文章で伝わりきらないものを、映像を通して感じてほしい──そんな想いでIDEAS FOR GOODがスタートするのは、映像にフォーカスをしながら、世界のソーシャルグッドなアイデアをお伝えしていくDocumentary for Good(ドキュメンタリー・フォー・グッド)。
第一弾は、イタリア・ローマから、イタリアの「食」を通じた食文化教育セミナーを提供する会社アビタートとともにお届けする。
今回ご紹介するのはイタリア農業生産者団体コルディレッティが運営するオーガニック食材限定のファーマーズ・マーケットである、カンパーニャ・アミーカ。生産者と消費者のあいだの仲介業者をなくしたこの直販市場はイタリア全国に展開しており、その数おおよそ6千軒。
多数あるカンパーニャ・アミーカの中でも、特に存在感を発揮しているのがローマの古代遺跡チルコ・マッシモ地区にある一軒だ。ここには野菜、肉、魚、乳製品、パンなど60社の生産者が出店。化学肥料、農薬無使用の安全な食材を販売しているだけでなく、あらゆる社会貢献活動を展開しており、これがローマ市民の賛同を得ている。毎週末の土日だけ開催されているのだが、中庭にはイベントやランチができる広いガーデンもあり、地元民からいまや海外からのツーリストまでが訪れる首都の人気スポットにまでなっている。
カンパーニャ・アミーカのコンセプトは、農家だけでなく消費者である買い物客も一体となって農業の振興と地域の発展、さらには環境負荷の削減をめざそうというもの。
具体的には「有機食材など安全な食品の推奨」 や、「生活困窮者への食料寄付(スペーザ・ソスペーザシステム)」「廃棄食材の削減」「子どもへの食育」「アグリトゥーリズモ(農家が経営する農園ホテル)でのバカンスの推奨」などが行われている。
市場では市民向けの食育イベントも頻繁に開催されている。特に小さな消費者である子ども向けのワークショップは、生産者とともに行うチーズ作りや料理教室など盛りだくさんのプログラムで常に賑わっている。子どもたちに正しい食育を施すことは、イタリアの親世代が今もっとも力を注いでいることであり、それが週末の買い物のあいだにできるということでカンパーニャ・アミーカはこの上なく便利な”野外学校”でもあるといえよう。
今回は、その様子を映像とともに見ていこう。
ナポリの習慣にヒントを得た、買物客による支援「スペーザ・ソスペーザ」
ナポリのバール(カフェ)の伝統的な生活習慣に「カフェ・ソスペーゾ」というものがある。
ソスペーゾはイタリア語で「保留」という意味。バールでコーヒーを飲んだときに、自分の分だけではなくお金に余裕のない人の1杯分をバールマンに払い、「保留」してもらうというもの。その保留のおかげで、知らない誰かがお金がなくともおいしいエスプレッソで心も体も温まることができるというわけだ。
この習慣からアイデアを得てカンパーニャ・アミーカでは「スペーザ・ソスペーザ(買い物の保留)」と称し、来店客が生活困窮者のためにもう1人分の買い物をするというシステムをつくりあげた。参加するのはとても簡単で、自分のついでにもう1人分の買い物をし、その袋を帰り際に市場の受付に置いて行くだけである。マーケットの営業が終るとそれらの袋がすべて集められ、生活貧困者支援団体に配給される。
「スペーザ・ソスペーザ」は合理性な理論からつくられたシステムではなく、助け合い精神や、伝統的な習慣といったポジティブな要素を含んだ“意味のイノベーション”によって生まれたユニットであり、誰もが親しみをもって取り組めるものになっている。モノやコトに意味付けをするのが得意なイタリア人の国民性が、社会貢献においてもうまく反映されたサービスである。
食品ロス対策と生活困窮者支援を同時に行う
もう一つ注目されているのは、カンパーニャ・アミーカの食品ロス対策。廃棄食材削減活動を貧困者支援につなげているところである。
週末の営業が終了する日曜日の午後15時。幕が下がった劇場のように一気に後片付けが始まる。ここからカンパーニャ・アミーカの第2幕がはじまる。個々の売り場から中央にある市場のデスクにどんどんと売れ残った野菜や果物のケースが集まってくる。と同時に慈善団体の人たちが荷台を引いてやってくる。
これらの食材は3通りの方法で一切捨てることなく利用される。
A)状態のよいもの – 生活困窮者救済団体へ寄付
B)少し傷や腐敗があるもの - ジャムやペーストにし瓶詰製品に、またはスムージーにし市場内で販売
C)傷や腐敗がすすんでいるもの - 家畜の餌として畜農業者へ無料提供
有機農家を営む販売者であるルカ・マットッイさんは「特に菜野菜などは、1週間後の次の週末まで鮮度を持たせるのが難しく寄付した方が倉庫代もかからず、私たちに販売者にもいいシステムなのです」と説明する。売れ残りといっても、実際にはまだまだ新鮮でおいしそうなものばかりで驚かされる。中にはパンや牛乳もあり、もちろんすべて高品質オーガニック食材だ。
月曜日午後16時。
カンパーニャ・アミーカが売れ残り食材を寄贈している教会の厨房を訪ねてみた。この教会ではこのような食材を集め、温かいパスタなどを作り生活困窮者に配給している。キッチンをしきっているのは3人の女性。ボランティアの2人と修道女のシスター1人。毎週ここに来るアネーゼさんは、アリタリア航空に35年勤務していたという。退職後はこうしてボランティアで料理の腕をふるっている。カラフルなエプロンをつけてトマトソースを豪快に仕込む姿はイタリアマンマの貫禄いっぱいだ。
できあがったアツアツのペンネアッラビアータ。ガリガリという音を立てながらパスタにすりおろされるのは、パルミッジャーノ・レッジャーノチーズ。なんらかの理由で流通から外れたこのような高級食材までがメーカーから送られてくるのである。
「チーズは大き目にすりおろして!」
大声で指示をするアネーゼさん。レストランのように細かくすりおろすと、時間が経つにつれチーズが溶けて冷め、パスタ同士がくっついて固まってしまうのだ。数時間後にこのパスタを受け取る人に、少しでもおいしく食べてもらえるように工夫することも忘れない。
140人分のパスタがその他の食材とともにマルタ騎士団のスタッフたちによりパッキングされ、ローマ中央駅に運び込まれたのが午後19時過ぎ。まだ温かいお弁当は一瞬のうちに配布され、カンパーニャ・アミーカの売れ残り食材は捨てられることなく、地域コミュニティのネットワークによって最後まで利用されたのである。
これは”イベント”ではなく毎週行われている”習慣”だ。この教会とマルタの騎士団以外にもNPO団体などが同じような支援活動を行っている。
社会貢献ができることは市場にとってもハッピーなこと
多種多様な農業のビジネスモデルが盛り込まれているソーシャルビジネスの成功モデルとして、地域社会からも信頼を得ているカンパーニャ・アミーカ。パンデミックが始まった2020年から昨年までの2年間で、全国あわせて約700万キロ分の国産高品質オーガニック食材を貧困者へ寄贈するという実績を持つ。
近年の貧困者の増加は、パンデミックに続きエネルギーコストの上昇や、干ばつによる農産物収穫量の減少という背景がある。しかしながらイタリアの場合、こういった社会的弱者の支援活動は今に始まったことではない。長い年月極度の貧困に苦しんできたこの国は、助け合いなしに生き延びることは不可能で、「お互い様」の助け合い精神がいまだ人々の中に強く生きている。世界でSDGsやサステナブルという言葉が氾濫する何十年も何百年も前から社会的支援活動の歴史がある。
イタリアの社会活動は世界や国連と足並みそろえてではなく、グローバルスタンダードから外れた独自のスタイルで展開していると言える。今から37年前に誕生した「スローフード運動」が、北イタリアのブラという小さな農村から世界に広がったように、そのスタンダードからかけ離れているからこそインパクトも大きい。
カンパーニャ・アミーカの総責任者ピエトロ・ハウスマンさんは「こうして社会的弱者といわれる方々を支援できることは市場にとって、とてもハッピーなことであり、わたしたちはそれを誇りに思っています」と話す。
買い物をしながら気軽に社会貢献に参加できるということは、ローマ市民にはとても魅力のあることだ。なぜならデジタル社会が進む中、小さいながらも当たり前に持つべき地域社会との連帯感を感じることができるからである。
買い物客が増えることにより販売量も増加し、農家の収益があがる。余剰食材の寄付も増え、より多くの支援が可能になる。こうした好循環のスパイラルを作り上げることに成功したカンパーニャ・アミーカ。ローカルでありながらグローバルな市場の役割は、決して食物を販売することだけではない。あらゆる世代の市民に、買う、食べる、学ぶ、助ける、出会う、コミュニティを提供することである。
あなたが次回ローマを訪れた際には、ぜひこの生命力がある場所を訪れてほしい。そして買い物袋をもう一人分「スペーザ・ソスペーザ」してみてはどうだろう?
Edited by Erika Tomiyama
【参照サイト】Abitato