トランジションタウン運動の実践者に聞く。ローカル経済活性化のヒント【ウェルビーイング特集 #35 新しい経済】

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「どうして、私たちは気候変動や不平等などの大きな社会課題に直面していると思う?──答えはおそらく、“経済システム”のあり方がおかしくなってしまったから。だとしたら、私たちはそのシステムを変えないといけないんじゃないかな。」

環境ビジネス活動家であるJay Tompt(ジェイ・トンプト)さんはそう話し始めた。

今日私たちが直面している社会課題──それらが生まれた背景には、「資本主義」という大きな構造の問題がある。グローバル規模に拡大した経済システムにおいては、モノの製造から販売までのサプライチェーンが長くなり、その工程が複雑化するなかで、搾取される人が出てきた。さらに、少数の人々に富が集中することで、深刻な格差の問題も生まれている。

そんな状況を変える解決策の一つとして出てきたのが、ローカリゼーション。地産地消など、できるだけ地域のなかにある資源を循環させることで、生産地と消費地、生産者と消費者、人々と自然界の距離を縮めることを指す言葉だ。そのローカリゼーションの動きの一つとして始まったのが、「トランジションタウン運動」である。

2005年、人口およそ8000人のイギリス南部の小さな町・トットネスで始まったトランジション運動。団体や企業、行政などと協働関係を築きながら、市民の力で、持続可能な社会へ移行していくための草の根運動で、根底には「地域コミュニティのつながりを強くしながら、そこに住むみんなで考えて行動することで、様々な社会課題を解決していこう」という考え方がある。

そんなトランジションタウン運動発祥の地・トットネスで活動を行うのが、ジェイ・トンプトさん。今回は、ジェイさんがトットネスで始めた取り組み「REconomy project(リコノミープロジェクト)」を中心に、理想の社会のあり方やウェルビーイングな社会ついてお話を伺った。

話者プロフィール:Jay Tompt(ジェイ・トンプト)

Jay Tompt環境ビジネス活動家。ライター。米国カリフォルニア州出身、2009年に英国トットネスに移住。経済学修士号をモンテレイ国際研究所で取得。サン・ホセ州立大学で哲学を修学。シリコンバレーで起業したのち、コンサルタント業を始めとして様々な地域ビジネス、REconomy project(リコノミープロジェクト)、Transition Town Totnes(トランジションタウン・トットネス)などに関わる。2020年より、シューマッハカレッジのリジェネラティブ経済プログラムにてレクチャーを行う。

ウェルビーイングエコノミー

「世界の状況が悪くなっている」という危機感から

カリフォルニア出身のジェイさんは、大学時代に哲学と経済を学び、環境活動家として活躍。卒業後に起業してからは、ほとんど活動してこなかったというが、1999年にシアトルで反グローバリズムによる大規模なデモがあったこと、グローバル化がもたらす負の影響を日に日に感じるようになったことなどから、「次第に危機感を覚えるようになった」という。

その後、娘が生まれたこともあり、「今のままではいけない」とジェイさんは生活を変えることを決意。コミュニティでのビジネスにかかわりながら、ビジネスや経済システム、パーマカルチャーの勉強などを始めた。そして2008年、リーマンショックを機に奥さんの出身国である英国へ移住したジェイさんは、新天地トットネスで、仲間たちとローカル経済の再生を目指す活動を始めた。

人々によって長年ローカルな暮らしが営まれ、様々なプロジェクトが立ち上がっているトットネス。ジェイさんはなぜそこで、新たなプロジェクトを始めるに至ったのか。

「近年、トランジションタウンの活動にかかわる人は増えています。コミュニティのあり方に魅了されたり、スローなライフスタイルに憧れたりして、トットネスにも各地から多くの人がきています。ただ、自身のライフスタイルを変える人は増えている一方で、今の社会の仕組みが抱える問題の根本、すなわち“経済システム”の部分は、十分に取り組まれていないと感じました。そこにアプローチしたいと思ったんです。」

私たちが直面している多くの問題の引き金となっている現在の経済。その現状を、ジェイさんは人体の仕組みに例えて説明する。

「人の身体のなかにある大動脈、細動脈、毛細血管──これらは血液を全身に運ぶ役割を持っており、人の生存に欠かせません。もし、これらの血管が何らかの原因によって詰まってしまえば、血液はうまく回らなくなり、血が行き届かなくなった部分は退化して機能不全に陥ります。この人体の仕組みと同じことが、資本主義の仕組みにおいても言えると思うんです。」

「人体を世界経済に例えると、動脈や毛細血管は、“グローバル企業”。世界各地で見られるチェーンのレストランやスーパーなどは、今多くの人たちにとって密接な存在であり、資本主義経済の要となっています。しかし、これらグローバル企業や大企業がダウンすると、おそらく世界経済全体がバランスを壊してしまうでしょう。そうなると、そこに頼って生きている大多数の人がその影響を受けます。」

「今の経済の中心に存在するグローバル企業や大企業──それらが機能しなくなっても生き続けられる“代わりのもの”を生み出さなければならない。私たちはそう考えました。その代わりのものが、ローカルな経済の仕組みだったんです。」

起業家がヒーローではない、「新たな起業支援の文化」をつくりたい

ひとたび機能しなくなると、世界中に大きなダメージを与えるグローバルな経済システム。それはまた、長いサプライチェーンのなかで起こる不公平な取引や環境負荷といった様々な問題を孕んでおり、さらには富の一極集中による“格差”も引き起こす。

そんな構造を変えていくためには、地域の資源を地域で循環させる経済のあり方が必要。そこで、ローカル経済を盛り上げたい市民によって2012年に始められたのが、「リコノミープロジェクト」である。ローカル起業フォーラム、リコノミーセンター運営、トットネス・ローカル経済計画など、複数のプロジェクトを同時に進行しているプロジェクトであり、なかでも、特にジェイさんたちが力を入れているのが、「ローカル起業フォーラム」だ。

REconomy project

Totnes REconomy project

「地域でお金が回る仕組みをつくるためには、その地域で起業する人、新しいことにチャレンジする人が増える必要があります。その動きを促進するために必要だと考えたのが、起業支援の“新しい文化”です。」

「新たに何か始めたいと思ったとき、始めやすい環境がととのっていれば、『ちょっとやってみようかな』と思えるのではないでしょうか。そこで私たちは、コワーキングスペースやインキュベータースペース、スタートアップのワークショップや、多様な人と出会えるネットワーク構築の場、資金集めの機会などを用意することにしたんです。新しいことを始めやすくするために“道筋づくり”がカギを握ると考えました。」

REconomy centre

Totnes REconomy project

そんなジェイさんたちが目指すのは、起業家がヒーローとして持ち上げられるのではなく、起業家精神を醸成するコミュニティ、起業までのプロセス、それからプロジェクトに“投資”する投資家や専門家、支援者、チームメンバーなど、“すべての存在が大事にされる文化”をつくることだという。

「ここでいう “投資”の中身は、必ずしもお金ではありません。人々が既に持っている資本──金融資本はもちろん、ネットワークや人脈、ノウハウなどのソーシャルキャピタルや、スペース、構造、インフラなどのエコシステムまで、あらゆる資本が挑戦者への支援となりうるんです。コミュニティに属する一人一人が、自分にできる形で貢献をすることができる仕組みが必要だと考えています。」

2012年には、初のローカル起業家のためのピッチコンテスト「Commuminty of Dragon」が開催され、これまでに計9回、およそ40のプロジェクトのピッチが行われたそう。一度閉鎖されたブルワリーをクラフトビールの醸造所として復活させたプロジェクト、コーヒーかすからマッシュルームを育てるプロジェクトのほか、森林やテクノロジーから、コンブチャ、ベーグル、ケータリングなどの飲食まで、多様なテーマで社会起業家たちがピッチを行ってきた。

Totnes REconomy project

Totnes REconomy project

「ユニークなのが、イベントを開催するたびにコミュニティにつながりが生まれることです。つながることで、支援をしようという人が出てくる。それは何かしらの投資かもしれないし、実際に誰かが起業した後に、そのお店のお客さんになることもあります。ここで生まれたつながり自体が、起業へのプロセスの一部になっています。」

同様のイベントは、英国の各地や米国、ブラジルのリオデジャネイロ、日本では千葉県のいすみなどでも行われており、世界中に広がっているようだ。

理想は、“生命に価値を置く経済”がある社会

今、世界中で「脱炭素」が叫ばれ、多くの国は、できるだけCO2の排出をしない経済のあり方を模索している。そんななか、ジェイさんが理想とする経済システム、社会のあり方とは、一体どのようなものなのだろうか。

「これまで、森林伐採や鉱物資源の採取、過剰漁業など……私たちは人間中心の行動によって環境を破壊し、生態系との関係を悪化させてきました。これらの活動はできるだけ早く終わらせるべきであり、そのために今、一人一人の行動変容が求められています。」

「ただ、いくら化石燃料の採掘や物質の搾取をやめるべきと言っても、それらの活動を生業にして生きている人たちもいて、みんながすぐに行動を変えることは簡単ではありません。難しさや葛藤もあるなかで、私が考えるあるべき理想の社会とは、“生命に価値を置く文化”に根差した経済がある社会です。」

「私たちが生きている世界には、たくさんの生命が存在していて、すべてがつながりあっています。人間である私たちも、そんな生命の網(生命体)を形成する一部であり、そこから離れて生きることはできません。一人一人が、生活や命といった基本的なものを一番に大事にできる価値観や文化さえあれば、ウェルビーイングな世界になっていくと思うんです。」

人間でいることの基本は、協力し合って、充実した人生を送ること

そんなウェルビーイングな世界に近づくためには、具体的には何が求められているのだろう。ジェイさんは、「環境汚染や搾取などの課題に関して、“政府が企業に厳しい制約を設けること”が必要。ただ、最終的には地球上のすべての人たち、特に権力を持っている人たちが正当な行動をとることが大切だ」と強調する。

そんな彼が考える「ウェルビーイング」とは、一体どのようなものなのか。

「私にとってウェルビーイングとは、人とのつながりがあり、自然の生き物に囲まれていて、自由がある状態を意味します。ただ、ここで“自由”というとき、それは何でもありの自由ではありません。“満足のいく人生をつくっていくことができる能力”のことだと思っています。」

「私たち一人一人は、幸せになる、充実した人生を送る権利を持っていて、人々は協力し合ってそれを実現する権利があると思うんです。それこそが、人間でいること、生存の基本なのではないでしょうか。」

REconomy project

Totnes REconomy project

さらに、「コミュニティにとってのウェルビーイングについてどう考えるか?」という質問に対して、ジェイさんはこう答える。

「これまで話してきたことに加えて、その場所に属しているという“共有された感覚”が、コミュニティにとって必要だと思います。あとは、人とのつながりがあることや人々が出会える空間があること。それから安心できる場所や信頼がとても重要だと感じています。」

「ここ数十年で私たち人間同士の関係は希薄になりました。大学で学ぶために、もしくは卒業後に会社で働くために都会に出る人が増え、家族がいても離れ離れに暮らすことが当たり前になりました。また、一人一人の労働時間が長くなったことで、家族だけでなく、友人や周りの人と満足な関係を築く時間がない人も増えたと思います。」

「個人主義の世の中では、私たちは上司やブランドとの信頼関係があっても、近所の人たちとの関係性はほとんどありません。もちろん場所によって異なると思いますが、自分が知る英国や米国を見る限り、そのような感覚があります。でも、たとえばここトットネスには、コミュニティの密なつながり、信頼関係があります。自宅に鍵をかけなくても過ごせるくらいですから(笑)。」

変化の一部になるために、居場所を探す

最後に、ジェイさんが、そしてリコノミープロジェクトが、これから挑戦したいことを伺った。

「今後数年間で特に力を入れたいのが、若者と一緒に、経済システムの移行を進めるスキルを発展させていくこと。先ほども述べたように、今は地域で育った多くの若者が、大学卒業後に都市に出て大企業に勤めようとすることが主流になっています。そんな今、できるだけ多くの若者をインスパイアし、地域でも充実した働き方ができると気付いてもらいたい。少しずつ、働き方の選択肢を増やしていきたいです。」

TransitionTown

Totnes REconomy project

彼はさらに、読者に向けてこのようなメッセージを残してくれた。

「今、社会は変革のタイミングにあり、社会を変えるための様々なプロジェクトが世界中で起こっています。そんなタイミングだからこそ、一人一人がどのような仕事に惹かれるのかを考えて、それにかかわってみることが大切ではないでしょうか。」

「私たちは世界を変えるヒーローになる必要はありません。だけど、変化の一部になるために居場所を探すことは大事です。わりと楽しいし、充実感がありますよ!日本でも良い動きがたくさん起こっていますから、是非仲間に加わってください。一緒に社会をトランジションしましょう。」

編集後記

「私たちは、システムを変えなければならないけれど、いきなり大きなシステムを変えることは難しい。ならば、“できること”から始めよう。たとえ小さな町にいても、周りの人たちと一緒に変えていけることはある。」

“社会を変える”と言うと、大それたことのように聞こえる。気候危機、紛争、貧困、格差など……世界には、数えきれないほどの課題が存在しており、それらは目を覆いたくなるほど大きな課題として、私たちの目の前に佇んでいる。「一人の力」の無力さを痛感している人も少なくないかもしれない。

ただ、そんな今だからこそ、“できることから始める”というトランジションタウン運動の根底にある想いは、「何かしらできることはある」というポジティブなメッセージとなって、私たちを鼓舞し続けている気がする。取材中にジェイさんは、こんな言葉も繰り返していた。

「私たちみんながヒーローになることはできないし、なる必要はない。だけど、誰だって変化の一部にはなることができる。」

それが、大きな変化か小さな変化かは関係ない。たとえ、ほんの小さな変化だったとしても、社会を動かしていることには変わりはないのだから。たった一人のアクションが積み重なることで社会は変わっていく。そのことに改めて気付かされた。

【参照サイト】RECONOMY CENTRE

「問い」から始まるウェルビーイング特集

環境・社会・経済の3つの分野において、ウェルビーイング(良い状態であること)を追求する企業・団体への取材特集。あらゆるステークホルダーの幸せにかかわる「問い」を起点に、企業の画期的な活動や、ジレンマ等を紹介する。世間で当たり前とされていることに対して、あなたはどう思い、どう行動する?IDEAS FOR GOODのお問い合わせページ、TwitterやInstagramなどでご意見をお聞かせください!

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