いま社会に必要なのは、“遅くする”ことではなく、“思い出す”ことかもしれない。横須賀・谷戸のアート展を訪れてみたら

2026.07.14

朝、仕事を始める前に、自分の関心にそって選ばれたニュースに目を通す。出られなかった会議は、録画を倍速で追う。面倒な作業も、AIが代わりに進めてくれる。

私たちの一日は、日々効率化され、以前より多くのことを速くこなせるようになった。けれど、そうやって節約したはずの時間は、いったいどこへ消えたのだろう。速くなったはずの毎日で、なぜか時間はいつも足りない。夜になって振り返っても、今日という一日が曖昧で、何でできていたのかうまく表現できない。効率と速さの裏で何かがこぼれ落ち、薄れている。

2026年7月12日、横須賀・谷戸の坂をのぼった先の古民家で、その“薄れていくもの”を主題にしたアート展を訪ねた。

谷戸の坂の上、ゆっくりとした時間が流れる家

京急本線の汐入駅から、駅前の通りを背に住宅のあいだの細い道を進むと、やがて坂と石段が入り組む「谷戸」と呼ばれる地域に入っていく。車の通れない坂道の両側に、古い家々が斜面に沿って身を寄せ合うように建っている。

会場の「問室 -toishitsu-」は、その坂の上に建つ平屋の古民家だ。「本屋でも図書室でもない、“問う”を通して“新しい気づきに出会う”場所」を掲げ、地域に関わる人たちの手で再生されてきた。ここで開かれているのが、アーティスト・坂木茜音(さかき・あかね)さんの初個展「昨日見た花の色は何色だったっけ」だ。

個展会場の古民家スペース「問室 -toishitsu-」

個展会場の古民家スペース「問室 -toishitsu-」

玄関で靴を脱ぎ、板の間に上がる。展示の中心は、印刷した花の写真をすりガラスで覆った作品群。ガラス越しの花は、輪郭がやわらかく霞んで、はっきりとは像を結ばない。見る位置や光の加減で、像を静かに揺らす。同じ作品の前でも、少し動くだけで違う表情が現れた。

印刷した花の写真をすりガラスで覆った作品群「Veil series」

印刷した花の写真をすりガラスで覆った作品群「Veil series」

「この作品はピントを合わせていないんです。座って、ぼーっと眺めることもできる。なんとなく眺めていると、昨日の晩ご飯のことや、まだ終わっていない仕事のこと、そういえば考えないといけない人生のことがたくさん巡っていく。それもいいところかなと思っていて。まさに、この問室という空間にぴったりな作品だと考えています」と坂木さんは言う。

作品について解説する坂木さん

かたわらには、シフォンの布に花と文字を刷った「透明な詩」が、空気の流れで静かに揺れている。作品の背景は、ギャラリーのような白い壁ではなく庭だ。

「後ろの壁が白かったら、面白さを感じにくい作品です。昨日は青空で、今日は曇り空。日や時間によって、揺れたり、揺れなかったりする。自然の時間軸と一緒に作品があるんです。作った自分が想像していた以上でした」と坂木さんは笑った。

透明な詩「生きるを知る」「実り」「人間」

透明な詩「生きるを知る」「実り」「人間」

部屋の一角には、木の作品が2点置かれている。写真やガラスが花を“写しとった”ものだとすれば、こちらは、自然物そのものを持ち込んだ作品だ。そのうちの一つ「傷つけられたものたちへ、傷つけたものたちから」は、人の手で切られた木の傷跡をなぞって白い直線を引いている。この白線は、傷跡への手当てであると同時に、自然物にはないものを人の手が加えた印でもあるという。

ヒノキの作品「傷つけられたものたちへ、傷つけたものたちから」

ヒノキの作品「傷つけられたものたちへ、傷つけたものたちから」

そして奥の作品には、「あなたにとって、忘れたくないけれど薄れていっても仕方ないという記憶はなんですか?」という来場者への問いかけが添えられている。ここでは、参加者それぞれがその記憶へと手を伸ばし、「もうなくなってしまった実家の近くの本屋の看板」「大切な人の手のあたたかみ」など、頭に浮かんだことを付箋に書いて貼っていく。

参加者の"忘れたくないけれど薄れていっても仕方ない記憶"

参加者の“忘れたくないけれど薄れていっても仕方ない記憶”

中央の柱に目を向けると、ステートメントに、こんな一節があった。

「昨日を忘れてしまうことを花は、許してくれるだろうか。」

個展「昨日見た花の色は何色だったっけ」ステートメント

個展「昨日見た花の色は何色だったっけ」ステートメント

確かめられないもの。うまく言えないもの。曖昧なもの。この個展は、それらを問いのかたちのまま、来場者へ手渡してくる。

作品についてのトーク

この日のトークのゲストは、谷戸のまちづくりを実践し「問室」を運営する藤原香奈(ふじわら・かな)さんと、「問室」の運営の傍ら、建築家でもある田村聖輝(たむら・さとき)さんだ。

作品テーマについてのトークの様子:左から田村さん、坂木さん、藤原さん

作品のテーマについて、坂木さんはこう話した。

坂木さん「“早い”って、何を基準に早いと言っているんだろう、と考えたんです。AIが出てきて、ポッドキャストも倍速で聞く。人間はどんどん、時間軸を速めている。でも、日が昇って沈む一日の24時間だけは変わらない。だから、遅さの象徴として、自然をモチーフに選びました。

なくなっていくことや、記憶が失われていくことを、マイナスとして捉えるんじゃなくて。曖昧になっていくのも仕方がないよね、と受け止めて、向き合ってみたかった」

藤原さんが、問室の場のコンセプトを重ねる。

藤原さん「気づきって、日常のもっと身近なところにあると思うんです。忙しく過ごしていると、見過ごしてしまう。一歩立ち止まって向き合ったときに、実は新しい気づきがある」

答えを急がない時間の流れ方が、「問室」という場所の名前と重なっているのだ。トークは、それぞれの「原風景」の話へと流れていった。坂木さんの原風景は、山口の実家だ。

坂木さん「田んぼと田んぼの間を、自転車で学校に行くような場所で。遊び場がたくさんあるわけじゃないから、あるもので、自然のなかで遊ぶ。ものづくりが好きなのも、自然をテーマにしたいのも、きっとそこからつながっているんです」

藤原さんは、生まれも育ちも川崎だという。

藤原さん「帰る田舎がなかったんです。でも、福井から出てきた祖母と一緒に住んでいて、庭で野菜を育てたり、ふりかけを手作りしたり。田舎はないけれど、田舎のような暮らしの豊かさを感じていました。おばあちゃんのふりかけが原点、みたいなところがあります」

そして田村さんは、大学の建築の課題で「原風景」という言葉に出会った。

田村さん「自分の小学校を設計する課題で、先生に“自分の原風景に向き合え”と言われて。小学校6年間の思い出が、算数や国語を習ったことじゃなくて、隣の崖で遊んだ記憶しかなかったんです。泥だらけになって、めちゃくちゃ怒られて。でも、そこにいろんな危険と発見があった」

原風景について語り合う

田んぼと、手作りのふりかけと、崖。3人の原風景は、まるで違う。それでも共通しているのは、記憶として薄れていくものはあっても、忘れていないものがそれぞれのなかに残っていて、それが、いまの活動をかたちづくっているということだった。

坂木さん「はじめは、忘れることや記憶が、作品の真んなかにあったわけじゃないんです。でも、作っていくうちに、すごく前に出てきてくれた」

藤原さんは、この土地の暮らしを「2つの『そうぞう』」という言葉で語った。

藤原さん「いまは、自然との距離や、自分たちで作り出す遊びとの距離が、開いてきていると思うんです。でも、ここは坂の上にある不便な場所だからこそ、あるものを工夫して作り変える。イマジネーションの『想像』と、クリエイションの『創造』。その2つが生まれることが、むしろこの土地の豊かさだと思っています」

話題は、展示室の作品そのものへ戻っていった。口火を切ったのは、田村さんだ。

田村さん「ガラスは透明じゃない、というのが僕の考えなんです。透明には2種類あって、ガラスは“物質としての透明”。もうひとつ、空気が通り抜ける“フレームの透明”、いわば“空気の透明”がある。今回の作品は、厚いガラス越しに写真がボケる。物質化された透明の“奥行き”が、すごく重要なんだと思います」

たしかに、「Veil series」のガラスは厚く、花の像は遠い。一方、シフォンの「透明な詩」は薄く、風の行き来で揺れる。こちらは“空気の透明”だ。動かない透明と、動く透明。2つの透明のあいだで、花の時間は、違う速さで流れている。

話は、ヒノキの作品「傷つけられたものたちへ、傷つけたものたちから」にも及んだ。材料となった木は、坂木さんの実家から届けられたのだという。

坂木さん「この木は、切り方が下手くそだって、親は言うんです。磨かずにそのままを送ってもらって、まず傷跡をなぞることから始めました。そうしたら、木がかわいそうに見えてきて、直線で巻いてあげたくなった」

藤原さん「あの傷跡には、過去にそれを切った人がいる。その人の手のあと、時間の積み重ねのうえに、いまがある。坂木さんは、ものを擬人化して『木がかわいそう』と言う。そこに、坂木さんの思いが入っている気がします」

人の手が残した傷も、時間の一部として抱きとめる。作品のつくりと、この個展の問いがまた一つ、つながっていく。

「今日覚えておきたいもの」を探して歩く

後半は、まちあるきのワークショップだ。この日の参加者は6人。参加者は谷戸のまちを30分ほど歩き、藤原さん・田村さんから谷戸のまちの説明を受けながら、「明日には忘れてしまうかもしれないけれど、今日覚えておきたい」と感じたものを、一つ持ち帰ってくる。

坂道と石段の道すがら、藤原さんが谷戸での暮らしの実際を教えてくれる。

藤原さん「ごみは、収集の人がリアカーで引いて運んでいくんです。これだけいろんなものが発達しても、リアカー。でも、この坂では、そのほうが速いんですよね」

効率の物差しが、この地形では反転している。田村さんは、緑の斜面を指しながら言う。

田村さん「リスやたぬきの生活範囲は、この緑のなかにあって、僕らはそこに寄り添う形で住んでいる。いろんな生き物が、いろんな世界で一緒に生きているのが、いいなと思うんです」

谷戸の風景を眺めながら、谷戸の暮らしや自然について話す田村さん

ふしぎなもので、「覚えておこう」と決めた瞬間から、風景が細部を取り戻していく。花には花の、この谷戸にはこの谷戸の時間が流れている。目を留めた分だけ、風景は息づいていくのかもしれない。

持ち帰ったものを、分かち合う

歩き終えた参加者は、古民家に戻りそれぞれが持ち帰ったものを語り合った。田村さんは、コンクリートの隙間から生えた植物の写真を選んだ。「人工物が、雨と根っこで、だんだん自然に近づいていく。それを『風化』と呼ぶんです」と教えてくれた。藤原さんは、汗だくで草を刈る近所の人の写真を見せて、「それがあってのこの地域だから、感謝も込めて、忘れたくない」と言った。

持ち帰ったものや風景を共有し合う参加者

同じ道を歩いたはずなのに、覚えておきたいものはひとりずつ違う。そして誰かの視線を借りると、自分が通り過ぎた風景が、もう一度立ち上がってくる。ひとりの記憶が、誰かと語り合うたびに編み直されていく。話をするたびに谷戸の記憶は、その場にいる人の数だけ厚みを増していた。

編集後記

展示を出て、来た道を戻る。歩きながら、昨日見た花は何色だったかと、まぶたの裏に思い浮かべてみる。思い出すたびに、昨日は少しずつ描き直されて、世界は一色ずつ彩りを取り戻していく。その色づいた記憶が自分をつくり、誰かと語り合う記憶が、まちや社会をつくっていくのだ。

速さを増す社会では毎日多くの情報が押し寄せて、気づけば一日が通り過ぎていってしまう。それでも、花に思いを寄せれば、いつでも昨日に手を伸ばすことができる。私たちに必要なのは、たぶん、そうした時間だ。

「昨日を忘れてしまうことを花は、許してくれるだろうか。」この個展が差し出す静かな問いを、次は誰かと分かち合ってみたいと思いながら、私は谷戸の坂を下りた。

個展情報

  • 個展名:「昨日見た花の色は何色だったっけ」
  • 会期:2026年7月10日(金)〜7月20日(月・祝)
  • 開館時間:平日 12:00〜21:00/土・日・祝 10:00〜19:00
  • 休館日:7月15日(水)
  • 会場:問室 -toishitsu-(神奈川県横須賀市汐入町3-20-4/京急本線「汐入駅」「横須賀中央駅」より徒歩10分)
  • 入館料:500円(小学生以下無料)
  • 備考:ゲストを迎えた全4回のトーク&参加型ワークショップも実施(7/11・12・18・19)
  • トーク&ワークショップ申込:Peatixより

【個展情報】坂木茜音 Instagram
【参照リリース】スタートアップ起業家が仕掛ける社会への問い。美大卒の起業家・坂木茜音が、人生初の個展『昨日見た花の色は何色だったっけ』を開催

Edited by Natsuki

この記事を書いたライター

大学時代は経済学や教育学を学び、新卒では銀行員として金融について学んだ。関心テーマは、教育、新しい経済の仕組み、インパクト投資、非営利、AI、哲学、対話、共創。おいしいご飯とお酒、散歩が好き。日本承継寄付協会 監事も務める。