、それが海洋ゴミになっているという事実を把握し、6年前の段階からプラスチックの使用をやめ、鉱物や海藻など自然由来のものに置き換える取り組みを進めてきました。
ただ、海洋ゴミの問題に立ち向かうには私たちの力だけでは限界があります。そこで、より多くの皆様にこの問題を知っていただければと思い、今回のように一般の方々にも分かりやすいタイミング(世界海洋デー)に合わせてイベントを開催し、新商品のキャンペーンをグローバルに展開しています。
Q:今回のようなキャンペーンを展開する際に、大事にしていることは?
まず前提として、ラッシュにはキャンペーン部門というものがありません。私たちはラッシュで働くすべての人がキャンペーナーであり、ラッシュで働く一人一人が課題だと感じることを声に出して発信していくことが大事だと考えています。
「社会で大きな問題になっているから取り組もう」という姿勢ではなく、あくまで働いている人やお客様など世の中の一人一人が課題だと感じることはラッシュにとっても課題であり、それは世界全体にとっての課題でもあるという考えのもと、皆が心からこれは何とかしなければいけないと感じる課題に対して取り組んでいるのが特徴です。
Q:エシカルな価値観を消費者にどのように伝えていくか?
「エシカル」という価値観は私たちがラッシュで働くうえでの原動力とはなっていますが、お客様は多様な価値観を持っていますので、弊社の場合は商品などを販売する際に「エシカルだから」といった販売方法はとっていません。手に取っていただく理由はあくまで「肌に合うか」「香りが好きか」「楽しめるか」などお客様それぞれの理由で構わないと考えており、重視しているのはあくまで商品の質が高いかどうかです。
肌に合う、香りの好きな商品を購入して気に入っていただき、もう一度お店に足を運んでもらう。そこでお客様から「これはよかったよ」と言われたときに、スタッフが「実は…」とその背後にあるエシカルなストーリーを伝えていく。このようにまずはお客様が大事にしていることを間口として商品を買っていただき、そこから少しずつラッシュの価値観に触れていただくことを大切にしています。
Q:社会課題への取り組みと事業の双方を追求するうえで大事なことは?
一番は、「人とのつながり」ですね。本日のイベントでもJEANさんにお越しいただきましたが、どんな社会課題にも最前線で努力されている方がいるので、そうした方とフェイス・トゥー・フェイスで話をすることで、はじめてテレビの中の出来事が「ジブンゴト」に感じられます。
また、そうした人間が社内に増えてくると、彼らがそれを仲間に伝えることでその問題が「ジブンゴト」になる人がどんどんと増えていきます。それがラッシュのエシックスの原動力となっています。
あとは、ビジネスとの両立もとても大事なので、パートナーに対してはお互いに依存しない関係を保つことも大事にしていますね。彼らがアクションを起こそうとしたときに手が届かないところをチャリティやキャンペーンなどの様々な方法で支援しつつ、私たちはあくまで商品をお客様に届けるという形で取り組むことでビジネスと両立させていく。お互いの活動を尊重しながら取り組むことが大事だと考えています。
編集後記
今回のイベントとインタビューで学んだことは、海洋プラスチックの問題が深刻であるという事実以上に、その問題に取り組むうえで何を心がければよいのかということだ。
JEANの小島氏は、人々の行動を変えるうえでは「非難するのではなく前向きな伝え方をすること」が大事だと教えてくれた。また、ラッシュの末次氏は「社会の課題をジブンゴト化するうえで大事なのは『つながり』だ」という、当たり前ながらも見落としがちな、とても大切なポイントを教えてくれた。
社会課題の解決に向けて問題に関心がない人々をどのように巻き込んでいくか。立ちはだかる課題を目の前にしてただ嘆き、憤るのではなく、どのように具体的なアクションを起こしていくか。これは多くの企業や団体が日々頭を悩ませていることではないだろうか。小島氏と末次氏のお二人のお話には、そのヒントとなるアドバイスがたくさん込められていた。
海の浮かぶプラスチックの量が魚の量を超える日まで、もうそれほど時間は残されていない。しかし、迫りくる危機を目の前に私たちが消費者としてできることはたくさんある。
毎日の生活の中から少しでもプラスチックを減らすこと。一度使ったプラスチックはできる限り繰り返し使うこと。使ったプラスチックはリサイクルに回すこと。そしてこの問題を仲間に伝え、ジブンゴト化してもらうこと。無理せずできることから取り組んでいくだけでも、一人一人の小さな変化はやがて大きな違いを生むはずだ。
私たちの大好きな海を守るために、そして私たち自身の暮らしを守るために、自分に何ができるのか。ラッシュのジェリーボムを湯船に浮かべながら、ゆっくりと考えてみてはいかがだろうか?
【参照リリース】世界48ヶ国で開催 海洋プラスチックキャンペーン 2018年6月8日(金)開始 『タートル ジェリーボム』(ジェリーボム)新発売
【参照サイト】LUSH オンラインサイト記事 プラスチックに沈む地球
【参照サイト】The New Plastics Economy: Rethinking the future of plastics
【参照サイト】Plastic waste inputs from land into the ocean
【参照サイト】平成29年度沖合海域における漂流・海底ごみ実態調査について
【参照サイト】World Oceans Day