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デザイン人類学とは・意味

デザイン人類学とは?

「デザイン人類学(Design Anthropology)」とは、新しい製品、サービス、慣習、社会の構造を開発するために民族誌(エスノグラフィー)を用いた応用人類学の一種である。

民族誌とは、文化人類学などで用いられる中心的な研究手法で、実際に研究対象の地域に赴いて観察を行い(フィールドワークと呼ばれる)、人々や場所、制度について記録に残すことを指す。

なお文化人類学とは人類学の一分野であり、人類の社会・文化の側面を研究するもので、『精選版 日本国語大辞典』(小学館、2003年)によると、「生活様式やものの考え方、言語や慣習など、多様な人間の諸文化を、フィールドワークによって記録・記述し、それを比較研究して、文化の側面における人類の共通の法則性を見出そうとするもの」と記載されている。

またノース・テキサス大学のクリスティーナ・ワッソンは自身のウェブサイトにて、デザイン人類学を「人類学者がデザイナーや他の分野のチームメンバーと協力して、新しい製品のアイデアを開発するための実践である」と説明する。

デザイン人類学の起源

デザイン人類学の起源は、以下に記すいくつかの要因によって辿ることができる。

1990年代末に北欧で出現した「参加型デザイン(Participatory Design)」運動は、すべての利害関係者(顧客、従業員、パートナー、市民、消費者など)のニーズをよりよく理解し、満たし、時には先取りする手段として、デザインを実施する過程に参加させる手法を指す。安岡美佳『共創の鍵:長期的視点と当事者参加』(サービソロジー2018年5巻3号p. 36-44、2018年)によると、参加型デザインが北欧で提唱されてきた1970年代頃は搾取されている労働者を巻き込むためという政治的な色が強かったという。

1970年代後半にデザイン分野で民族誌の手法が注目されるようになったこと、1960年代初頭のデザイナー兼教育者のヴィクター・パパネックによる影響なども要因として挙げられる。

ヴィクター・パパネックは社会的、環境的な視点に立ったデザインを提唱し、20世紀で最も影響力のある先駆者として知られている。主著『生きのびるためのデザイン(Design for the Real World: Human Ecology and Social Change)』(1971年)は、デザインについて書かれた本の中で最も広く読まれている。

芝浦工業大学の真保晶子教授は書評「V.パパネック『生きのびるためのデザイン』(1971年)再考」にて、ヴィクター・パパネックは「大量生産・大量消費に加担する当時のデザイン関係者を痛烈に批判するとともに、自らのアイデア・実践をもとに、環境・福祉・発展途上国のためのデザインへの視点を提起した」と記している。

デザインと人類学の関係と手法の違い

デザイン人類学は、デザインと人類学を組み合わせた学問分野であり、比較的新しい研究領域である。これまでの学問との違いは一体何だろうか。

デザインは介入主義、変革的、未来志向という概念のもと、フィールドへの介入を前提とする。デザインは問題を解決するという目的のため、フィールドに直接働きかけ、製品やサービスを生み出すことで変化をもたらす。

一方、人類学の目的やフィールドでのふるまいはデザインの概念(介入主義・変革的・未来志向)とは相反する。多摩美術大学の中村寛教授は、2021年12月19日に行われた公開講義「人類学とデザインは共創できるか?」で、人類学がフィールドへの介入を前提としていないことについて以下のように説明した。

文化人類学の研究方法の一つに「Participant observation(参与観察)」があるが、これは研究者自身が研究対象である社会や集団に加わり、長期にわたって生活をともにしながら観察し、資料を収集することである(出典元:小学館 デジタル大辞泉)。「参与観察」を行う際、人類学者は、自らの存在のもたらす影響が消せないことを理解しつつ、その社会や集団への介入の度合いを減らすよう心がけながら、観察を行う。

デザインも人類学も、フィールドワークを行うという点では共通しているが、その目的や介入の仕方には違いがあると指摘される。

デザイン人類学の特徴

デザイン人類学は、そんなデザインと人類学における研究対象への関わり方などに変化をもたらした。

デザイン人類学は、文化人類学の手法である「参与観察」とは対照的に、「Observant participation(観察参与)」を重視する。これは、研究者が他者を観察するのではなく、他者とともに共同活動に参加することを重視する研究方法である。

デザイン人類学では、研究者やデザイナーが中心となる捉え方ではなく、製作者やユーザーといった「対象者」あるいは「他者」の視点を中心とした考え方が重視される。そして研究者やデザイナーと、製作者やユーザーといった「対象者」が相互に働きかける環境下において、製品やサービスなどが開発される方法を模索する。

主要な概念と方法論

ここではデザイン人類学について説明する上で重要な概念(キーワード)および方法論について説明する。

文化的適合性

製品やサービスが特定の文化圏の価値観、信念、行動パターンに適合する程度を示す。デザイン人類学の視点に立つと、異なる文化背景を理解し、それに応じたデザインを行うことが重要であり、文化的適合性が高い製品は、より広範な受容と成功を達成しやすいとされる。

ユーザーエクスペリエンス(UX)

ユーザーが製品やサービスを使用する際の全体的な体験を指し、使用のしやすさ、効率性、感情的な反応を含む。デザイン人類学は、多様なユーザー群の深い理解に基づくUXデザインを通じて、より人間にとって使い勝手が良く、ユーザーフレンドリーな製品やサービスを創造することを目指す。

エスノグラフィー

文化やコミュニティを詳細に研究する方法であり、フィールドワークによって行動観察をし、その記録を残すこと。デザイン人類学だけではなく、文化人類学や民俗学においても、重要な役割を果たしている。エスノグラフィックな調査を通じて得られた洞察は、ユーザーの実際のニーズや行動を反映したデザインに直接つながることが多くある。

人間中心設計 (Human-Centered Design)

デザインプロセスにおいてユーザー(人間)のニーズと体験を中心に置くアプローチ。デザイン人類学はこのプロセスにおいて、人間の行動や文化的背景を理解し、それをデザインに組み込むことで、より効果的で人間に寄り添った製品を生み出すために役立つと言われている。

アーティファクト

アーティファクトとは、人間が作り出した物品のことを指し、文化的な意味や用途が込められている。デザイン人類学では、これらのアーティファクトを分析することで、特定の文化や社会の機能や価値観を理解し、それをデザインに活かすことが可能となる。

サービスデザイン

サービスデザインとは、サービス提供の全過程をデザインすることを指す。デザイン人類学は、ユーザーがサービスをどのように経験しているかを深く理解し、その情報を基にサービスの質を向上させるために役立たせることがある。

プロトタイピング

アイデアやコンセプトを実際のモデルや試作品に変換する過程を指す。プロトタイプを使用してユーザーの反応を評価し、文化的適合性や使用性をテストする重要な手段となります。

参与観察

参与観察は、研究者がコミュニティの一員として活動に参加しながらデータを収集する方法。デザイン人類学においては、この手法を通じて得られる生の洞察が、ユーザー中心の真に効果的なデザインを生み出すための鍵となる。

デザイン人類学の事例研究

それでは、実際にデザイン人類学はどのようなところに生かされているのだろうか。多摩美術大学・中村教授の講義を参考にしながら紐解いていきたい。

学者が企業の一員となり、フェイクニュースやヘイトスピーチを研究

デザイン人類学の具体例として、アメリカの社会学者Sudhir Venkatesh(スディール・ヴェンカテッシュ)が行ったフィールドワークがある。

ヴェンカテッシュは元々ギャングに密着するフィールドワークを行っていた。ヴェンカテッシュのギャングに関する初の著書が出版されてから数年後、その本を読んだMeta(当時はFacebook)の創業者であるマーク・ザッカーバーグから、ヴェンカテッシュは「フェイスブックの社内にフィールドワークしてほしい」と依頼される。この頃フェイスブックは、フェイクニュースやヘイトスピーチに関連する問題を抱えていた。

ヴェンカテッシュは社内でフィールドワークを行いながら、企業経営や組織マネジメント領域の仕事に携わった。その後、ツイッターからも同様の依頼を受け、X(当時はTwitter)では社会科学とヘルスリサーチのディレクターを務めた。

ヴェンカテッシュはFacebookやTwitterでのフィールドワークを通じて、「インターネットという便利なテクノロジー自身に人間を分断する力がある」と結論づけた。しかしこの結論を受けて、インターネットの使用をやめるというのは解決策として現実的ではない。

中村教授は、上記の結論と問題を解決するための試みのわかりやすい事例として自動車の利用を取り上げている。自動車が登場した当初から今まで、世界中で何万人もの人が交通事故で亡くなっているが、社会的には自動車をなくす、自動車に乗らないという判断にはならなかった。その代わり、交通整理や信号機の設置、シートベルト着用の義務化など付加的な試みが行われてきたのだ。

インターネット上の便利なテクノロジーも、自動車の事例と同様で、ヴェンカテッシュは社内の人々と対話しながら、プラットフォームそのものに人々を分断させない仕組みを作れないかと考えた。

ヴェンカテッシュが作り出したのは、問題解決のための製品やサービスではなく、「問題解決のために試行錯誤したプロセス」であると評価されている。特定の企業の一員として、社員とともにプロジェクトに参画しながら、問題を解決するにはどうすべきか模索したヴェンカテッシュの姿は、デザイン人類学の実践とも言えるのだ。

エスノグラフィーを用いて、「自動運転」のデザインを検討

さらにデザイン人類学の具体例として、ノース・テキサス大学のクリスティーナ・ワッソンの「自動運転車と道路利用者とのコミュニケーションのあり方」という事例研究を紹介する。

ワッソンのクラスに所属する学生が、自動運転車の開発が行われている日産研究センター・シリコンバレー(NRC-SV)のインターンシップを通じて、人類学者を含む研究チームに参加した。研究チームは、自動運転車が現在の慣行とうまく融合するような形で他の道路利用者(ドライバーや歩行者など)とコミュニケーションをとるデザインアイデアを開発するために、エスノグラフィック・リサーチ(民族誌学的アプローチによる調査)を実施し、ドライバーや歩行者が道路上にどのように関わっているのかを観察し、インタビューを行った。

この研究から生まれたデザインアイデアのいくつかは、日産自動車が展示した自動運転車のプロトタイプに実装され、2015年秋に開催された東京モーターショーで公開されている。日産の自動運転コンセプトカー「IDSコンセプト」には“After you”など歩行者向けメッセージを表示する「インテンションインジケーター」などが搭載され、また、自動運転車の周囲にある帯状のライトは、他のクルマが近くにいると点灯し、他の車の存在を認識させるという仕組みになっている。

まとめ

デザイン人類学はアメリカではビジネス人類学の一分野として分類されることが多い。またヨーロッパ諸国では、独自の分野として受け入れられている傾向がある。

デザイン人類学自体はまだまだ新しい分野であり、多摩美術大学の中村寛教授は公開講義の中で「英語圏ではすでに研究成果が出ている領域だが、研究者全員が同じアプローチをとってデザイン人類学が成り立っているわけではない」「研究者たちは各々、デザインと人類学の掛け合わせ方を試行錯誤している状態だ」と述べている。

デザイン人類学は、デザイン領域の人々だけでなく、すべての人々の日常に関連する非常に広い領域である。中村教授は公開講義の最後に、自身の研究対象である《反暴力》《脱暴力》への試みやさまざまな社会課題を扱うときに、デザイン人類学には大きな可能性があると考える、と述べた。

デザイン人類学の実践には、講義を聞いたり文献を読んだりするだけではなく、デザインを生み出すもの自身が現場におもむき、現場で起きていることを身をもって体験し、それを踏まえて思考する過程が重視される。今まであまり交わらなかったデザインと人類学の分野が交差することで、プロダクトやサービスを生み出す過程に新たな視点が投入されていくのではないか。

【関連記事】人間社会の「当たり前」を解体する、芸術人類学【多元世界をめぐる】
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【参照サイト】What is Design Anthropology?
【参照サイト】Ethnography
【参照サイト】Design Anthropology
【参照サイト】What is Design Anthropology? — Christina Wasson
【参照サイト】共創の鍵:長期的視点と当事者参加
【参照サイト】Participatory Design in Practice | UX Magazine
【参照サイト】Design meets Ethnography – NTNU
【参照サイト】Victor Papanek: The Politics of Design
【参照サイト】人類学
【参照サイト】文化人類学の見方、考え方-「複数性」の社会と文化をしなやかに生きる
【参照サイト】What Is Cultural Anthropology?
【参照サイト】デザイン人類学の実践に向けて グッドデザイン賞のフィールドワークから
【参照サイト】Wasson 2016 – Design Anthropology clean copy with edits incorporated
【参照サイト】What is Observant Participation | IGI Global
【参照サイト】Breaking the internet – Sudhir Venkatesh – Mind the Product
【参照サイト】「デザイン人類学」 のフィールド教育: 日常から気づきや学びを得るためのアプローチ (<特集> フィールドワーク再考)
【参考文献】真保 晶子 (Akiko Shimbo)2012年3月「V.パパネック『生きのびるためのデザイン』(1971年)再考」(研究ノート)『早稲田社会科学総合研究』(早稲田大学)
【参照動画】 「人類学とデザインは共創できるか?」講師:中村寛

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