カナダには、160万人以上の先住民が暮らしているといわれる。カナダの先住民は大きく3つのグループに分かれ、北米インディアンのファースト・ネーションズと、先住民とヨーロッパ人の間に生まれた子孫であるメティス、そしてカナダ北部に住む先住民のイヌイットだ。
それらカナダ先住民のうちの半数以上を占めるファースト・ネーションズは、数が最も多いことから、カナダ先住民のシンボルになっている。カナダには630を超えるファースト・ネーションズのコミュニティが存在しており、約80%がカナダ西部、特にブリティッシュコロンビア州、アルバータ州、サスカチュワン州、マニトバ州、そしてオンタリオ州に住んでいる。
彼らは数千年にわたりカナダの大地に根付いて生活してきた。狩猟、漁業、採集を通して自然と調和した暮らしを営み、川や森といった自然環境は彼らの日常に不可欠な存在であった。しかし、19世紀にヨーロッパ人の植民が進むと、多くのファースト・ネーションズは住んでいた土地を追われ、文化や伝統は抑圧されるようになった。
1960年代から70年代には、先住民族の権利回復を求める運動が活発化し、自己決定権の拡大が進められた。ようやく1982年にはカナダ憲法が改正され、先住民族の権利が正式に保障されるようになった。それでも、土地の所有権、教育や医療へのアクセスの格差といった課題は現在も続いており、先住民とカナダ政府の間ではこれらの問題に対する取り組みが進められている。
そんなファースト・ネーションズを始めとするカナダ先住民は、18世紀から20世紀初頭に結ばれた条約によって、狩猟および漁業の権利を保障されている。これらの権利は、食糧供給や文化・伝統の維持に欠かせない要素である。
彼らは非先住民とは異なる条件で活動でき、季節や場所の制限を受けずに年中狩猟が認められる場合もある。さらにエルクやムース、サーモンなどの狩猟・漁業は法律で優遇されるケースがあるのだ。また儀式的な狩猟や地域社会のための食糧確保といった文化的・社会的な目的のために許可される活動も多く存在する。これにより、ファースト・ネーションズは、自らの文化と伝統を維持しながら、自然との共生を続けている。
今回は、ファースト・ネーションズの血を引く、トロイ・カンニングハム氏の狩猟に同行しながら行ったインタビューをお届けする。
話者プロフィール:トロイ・カンニングハム氏
カナダ・プリンスジョージ在住。母方にファースト・ネーションズの一種であるクリー族の血を引き、父方はクロアチア系のルーツを持つ。10代の頃から狩猟を始める。職業は、”Foreman of Street and Water” と呼ばれる市や自治体の公共インフラを管理・監督する役職で、休みの日に狩猟へ出かける。
ファースト・ネーションズの狩人、トロイ氏の狩猟に5日間同行
トロイ氏が住んでいるのは、プリンスジョージという町である。カナダの南西部に位置する第三の都市バンクーバーから北へ陸路で約780キロメートル離れている。そのプリンスジョージからさらに東のロッキーマウンテンの方向に車で約3時間ほどの距離にあるエリアに、彼はキャンピングカーを設置した。そこに5日間滞在しながらトロイ氏の狩猟を間近で見せてもらった。Wi-Fiも届かない森の中での体験だった。
トロイ氏が狙っていたのは、大型のシカ科の動物であるムースとエルクだ。彼の経験から、動物が潜むであろういくつかのスポットに毎日出向いた。朝5時に起き、日が暮れるまで狩猟に没頭した。
動物が潜むであろう場所までは「サイドバイサイド」という2人以上が並んで座れる車両を度々利用した。ドライバーと乗客が並んで座れることが特徴で、荒れた山道や砂地、森林の中などでの走行が可能だ。
両サイドに窓はなく、正面のみに窓ガラスがある。細く険しい道を走るたび、車両は大きく揺れ、枝葉が窓に叩きつけられる。その道を抜けたときに見えてくるロッキーマウンテンの景色は、まるで映画のワンシーンのような美しさだった。
時折、大きな水たまりを勢いよく突き抜け、泥水が跳ね上がってフロントガラスを覆い隠す。だが、その一瞬さえも冒険の一部に感じられ、泥にまみれた風景すら特別な瞬間だった。
動物が潜むであろうスポットの近辺に着くと車から降り、トロイは「elk bugle call」というエルクの雄の鳴き声を真似ることができる道具を使った。彼が鳴らす音は本物そっくりで、非常に独特で印象的だ。
最初は低く「ギューン」と腹から響く音で始まり、そこから音程が高く上がり「ウィーーー」と伸び、最後に笛のような甲高い音が「ヒョロロロロ……」と残響のように消える。力強さと寂しさが混ざったような、自然の壮大さを感じさせる音だ。
トロイ氏が音を鳴らした直後は、動物の気配や音を感じるのを息を潜めて待った。くしゃみや咳をすることはもちろん、落ち葉一枚踏んで音を立てることも厳禁であり、現場には緊張感が漂っていた。この5日間で何百回とそれを繰り返した。
車の運転中にエルクやムースを見つける瞬間もあったが、すでにこちらの存在に気づかれていた上に、私たちも銃を撃つ準備が整っていなかったため、何度かチャンスを逃してしまった。結局、私が滞在した5日間で一頭も獲ることはできなかった。
しかし、私が去った翌日の6日目にトロイ氏から連絡があり、ついにムースを一頭狩ったとのことだった。その後、トロイ氏は自ら動物をさばき、肉を小分けにして紙で包み、自宅の冷凍庫や冷蔵庫で保存したり、家族や親戚に分け与えたそうだ。
5日間の同行を通じて、一頭の動物を狩るためにはこれほどの工程、経験値、時間、そして体力が必要であることを体感した。
トロイ氏へのインタビュー「狩猟は、歴史と切り離すことのできない重要な営み」
狩猟をする上で、ファースト・ネーションズの中にはある絶対的な掟が存在しているという。一体、それはどのような掟なのだろうか。
「食べるなら狩る、食べないなら狩らない」
彼の答えはとてもシンプルだった。
「この考え方は、動物を狩ることが命のサイクルの一部であるとする理念に基づいています。狩猟にはサスティナビリティの観念が根付き、これは必要以上に狩りを行わず、命を無駄にしないという考え方から来ているのです」
この旅に一日だけ参加していたトロイ氏の孫が夕飯を残したとき、彼は「食べ物があるのは当たり前のことではない。無駄にするな」と何度も強く伝えていた。その姿は印象的で、狩猟文化が身近であるトロイ氏だからこそ、命を食すという感覚と、食べ物への敬意や感謝の念が深く根付いていることを感じさせた。
ファースト・ネーションズには、狩猟権に限らず、特定の税免除、教育のサポート、専用の医療福祉プログラム、土地所有権などのさまざまな「特権」がある。しかしトロイ氏は、それでもなお十分とは言えないほど、過去にカナダ政府がファースト・ネーションズに行ってきた数々の酷い行為があったことは否定できないと話す。
19世紀から1996年まで、政府は親から子どもたちを強制的に引き離し、政府とキリスト教会が運営する寄宿学校に送った。先住民の言語や文化を抹消し、欧州系カナダ社会に同化させるためだ。そこでは多くの子どもが身体的・精神的虐待を受け、十分な食事や医療が与えられず、命を落とした事例も多数報告されている。2021年には学校敷地から無名の215人の子どもたちの遺骨が発見された(カナダ政府は2008年に正式に、この同化政策について先住民に謝罪している)。
現在から未来に向けた大きな変革を実現するためには、第七世代まで考慮する必要があり、過去のトラウマや傷が完全に癒えるまでには7世代分の時間がかかると言われている。
狩猟権は、ファースト・ネーションズの文化と伝統を守るための不可欠な権利だとトロイ氏は言う。
「なぜなら我々にとって狩猟は、単なる食料の調達でだけはなくて、文化的、精神的な深い意義があり、歴史と切り離すことのできない重要な営みであるからです。
ブリティッシュコロンビア州は、狩りをするのに最適な環境として知られており、狩猟シーズンには世界各国から多くのハンターが大金を支払って訪れます。しかし、彼らには狩猟ライセンスやシーズン、頭数に関する厳しい規制が設けられているのです。そうした規制がない中で、ファースト・ネーションズの狩猟にあなたが同行し、その様子を直接見ることができるのはとてもラッキーですよ」
トロイ氏へのインタビューの中で、カナダ政府とファースト・ネーションズの悲しい歴史に触れる彼の眼差しは非常に印象的であり、彼らの人生にはいまだに過去の傷が色濃く残っていることを感じさせた。
取材後記
ファースト・ネーションズの狩猟文化を通して、「食べることは命をいただくということ」を改めて痛感した。スーパーで気軽に購入している肉や魚の命の尊さ、食品を無駄にしないという意識が強くなるきっかけとなった。そして狩猟のイメージが大きく変わった。
動物への搾取を避け、生命を尊重するために、そもそも動物を狩らない・食べないという方法もある。しかし、動物の命に感謝してそれをいただくこともまた、食の本質的な尊さを感じる大切な瞬間になるのではないだろうか。
またファースト・ネーションズにとって、狩猟は単なる食料の確保にとどまらず、深い文化的・精神的な価値を持つ重要な営みであることも学んだ。彼らは自然との調和を大切にし、持続可能な狩猟文化を未来の世代に伝えていこうと尽力しているのである。観光としての狩猟体験ではなく、彼らの歴史と伝統に根ざした「狩猟の旅」に同行したからこそ得られた気づきだった。
Edited by Erika Tomiyama