日頃使う公共交通機関の路線にはさまざまな名称がついている。地名をくっつけたものや、便宜上数字をつけたもの、その路線が通る土地の歴史を反映したもの……そうした「路線名」はすっかり日常に溶け込み、ときに私たちは特に深く意味を考えず、それらを使っていることもあるだろう。
そんな路線名をめぐって、ロンドンで興味深い動きが起きている。ロンドンのオーバーグラウンド(市内の地上を走る鉄道)の範囲が拡大するにあたり、新たに6路線の名称が策定された。それらのすべてに、女性、移民、LGBTQ+の人々など、ロンドンで大きな活躍をしながらも見過ごされがちであった人々を讃える意味が込められたのだ。
6路線それぞれの名称は、それぞれの路線が通る地域の歴史を反映している。由来は次の通りだ。
- The Lioness line(ライオネス・ライン):2022年のUEFA欧州女子選手権で優勝した「ライオネス」サッカーチームの名称から
- The Windrush line(ウィンドラッシュ・ライン):1948年から1971年にかけてイギリスに移住したカリブ海移民「ウインドラッシュ世代」が路線の地域に定住したことから
- The Weaver line(ウィーバー・ライン):ユダヤ系やバングラデシュ系移民が、路線の地域で繊維・衣料品産業を形成したことから
- The Liberty line(リバティー・ライン):ロンドン市、そして路線の通るヘイバリング自治区で「自由」が標語して掲げられてきたことから
- The Mildmay line(マイルドメイ・ライン):HIV/AIDSの治療に特化し、LGBTQ+コミュニティへのスティグマを破るきっかけにもなったマイルドメイ病院の名称から
- The Suffragette line(サフラジェット・ライン):女性の参政権(投票権)を求める運動のメンバーだった人々「サフラジェット」から
ロンドンでは以前から、植民地化の歴史を反映した地名を改めようとしたり、優生学者の名称が付けられた建物の名前を変更したりと、脱植民地化をめぐる動きが各所で起こっていた。そうした過去の遺産を見直す動きに加えて、今回のように歴史の中で十分に評価されてこなかった人々の名を起用していく、未来に向けた動きも出てきている。
ロンドンのサディク・カーン市長は新たな路線の名称決定にあたり、TfLのサイトで以下のように述べている。
私たちの街には、語られるべきでありながら、しばしば忘れ去られがちな魅力的な物語が数多くあります。路線に新たな名前を付けることは、訪問者に街の歴史を伝えるだけでなく、ロンドンで生活し、働く人々が都市の歴史を知ることにもつながります。
今まで見過ごされてきた人々の活動が路線名に登場することで、それが街を行き交う人々の新たな日常になる。これは街の重要なストーリーを語り継ぐための効果的な方法でもあるのかもしれない。
【参照サイト】Introducing the new London Overground line names
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