立ち並ぶ高層ビル、巨大な看板広告、煌めくネオン──若者にとって都市は、未知の出会いとエネルギーに満ちた、好奇心を刺激して止まない場所だろう。
一方で、高齢者にとってはどうだろうか。例えば、移動。スピードを優先する都市では信号の青時間が短く、高齢者が横断歩道を渡りきれずに取り残されることがある。また、公共空間にはトイレやベンチといった休める場所が少ない。画一化された住環境ではコミュニティが自然と形成されにくい傾向があり、孤立や孤独にも陥りやすい。
このように、従来の都市は高齢者の暮らしに配慮した設計になっているとは言い難い。これは、都市空間のデザインが、身体に不自由のない若年層の通勤や消費、自動車での移動を前提としていることが理由だ。国や地域によって背景は異なるものの、大半の都市には同じような傾向がある。
国連の予測によれば、2050年には世界人口の約70%が都市で暮らすようになるという(※3)。そんな中、特に高齢化が進む国々では、どのような都市づくりを行っていくべきなのだろうか。

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日本と同様に高齢化の課題を抱えるイギリスのマンチェスター市が、この問いに向き合おうとしている。それが、同市北部・クランプサル地区にあるノース・マンチェスター総合病院の跡地を「高齢者が加齢に適応した生活ができる地域(ヘルシー・ネイバーフッド)」に再開発するという計画である。
具体的には、27ヘクタールの広大な敷地に、家族向け住宅、高齢者向け住宅、特別支援付き住宅、回復期ケア、一時ケア、認知症ケア、地域のキーワーカーや支援対象者向け住宅などを統合的に設計するという。また、医療用ウェアラブルデバイスや遠隔モニタリングといった最新のICTを活用し、住民の健康状態や生活状況に応じて柔軟に対応できる住環境も作られる。
さらに、敷地の一部にはヘルスケア分野の研究開発に取り組む事業者や企業の拠点が設けられ、歯科クリニック、フィットネス設備などを備えた「ウェルビーイング・ハブ」も設置されるという。このように、ケア機能を住宅の近くに集めることで、「地域の中で年を取る」ことを可能にすることが今回の再開発の特徴だ。
また、高齢者が安心して暮らせる環境を確保しつつ、多世代が共に暮らすコミュニティの形成を目指している点も重要だ。マンチェスター北部はもともと貧困率が高く、住民の健康状態も国内で最も厳しい地域のひとつだ。これが経済活動の停滞とさらなる貧困を招く悪循環を生んでいた。再開発では、その構造的な課題に向き合い、教育や雇用といった包括的な機能を整備することで、地域全体の再生を目指しているという。
開発の総額は1億5,000万ポンド(約290億円)と大規模で、設計を担当するのは建築事務所・ポッツォーニ(Pozzoni Architecture)だ。開発地の一部は2025年中に使用可能になり、2027年からは近隣の住宅街をヘルシー・ネイバーフッドに統合する開発にも着手する予定だ。
マンチェスター市は、2004年に高齢者自身による政策助言委員会「Older People’s Board」を設置し、2010年には世界保健機関(WHO)の「エイジフレンドリー・シティ」イニシアチブに英国で初めて参加するなど、高齢者が暮らしやすいまちづくりを段階的に進めてきた。今回のプロジェクトは、その10年以上にわたる取り組みの集大成とも言え、今後のイギリスにおける都市政策や他国への波及も注目されている。
高齢化に対応した都市計画は、マンチェスターに限ったものではない。たとえばシンガポールでは、青信号の時間を延長できる「シニア・カード」の導入や、公共空間のバリアフリー化、高齢者住宅の整備など、国をあげた取り組みが進められている。
また、スペイン・バルセロナでは、高齢者や障害のある人をケアする人々にサポートを提供する「ケアカード」を導入するなど、「ケアを提供する人をケアする」体制を行政が整えている。こうした各地の取り組みも、高齢者が安心して暮らせる都市とは何かを問い直すヒントとなるだろう。
都市が高齢者にやさしくなれば、誰にとっても住みやすい都市になるだろう。都市によって社会的背景や文化はさまざまだが、マンチェスター発の新しい都市モデルは、同様の課題を抱える世界各地の都市計画にヒントを与えてくれるものではないだろうか。
※1 総務省統計局「令和4年版高齢社会白書」
※2 ONS(イギリス国家統計局)2021年国勢調査
※3 68% of the world population projected to live in urban areas by 2050, says UN
【参照サイト】The radical plan for a futuristic age-friendly neighbourhood in Manchester
【参照サイト】Healthy Neighbourhood at NMGH
【参照サイト】Get involved with Age Friendly Manchester
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