【イベントレポ】リベラルアーツでビジネスはどう変わる?新時代のイノベーションに教養を

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Sponsored by 東京大学教養学部リベラルアーツ・イノベーション・ヴィレッジ(LIVe)

気候変動や紛争などが起こり、これまで以上に未来への不確実性が増している現代において、科学をはじめとする実学だけでは目まぐるしく移り変わる社会に対応できなくなってきています。多様化・複雑化する社会課題を解決しうるイノベーションを生み出すためには、これまでの常識を疑い、自分の知識や経験をつなぎ合わせることが必要です。

そこで現在、アカデミアだけではなくビジネスの世界でも注目を集めているのが「教養(リベラルアーツ)」。論理的推論だけでは到達しえない領域に行くためには、「教養」というものにどのように向き合い、使っていけばよいのでしょうか。

この答えを探るべく、東京大学教養学部リベラルアーツ・イノベーション・ヴィレッジ(LIVe)と博報堂が2023年12月に「リベラルアーツとイノベーション~『動的教養』を育み、ビジネスを動かす~」と題したイベントを開催しました。本記事では、このセミナーの様子をレポートします。

登壇者プロフィール
真船文隆氏(東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部 学部長)

真船文隆氏東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程修了。液体の表面、原子分子の集合体であるクラスターを研究対象として、ナノ構造体のかたちと動きを原子レベルで明らかにすることを目的として研究に従事。2003 年に東京大学教養学部・大学院総合文化研究科に着任後は、東京大学の教養学部生の教育にも力を入れている。主な著書に『量子化学-基礎からのアプローチ』(化学同人)、『物理化学』(共著、化学同人)、『反応速度論』(共著、裳華房)、など。同時に教養学部附属教養教育高度化機構社会連携部門長として、博報堂との特別教育プログラム「ブランドデザインスタジオ」のコーディネーションや大学生を対象にした発想コンテスト BranCo!を共催している。

原和之氏(東京大学 大学院総合文化研究科・教養学部 教授)

原和之氏東京大学から同大学院で地域文化研究(フランス)、パリ第一大学、パリ第四大学で哲学を修める。パリ第四大学博士(哲学史)。電気通信大学専任講師・助教授を経て、2004年4月より東京大学大学院総合文化研究科助教授 (地域文化研究専攻)、2007年4月学校教育法改正により准教授に職名変更。2018年4月より同教授。精神分析を中心とした20世紀以降のフランス思想、もう少し大きな文脈ではヨーロッパにおける「分析/解析(analysis)」概念の歴史を主たる関心領域として研究を進めている。

宮澤正憲氏(株式会社博報堂 執行役員/東京大学 教養学部教養教育高度化機構 特任教授)

宮澤正憲氏東京大学文学部心理学科卒業。博報堂に入社後、マーケティング局にて多様な業種の企画立案業務に従事。2001年に米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)修了後、イノベーションのコンサルティングを行う次世代型専門組織「博報堂ブランド・イノベーションデザイン」を立上げ、多彩なビジネス領域において実務コンサルテーションを行っている。また、東京大学教養学部にて発想教育プログラム「ブランドデザインスタジオ」や学生向けコンテスト「BranCo!」を運営するなど、ビジネス×高等教育をテーマに教養教育活動も推進。『東大教養学部「考える力」の教室』、『「応援したくなる企業・組織」の時代』、『「個性」はこの世界に本当に必要なものなのか』など著書多数。

近藤千尋氏(ポーラ・オルビスグループ リサーチセンター 研究員)

近藤千尋氏2004年、東京大学大学院 薬学系研究科卒業後、ポーラ化成工業入社。シミ・しわに関する基礎研究に従事。2016年より研究企画にて研究戦略やオープンイノベーションの推進を開始。2018年より、ポーラ・オルビスホールディングス マルチプルインテリジェンスリサーチセンターにて、世界各国から新たなシーズとニーズの探索を行う「キュレーションチーム」のリーダーを務める。

上坂あゆ美氏(歌人、エッセイスト)

上坂 あゆ美氏1991年生まれ、静岡県出身。東京都在住。2022年2月に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)刊行。他、『無害老人計画』(田畑書店)、『歌集副読本』(ナナロク社)など。

 

山田聰氏(博報堂 ブランド・イノベーションデザイン 制作ディレクター/東京大学教養学部 客員准教授)

山田聰氏東京大学法学部卒業後、2006年に博報堂入社。制作職として多様な業種のコミュニケーション開発、クリエイティブ開発に従事した後、2011年より博報堂ブランド・イノベーションデザインの前身組織に参画。金融、菓子、電子機器、IT、教育機関、地方自治体等のブランド開発や事業開発に携わる。アジア太平洋広告祭ヤングロータスグランプリ、グッドデザイン賞など受賞。共著に『ビジネス寓話50選 物語で読み解く、企業と仕事のこれから』(アスキー・メディアワークス)など。

ボヴェ啓吾氏(博報堂 ブランド・イノベーションデザイン ストラテジックプラニングディレクター/若者研究所 リーダー/東京大学教養学部 客員准教授)

ボヴェ啓吾氏法政大学社会学部社会学科卒。2007年博報堂に入社。マーケティング局にて多様な業種の企画立案業務に従事した後、2010年より博報堂ブランドデザインに加入。ビジネスエスノグラフィや深層意識を解明する調査手法、哲学的視点による人間社会の探究と未来洞察などを用いて、ブランドコンサルティングや商品・事業開発の支援を行っている。2012年より東京大学教養学部全学ゼミ「ブランドデザインスタジオ」の講師を行うなど、若者との共創プロジェクトを多く実施し、2019年より若者研究所リーダーを兼任。著書『ビジネス寓話50選-物語で読み解く企業と仕事のこれから』

伊藤恵氏(ハーチ株式会社 Harch Europe責任者/IDEAS FOR GOOD編集部)

伊藤恵氏一橋大学大学院社会学研究科修了。英国・ロンドン在住、Harch Europe事業(ロンドン・パリ・アムステルダムを中心に複数都市)を統括している。学生時代は都市社会学を専攻、東京・シンガポール・香港などアジアのグローバルシティの公共空間・緑化空間について研究し、その後オフィスのインテリアデザインを手掛ける企業にてプロジェクトマネジメントに携わる。現在は欧州現地企業・団体の取材に加え、日本企業のリサーチ・コンサルティング業務に従事。

教養とは、多面的な見方ができること

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今回のイベントのメインテーマである「教養(リベラルアーツ)」とは何でしょうか。

東京大学で教養学部長を務める真船文隆さんは「教養とは知恵のようなもの」だといいます。大学の授業や書籍などで学ぶ「知識」と、これまでの人生で培ってきた「経験」が組み合わされることで無意識のうちに刻み込まれていくものが教養なのかもしれないと真船さんは考えます。

研究においては、自分が知らない現象やデータに出会ったとき、自分が持っている知識や経験を総動員して、さまざまな解釈の可能性を考えていくことが重要です。「多面的な見方ができること、一方的な視点にとらわれないこと、これこそが教養なのだろう」と真船さんは語ります。

教養をうまく使って社会にイノベーションを

続いて、今回のイベントを主催しているLIVeについて、宮澤正憲さんから紹介がありました。

東京大学と博報堂は2011年から「ブランドデザインスタジオ」というアクティブラーニング型の授業を共同で開催していました。これは東京大学の教養学部生を中心に、他大学生、芸大生、社会人が集まり、正解のない問いにともに挑むというものだそうです。

ブランドデザインスタジオの授業をベースに、より社会や企業にフォーカスしたコミュニティとしてLIVeが誕生しました。宮澤さんはLIVeの趣旨について、「教養というものをうまく使いながら社会や企業にイノベーションを起こせないかということを皆さんで考えていきたい」と話します。

LIVeでは、「教養」を哲学や歴史などの幅広い知識「基礎教養」と、その知識を創造や問題解決に使っていく「応用教養」の二種類に分類し、特に創造や問題解決をもたらす「応用教養」に着目。「既存の要素を組み合わせて新しいものを創っていく」という考えはイノベーションの概念に近いことから、教養そのものがイノベーションにつながるのではないかという考えに至ったそうです。

 

LIVeは基本的なアプローチとして、ある課題を持った「当事者(ビジネスパーソン)」や理系文系問わずさまざまな分野の「専門家」、学生や専門機関などの「生活者」という三者を招いて議論の場を設けています。

具体的には、豊富な知見を持つ東京大学教養学部の研究者と博報堂がともに課題について考え、課題解決のアイデアを生み出していく「LIVeプロジェクト」、アクティブラーニング型の授業やコンテストに参加して教養思考を学んでもらい、次世代のリーダーを育成する「LIVeエデュケーション」、活動に賛同した企業や研究者、学生などを集めて議論し、応用教養を育む「LIVeコンソーシアム」の3つの取り組みを軸に、活動を行っています。

ビジネスにも教養が求められるようになった理由

そもそも、近年になって教養やリベラルアーツがビジネスの文脈で語られるようになったのはどうしてでしょうか。

博報堂のボヴェ啓吾さんによると、大きな理由が3つあるのではないかといいます。一つ目が、「経済・社会システムにおける『価値』の変化」。気候変動や紛争、格差などさまざまな課題がある中で、従来の無限に成長することを前提とした資本主義システムは限界を迎えているという認識が広がり、代わりに「有限システムの中でいかに社会的公正を実現できるか」が求められるようになってきているそうです。

経済・社会システムに対する認識が変わってきたことで、これまで効率的に成長し続けるためには不要だと思われていた、土着の文化やアート、精神的な豊かさなどといったものの価値を見直す動きが出てきているのです。

二つ目に、「企業に求められる『役割』の変化」です。無限に成長し続けることを前提としていたこれまでのシステムの中では、企業の役割は「利益の追求」が第一でした。しかし、無限に成長し続けられないという認識が広がった現代においては、利益を追求しながらも「周辺の環境や社会的価値を提供していく主体」としての役割が求められるようになってきています。そのため、企業は消費者や投資家、従業員など関わっている人々に対して自らの存在意義(Why)を明確に打ち出す必要性に迫られているのです。

そして、三つ目の理由が「テクノロジーが持つ『影響力』の変化」。生成AIをはじめとするテクノロジーの急激な発展に対して、どう人間が向き合い、どのように使っていくか、そのためには社会がどうあるべきかという複雑で深い議論が必要になっており、そこでリベラルアーツの視点が注目されています。

ボヴェさんは、「明確な正解のないWhyに答えようとするときに、リベラルアーツ的な視点がビジネスに結びついてきている」と締めくくりました。

リベラルアーツでビジネスはどう変わる?海外の事例を紹介

では、教養やリベラルアーツがあると、ビジネスをどう変えていけるのでしょうか。この問いに答えるべく、IDEAS FOR GOODを運営しているハーチの伊藤恵さんから世界中の先端的な事例について紹介がありました。

事例は「個人のキャリアやパフォーマンスにリベラルアーツがどのような影響を与えるのか」「組織運営や意思決定にリベラルアーツがどのように役立てられているのか」「製品やサービスの開発に、リベラルアーツがどのように取り入れられているのか」といった三つの視点からそれぞれ紹介されました。

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1. 個人のキャリア・パフォーマンスとリベラルアーツ

はじめに紹介された事例は、人のキャリアやパフォーマンスとリベラルアーツとの関係についてです。FLEX College Prepのデータによると、米国起業家ランキングの上位250位のうち、約11.6%を占める29人が哲学や歴史学、政治学などのリベラルアーツ領域を大学で専攻していることがわかりました(※)。Appleの創業者であるSteve Jobs(スティーブ・ジョブズ)氏やYouTubeの前CEOであるSusan Wojcicki(スーザン・ウォシツキ)氏らもリベラルアーツ専攻だったそうです。

47 Top Entrepreneurs & CEOs With Liberal Arts Degrees-FLEX College Prep

「海外の文献も含めて調査したところ、ビジネスにおいて役立つリベラルアーツのスキルとして、当事者の気持ちが理解できる『情報把握スキル』、チームメンバーのバランスを見ながら適切な声かけができる『チームワークスキル』、想像力を駆使して問題を特定できる『クリエイティブスキル』が特に強調されていました」

以上のスキルが仕事のどのような場面で活かされているのかをまとめたのが、下記の図です。伊藤さんは「価値を定義したり意味を作り出したりと、人間にできて機械には難しい領域において特にリベラルアーツの知見が活かされるのではないか」とまとめました。

2. 組織運営や意思決定とリベラルアーツ

続いては、実際に企業がリベラルアーツの知見を取り入れて行った事例についてです。

まず紹介されたのはGoogleの事例でした。2013年、Googleはテクノロジーと人文科学の関係を探求するためにDamon Horowitz(デイモン・ホロウィッツ)氏という哲学者を「社内哲学者」として採用したといいます。

Googleの社内哲学者となったHorowitz氏は、テクノロジーの重要性やテクノロジーによって言語や価値がどのように変化していったのかを社内に共有し、「思考のタスクは私たちのものであり続ける」とあくまでも思考の主体は人間自身であると指摘しました。

続いては、Facebook(現在はMeta)の事例です。2010年、Facebookはヘイトスピーチの問題解決に取り組むために、ギャングや地下経済の研究を行っている社会学者のSudhir Venkatesh(スディール・ヴェンカテシュ)氏を登用。彼がこれまで行ってきたギャング活動やいじめ、ハラスメントなどに関する研究から得られた知見を活かし、ユーザー行動やその背後にある動機を深く探っていきました。

3. 商品・サービスの開発とリベラルアーツ

最後は、商品やサービスの開発がリベラルアーツの分野と結びついている事例です。

例えば、イタリアの高級ブランドPradaは「Talisman」というコレクションを発表しました。Pradaが発表したTalismanのオブジェクトは以下の写真のような姿をしており、古代の魔法の力を持つオブジェクトのオマージュだといいます。伝説・神話のストーリーテリングを用いて、消費者が共感できる物語を生み出そうとしていたのです。

Image via Prada

リベラルアーツの知見を生かしているのは、ビジネスだけではなく、自治体もしかりです。次に紹介があったのはスペインのバルセロナ市の事例でした。バルセロナ市内で病気の人や障害のある人、高齢者などをケアしている人には以下のような黄色いカードが渡されるそうです。

Image via Barcelona Cuida

ケアをしていく中で心身の不調が生まれたときや福祉用具が必要になったとき、ケアの専門家のアドバイスを受けたいときなどにはこのカードを使うことで、バルセロナ市が持っているケアに関する専門的な知見やリソースにアクセスできるといいます。

また、スウェーデンのストックホルム市では、社会学(ジェンダー研究)の知見を用いて、街にあったジェンダー格差を是正する「フェミニスト・シティ」と呼ばれる取り組みが進められているそうです。

雪がよく降るストックホルム市では、これまで雪が降ったあとは、男性が車で移動しやすいように幹線道路の車道から雪かきをしていたとのこと。しかし街の人の動きを調査したところ、車で会社に移動することの多い男性に比べ、女性は自転車や徒歩でスーパーに買い出しに行ったり郵便局に行ったりと、より導線が複雑なことが判明したそうです。

そこでストックホルム市は、女性がよく利用する歩道や自転車道、バス停を優先的に雪かきするようになったといいます。その結果、ストックホルム市全体でけが人が減り、医療費の削減にもつながったそうです。

伊藤さんは「これまでに失ったものや顕在化する課題に対して社会でどう対応していくかを議論するときに、リベラルアーツの視点が生きてくるのだと思います」とセクションをまとめました。

ビジネスでリベラルアーツを使うことに対する問いや懸念点

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こうした事例を俯瞰してみてみると「新しい問いや懸念のようなものも出てきた」とボヴェさんはいいます。

ボヴェさんが挙げた最初の問いは「リベラルアーツの価値をビジネスの中で測ることは可能か」というものです。教養やリベラルアーツがもたらす価値はビジネスパフォーマンスの向上や利益の増加といった具体的な数値で測るのが難しく、より間接的・抽象的なものである可能性が高くなります。

また「アカデミアとビジネスはある程度の距離を保つ方がそれぞれの領域が持つ価値観や目的を保護するのではないか」という視点も紹介されました。

「こうした懸念や留意点を意識したうえで、社会をより豊かなものにしていくためにリベラルアーツとビジネスをより近づけていこうとすること自体が『教養的な態度』である」とボヴェさんは話します。

教養は「あいだ」にあるもの

その後、イベントはディスカッションパートに移り、スピーカーの方々からお話がありました。

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まず発表をしたのは、化粧品メーカー・ポーラ・オルビスグループで研究員をしている近藤千尋さん。研究の戦略を考える部署に所属しており、国内外から情報を集め、会社と外部をつないで新しい取り組みを考えるような仕事をしています。

近藤さんは「教養をどのように捉えているのか」という問いについて、「『あいだ』にあるものなのではないか」といいます。「事例や事象という『点』があったときに、事象同士の関係性やその枠組みを考えるためのものが教養だという気がしています。『あいだ』の解像度が上がれば、そこから何らかの文脈を紡ぎだしたり、今までと違う見方ができたりするんじゃないかなと思っています」

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また、教養に関係していて、近藤さんが現在取り組んでいる仕事として「美を紡ぐ」というグループ横断プロジェクトについて言及されました。1000年もの時間を遡って事例を集め、今後も残していきたい美を紡いでいくという取り組みをしているそうです。2023年11月29日から12月25日にかけて銀座のポーラショップにて、初めての展示が開催されました。テーマは「日本と中国の文化交流の歴史」について。日本の工芸家や中国のクリエイターとともに、日中二つの文化間にある「共通の美」を考えながら作品をつくっていったそうです。

こうしたプロジェクトに込めた想いを、近藤さんは「作品をつくる過程で相手の文化のことを深く知っていきます。そこで得た理解がこれからの研究や製品開発、経営の土台になっていくことを願ってこういったプロジェクトを行っています」と語っていました。

原体験を解釈するには教養が不可欠

次に話をしていただいたのは、歌人・エッセイストの上坂あゆ美さん。5・7・5・7・7の言葉を紡いでいく短歌やエッセイを生み出しています。

上坂さんは「教養は他者への想像力」だと語ります。「知識としてこのような事象があって、何に困っているかということを知っていても、問題解決にはなりません。自分の家族や自分自身にその事象が起きたらどうなるかと想像したときに、初めて解決までの道のりを描けるのではないでしょうか。そうやって『自分と他者を結びつけて捉える力』が教養なのかなと思います」

次に上坂さんが話したのは、教養と仕事との関係について。上坂さんは短歌を鑑賞する側としてもつくる側としても教養が欠かせないといいます。

「短歌というものは31音しかない文芸なので、人の作品を解釈するときには想像力が不可欠です。短歌を鑑賞するときには、自分のこれまでの人生と重ね合わせたり経験から紐づけて想像したりする力が重要だと思っています」

また上坂さんは、作品をつくる上で特に大切な「解釈」の部分で教養が必要になるといいます。

「例えば、満開の桜を見たという原体験があったとします。その桜に対して何を思ったのか、桜がきれい、桜が洗濯物に似ている、桜を何年前にあの人と見た……など、その人の原体験に紐づいて出てくるのが解釈です。作品などの表現は、そういった自分の解釈をアウトプットしたものです。創作活動において一番大切な解釈の部分、桜を見て何を思うか、何と結びつけて思考するかというところで、教養が役に立つのかなと思いました」

教養は新天地で進むべき方向を示してくれる

次に発表をしたのは、東京大学大学院総合文化研究科で教授を務める原和之さんです。専門は西洋思想史や精神分析学、フランス地域文化研究で、特にフランスの精神分析家であるジャック・ラカンの思想研究を行っています。

原さんは、「教養をどのように捉えているか」という問いに対し、東京大学教養学部の初代学部長を務めた矢内原忠雄氏の次の言葉を引用しました。

知識の基礎である一般教養を身につけ、人間として偏らない知識をもち、またどこまでも伸びていく真理探究の精神を植えつけなければならない。

以上の矢内原氏の言葉について、原さんは次のように付け加えました。「『どこまでも伸びていく真理探求の精神』というと、ひとつの方向しか向いていないような感じがありますが、そうではなく、『さまざまな形で設定されている境界や限界といったものを乗り越えていく』というのが、『教養』のひとつの姿なのではないかと思います」

また、教養と仕事・研究とのつながりについて、原さんは「馴染みがなかった分野の講義を担当することになったとき、以前学んだことが『土地勘』のようなものを与えてくれた」といいます。大学でメディア論の講義を担当することになったとき、原さんはその分野についてまったく馴染みがありませんでした。しかし、大学院時代に専門分野ではなかったものの、たまたま履修していたメディア論の授業を思い出し、それが大きな助けになったといいます。

最後に原さんは次のようにまとめました。「望まないけれど新しい領野に放り出されるということが、ときにはあります。そんなときに、一歩を踏み出す、その方向を決めるのを助けてくれるのが『教養』なのかなと思っています」

最後に

ディスカッションパートの後半では、お話をしていただいたお三方に真船さんと宮澤さんも加わり、さらに議論を交わしました。

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議論の最後に、宮澤さんは教養について次のようにまとめています。

「教養というのはある意味捉えどころがなくて、『教養とはこういうものである』と断言した瞬間に、うそくさくなるところがある。私たちそれぞれが考えている『教養』の姿はきっとどれも正解で、間違いはないんだと思います。『自分自身の教養をどう捉えるか』ということ自体がイノベーションにつながるのではないでしょうか」

気候変動や経済危機、紛争など不確実性が増す現代でイノベーションを起こしていくためには、知識や事象といった点を別の点につなげる「教養・リベラルアーツ」の力がこれからさらに必要になっていきそうです。

また、本記事で取り上げたイベント「リベラルアーツとイノベーション~『動的教養』を育み、ビジネスを動かす~」の内容を採録・編集したウェビナーが、株式会社博報堂が運営するメディア・BIZ GARAGEから、2024年2月15日に配信予定です。プレゼンテーションやディスカッションの様子を実際の映像でご覧いただけます。気になった方はぜひチェックしてみてください!

▶︎ウェビナーのお申し込みはこちらから:https://www.bizgarage.jp/webinar/20240215

【参照サイト】東京大学教養学部 リベラルアーツ・イノベーション・ヴィレッジ(LIVe)
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