ビジネスのKPIは何を映し、何を見落とすのか。数字を「対話への入り口」に変えるには

2026.08.07

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毎月、あるいは毎週のように更新されるダッシュボード。右肩上がりのグラフには安堵し、停滞を示す赤い数字には、胃がキリリと痛むような焦燥感を覚える。企業で責任ある立場に身を置くと、数字で組織を説明し、数字で未来を約束することが求められる。

KPI(重要業績評価指標)と呼ばれるものを、私たちはどのように捉えているだろうか。KPIは通常、利益、顧客数、契約率など組織の目標達成度を測るための定量的な指標を指すが、今やビジネスの現場において、これらの数字は一種の「絶対的な正解」として扱われることも少なくない。

「数字で測れないものは、管理できない」──この言葉を信じ、画面上の数値を消化することに追われる日々の中で、ふと足元がおぼつかなくなる瞬間がある。例えば、ある記事がSNSで何万回シェアされたかという数字の裏で、たった一人の読者の人生がその記事によって選択を変えたかもしれない。あるいは営業の現場で、成約件数という数字には表れない「顧客がふと漏らした本音」の中に、次の事業の種が隠れているかもしれない。数字を追いかける過程で、私たちは一体どれほど、こうした手触りのある現実を見落としてきたのだろうか。そうした違和感に向き合う中で、筆者が辿り着いたのが文化人類学の視点であった。

文化人類学者のジェームズ・C・スコットが著書『Seeing Like a State(国家のように見る)』の中で提示した「Legibility(可読性)」という概念は、鋭い示唆を与えてくれる。スコットは、国家が複雑な森や村を統治しやすくするために、それらを「地図上の直線」や「統計データ」へと書き換えてきた歴史を分析した。現代の企業もまた、KPIという装置を通じて、現場の多層的な現実を管理可能な情報へと平坦化してきたと言えるのではないだろうか。

しかし、この「可読化」には高い代償が伴う。数字に変換される過程で、現場に宿る「メティス(実践的な知恵)」は、効率の名の下に削ぎ落とされてしまうからだ。例えば、長年の経験を持つ編集者が直感的に感じる「今、このテーマを出すべきだ」という時代への嗅覚や、取材相手との言葉にできない信頼関係。あるいは、熟練の技術者が製品のわずかな振動から察知する不具合の予兆や、接客のプロがお客様の表情から読み取るニーズ。そうした個別の文脈は、数字には表れない。KPIを追うことで組織の透明性や効率は高まるが、一方で「数字」だけを評価や意思決定の唯一の基準にしてしまうと、数値化されにくい現場の微細な変化が議論からこぼれ落ちてしまうリスクがあるのだ。

また、文化人類学者の大川内直子氏は、PLANETS YouTubeチャンネルの対談動画の中で、現在のビジネス環境を「KPI管理という宗教が20〜25年かけて蓄積してきた場所」と表現している。かつて、ビジネスパーソンが求める教養(リベラルアーツ)は、予測不能な時代を生き抜くための「自己強化」や「超人思想」として語られる側面があった。しかし、大川内氏が提唱する文化人類学的な知性は、その真逆を行くものだ。それは、与えられたKPIをいかにクリアするかという「ゲームの攻略法」を学ぶことではなく、そもそも「なぜこの数値が設定されたのか」「この数値によって、自分たちはどう変質させられているのか」を問い直す、メタ的な視点を提供してくれる。

実際に、短期的な数値目標だけで事業を評価せず、あえて意味や物語を経営の軸に据える企業も現れている。たとえば、アウトドアウェアを展開するPatagoniaは、売上目標よりも優先して「その行動は地球を救うことにつながるか」というミッションへの適合性を問い続けている。また、日系企業の中では、テーブルウェアなどのインテリア用品を展開するKINTOも、いわゆるKPIを設定していないという。彼らにとって、短期的な数値目標は、ブランドが最も大切にする「五感に訴える価値」や「情緒的な豊かさ」を損なうノイズになりかねないという危機感があるためだ。

KPIを超えたものづくりを。 “好きだから”で手元に残り続ける、KINTOの「愛着」の設計

もちろん、数千、数万人の社員を抱える組織において、KPIを完全に捨て去ることは現実的ではない。共通言語としての数字がなければ、組織はたちまち混乱状態に陥り、公正な評価も、大規模な資源配分も不可能になるだろう。数字で管理しなければ組織は動かない。しかし、数字だけで管理しようとすれば、組織から「意味」が失われていく。この引き裂かれた状況の中で、私たちは数字とどう向き合うべきなのだろうか。

Image via Shutterstock

一つの解は、KPIを「絶対的な正解」としてではなく、「対話のための窓」として再定義することではないだろうか。なぜこの数字が動いたのかを問うとき、その裏側にある数字にならない物語──例えば、ある社員が顧客と交わした一言や、現場で起きた小さな失敗の兆候──を、どれだけ丁寧に吸い上げられるか。数字を、現場の声を消すための道具から、現場の声を引き出すためのきっかけへと引き戻すこと。それこそが、規模の論理に抗いながら、人間味のある経営を維持するための作法なのかもしれない。

仕事からKPIという数字をすべて取り除いたとき、そこには一体、どのような価値が残るだろうか。もし、何も残らないのだとしたら、その組織はいつの間にか目的と手段が逆転し、数字を動かすこと自体が仕事になってしまっているのかもしれない。

ビジネスにKPIは必要だ。しかし、それは航海における「地図」のようなものであって、私たちが本当にたどり着きたい「港」そのものではないはず。

私たちは、数字という共通言語を使いこなしつつも、その外側に広がる「測れない世界」への敬意を失ってはならない。効率化の果てに、私たちが本当に守りたかったものは何だったのか。その答えを、ダッシュボードの赤い数字の向こう側に、今日も探し続けている。

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この記事を書いたライター

伊藤 恵(いとう めぐみ)。京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を学び、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。現在はロンドンを拠点に、イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。(この人が書いた記事の一覧