「地域のつながりが希薄化している」という指摘に、驚く人は少ないだろう。それだけ長い間、問題として指摘され続けてきた一方で、なかなか状況は変化してこなかった。都会ではなおさら、人の入れ替わりが多く、必ずしも皆がそうしたつながりを欲しているわけではない中で、人と人をつなぎ直すことには時間を要するかもしれない。
たしかに、ご近所の人に醤油を借りれるような人間関係をすぐにつくることは現実的ではないだろう。でも、個々人が「地域に属している実感」を得る機会を増やしていくことは可能だ。
その仕掛けをうまく生み出しているのが、ポルトガルのスーパーマーケットチェーン・Pingo Doceが実施する、Bairro Feliz(Happy Neighborhood:ハッピーなご近所)イニシアチブだ。住民が「図書館に置く本の購入」や「保育園の新しいおもちゃ購入」など地域向けプロジェクトを考案・応募し、買い物客は購入額10ユーロ(約1,600円)につき1つもらえるプラスチック硬貨を使って、提案された2つのプロジェクトの中からより良いと思うアイデアに投票することができるのだ。ただし、1回の会計につき受け取れる硬貨は最大3枚までと制限されているため、たくさん買った人の意見ばかりが反映されることはない。
この取り組みは2019年に開始され、当初は同国北部のみで実験的に実施されていた。しかし、住民から非常に好評だったことを受け、2021年には全国規模へと拡大。5年目を迎えた2024年現在も続いている。
企画の流れとして、まずは5月から6月にかけてアイデアを募集する。団体が主な応募対象だが、5人以上であれば個人でも応募可能だ。その後3ヶ月かけて、社内外から集めたメンバーが審査して各店舗につき2つのアイデアまで絞る。9月から10月の間に買い物客による投票が行われ、より多くのコインを集めたアイデアのグループが助成金を受け取ることができる。その金額は、一つのプロジェクトに対して最大1,000ユーロ(約16万円)だ。
これまでに、計1,491のプロジェクトを支援。地域の子どもたちがコミュニティセンターで使用する楽器や、消防団員が必要としていたバイタルサイン(呼吸・脈拍・血圧・体温など)のモニター、高齢者のためのトレーニング機器などの導入に活用されてきた。
こうした取り組みがなぜ、スーパーマーケットから立ち上がったのだろうか。同社のサステナブルな発展およびローカルインパクト部署のディレクターであるFilipa Pimentel氏は、その始まりについて、ウェブメディア・Feedの取材でこう答えている。
「私たちは長年にわたり、300を超える地元の組織と協力してきました。彼らは、コミュニティで重要な役割を果たし、家族やより弱い立場に置かれている人々を支援しています。 その多くはボランティアであり、価値ある活動に身を捧げるご近所の方々なのです。 設立から40年間そんな歴史を目の当たりにしてきたからこそ、私たちもまた、これから地域で積極的な役割を果たしたいと強く思ったのです」
地域のインフラを担い、住民の顔がわかる関係を築くことができるスーパーマーケット。だからこそ、地域向けのアクションを起こす起点として、効果的な役割を果たしているのではないだろうか。
買い物帰りにふと足を止めて、自分の周りでどんな人が、どんな課題に直面し、行動を起こそうとしているのかを知る──それがきっかけとなり、助成金以外にも助け船を出せる人が現れたり、活動の参加者が増えたりするかもしれない。コインを投じるという楽しさ以上に、Happy Neighborhood(ハッピーなご近所)は「地域の一員だからこそできること」の一面を実感させてくれる。
【参照サイト】A supermarket’s annual microgrant program scales hyperlocal giving, one token at a time|TrendWatching
【参照サイト】Bairros Felizes, Portugal Feliz|Pingo Doce
【参照サイト】Juntos a fazer Bairros Felizes|Pingo Doce
【関連サイト】Bairro Feliz|Feed
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