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生態経済学(Ecological economics)とは・意味 

生態経済学

生態経済学(Ecological economics)とは?

生態経済学は、生態系と経済システムの関係を扱う学問のこと。環境から人類を切り離すのではなく、生態系の生命維持システムに組み込まれた人類を見ようとする試みである。生態経済学では、人類が過去にどのように環境と相互作用してきたのか、そして将来どのように相互作用する可能性があるのかを、統合的に把握する。

生態経済学は、環境的な限界について地域的なものから地球規模に至るまで取り扱う。短期的な政策や地域的な課題のための研究から、持続可能な社会の長期的なビジョン、炭素排出、森林破壊、乱獲、種の絶滅といった地球規模の問題など、その研究範囲は多岐にわたる。

この学問分野は経済学の下位分野でも生態学の下位分野でもない。むしろ扱われる学問の範囲は生態学や経済学のみに留まらず、心理学、人類学、考古学、歴史学などにも広がりを見せる。また、生態経済学には、持続可能な未来をどのようにデザインするかといったデザイン学的要素もある。

生態経済学の歴史

生態経済学は1980年後半に、人間生態学と環境・資源経済学が結びついて生まれた学問分野である。当時、システム生態学者や反体制派の経済学者の注目を集めた。なお、システム生態学とは、生態学の研究に全体論的なアプローチを取り、生態系の個々の因果関係のしくみを分析的に扱うのではなく、全体のしくみを総合的に“システムとして捉える”立場を取る学問である。

生態経済学は、N.ゲオルゲスク・ローゲンの『エントロピーの法則と経済過程』(1971年)と、生態学者H.T.オダムと経済学者K.ボールディングの研究からインスピレーションを得ている。この学問では、生物構造の複雑さは、光合成によってエネルギーを取り込み、外部システムにエネルギーを放散することによって実現すると考える。しかし産業経済は光合成だけで機能しているわけではなく、多様なエネルギー源に依存している。経済の生態学的持続可能性は、エネルギーと物質の処理能力という観点から分析され、経済は熱力学的に開放されたシステムとみなされる。そのシステムは、かけがえのない化石燃料を燃やし、自然環境に取り返しのつかないダメージを与えた。経済成長や人口増加によって経済の規模が大きくなりすぎたために、自然の流れや循環では資源を供給したり、重金属や過剰な二酸化炭素などの廃棄物を吸収・同化したりすることができなくなっている。

生態経済学において、経済は生態系と社会制度の両方に組み込まれていると考えられており、財産権や資源管理、人間のニーズ、地域的または国際的な生態系分配の対立に関する研究が行われている。

環境経済学との違い

生態経済学と似た言葉に環境経済学(environmental economics)がある。環境経済学は環境問題を扱う経済学の一分野だ。

イェール大学マネジメントスクールが運営するウェブサイト「Yale Insights」にて、生態経済学の創始者の1人として紹介されているアメリカ・バーモント大学のロバート・コスタンザ教授は、環境経済学について「標準的な経済学の考え方を環境に適用したもの」と述べている

環境経済学の具体的な研究課題には、地球温暖化対策や廃棄物処理、森林破壊、生物多様性の保全などを扱ったものが多い。しかしコスタンザ教授は、「経済学の主流は主に市場に焦点を当てているため、経済学は市場の外側にある『生態系』の存在を認識しながらも、それを市場の外側のものとして位置付けてしまう」と話す。加えて、「従来の経済学は人類が有限の地球に住んでいること、経済活動が無限に成長することはできないといった、生物物理学的な限界を認識していない」「そのような限界を認識せずに、テクノロジーが資源制約の問題を解決できると考えている」と指摘した。

一方、生態経済学では市場の外側と内側にあるものすべてを研究し、両者を結びつけようとするところに違いがあると語る。生態経済学は、環境が一定の限界と制約を作り出していることを認識することで、経済成長の限界と長期的な人間の幸福を向上させる機会の両方を捉えている。

新しい経済学のあり方

生態経済学は、環境経済学や資源経済学の狭量さに対する不満から発展したものである。先述した通り、これらのアプローチは主流の経済学を環境に適用したものであり、環境資源の需給や廃棄物から生じる重要な環境問題を取り込むことができなかった。

生態経済学者は、人類が作り出した資本が、自然から得られる恩恵をどれだけ向上させるかについて懐疑的な目をむける。彼らは「自然に金銭的価値をつけることが有益なのか」と批判的に問いかけているのだ。

オーストラリアのチャールズ・スタート大学の生態経済学者クライヴ・ハミルトンは、カカドゥ国立公園のコロネーション・ヒルの事例(※)をもとに、この疑問について論じている。ハミルトン氏は「支払い意欲」といった市場ベースの評価は、市場ベースの解決策にのみ有利であると主張した。同様に、ロイヤルメルボルン工科大学のブライアン・コフィーは生態学的価値を貨幣化することへの疑問を呈している。

一方、一部の生態経済学者は生態学的価値についての強力な声明を発表するために金融データを用いている。たとえば、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのグローバル繁栄研究所准教授アイダ・クビシェフスキーらは、将来のさまざまなシナリオにおける土地利用を調査した結果、2050年までにアジア太平洋地域の生態系の価値の3分の1が失われる可能性があると結論づけた。本文中には、「1997年から2011年にかけて、土地利用の変化によって生態系の公益的機能は世界で年間20兆米ドルも減少した」といった金融データを用いた文言が含まれている。

※ カカドゥ国立公園のコロネーション・ヒル(ウラン鉱山として開発された地区)の事例とは、1990年代、鉱山開発や環境保全、アボリジニの土地権をめぐって激しい議論が展開された出来事を指す。

この地域には、コロネーション・ヒルがあり、1984年に金とプラチナの採掘のための再開発が開始されていた。1990年代初頭、オーストラリアの保護区評価委員会(RAC)は、カカドゥ保護地区の利用に関して2つの選択肢を出した。1つは鉱業のためにカカドゥ保護地区を再開発すること、もう1つはカカドゥ保護地区を隣接するカカドゥ国立公園に結合することである。鉱業のための再開発に対して環境保護団体は反対し、開発を後援する採鉱企業は環境被害は最小限であると論じた。このような状況の中でRACは、「支払い意欲」といった市場ベースの評価を用いて、カカドゥ保護区の潜在的な損害の経済的価値を評価した。

生態学的価値への新たな指標

生態経済学の核となる概念は持続可能性である。生態経済学では、特に地域から地球規模までといった空間的スケールと生物物理学的指標に注意を払いながら、定性的かつ実証的にアプローチする。

生態学的経済学では、主流の経済学者が使用する貨幣ベースの評価水準に代わるものを開発することで、生態学的価値の通約不可能性を強調している。つまり、異なる価値体系を同じ単位で表現することはできないということだ。もちろん上記で紹介したように、生態学的価値についての声明を発表するために金融データを用いた学者もいるが、生態系に金銭的価値をつけることに批判的な見方をする生態経済学者は少なくない。したがって生態経済学者は、さまざまな社会文化的および生物物理学的指標に基づいた多基準の評価方法を支持している。

たとえばニュージーランドの慈善団体Pure Advantageが公開した記事には、「Genuine Progress Indicator:GPI(真の進歩指標)」が話題に取り上げられている

一般的に馴染みのある国内総生産(GDP)は、「ある期間にその国で生産された最終財・サービスの市場価値」と定義されている。これには防衛支出、物理的または社会的損害を防止または修復するために費やされるお金も含まれる。つまり、Pure Advantageによれば、2011年2月にニュージーランドで発生したカンタベリー地震はGDPを増加させたが、それは取り壊し、修理、再建への支出が増加したためである。また同ウェブサイトでは、ニュージーランドの家庭内暴力のコストは、農業、農業、水産業の合計額を上回ると推定されているとも記している。このことは、GDPが経済的指標として限界を迎えていることを暗示する。同サイトでは、GDPの概念を発明したサイモン・クズネッツの言葉が引用されている。

国民の福祉は所得の尺度からはほとんど推測できない。

同サイトの著者は、取り壊し、修理、再建への支出や家庭内暴力によるコストがGDPに含まれているにもかかわらず、政治家や主流派の経済学者が「『健全なGDP成長』のおかげでニュージーランドの経済は繁栄している」と頻繁に報告する、と批判していた。

そんな中、生態経済学者は「GPI」を開発した。

GPIは、GDPで測定されない環境的および社会的要因を組み込み、国の幸福を十分に考慮して設計されたもので、その一部のみが国の経済の規模に関係する。たとえば、GPIの一部のモデルは、貧困率が上昇すると価値が低下する。GDPとGPIでは、経済のさまざまな構成要素の扱われ方に違いがある。Pure Advantageが紹介する事例においては、「自発的な労働」はGPIを増加させるが、GDPには含まれない。そのほか、このような違いがある。

GDP  GPI  

自発的な労働

0

+

資源の枯渇

+

人為的気候変動

0

成層圏のオゾン層破壊

0

耐久消費財と公共インフラの耐用年数

+


参照元:What is Ecological Economics? A neglected discipline. – Pure Advantage

GPIはGDPよりも決定するのがはるかに困難だ。ほとんどの国においてGDPは増加傾向にあるが、GPIという指標では減少傾向となる。

ほかにも、従来の経済学的指標に代わるものに以下のものがある。

HANPP

「Human Appropriation of Net Primary Productivity:HANPP(人間活動による純一次生産の占有)」は、人間が消費する陸の生態系由来の資源(穀物や野菜、肉や木材、紙、繊維等) を、それらを生産する際に用いられた生命資源に還元し、人間の消費が、直接的・間接的にどれだけの資源を占有するものなのかを示す指標。

EROI

「Energy return on investment:EROI(エネルギー投入量に対するエネルギー収益率)」は、燃料の生産に使われた単位エネルギーあたりの発生エネルギーの比を表す指標。

エコロジカル・フットプリント

エコロジカル・フットプリントは、人類が地球環境に与える負荷の大きさを測る指標のことを指す。人々が地球上で消費する総資源と、それらの資源を賄うために必要な土地と水域を比較したもの。

よく似た言葉に「カーボン・フットプリント」があるが、いずれも、人間の活動が環境に与える影響を示している。カーボン・フットプリントでは、化石燃料の燃焼によって放出される温室効果ガスに焦点を合わせている。

持続可能で公正な未来のための解決策となるか

生態経済学には多様な学問分野や専門的背景を持つ人々が参加している。冒頭でも述べたように、生態学者や経済学者のみならず、社会科学者、物理化学者、哲学者、歴史家、プランナー、持続可能性の専門家もこの学問に参加している。

地球全体の持続可能性について、「脱成長」とともによく生きることを主張する人もいれば、気候的に安全な世界のためには急進的な経済学が必要だと主張する人もいる。

一見すると、意見の対立によって問題解決から遠ざかるのではと思えるかもしれないが、さまざまな学問分野を横断する生態経済学は、多様な立場や評価を許容する「多元論」の立場をとる「環境プラグマティズム」のような立場をとるものだと考えられる。

「環境プラグマティズム」とは、環境問題についての理論的な議論や倫理的な理想よりも、実際に機能する現実的な解決策を重視する思想のことを指す。環境プラグマティズムでは、現実的に環境問題を解決するための議論への方向転換を求める。自然環境に見出す価値観が多様であるために、公共的議論の中で合意に到達しない状況に陥ることも考えられるが、環境プラグマティズムが重点を置くのは合意できるか否かではない。多様な意見、価値観を十二分に理解しながら合意に向けて働きかけ続けること、環境問題の解決に向けて理論ではなく実践を求めている。

各々の生態経済学者が主張する内容や優先する点には違いがあれど、資源の希少性と経済へのアクセスを考慮し、エコロジカル・フットプリントなどの指標の最小化、つまり環境負荷を軽減することを目指している。2021年に公開された『Ecological economics: The next 30 years』というバーモント大学の論文は、「(生態経済学を研究する人々は)さまざまな理論や政策の妥当性についての活発な対話や議論を引き続き行うべきであり、このことはダイナミックな分野横断に不可欠だ」「生態経済学によって科学を向上させ、より良い世界を構築するために、今後30年間にわたって協力できることを楽しみにしている」と締めくくった

気候変動など地球規模で起こっている環境問題に対して、決して悠長には構えていられないが、あらゆる学問分野がつながりを持って、問題解決に向けて少しずつ前進することに期待したい。

【参照サイト】What is ecological economics? | Yale Insights
【参照サイト】WHAT IS ECOLOGICAL ECONOMICS?
【参照サイト】Four Reviews of Nicholas Georgescu-Roegen: “The Entropy Law and the Economic Process”
【参照サイト】Ecological Economics – an overview | ScienceDirect Topics
【参照サイト】What is ‘ecological economics’ and why do we need to talk about it?
【参照サイト】鉱床開発により損害を受けるカカドゥ国立公園の環境の価値
【参照サイト】土地資源管理と先住民族:カカドゥ国立公園を事例として
【参照サイト】カカドゥ保護地域の保護についての評価
【参照サイト】Without action, Asia-Pacific ecosystems could lose a third of their value by 2050
【参照サイト】What is Ecological Economics? A neglected discipline. – Pure Advantage
【参照サイト】Ecological Economics.
【参照サイト】生存基盤指数の意義と課題
【参照サイト】燃料コストの真実 – 日経サイエンス
【参照サイト】Ecological economics: The next 30 years
【関連記事】カーボンフットプリントとは・意味 | 世界のソーシャルグッドなアイデアマガジン | IDEAS FOR GOOD

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