「デジタル疲れ」を感じることはないだろうか。
スマホやパソコンを手にした瞬間から、私たちは情報に圧倒され、常に誰かとつながっている感覚に包まれる。しかし、その便利さの裏側で、私たちの集中力や創造力、人とのリアルな関係性が少しずつ損なわれているかもしれない。
2025年4月中旬、オランダ・ユトレヒトの駅構内に期間限定で現れたのは、電子機器使用禁止の空間「ザ・オフライン・ゾーン」だ。利用者は、まず入口横に設置されたロッカーにスマホを預け、鍵をかけてからこの空間に入る仕組みになっている。利用者はその後、自由に自分のペースで過ごせる空間へと進むことになる。

Photo by Masato
この取り組みは、オランダの大手保険会社Zilveren Kruisが、国内で「デジタルデバイスを手放す瞬間」を促す活動を展開する団体The Offline Clubと協力して行ったものだ。特に若年層をターゲットに、ソーシャルメディアの影響を自覚し、デジタルとの健全な距離の取り方を学ぶことを目的としている。6日間限定で実施されたこのプロジェクトは、心と身体のウェルビーイングを高め、より健康的なライフスタイルの促進を目的としたものだった。
「ザ・オフライン・ゾーン」の中には、スクリーンの光とは距離を置き、静かな時間を過ごせるようなアナログなアイテムが揃っている。おすすめの書籍、チェス盤、塗り絵セット、折り紙、ポラロイドカメラ、レコードプレイヤーなどが並び、訪れた人々に多様な過ごし方を提案している。これらはすべて、デジタルデバイスを介さずに、心を解きほぐすための工夫だ。
実際にこの空間に足を踏み入れると、ふとした瞬間に無意識にスマホを探してしまう自分に気付かされる。また、スマホなしでどう過ごしていいか分からず戸惑う感覚も新鮮だ。スクリーンに意識と視線を奪われないことで、目の前の塗り絵にじっくりと向き合ったり、知らない人と自然と会話を交わしたりする。やがて、周囲の空気感や自分の内面に意識が向き、今この瞬間を丁寧に味わうことができるようになるのだ。

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その場で出会った人々が一緒にチェスを始めることも|筆者撮影
現代は、情報の洪水の中で生きる時代だ。いつでもどこでもスマホを手に取れば、無限のコンテンツとつながることができる。しかし、その便利さの裏側で、私たちの集中力や創造力、人とのリアルな関係性が少しずつ損なわれているかもしれない。「ザ・オフライン・ゾーン」は、そうした現代の課題に対して静かに問いを投げかける場となった。
心ここにあらずの状態ではなく、目の前の誰かや自分自身と誠実に向き合う時間を取り戻すために、あえてスマホを手放す。それは、単なる不便さではなく、むしろ「本当に豊かな時間とは何か」を考えるきっかけになるだろう。時間とは、他でもない私たち自身の人生そのものなのだから。今、必要なのは、デジタルに支配されることなく、主体的に時間を使いこなす力なのかもしれない。
【参照サイト】The Offline Club
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Edited by Megumi