スウェーデンのユースカウンシル(若者協議会)の取り組みをご存じだろうか。地域に住む若者たちが、自分の住む地域をよくするために、具体的な政策を提言したり行動したりするための集まりだ。
そんな若者を中心に地域づくりをするスウェーデンの若者の選挙投票率は85%と高く、全世代と差がない。政治に関心のある若者が多く、若者による活動が盛んだ(※1)。
スウェーデンのような若者主体のまちづくりこそが、未来世代が住みやすい町をつくり、地域を活気あるものにしていくのではないだろうか。そんなふうに、若者──小・中学生の子どもたちが政策提言に携わり、地域づくりを行っている町が日本にもある。
宮崎県にある人口1万人の小さな町、都農町だ。2021年、町にあった唯一の高校が廃校となり、2040年には老年人口が生産年齢人口を上回ることが予想されるなど、日本各地が直面している人口減少の課題に挑む町である。
そんな都農町は2021年9月、中学生の学びをきっかけに、町として「ゼロカーボンタウン宣言」を表明した。現在はその実現に向けて、具体的なアクションプランとなる政策を町に提案するために、小・中学生からなる選抜チーム『Green Hope』が日々議論している。
「世界中の子どもたちが、都農町のまちづくりを知りたくて留学してくる──そんな未来を描いています」
そう話すのが、都農町で若者中心のまちづくりを行ううえでのキーパーソンでもある、まちづくりスタートアップ「株式会社イツノマ」代表取締役である中川敬文さんだ。中川さんは、東京のまちづくり会社UDSの代表取締役社長として、子どもの職業体験施設「キッザニア東京」を立ち上げた経験を持つ。
そんな中川さんは前職UDS時代、2020年12月に100周年を迎える都農町のこれからの100年を見据えてグランドデザイン策定を提案。それらを自ら実行するために2020年3月、移住を決めた。都農町では移住早々、新型コロナをきっかけにデジタル・フレンドリー事業を1か月で町に企画・提案し、その1か月後には町議会で総額1.7億円の予算を決議。2021年グッドデザイン賞ベスト100も受賞している。
今回はそんなスピード感のあるまちづくりを行う中川さんと、同じくイツノマの執行役員である吹田あやかさんのお二人に、町内・町外の若者の巻き込みかたや、現在構想中である、新しい経済をつくるための、サーキュラーエコノミーとゼロカーボン戦略について話を聞いた。今実際にまちづくりに関わっている方や、まちづくりプロセスに関わりたいと思っている方に読んでほしい。
話者プロフィール:中川敬文(なかがわ けいぶん)さん 株式会社イツノマ 代表取締役
東京都出身、関西学院大学社会学部卒業。1989年ポーラ入社。1993年新潟県上越市に家族で移住、当時国内最大級のパワー型ショッピングセンターの立ち上げと運営。1999年都市デザインシステム(現UDS)入社、2003年より代表取締役(2011年より社長)。「キッザニア東京」、「神保町ブックセンター」、滋賀県のアンテナショップ「ここ滋賀」、日本初のイエナプランスクール「大日向小学校」などの場づくり、地方自治体のまちづくり、中高生のキャリア教育を手がける。2020年3月に社長を退任し、宮崎県都農町に移住、まちづくりスタートアップ株式会社イツノマ起業。著書(共著):『おもてなし・デザイン・パターン』(翔泳社)
話者プロフィール:吹田あやか(すいた あやか)さん 株式会社イツノマ 執行役員
奈良県出身、関西学院大学総合政策学部国際政策学科卒業。大学卒業後、カナダ、アメリカにて日本語教師、ベトナムで人材紹介会社の営業、キャリアコンサルタント、大学生向けのグローバル人材研修の企画、運営。日本帰国後はUDS株式会社にて新卒採用を担当、2020年11月宮崎県都農町に移住し、イツノマに参画。グランド・デザイン策定、都農高校跡地活用の企画、都農中学校・小学校にてまちづくり教育の企画、実践。他都農町の食を伝えるメディア運営、ライティング、まちづくりホステルの企画、まちづくりに興味のある学生向けの研修、スタディーツアー、オンラインコミュニティ「まちづくりカレッジ」の企画運営等、業務は多岐に渡る。
「高校がなくなったら、町が終わる」
高校がなくなってしまったら、若者が町に帰って来なくなる──2021年3月、都農町で唯一の高校が閉校になってから、若者流出に拍車がかかり、農業・漁業をはじめとする各事業者で後継者がいない状況が課題となっている。
「高校がなくなったら、町が終わる」。それは、島根県海士町で中川さんが学んだことだった。海士町は、島で唯一の高校である島前高校の「高校魅力化プロジェクト」に取り組んだことで、今や「島留学」の地として国内外から多くの若者が集まる町となったことで有名だ。
「僕が都農町に来たときには、すでに高校が閉校になってしまった後でした。だから、それならば中学生に向けたまちづくりをやろうと。町長も都農中学校の校長先生も理解があり、同意してくれました。その後すぐに、一般財団法人つの未来まちづくり推進機構(つの未来財団)に都農町キャリア教育支援センターを設置、イツノマと継続的に取り組む体制を整えてくれました。そのため僕が都農町に来て最初にやったのは、中学校での全職員向けの講演会。先生たちに、今大切なのは『まちづくり教育』だということを伝え、先生自身に都農町を好きになってもらおうと話をしたんです」
「都農町において、キャリア教育はまちづくり教育だ」と、中川さんは続ける。
都農町にはそもそも、町の企業と小・中学生の接点がなかった。子どもたちに都農町に根付いてもらうためには、まちづくりに参画してもらい、自らが主体となって都農町にある会社を知ってもらうこと。そして、やりたいことが都農町にまだないのなら自分自身で創り出すマインドを、彼ら彼女らに根付かせること──それが、課題解決につながるのではないかと、中川さんは考えたのだ。
0→1をつくる、言い出しっぺになる大人になってほしい
前職UDSでのキッザニア東京立ち上げの経験を生かし、中川さんは都農町で働くことにワクワクするための職業体験プログラム「つのワク」を立ち上げた。つのワクでは、都農の30社の事業所を1社1社訪問。ただ職業体験するだけでなく、「自分だったらどうするか?」と、それぞれの事業の提案まで行うという。
「学力関係なく、自分で0→1をつくる、言い出しっぺになる大人になってほしいと思っています」
そうした自分で仕事を作れる“起動人材”を増やすべく「つの未来学」という総合学習の時間を年間15時間使ったイツノマのプログラムでは、地域課題を年間テーマ(1年生「これからの農業」、2年生「気候変動対策」、3年生「地方で起業」)に設定。それに対して中学生が課題解決アイデアを100個出し、6〜9個のプロジェクトチームを結成した。
「『ソーラーパネルで映画館』『毎年5月3日はごみの日にして、みんなでごみ拾いする』など、いろんなアイデアが出ました。それらを町長に提案したら、子どもたちがここまで本気なら、『町としてゼロカーボンを提案しよう』ということになったんです。2050年、脱炭素社会の主役は今の小・中学生。彼らがまちづくりに関われば、彼らが住みやすい町ができる。そうした未来を生きる子どもたちのほうが、責任のある提案ができると」
町では、地域新電力会社を官民連携で作っており、その電力会社の名前を決める際も、中学生からの提案を取り入れたという。
「自分がつくりあげた。という感覚を、都農町にいるうちに子どもたちにたくさん感じて欲しい。仕組みとして議会直結ではないですが、子どもたちが直接施策を提案できる場を新規で作り、議会の前会議として町長や議員さんがいる中で子どもたちが提案していく予定です」
大人の役割は、子どもたちに、“注目”するだけ
政策提言に関わる選抜チーム『Green Hope』の議会は、9人の小・中学生からなる。筆者が参加したのは、5回目の会議だった。「CO2削減」をテーマに、子どもたちが大人顔負けの議論を重ねる。
具体案として出たのは、「町に木を植える」というアクション。そのなかにどんな課題があるのか、その課題を解決するためにはどんな方法があるのか、を考える子どもたち。自分たちでできるアイデアと、町でできるアイデアで分類し、町全体でできることを深掘りする。
「木を植えるなら、現実的に何本必要だと思う?どのくらいの予算が必要だと思う?」。中川さんはそんなふうに、アイデアを出す子どもたちに対して、現実的な会話をすることを心がける。最終的なゴールは、町長に提案できる内容に仕上げることだ。
こうした子どもたちの議論を、どこまで大人が誘導すべきなのだろうか。「今日まで大人はほぼゼロ誘導です」と、中川さんは言う。子どもたちにゼロカーボンについて学んでもらい、小学生のリーダーがチームを仕切る。
「僕らの役割は、子どもたちに注目をすることだけです。たとえば、せっかく手を挙げた子が誰からも気づかれなかったとき、そういうときには手を差し伸べます。大人の役割は、みんなが参加できているような、居心地がいい状態をつくるだけです。僕は議会中、ずっと写真を撮っているのですが、それは写真が好きなわけではなく、写真を通して子どもたちに注目するためなんです。後から見返したときに、楽しんでいない子がいるとか、このときだけふてくされた子がいるとか、子どもたちにはいつも注目しています」
都農町を、サーキュラーエコノミー実践の舞台に
都農町を、全国各地からサーキュラーエコノミーでビジネスを立ち上げたい人が集まる場所にすべく、都農町内の拠点にオフィスを設置することを条件に、起業家を支援するサーキュラー・ファンド(助成金)を回す仕組みの企画もはじめている。
「投資を受けた人にその事業を都農で実現してもらい、街の事業者と相乗効果を生み出してほしい」と、中川さんは話す。
11月には、京都から訪れた日吉ヶ丘高校の生徒たちが、「閉校になった都農高校跡地活用×サーキュラーエコノミー」の視点でワークショップを行うなど、都農町の子どもたちだけでなく、外からの若者の視点も取り入れながら進めている。
「観光」と「まちづくり」の“あいだ”を担う、まちづくりホステルALA
日吉ヶ丘高校の例のように、都農町には町内の子どもたちだけでなく、外の人たちも都農町のまちづくりに巻き込んでいる。その入り口となっているのが、昨年2021年9月に開業した、「まちづくりホステルALA」だ。
5,000平米に及ぶ広大な耕作放棄地を整備し、2軒の空き家をホステル棟とハウス棟にリノベーション。まちづくりや、地方創生に関心のある社会人や大学生が日々訪れる。
中川さんは、最初にALAの物件を内覧した日の夜に、夢中になって作ったという企画書を使い、話をしてくれた。
「もともと、都農ならではのものを、空き家を活性化することでできないかなと思っていたんです。特に若者流出や農業後継者不足は大きな課題なので、都農の暮らしを満喫しながら、移住者と町民がつながれる場所になればと思ってつくりました」
「そもそも都農町に観光としてくる人は、とても少ないんです」。そう話すのは、キャリア教育を担当する、イツノマの執行役員である吹田あやかさん。地方でキャリア教育をやりたいという一心で、都農町に移住してきた吹田さんは現在、自身もALAに滞在しながら、外から都農町に訪れた人々とのコラボレーションを楽しむ。
「観光というよりは、外から来てくれた若者が都農町のまちづくりに参画できる場所として、ALAを作りました。都農町にある挑戦できる環境や面白い要素を、外の人たちと一緒に『そもそもまちづくりってなんだろう?』という部分から考えたいと思っています。ずっと中にいるとどうしてもアイデアが出にくくなってしまうので、外の人たちからアイデアをもらいながら、ホステルALA自体も、来た人たちと一緒につくりあげていきたいです」
「観光」と「まちづくり」の“あいだ”。まちづくりホステルALAは、何かを誰かと0からつくり出すワクワク感をうみだす。「まちづくりに関わってみたいけれど、何をやったらいいかわからない」。そんな若者が挑戦できる場所でもある。
さらにホステルALAは、地元の人々のマインドを変えるきっかけにもなると、吹田さんは言う。
「東京から、なぜこんなところに人が来ているんだろう?──都農町の人々に、そう思ってほしいんです。『なんか都農町にあるの?』と、自分たちが住んでいる地域に目を向けて、もっと可能性を感じてほしい。そしてホステルALAに東京から人々がワーケーションをしに訪れ、都農町の人に出会う。本来だったら交わらない人たち同士が交わることによって、『都農でそんな働き方ができるかもしれない。』『こんな生き方があったんだ』と、そんなふうに、都農町には可能性がたくさんあることを知ってほしいんです」
ホステルALAが開催するまちづくりツアーでは、都農町の未来計画マップを持ちながら町を歩き、都農町にいる地域の人々と触れ合う中で、都農町の「過去」を学ぶ。そして歩きながら都農町の「現在」を見て、都農町の「未来」をみんなで考える。
これからの都農町を彩る100個の企画アイデア
「明日から起こせる行動を提案したい」「なんでもいいから、とにかく初めの一歩をやることが大事」。それが、まちづくりに関わる中川さんの想いだ。合計21回、ときにはレゴブロックなどを使いながら、249名の子どもたちとワークショップを重ね、都農町の企画づくりをつづける。
『漁港に大きい船をおいたらどうか?』『ヘリコプターで山登りできたら面白いんじゃないか?』『漁港にデッキを置いて釣りをしよう』『ワイナリーの丘は駐車場しかないから、子どもが遊べる森をつくるのはどうか?』
そうしてできた「理想の未来」を描いた街並みデザインと共に、まちづくりに必要な10個の視点「農」「食」「経済」「移住」「観光」「子育て」「デジタル」「医療・福祉」「学び」「ゼロ・カーボン」など、それぞれ次の10年後の理想を考え、そのために必要な100個のアクションに紐づけた。
たとえば、「農」と「食」であれば都農の農作物の新しい加工販路の開拓や、廃棄野菜を使ったカフェをつくるといったこと。「移住」であれば、自然の中で過ごすワーケーションプランをつくる。「教育」であれば、たとえば、オランダのイエナプラン教育を持ってくる。「観光」であれば、都農ワイナリーにホテルをつくる、ゼロカーボンを学べる修学旅行を一大コンテンツにしようなど、その内容はさまざまだ。
「将来の選択肢を増やすことがキャリア教育だと思っています。子どもたちに将来、都農のまちづくりにジョインして欲しいと思って企画アイデアを練っています」
描くのは、世界中の子どもたちが、まちづくりを知りたくて都農町に留学してくる未来
オランダでイエナプランを学び、長野県佐久穂町にある、日本初のイエナプランスクールの立ち上げに参画したり、キッザニア東京の企画や中国で職業体験施設を企画したりと、これまでグローバルで活躍してきた中川さん。そんな中川さんが、都農町にいる子どもたちに身につけてほしいのが「論点を持つこと」だという。
「海外の人と議論できるグローバル人材になるために、都農の中学生はゼロカーボンについて小学生から議論しています。もし、『なぜ、ゼロカーボンをテーマにしているのか?』と聞かれたら、僕は人材育成と答えますね」
「僕の父親が東洋経済の専門の先生だったので、昔は家に中国人がよく来ていたり、仕事で中国や韓国などの国に訪れる機会が多くあったりしたのですが、彼ら・彼女らに日本のまちづくりの話をすると、中国・韓国は日本の倍以上の速度でこれから少子高齢化が加速していくから、いち早く日本のまちづくりについて教えてほしいと、よく言われました」
「そしてそれこそが、僕の生涯のミッションだと思ったんです。1万人の町で社会モデルをつくって、それを海外に伝えていく。将来的には、世界中の子どもたちが、まちづくりを知りたくて都農町に留学してくる未来を描いています」
大切なのは、すぐ結果を出せるサイクルをつくること
中川さんが都農町に移住し、イツノマを設立してから、まだたったの2年。そのスピード感には驚かされる。今年には、来年には、どのアイデアが実現されているのだろう。そうワクワクせずにはいられない。
「大事にしているのはリズムです」と、中川さんは微笑む。
「すぐ結果を出せるサイクルをつくらないと、仲間が集まらない。次から次へとやれることをやっていくことが大事です」
──なんでもいいから、とにかく初めの一歩をやることが大事。そんな中川さんのイツノマの哲学が、今の都農町を彩っている。来年、数ヶ月後どんなアクションが始まっているかも予想できないようなスピード感が、町の人々をワクワクさせ、周囲の人を巻き込んでいくのだろう。
イツノマでは、昨年2021年9月から、都農町に住んでいる人も、住んでいない人も都農町のまちづくりプロセスに関わることができる、オンライン上でつながるコミュニティ「まちづくりカレッジ」もスタートしている。興味のある方は、覗いてみてはいかがだろうか。そこには、アイデアを次々と形にしていく、まちづくりのヒントがあるかもしれない。
(※1) Allmänna val, valresultat
【参照サイト】 イツノマ
【参照サイト】 HOSTEL ALA
【参照サイト】 つの未来財団
【参照サイト】 都農ページ