世界の中でサーキュラーエコノミー(以下、循環経済)の先進地域はどこかと聞かれれば、多くの人がオランダやフランス、英国や北欧などの欧州諸国を思い浮かべるのではないだろうか。
しかし、実際にはこの問いに答えるのは意外と難しい。「循環経済」の定義にもよるものの、例えば中国は2008年に「中華人民共和国循環経済促進法」を制定しており、この法律が世界初となる循環経済の法制化事例と紹介されることもある。
また、近年ではインド、ベトナム、インドネシアなど多くのアジア諸国で循環経済への移行に向けた動きが進んでおり、ユニークなサーキュラーデザインの事例も増えてきている。さらに、近代の発展を支えてきた西洋的アプローチの限界を感じるデザイナーや研究者らが、グローバル・サウスと呼ばれる中南米やアフリカ諸国などの暮らしや先住民の叡智、アジアの東洋思想などに次の循環・再生型社会のヒントを得ようとする動きも出てきている。
世界各地で同時多発的にローカルに根付く実践が広がっている現在では、一概に欧州の動きが進んでいると考えるよりも、より多元的な見方で各地の実践を捉えていくほうがよいだろう。
その中でも特に近年注目を浴びているのが、台湾の取り組みだ。もともと資源が限られている台湾では、1988年に廃棄物清理法が改正され、90年代にかけて徐々にリサイクルの取り組みが前進。2002年には天然資源の保全や廃棄物削減、リユース・リサイクルの促進などを目的とする「資源回収再利用法」が制定され、資源循環に向けた基盤が整備されていった。
このような土台があったおかげで、ひとたび台湾に「循環経済」の概念が導入されると、この新しい考え方は急速に受け入れられていく。2011年以降、The CTCI Foundation(中技社、前China Technological Consultant Inc.)が循環経済に関する一連の出版物を発行し、概念の普及に貢献している。また、2015年には Circular Taiwan Network(循環台湾基金会)が設立され、2016年5月には蔡英文首相が就任演説において循環経済への移行を宣言。5つの産業に「循環経済」と「新農業」という2つの移行戦略を合わせた「5+2 産業イノベーション計画」を公表した。そして2019年には台湾の経済部が「Taiwan Circular Economy 100( TCE100 )」を設立するなど、官民一体となった取り組みが進められている。
いま、台湾では循環経済やサーキュラーデザインはどのように実践されているのだろうか?日本は、台湾の実践から何を学ぶことができるだろうか。今回 IDEAS FOR GOOD編集部では、10月21日~30日にかけて開催されていたDESIGNART TOKYO 2022内の展示企画、「社会を循環させる台湾のデザイン『the SP!RAL』」のために来日していた財団法人台湾デザイン研究院(以下、TDRI)の院長・張基義氏に話を聞く機会を得た。
話者プロフィール:張基義 / Chi-yi Chang(台湾デザイン研究院 院長 / President of Taiwan Design Research Institute)
現在、台湾デザイン研究院院長、World Design Organization理事、国立交通大学建築学部教授、学学基金会副理事長、台東デザインセンター代表を務める。台東県副知事、国立交通大学総務担当副学長、国立交通大学建築大学院院長、A+@建築スタジオ代表を経て、『現代建築:美学の概念』『ヨーロッパの魅力』などの著書を出版。また、「現代建築:美学の概念」、「ヨーロッパの魅力:新しい建築」、「北米の現代建築に焦点を当てる」などの著書がある。1994年にハーバード大学デザイン大学院でデザイン学修士号(MDes)を、1992年にオハイオ州立大学で建築学修士号(M.Arch.)を取得している。
デザインが、台湾の未来を変える
張氏が院長を務める台湾デザイン研究院(TDRI)は、2020年に設立された台湾の政府系デザイン振興機構だ。前身は2004年に台湾の経済部によって設立された台湾デザインセンター(TDC)で、過去20年近くにわたり台湾のデザイン振興を牽引してきた。なぜ、いま台湾は「デザイン」を政策として積極的に推進しているのだろうか。
張氏「台湾の経済はこれまで製造業やハイテク産業が中心でしたが、これからはデザインが経済を牽引する大きな役割を担うと考えられており、私たちはこれを『ソフトパワー』と呼んでいます。台湾政府はデザインこそが次の潮流であり、台湾を変える力になると考えているのです。私たちの使命は、デザインの力で台湾そのもの、そして世界の台湾に対する見方を変えることです。」
「これまでの3年間で、TDRIは3つの方向性に力を入れてきました。一つは公共のデザイン、二つ目は産業のデザイン、そして三つ目は社会のデザインです。そして、サステナビリティはデザインだけではなく安全保障の観点からも最重要テーマとなっています。」
「そこで、私たちは過去6年間で3度にわたりサーキュラーデザイン展を開催してきたのですが、3度目のタイトルが “the SP!RAL(スパイラル) “でした。そこでは日本、ドイツ、デンマーク、タイの機関の連携のもとで30以上の台湾企業も集まり、非常に多くのデザイナーがサーキュラーデザインの作品展示を行いました。今回は、その中から7作品を選定し、DESIGNART TOKYOにおいて展示しました。サーキュラーデザインは我々の世代にとってとても重要な課題になると考えており、招待してくださったDESIGNART TOKYOには大変感謝しています。」
今回のDESIGNART TOKYO 2022では、「社会を循環させる台湾のデザイン」というテーマのもと、ガラスや紙、竹、繊維、プラスチック、産業廃棄物など様々な素材が活用された台湾のサーキュラーデザインブランドが披露された。いずれも日々の暮らしに実装可能で、台湾のサーキュラーデザイン実践のいまが分かるものとなっている。ここでは、7作品すべてを簡単にご紹介したい。
一つ目は、miniwizというユニークなクリエイター集団が開発した、スピーカーにもなる花器だ。廃棄物リサイクルシステム「TRASHPRESSO」を利用し、生活によく見かける各種廃棄物を材料として作られている。
二つ目は、台湾の電力会社「台湾電力」の社内ベンチャー「TPCreative」が電気設備の廃棄物を用いて作った作品。町中にある緑の変電箱の板を型抜きして作った鍋敷、そして火力発電所の灰という廃棄物で作ったコースター、ダムの浚渫泥で作ったコースターなどが展示された。公的機関の電力会社がこうした取り組みを行うのは世界的に見ても珍しいという。
三つ目は台湾の工業デザイナーが竹細工に魅了されて立ち上げたブランド「Essence Design & Craft 」で、台湾や東南アジアの伝統的な竹細工の技術が現代の生活スタイルに合わせてアレンジされている。
四つ目は、大手スマホメーカーのデザイナーが立ち上げたアイウェアのブランド「Hibāng」。廃棄漁網をアップサイクルし、世界初となる100%回収再生可能アイウェアを開発販売している。
五つ目は、手漉き和紙や書物保存用などの特殊な紙を作っている紙のメーカーが立ち上げたブランド「FENKO CATALYSIS CHAMBER」。今回は100%紙でできた糸を使用して作られた服が出展された。
六つ目は、台湾のガラスメーカー「春池ガラス」が立ち上げた、回収ガラスを対象とするクリエイターコラボプロジェクト「W Glass Project」だ。春池ガラスは台湾最大規模のガラス回収工場を保有しており、年間の回収量は10万トン、台湾の回収総量の7割を占める。今回の作品は、Hsiang Han Designとのコラボレーション作品で、結晶クラスターの成長過程からインスピレーションを受けたもの。回収ガラスを素材として活用し、吹きガラスの型を使用して結晶の形状を作り出している。
そして最後の作品は、ハニカム構造で作られた紙の家具だ。両サイドの板を引っ張ることで長さを変えることができるようになっている。紙でありながら高い強度を持ち、使用シーンに応じて異なる雰囲気と、機能性の家具に変形でき、不使用時には小さく畳めるという。
いかがだろうか。いずれの作品も素材の質感や特性がデザインよって上手に引き出されており、素材の循環が生み出す新たな可能性を提示している。
資源が少ないからこそ、循環とデザインの力が必要
今回のDESIGNART TOKYO 2022で展示された作品は、台湾で取り組まれているサーキュラーデザイン実践のごく一部に過ぎない。なぜ、台湾ではここまでサーキュラーデザインの実装が進んでいるのだろうか?張氏はこう話す。
張氏「台湾は小さく、資源も限られています。だからこそ、私たちは素早く動く必要があり、異なる立場の人々が共に協力する必要があるのです。これまで、台湾は廃棄物のリサイクルにおいてはとても優れていましたが、それでは不十分です。私たちにはリサイクルだけではなく価値を向上させるアップサイクリングが必要であり、TDRIはその推進力としてデザインの力を使っているのです。」
面積も小さく資源も限られている台湾だからこそ、経済と安全保障双方の観点から考えても循環経済への移行は喫緊のテーマであり、またそのソリューションとして資源よりも人々の創造性が付加価値となる「デザイン」というソフトパワーに着目しているということだ。
張氏「サステナビリティは台湾全体の目標であり、それこそが唯一台湾の前進できる道です。台湾は韓国などとは異なり、一部の大企業ではなく数多くの中小企業で成り立っています。いま、世界では炭素中立が最優先課題となっていますが、台湾が将来グローバル市場に進出するためには、これらの中小企業が手を取り合って協力し、炭素中立に向けていち早く準備するほかにないのです。さもなければ台湾は生き残れないでしょう。私たちには素早い変化が必要なのです。」
「また、台湾では若い世代が政府に対してより民主的であることを求めています。すでに台湾はとても民主的ではあるのですが。市民はよりよい公共サービスを求めており、企業が前進できるような将来の新しい経済の可能性を求めています。そのうえで、デザインはよりよい解決策を提示する優れたプラットフォームになると考えています。」
多様性こそが台湾の強み
気候危機や資源枯渇に加えて国際情勢も不安定化する昨今では、資源の限られる国や地域にとって循環経済への移行が急務であることは間違いない。それは日本も同じだ。一方で、台湾はここ数年でようやく循環経済やサーキュラーデザインという概念も浸透しつつある日本よりも一足先に実践が進んでいるようにも見受けられる。日本と台湾との間にはどのような違いがあるのだろうか。
張氏「台湾には文化にも土地にも多様性があります。台湾は確かに小さいのですが、それは面積の話しであり、人口規模はそれほど小さくありません。約2,300万人もの人口がおり、多様な人々が暮らしています。中国大陸から来た人もいれば、スペインやオランダ、日本の植民地だったこともあり、16の少数民族も暮らしています。台湾はとても多様な人々や文化の混合によって成り立っているのです。」
「だからこそ、台湾は民主的であり、それは私たちの誇りでもあります。私たちはその力をテクノロジーやモノづくりのためだけではなく、よりよい暮らしやよりよい社会のために活用する必要があります。人々は市民としてよりよい暮らしを求めています。台湾は、大きな国や企業と競争することはできません。だからこそ、大きくなることより、小さくても持続可能であることに焦点を当てるべきなのです。」
台湾の歴史が育んだ文化的な多様性や他国との関係性、そして世界との接点があるからこそ感じる変革への危機感が、2010年代以降に欧州を中心に急速に浸透していった「循環経済」という概念をアジアの中でもいち早く取り入れる上でのドライバーとなったのだろう。
循環経済への移行に向けた課題は?
張氏の話を聞くと、台湾はアジアの循環経済を牽引するうえで様々な強みを持っているように感じるが、一方で循環経済への移行に向けた課題としては、どのような点を認識しているのだろうか?
張氏「課題は、循環経済をいかに経済的に利益が出るものにしていくかという点です。そのために、私たちは官民の連携をより後押ししていく必要があります。需要が少なければコストは高くなってしまいます。そのため、私たちは循環経済に対する需要がより増えるような政策をとる必要があります。台湾では、政府がグリーン認証を取得した製品を積極的に調達する取り組みを進めています。」
「また、台湾では製造業とハイテクに強みを持っているため、デザインがそれらのつなぎ役となり、より持続可能な方向へと導いていくような役割を果たしていきたいと考えています。」
台湾と日本が持つ可能性
世界の循環経済をリードしているのは欧州というイメージが強いが、その中で台湾や日本はどのような役割を果たし、どのように協働していくことができるだろうか。最後に張氏に聞いてみた。
張氏「私たちアジアは欧米とは異なります。できる限り資源を節約するという文化が社会に組み込まれていますし、日本はその好事例だと思います。『禅』に見られるように、よりシンプルでよりベーシックなものを尊重しますよね。日本のデザインはシンプルで洗練されています。これらは大量生産・消費といった考えとは大きく異なります。」
「台湾と日本はお互いに距離も近く、これまでも長らく協働を続けてきました。台湾でも多くの日本人デザイナーが活躍しています。デザインという点において、台湾は日本から学ぶことが多くあります。そのうえでも、TDRIは政府、産業界、そしてデザインのプロフェショナルを橋渡しするよいプラットフォームになるでしょう。」
編集後記
取材中に張氏がたびたび強調していたのは、”Quick(素早く)”変化するという言葉だ。背景にあるのは、気候危機や不安定な国際情勢など、今後ますます先行きが不透明になる世界の経済、環境、社会を見据えたとき、台湾はできるかぎり早く行動し、変化に備えていく必要があるという危機感だ。
これまで台湾の経済を支えてきた製造業やハイテク分野の強みを活かしつつ、「デザイン」というソフトパワーを次なる台湾の競争力に据えることで、小さくともレジリエントで持続可能な経済・社会を作り上げていく。張氏の話しからは、台湾が目指す、経済と文化を融合した明確な政策ビジョンが垣間見えた。
こうした台湾の循環経済に対する明確な姿勢やそれを体現するサーキュラーデザインの実践は、循環経済を推進している日本の企業や個人にとっても大いに参考になる。ぜひ今後、サーキュラーデザインにおける台湾と日本の産官学民を超えた交流や連携が進み、両者が共に学び合いながら、アジアならではの循環経済やサーキュラーデザインの形が発展していくことを期待したい。
【参照サイト】台湾デザイン研究院
【参照サイト】サステナブルなものづくりを目指し、実践する台湾デザイン7ブランドが「DESIGNART TOKYO 2022」に出展中!記者発表会を10月21日に実施
【関連記事】サーキュラーエコノミー(循環経済/循環型経済)とは・意味
(聞き手:水野渚 / 書き手:加藤佑)