内定者自身が、入社時期を選べたら。SHIROの「インターバル採用」に見る、“時間の決定権”のゆくえ

2026.09.03

【特集】私たちの「働く」は、どんな社会を再生産しているのか?

私たちが人生の多くの時間を費やす「働く」こと。それは単に生活費を得るための手段であるだけでなく、私たちが社会に変化をもたらしたり他者とつながったりする身近な手段の一つです。しかし今、多くの人々が数字に追われ、規則に縛られる中で、本来のやりがいやパーパスを見失いそうになっています。そうした問題を、組織として、あるいは社会のシステムとして、乗り越えることはできるのでしょうか?本特集では、このモヤモヤを個人の問題として片付けるのではなく、組織、ひいては社会のシステムを規定する「ガバナンス」というレンズを通して見つめ直します。

春の訪れとともに駅のホームや街角で見かける、真新しいスーツに身を包んだ若者たち。この「新卒一括採用」という光景は、長らく日本の春を象徴するものでもあった。

しかし今、これまでとは異なる種類の変化が訪れようとしている。

株式会社シロ(SHIRO)が発表した「インターバル採用」は、内定者が卒業後、最大2年間、入社時期を自由に選べるという制度である。リクルートがかつて導入した「入社パスポート」とも響き合うこの試みは、単なる採用手法の多様化ではない。日本企業が長らく維持してきたガバナンスのあり方を書き換える、構造的な転換点を示唆している。

「安定」を支えた仕組みは、誰の時間を基準にしていたのか

なぜ日本では、これほど長く一括採用という画一的なシステムが使われ続けてきたのだろうか。その背景には、戦後日本で構築された、銀行融資(間接金融)を土台とする「長期的な安定」の重視がある。

企業が長期にわたって人を育て、年功で処遇していくスタイルのもとでは、毎年決まった時期に、まとまった数の人材を迎え入れることには合理性があった。新卒一括採用は、このリズムに「均質な労働力」を効率的に供給するための仕組みとして機能してきたのである。

しかし、同じ強みを大量に再生産することで成長できた時代は終わりを迎えつつある。不確実性が高く、昨日までの正解が通用しない現代において、かつての強みであった組織の同質性は、かえって変化への対応を遅らせるリスクになりつつある。個人にとっても、卒業と同時に一つの組織のリズムに合わせ続けることは、「その会社でしか通用しない人間になる」という不確実性を静かに抱え込むことにもなるのだ。

卒業した瞬間に、社会全体で足並みを揃えて動き出す。この「同期」の強さが、今や企業にとっても個人にとっても、選択肢を狭める構造になっているのではないか。

変わりゆく「時間の決定権」と「リスクの分配」

ここで、SHIROのインターバル採用が何を変えているのかを、少し整理してみたい。

これまでの新卒一括採用では、「いつ入社するか」という時期そのものが、事実上、企業や社会の慣行によって一律に定められてきた。学生の側に、その時期を選ぶという発想自体がほとんど存在しなかったのである。対して、内定を保持したまま最大2年の猶予を認めるインターバル採用は、この「入社時期を決める権限」の一部を、企業から個人へと移譲する試みだと言える。

この変化を、短期的な労働力確保の「損失」と見ることもできるかもしれない。しかし、広い世界を見て、自ら考え、行動し、それでもなお「この会社で働きたい」と戻ってくる人を迎え入れることは、長期的には組織にとっての投資にもなり得る。

この転換の根底にあるのは、「誰がリスクを引き受けるか」という点の変化ではないだろうか。

これまでの新卒一括採用のもとでは、卒業後にすぐ組織に入らず立ち止まることは、そのまま「キャリアの傷」という個人のリスクとして扱われがちだった。しかしインターバル採用は、そのリスクの一部を、企業側が「いつ、誰が入社するか分からない」という採用計画上の不確実性として引き受ける試みだと捉えることができる。

「立ち止まっても、戻る場所がある」という猶予を制度として用意することで、若者は安心して未知の経験に踏み出しやすくなる。これは、不確実な時代において、企業と個人がリスクを分かち合うための一つの工夫と言えるだろう。

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「非同期」が、長期的な組織のレジリエンスをつくる

一斉スタートという画一的な足並みを、あえて崩すこと。それは短期的には非効率に見えても、長期的にはむしろ組織を強くする可能性を持っている。

全員が同じタイミングで動くシステムは、平時には効率的でも、変化の大きな局面では脆さにもなり得る。入社のタイミングにばらつきが生まれ、多様な経験を経た人が異なる時期に加わっていく組織は、画一的な組織に比べて、変化への対応の幅を持ちやすくなる。「同期」を前提にしないリズムを組織の中に持てるかどうかが、これからのレジリエンスを左右するのではないだろうか。

もちろん、インターバル採用で変わるのはあくまで入口の設計であり、入社後の日常的な働き方や評価のあり方そのものが変わるわけではない。しかし、まずは入口における「時間の決定権」の見直しから、組織のあり方全体を問い直す動きが始まるとも捉えられるだろう。

一方、懸念も残る。2年のインターバルを充実した時間として過ごせるかどうかは、学生自身が経済的な余白があるかどうかに左右されやすいという側面がある。だからこそ、この試みを一部の企業の「先進的な事例」で終わらせず、あらゆる境遇の人が、自分を見つめ直すための時間を持てる社会をどう設計するか、という問いとセットで考えていく必要がある。

そしてこの論点は、実は新卒採用だけの話でもない。「入社や復職のタイミングを誰が決めるのか」という問いは、育児や介護との両立、転職やキャリアの再スタートなど、新卒以外の場面でも形を変えて存在している。SHIROの試みは、その入口の一つに過ぎないのかもしれない。

一斉スタートという画一的なリズムから、少しずつ「非同期」を受け入れていくこと。その積み重ねが、硬直しがちな組織のガバナンスを、しなやかで強靭なものへと変えていく一つの鍵になるかもしれない。

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この記事を書いたライター

京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を専攻し、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。オフィスの内装デザイン企業でのプロジェクトマネジメントに関わり、現在はアーティクル株式会社グローバル事業担当執行役員としてロンドンを拠点に活動。2020年からサステナビリティ領域を取材。イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。