冷たい風に吹かれながら、駅までの道を歩く。混み合っている電車に乗る。いつもと変わらぬ朝の通勤風景だ。
しかし、今日は出勤前に市長と待ち合わせし、一緒に通勤することになっている。しかもなんと職場まで一緒にきてくれるらしい──そんな不思議な取り組みがアメリカ・マサチューセッツ州のボストン市で実現した。
この取り組みを行うのはボストン市長であるミシェル・ウー氏。2021年に有色人種かつ女性として、ボストンで初めて市長に就任した。彼女は「市内交通システムのあらゆる部分を体験し、どうすれば改善できるかを考える」目的で、ボストン住民と実際に通勤するキャンペーンを始めた。その様子はTikTokのアカウントに掲載されている。
@officeofmayorwu Commute with us! I’m joining Bostonians on their daily commutes to experience all parts of our transportation system & how we can do better. This week I commuted with Brighton resident and BPS teacher Becky on the 501 Bus (it goes on the Pike!) as she headed to school. #MBTA #Boston #Brighton #OakSquare #BayVillage #BostonCommute #transit ♬ original sound – officeofmayorwu
2024年1月25日の寒い朝、市長はニット帽を被り、一人の住民と待ち合わせしていた。彼女の名はベッキー。ベッキーさんは中学校の教師であり、授業などの準備のため生徒より早い時間帯に学校に向かう。
「バスはいつもどう?」と市長が尋ねる。ベッキーさんいわく、定刻に来ることもあれば、遅れることもあるそうだ。一本バスを逃すと、極寒のバス停で15分ほどバスを待たなければならないという。ボストンの1月の平均気温は0℃前後だが、ベッキーさんがいつも使うバス停には暖房が設置されていない。
公共交通を使って学校に向かうのは、もちろん教師だけではない。ベッキーさんの生徒もバスを使って通学しているという。バス停で30分以上バスを待ち、凍える思いで学校に到着する生徒もいるようだ。
7時29分。そんな話をしていると、市長とベッキーさんは無事に学校に到着した。市長からの「もし公共交通を改善できる魔法の杖を持っているとしたら、どうする?」との質問に、ベッキーさんはこう答えた。「バスの本数を増やし、急行バスを増やします。バス停に暖房も付けたいです。あとは電車も規則正しく動くように整備したいですね」
ミシェル・ウー氏はもともと、ボストン市の公共交通の改善に力を入れてきた人物だ。彼女は就任して最初の週に市議会と協力し、経済的に裕福ではない人々が暮らす地域を運行するバス3路線を2年間無料化した。気候変動教育、移民やLGBTQ+の人々のエンパワメントにも力を入れる。
TikTokのコメント欄には「素晴らしい市長!」「私の通勤ルートにも来てほしい」「このキャンペーンを続けて」など賛同のコメントが連なっている。
人々は声を聞かれないことに慣れてしまうと、声を上げなくなる。そんな「諦め」によって、私たちはどれほどの時間を浪費し、本来必要なかったかもしれない苦労を経験しているのだろうか。
現場で起きている問題について、まず現場の人々の声を聞く──そんな基本的なことの大切さを思い出させてくれる、まちづくりの根本とも言える施策だろう。
【参照サイト】officeofmayorwu – TikTok
【参照サイト】Mayor of Boston commutes with residents to learn how to improve public transit
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