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もっと成長すれば、世の中はもっと良くなると信じられてきた。しかし、私たちの暮らしを良くするのは「成長だけ」なのだろうか。
気候危機の深刻化や地球資源の限界、そして人々の心の健康が社会問題となり、経済成長では支えきれない課題に直面する中、いま世界で「脱成長」や「ポスト成長」を前提とした新しい企業経営の模索が始まっている。
個社での取り組みも工夫される一方、事業の自己決定権を確保し利益がミッション達成に確実に使われるよう定めた「スチュワード・オーナーシップ企業」のように共通する枠組みも改めて注目されている。検索するたびに樹木が植えられる検索エンジン・Ecosiaやパタゴニアもその一つであり、株式の売却や配当の受取を法的に禁止し、企業の所有権を個人ではなくパーパス(存在意義)そのものに結びつけているのだ。
こうした先進的な海外事例に接するとき、強い感銘を受けると同時に、「そうは言っても……」とブレーキをかけてしまう人も多いだろう。欧米の事例が示す資金構造や所有・ガバナンスの仕組みをそのまま日本企業に導入しようとしても、噛み合わないことがある。それは意識の差ではなく、社会構造の根本的な違いが存在しているからだ。
海外の制度をそのまま模倣するのではない、日本企業の足元にある構造を生かした「独自の移行シナリオ」とはどのようなものだろうか。その具体的な歩みを探ってみたい。
欧州と日本、スタート地点の違い
特に欧州において、スチュワード・オーナーシップのような「利益追求の動機を法的に制御する仕組み」が誕生できた背景には、株主至上主義と、流動性の高い労働市場、ジョブ型雇用という強力な市場の力が働いている。放置しておけば、企業は瞬く間に株主からの短期利益の要求や買収の用にさらされる。そのため、資本主義の重力に引き戻されないための「制度的なブレーキ」が必要だったと考えることもできる。
一方で、日本企業の多くは、終身雇用にみられるように、雇用の維持や組織の存続を重視し、「三方よし」と言われるように地域社会との調和に配慮する経営姿勢を持っている。つまり、もともと短期の利益率向上のみに走りにくい土台があると言える。
そう考えると、日本企業にとって必要なのは、利益追求を強く抑え込むための制度的な「ブレーキ」を追加することではない。むしろ、安定を重視して資金や人的資本を「社内のもの」として地域や社会から断絶してしまう構造を解消することだ。
欧州が必要としたのが企業を外圧から守る壁だとしたら、日本が必要としているのは、内部に閉ざされていた資金や人を社会と共有する「社会還流の仕組み」かもしれない。
“会社人間”を、社会の資産へ
なぜ、日本企業の脱成長シナリオが社会還流の仕組みなのか。それは従来の日本の雇用形態の傾向に光をあてると見えてくる。
日本では、新卒一括採用が主流で、入社時の技能だけでなく、潜在能力や姿勢が重視され、転職は少なく社内でのジョブローテーションによって組織固有の文化やノウハウが共有されてきた。そんな社内教育の蓄積で培われた社内調整力や、既存のモノや知識を改善する力は、ジョブ型雇用の中では「専門性がない」として軽視されがちだ。しかし見方を変えれば、これらのスキルは複雑な関係の中で合意を形成し、現場をスムーズに動かす大切な能力である。
その知見は、会社を“家族”と形容するような強い連帯の中にとどめられ、会社の「成長」に貢献するための能力として閉じられてきた。
しかしその知見を、雇用保障という安心感を維持しながら地域社会へ開放することができたら、どうだろうか。週の数時間を地域のケア活動、環境再生、ローカルな事業のサポートに充てたり、企業が副業や、サバティカル休暇(研究休職)を社会と繋がる機会と捉え、組織の正式な制度として認めたりして、社員が自らの知見を地域の課題解決力として生かす選択ができる環境を整えていくのだ。
つまり社員を「会社のみに帰属する」と捉えるのではなく「会社を含む社会に帰属する」と捉えること。企業という場は社員のセーフティーネットとなりながら、その活動の対象を社会へひらいていく──これが、日本の文脈において摩擦の少ない形で、「成長至上」から脱却する構造変化のアプローチとなるのではないか。

Image via Shutterstock
自社のための蓄積から、地域全体のための再投資へ
人の時間や知見の開放と並んで重要なのが、資金の循環ルールと透明性である。
例えばEcosiaは、広告収入の100%を気候変動対策に充てることを公言し、その財務レポートを毎月ウェブサイトで公開している。いくらの金額で、何本の木を植え、税金の支払いや広報活動にいくら使ったのかまで見ることができる。
日本企業もまた、単に「社会や環境に貢献する」と言葉や企業文化で示すだけでなく、利益の一定割合を地域の非営利事業や生態系の保全に確実に再投資することをルールとして明確化し、社会に不完全でもレポートしていく。これも、ポスト成長型の企業の形となりうる。地域の信用金庫や地方銀行と連携することで、企業を軸に動く資金の「意義」をより強固なものとできるだろう。
ただし、そうした再投資の取り組みが広がるには、地域社会・自然資本への貢献など、売上や成長率以外の価値も評価できる新しい会計の形が確立することも重要である。企業の健康を測るものさしが「成長するほど良い」という基準にとどまる限り、先駆者が損をする環境のままなのだ。
脱成長ビジネスの8要素から考えてみる
IDEAS FOR GOODにて、脱成長を研究・推進する人々のオンラインネットワーク・International Degrowth Networkを取材した際、彼らは「脱成長ビジネスの8原則」を開発・提示していた。それが以下の8つである。
利益との関係性・所有構造(Relationship to profit / ownership)
ガバナンス(Governance)
地域性(Locality)
目的(Purpose)
充足性(Sufficiency)
コンヴィヴィアリティ(Conviviality)
自律性(Autonomy)
脱植民地性(Decoloniality)
詳細はこちらの記事から:https://ideasforgood.jp/2026/08/18/degrowth-business/
これらと照らし合わせたとき、ここまで議論してきた日本企業の脱成長シナリオはどう評価できるだろうか。
地域社会のニーズを満たす「地域性」や、単なる商品の販売ではなくケアに焦点を当てる「目的」、過剰な規模拡大を自ら止める「充足性」、そして人々の繋がりの質を重視する「コンヴィヴィアリティ」といった項目において、地域にひらくルールを確保した企業は当てはまる側面が多いだろう。
しかし、これから時間をかけて向き合うべき課題も存在する。それが「脱植民地性」である。植民地主義が反映された政治・経済の構造や、文化的な仕組み、考え方を解体していく動きのことだ。
国内のローカルな助け合いに意識が向かう一方で、自社が利用する原材料や製品の供給網の先にある環境破壊や労働問題を見落としてはならない。ただしこれは「児童労働反対」と掲げるだけでは不十分だ。グローバルな搾取の「構造」に加担しない社会経済の模索は、日本社会が意図的に取り組まなければならない。
足元から始まる、脱成長シナリオの形
脱成長型のビジネスなんて、日本では無理だ──そんな声を、ときおり耳することがある。しかし脱成長型ビジネスへの移行は、大げさな「脱成長宣言」を行うことでも、海外の制度をそのままコピーすることでもない。
その企業にとって「成長」が、誰に何をもたらすものであるのかを社員の時間と知見、資金の使い方によって体現し、それを構造的に揺るがず維持できる状態へ変えることだ。
日本において「企業」とは、雇用と安心の基盤とも言える。その役割を保ちながら、これまで社内に閉じられていた資金と人材を、地域社会の共有財(コモンズ)と捉え直し少しずつ開放していく。それによって、人々が生きていくためのコストと不安を地域単位で減らし、経済成長に依存せず社会も組織も存続させながら人々の心の健康を改善することに繋がるだろう。
「もう成長はしない」と声高に叫ぶ必要はない。自らの組織のあり方を意識的に、しかし確実に社会にひらかれた組織構造へと再設計していくこと。それが、日本の企業が足元から始めることのできる、現実的な脱成長のシナリオではないだろうか。
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