毎年10月10日は世界メンタルヘルスデー(World Mental Health Day)。メンタルヘルス問題に関する世間の意識を高め、偏見をなくし、正しい知識を普及させることを目的として、1992年10月10日に世界メンタルヘルス連盟によって制定された、世界保健機関(WHO)も協賛している正式な国際記念日だ(※1)。
厚生労働省の資料によると、日本で精神疾患のある人の数は、2002年の258万人から2017年の419万人へ増加し、15年間で1.6倍となった(※2)。現代の日本人のおよそ30人に1人が症状を抱えている計算になる。社会的関心の高まりから、メンタルヘルスやセルフケアといった言葉が身近になってきているものの、過度のストレスや対人関係の悩みだけでなく、新型コロナウイルスの流行によって引き起こされた孤独感や、気候変動への不安感など、現代人の不調の理由は多様化かつ複雑化している。
こころの不調は身体の不調に比べて自覚症状が表面化しづらく、対処が遅れがちだ。つい頑張りすぎてしまうという人に向けて、本記事では日常でできる身近なセルフケアのヒントを紹介する。
頑張りすぎない、無理しない、セルフケアのヒント5選
01. 美術館で作品に触れ、クリエイティビティを刺激する
あなたがもし絵画や写真といった美術作品に少しでも興味があるならば、美術館に行くことをおすすめしたい。美術鑑賞や美術制作には、ストレスを軽減し、幸福感を増進させる効果があると言われているからだ(※3)。
近年、医療従事者などが患者の健康やウェルビーイングのために、薬の代わりに地域の代替医療やコミュニティなどを紹介し、人とのつながりを処方する社会的処方が注目されている。
フランス北部にあるリール宮殿美術館では、地元の病院と連携して、診察後「美術館訪問」が処方された患者を対象に「美術館セラピー」を提供し、患者の健康やウェルビーイングの向上を目指している。館内の展示をめぐり、作品の解説などを受けたあと、参加者自身がアート作品を制作する。作品の制作中も、美術館の専門家が付き添い助言してくれるという。
同美術館は、過去にアルツハイマー病患者や薬物使用者などに向けたセラピープログラムも提供している。通常は美術館訪問を処方された人が参加対象となるが、処方されていない市民が参加できるオープンセッションも1週間に一度開催している。
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2024年3月には日本でも千葉県の佐倉市立美術館で認知症当事者とその家族、介護者を対象に絵画鑑賞を通じて対話を促すイベントが開催されるなど、世界各国でアートとヘルスケアをかけ合わせたイベントが広がりつつある。
美術作品には私たちの心を揺さぶり、想像力を掻き立てる力がある。今の自分は何に興味を持ち、感動するのか。自然と湧き上がる感情にしっかりと向き合ってみよう。
02. 私は私。デジタルデトックスで、他人と自分を比べない「自分基準」を身につけよう
インターネット上に溢れる情報は、日々私たちの感情を左右する。SNSの投稿を読んで他人と自分を比べて落ち込んだり、情報漏洩などセキュリティの安全性を疑ったり、リアルとフェイクの間で疲れてしまうこともある。インターネットと上手に付き合い、精神的負担を避けるにはどうしたら良いのだろう。
そのヒントとなるような取り組みがオランダ・アムステルダムのカフェにあった。Café Brechtでは、The Offline Clubというコミュニティが開催するオフラインをテーマにしたイベントが大人気だという。2時間程度のイベントでは、参加者たちがデジタルデバイスから離れて自分のための時間を楽しんだり、隣の席の人と交流したり、オンラインではないリアルな世界での時間を楽しんでいる。
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デジタル中心の生活に慣れている人にとって、アナログで過ごす時間は不便で非効率に感じるかもしれない。最初は数十分の間だけでもデバイスの電源をオフにして、世間や他人の価値観ではなく、自分が「好き」と思えることをやってみよう。徐々にオフライン時間を増やしていけば、こころの安定だけでなく、睡眠の質や集中力の違いなど体調に変化を感じることもあるかもしれない。
03. 土に触れ、自然に癒され、心身が元気になるガーデニングのススメ
森の中を歩行する森林浴や、草木の手入れや野菜づくりなどといったガーデニングには、リラックス効果や免疫機能改善、ストレス軽減効果があると実験データで明らかにされている(※4)。さらにクイーンズランド大学が主導した研究によると、ガーデニングが特定の肥満関連がんのリスクを低下させる可能性があることも明らかになった(※5)。
そんな心身ともに健康になるガーデニングと、社会貢献やエクスサイズと結びつけたユニークな事例がある。英国の非営利団体・GoodGym(グッドジム)は地域の公園に木を植えたり、ガーデニングをしたり、時に高齢者の家のメンテナンスや家具を移動したりすることを「エクスサイズ」として捉え、英国全土の62の地域の2万2,980人のジム会員に提供している。自身の健康維持だけでなく、誰かや地域のためになることで、継続意欲が湧く。まさに自分だけでなく周りにもハッピーを与える相乗効果が期待できる取り組みだ。
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住んでいる地域や自身の状況によって、ガーデニングが難しいという人は、近くの公園やシェア農園などを利用して、土を触る機会を確保するのもいいかもしれない。
04. ランニングはちょっと苦手、という人へ。”おしゃべり散歩”で行き詰まりを解消
散歩には創造性を高める効果があり、歩いているときは座っているときと比べて活動成果の創造性が60%も高まるという(※6)。そんな散歩の効果に着目して、世界初のオンデマンドメンタルヘルスサービスを提供している英国のSelf Spaceが始めたプログラムが、散歩をしながらおしゃべりすることでメンタルヘルスの改善を図るWalk Clubだ。
Walk Clubは、オンラインで事前に登録した参加者が集まり、資格を持つセラピストによるガイドのもと、決められたウォーキングペアと共に用意された質問リストを会話のきっかけにしながら街の中を散歩する。1時間半のプログラムが、英国市内数ヶ所で月に一度ほど開催されている。
質問リストは全部で1,000個。「友だちになるために」や「落ち込んでいる人向けに」などペアの関係性に合わせて100の幅広いカテゴリーに分かれている。他者とコミュニケーションをとる時に何を話していいかわからない、という人にとっては質問リストは大きな助けになるだろう。
Walk Clubに参加できない人のために同じプログラムを体験できるよう、質問リストは同社のホームページで無料で公開されている。ダウンロードして家族や友人を誘えば、どこでもWalk Clubを楽しむことができるというわけだ。
歩きながら話すことで、身体がリラックスできるだけではなく、同じ時間を共有する人との関係性を深めたい、”行き詰まり”を打破したい人という人におすすめだ。
05. 読書習慣があまりない人も。湯船に浸かって心に刺さる詩を読んでみる
ゆっくり湯船に浸かることでストレスが軽減され、質の良い睡眠につながる。生活習慣病のリスク軽減にも効果があるとも言われている(※7)。湯船に浸かるだけでも十分だが、入浴のお供に詩を読んでみてはいかがだろうか。
詩を読むことは「瞑想」のような効果があると言われている。詩のリズムや言葉の響きに集中することで、日常のストレスや不安から一時的に離れることができるからだ。小説とは違い、短く簡潔にまとまっているので、長く湯船に浸かりたくない人にももってこいだ。
自然派コスメや手作りのバスボムで人気のLUSHは、英国ロンドンの店舗内に、詩を通じて心の癒しを提供するユニークなコンセプトショップ「The Poetry Pharmacy(ポエトリーファーマシー)」の常設店をオープンし、そこでメンタルヘルスに関する書籍やグッズを展開。LUSHとのコラボレーション商品として詩の一節が中に入ったバスボムも販売している。
お気に入りのケア商品を持って、お風呂タイムを少しグレードアップ。今夜からでもすぐに始められる自分へのご褒美だ。
編集後記
自分に合ったセルフケアの方法は人それぞれ。もし何もしたくないと思うなら、無理をしなくてもいい。ご機嫌を取るには、自分の心が落ち着く時間をとること。そして、今の自分の状態を観察し、いたわること。世界メンタルヘルスデーをきっかけに、自分に優しく毎日を過ごしていくために何ができるのかを考えたい。
※1 厚生労働省 精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築支援情報ポータル 世界メンタルヘルスデーとは
※2 厚生労働省 第13回 地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制の実現に向けた検討会 参考資料
※3 アートと社会経済を考える研究会 2022.6.30 話題提供資料 「⼼と脳の働きから 「アートの効⽤」 のエビデンスを捉える」
※4 庭NIWA 書評 自然セラピーの科学ー予防医学的効果の検証と解明ー 宮崎良文著
※5 TheCoolDown Website
※6 Give Your Ideas Some Legs: The Positive Effect of Walking on Creative Thinking
※7 独立行政法人経済産業研究所「入浴、ストレスによるストレスの軽減・予防医療の推進で日本を元気に」