伝統工芸の「身体知」をデジタル技術でつなぐDENSO DESIGNの実験。その技術はどんな未来をひらくのか【イベントレポ】

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テクノロジーは私たちの暮らしを“便利”にしてきた。しかし、効率や生産性の過度な追求は、自然環境への負荷や文化の喪失といった課題を現代社会に突きつけている。こうした時代において、私たちはテクノロジーの役割をどのように捉え直せば良いのだろうか。

気候危機に創造力で立ち向かう共創プロジェクト・Climate Creativeでは、第22回目となるイベントとして「その技術は誰の未来をひらくのか?伝統技術のアーカイブから捉え直す豊かさの定義」を開催した。ゲストにDENSO DESIGNの吉岡裕記さんを迎え、伝統技術のデジタルアーカイブという実践を通じて、未来における技術のあり方と新たな豊かさの輪郭を探った。(過去のイベント一覧はこちら

本記事では、そのイベントの第1部インスピレーショントークと、第2部ゲストトークの様子をお届けする。

登壇者紹介

吉岡 裕記(DENSO DESIGN)

多摩美術大学で情報デザイン/メディアアートを学んだ後、テクノロジーと生命の関係をテーマとした表現活動に取り組む。早稲田大学理工学術院に所属しながら、研究者と協創し、未来の社会や倫理を問いかけるデザイン手法をもとに作品制作や展示を行ってきた。2015年の金沢21世紀美術館での企画展示を始め、国内外で発表を行っている。先端技術系のスタートアップやデザインスタジオにて、映像や広告、空間演出などの企画・制作に従事。現在はデンソーにてインハウスアーティストとして活動。テクノロジーと社会・文化を接続するプロジェクトの企画・推進に取り組んでいる。

仲原 菜月(ハーチ株式会社・IDEAS FOR GOOD副編集長)

IDEAS FOR GOOD 副編集長。大学在学中は政治経済を学びながら難民支援や環境課題の解決に従事し、スウェーデンに留学。ウクライナ避難民の写真展を都内で開催。脱成長、紛争予防、自然観などを中心に執筆。

テクノロジーの「根源」に立ち返る

テクノロジーと聞いて、何をイメージするだろうか。

第1部の冒頭、IDEAS FOR GOOD編集部の仲原が問いかけたのが、この問いだった。「テクノロジー」と聞くと、最初に思い浮かぶのがグローバルなインターネットに関連するものや、それを支えるデジタルテクノロジー、そして最近ではAIなどを想像する人が多いだろう。

しかし、テクノロジー(technology)の由来である古典ギリシャ語の「テクネー(τεχνη)」に焦点を当ててみると、テクノロジー・技術の根幹にある特徴が見えてくる。

「日本語でいう技術、英語でいうテクノロジーなどの語は、古典ギリシャ語のテクネーに由来し、今日的な意味での使用は19世紀半ば以降からとされています。さらに広辞苑に記載されている語義を見てみると、一つ目は『物事を巧みに行う技』。二つ目は、『科学を実地に応用して自然の事物を改変、加工し、人間生活に利用する技』とあります。

つまり、あえて細かく定義すると『自然物』を対象に、そこに手を加えて、人間の『生活に』利用することにテクノロジーの主眼が置かれているのです」

そんな根本に立ち返ってみると、家具をつくる身近な工具も、農業で生かされる接木のノウハウも「テクノロジー」として捉えられる余地が見えてくるのだ。

では、ここでテクノロジーの気候変動との関わりを見直してみよう。テクノロジーの役割が大きく変わるきっかけとなったのが「産業革命」であった。このとき技術は「産業化」され、生活のための技術よりも「経済のための」道具としての比重が強まったのだ(※)

同時に、エネルギー源が化石燃料に移行し、量と性質の両面から自然環境への負荷が高まった。現代に至るまでテクノロジー開発は経済の重要な歯車とされており、その蓄積は気候変動に大きな影響をもたらしたと言えるだろう。

その一方で、経済合理性の中で「失われるテクノロジー」もある。その多くが、地域に根付いた伝統技術である。

「前述の通り、テクノロジーは自然を土台に捉え、自然を私たちの暮らしに繋ぐ役割を持っています。つまり、暮らしのあり方や生活の豊かさの定義は、技術やテクノロジーのあり方とも強く結びついているのではないかと思うのです。

だからこそ、伝統技術が失われていくことは、単に技術が消えてしまうだけではなく、そこに紐付いていた暮らしの豊かささえも、私たちはもしかすると手放しつつあるのかもしれません。皆さんなら、どんな生き方のために、今どんな技術を繋ぎ直していくことが大切だと思いますか?」

失われゆく技術と、新しく生まれる先端技術。すべてのテクノロジーをどちらかに当てはめることはできず、どちらが良い・悪いと決めることもできない。ただし、テクノロジーが私たちの生活を形作るならば、私たちの「未来に残したい生活」の豊かさは、今どんなテクノロジーを守り抜くかにかかっている。

幸いにも、現代ではまだ叡智に触れることができる伝統技術がかろうじて残っている。同時に、それを引き継ぐ可能性を宿した先端技術が生まれている。この貴重なタイミングに、テクノロジー・技術が果たす役割を問い直してみよう。その実践の芽を見せてくれるのが、DENSO DESIGNのプロジェクトだ。

伝統技術の「身体知」を未来へつなぐ

DENSO DESIGNの吉岡さんは、自身を「インハウスアーティスト」と位置づけ、デンソー社内からテクノロジーと文化を接続する実験的な取り組みを展開している。吉岡氏は、テクノロジーの由来にある「テクネー(τεχνη)」から着想を得て、骨でできた槍などの“テクノロジー”も示唆に富んでいることを語った。

「自分たちが獲って食べた動物の骨を捨てていて、まとまった場所に置いてあったとします。ある日それを見て、次の獲物を狩る道具にしようと考えた、もしくはその素材の割れやすさや加工しやすさの特性に気づいたのでしょうか。価値のないものだと思っていたものに、価値を見いだして作っていく。その発見がすごくクリエイティブだなと思うのです。

もともと自然界にあるもの、例えば骨の形状やしなり具合、加工のしやすさに気づいたということが、技術の始まりだと思います」

この時代の釣り針に「返し」がついている工夫に感心してしまうと、吉岡さんは語った|Image via Shutterstock

そんな技術への細やかな眼差しは、吉岡さんが現在取り組んでいるプロジェクトにも滲み出ている。それが、伝統工芸における職人の「身体知」や「技」をデジタル技術で記録・保存する「TECHNO GRAPHICAL DATA ARCHIVE」である。

「そもそも伝統工芸産業には、この40年ほどで、従事者の人口が半分以下になり、売り上げも下がっている課題があります。その背景には、後継者不足や、オンラインで物を買うようになったこと、日用品の大量生産化があり、人の手で作った日用品や道具が使われなくなってきたという社会の流れがあります。

さらに職人さんが高齢化する今、失われつつある技や工芸が国内外に点在している状態です。そんな伝統工芸職人や、車の部品を製造しているデンソー社内の技術者が持っている、言語化しにくい暗黙知の『カンコツ(勘とコツ)』をデジタルで可視化して、それらを保存・継承できる仕組みをつくることを目的に活動しています」

その発端は、2023年に同社がSF作家らと行ったワークショップで描いた、より良い未来を想像した上記の短編漫画だった。

漫画で描かれたのは「職人が自らの技をスキャンしてプラットフォームで共有し、全く違う分野で新たなインスピレーションとして活かされる」というストーリー。このビジョンに関心を抱いた吉岡さんは「これを実現するとしたら、今どんな実験ができるのか」と考え、実際に職人の元へ足を運びその現状に触れ始めた。

「はじめは『先端テクノロジーと日本の伝統的な技が相まみえるなんて』という反応を受けたこともあったのですが、お叱りを受けながら話を積み重ねていったことで、互いに理解を得ることができました。彼らも産業の衰退に課題感があり、未来への繋ぎ方を模索している最中であったことも、お話を受けていただいた背景にあると思います」

最初にプロジェクトが立ち上がったのは、愛知県の有松・鳴海絞り。Apple Vision Proなどの最新機器を使って、職人視点の映像を記録するほか、指先や身体の動きのデジタル解析を試みた。

「側から見ると、布に糸を巻きつけて棒状にしていく動作なのですが、ここから予測不可能に近い複雑な柄が出てくるのです。この作業をスキャンさせていただきデジタル上で分析することによって、何がどう作用して複雑な柄が出てくるのかという仕組みを解明できるのではないかと考えて、作業工程と結果の関係をシミュレーションしたソフトも開発しました。

モノづくりの勘やコツを、可視化して、技能の知識として共通言語化していく。それらがデジタルプラットフォーム上で共有される。そんな漫画で描いていた世界を具現化していく流れが生まれています」

さらに吉岡さんらは、こうしたアーカイブを「東海道の宿場町」という歴史的なつながりに沿って横展開し始めている。現在は有松・鳴海絞りだけでなく、神奈川県箱根の寄木細工職人の技や道具、アトリエ空間自体の3Dスキャン、インタビューの収録も進めているという。

「東海道沿いに物資や知識、技術が伝わっていったと言い伝えられています。それならば、その宿場町ごとにある、工芸技術を収集していくことで伝承の軌跡や何かしらの繋がりが見えてくるのではないかと考えてます」

伝統技術を単なる“過去の文化”として保存するのではなく、先端技術によってその美しさや「カンコツ」を伝承可能にすること。それは、異なる領域の知恵や人々の感性が時代を超えて交わり、形を変えながらも地続きの「技術」として未来へ続いていくことを意味する。

しかし、こうした継承は自然に発生するものではない。だからこそ、今を生きる私たちが、その連綿と続く営みをつなぐための場所や方法を主体的に模索することに、大きな意義が伴ってくるのだろう。

テクノロジーを、再解釈する

続くクロストークでは、テクノロジーがひらく豊かさについて議論が交わされた。そこから見えてきたのは、先端技術が決して効率化のためだけのものではなく、点在する知恵をつなぎ合わせ、未来へ向けて建設的な議論と変化を促すための触媒になる可能性だ。

例えば、吉岡さんはアーカイブを通じて「効率化の先にある、人間の身体性や美意識の重要性」が浮かび上がってきたと語る。技術のデジタル化を進めることで、かえって、デジタル化できない人間的な領域が立ち現れてきたのだ。

だからこそ、テクノロジーを「古いもの・新しいもの」「正・悪」と二元論で分ける必要はない。重要なのは、最先端のAIやロボティクスを含む技術を、人と人、過去・現在・未来のあいだをつなぐ「道具」として意識的に使うことだ。

そして、「その道具でどんな暮らしや自然、社会を守り実現したいか」を考え抜くプロセスから、それぞれの新しい豊かさが生まれてくるのではないだろうか。

National Geographic, 2026, Industrial Revolution and Technology

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次回告知

Climate Creativeでは、これからも気候変動をはじめとする複雑な社会課題に対し、デザインやテクノロジー、ビジネスが持ち得る創造的な可能性について探求していきます。次回のイベントは7月1日(水)17:00から開催!テーマは「気候変動時代の情報・言葉の届け方」です。サステナビリティの取り組みについてどう伝えることが誠実なコミュニケーションなのか、そもそもなぜ「伝える」ことが必要とされるのか。そんな疑問をお持ちの方は、是非お見逃しなく。

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