香りは、特定の場所や時間を思い起こさせる。たとえば、図書館や古本屋にある古い本は、どこか懐かしさを感じさせるような独特の匂いがする。美術館を訪れたときには、展示された絵画から油絵の香りがふわりと漂うことがある。
本は、その匂いから発行年や保存状態、歴史などを科学的に調べることが可能だ。それでは美術品や工芸品などの歴史的遺産も、視覚だけでなく嗅覚で楽しむことができたらどうだろう。その匂いを紐解くことで、そのモノの歴史や過去がより伝わりやすくなるのではないだろうか。
現在、ポーランドの古都クラクフにあるクラクフ国立博物館では、スロベニア国立博物館と提携した「Odotheka(オドテカ)」と呼ばれるプロジェクトが行われている。
両博物館は、価値のある工芸品の構図や色、質感を維持するのと同様に、「香り」を保存することも重要だとして、過去3年間にわたって嗅覚情報を保存するための開発を進めてきた。
そして、クラクフ国立博物館とスロベニア国立博物館は各5点ずつ、計10点の歴史的遺物の「香り」を科学的な手法を使って保存することに成功した。「香りの図書館」の誕生だ。その中には、ポーランドの有名な画家の作品や、スロベニアの国民的詩人の嗅ぎたばこ入れ(※タバコの粉末を風味豊かに保つための小箱)も含まれているという。
プロジェクトの一環として作られた最初の香りは、クラクフ国立博物館が所蔵する、レオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂(てん)を抱く貴婦人」から抽出された。
絵画の表面から採取された香りの要素を抽出するまで、テストを含むプロセスに9ヶ月を要したという。その間、科学者たちは高度な測定器と自分たちの嗅覚を使って香りを構成する化合物を特定。最終的に、「白貂(てん)を抱く貴婦人」の香りの要素はクルミの木のパネル、ペンキ、ニスにあると特定された。
抽出された香りは、特別なフェルトペンに染み込ませ、来館者が匂いを嗅げるように絵の近くに置かれたという。安全上の理由から、展示室内でスプレーをすることはできないためだ。
クラクフ国立博物館の主任学芸員であるアルシュビエタ・ジギエル氏は、放送局TVNのインタビューでこう語っている。「香りは、その絵画に関する技法、歴史、保存材料などの情報の集大成です。そしてそれは、たしかに来場者の感情にも影響を与えます」
このプロジェクトの目的は、美術品の新たな側面に光を当て、人々が香りも楽しめるようにすることだ。匂いを文化遺産の一部とするアプローチが各都市で広がれば、視覚障害のある人々も展示をより楽しめるようになるかもしれない。オドテカのプロジェクトはそんな多くの可能性を秘めたものなのだ。
【参照サイト】Library of heritage smells: Krakow’s new approach to preserving the past
【参照サイト】Can you judge a book by its odour?
【参照サイト】Smell of heritage: a framework for the identification, analysis and archival of historic odours/Heritage Science
【参照サイト】World’s first “library of heritage smells” launched in Poland with Leonardo da Vinci scent/Note From Poland
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Edited by Megumi