人間社会が生物多様性に大きく影響を与えている──この認識はすでに広く浸透している。現在ではビジネスが自然に対して与える影響を把握・開示することが重要になり、すでにその測定を助ける仕組みも多数生まれている。しかし、そのうえで生物多様性を回復させていくための足並みを世界が揃えていくためには、ビジネスセクターだけではなく、金融・政治面における変革を起こしていくことが欠かせないという。しかし、ただ情報を集めて理解するだけでは、生物多様性の喪失を防ぐことはできない。世界が歩みを揃え、生物の命やすみかを守りながら豊かな生態系を築くには、セクターを超えて金融・政治面における変革を起こしていくことが欠かせないという。
今回は、生物多様性の回復をめぐる世界の動きと今必要とされるアクションについて、世界経済フォーラムが掲載したコラムを紹介する。気候変動によって危機にさらされる生物多様性を、果たして人間が回復させることはできるのか。今後どのようなアクションが求められているのか。自然および社会の一員としてビジネスのあり方が問われる今、一度立ち止まって共に考えてみたい。
(以下、世界経済フォーラムが運営するアジェンダページの「繁栄か破綻か – 生物多様性を見過ごすことができない理由」の全文掲載)
国際社会は、これまでにも一見難解に見える持続可能性の課題を克服してきました。1980年代後半のオゾン層修復に関する国際合意は、「多国間主義の前向きで強力なアウトカム」だと評価されています。
今日、多国間主義が直面する危機が山積しています。ダボスで開催される2024年世界経済フォーラム年次総会のテーマである「信頼の再構築」は、こういった課題を克服するための第一歩となるでしょう。世界は団結して生物多様性の喪失を克服することができるでしょうか。
最近の分析で、この課題の深刻さが浮き彫りになりました。1970年以降、野生生物の個体数は平均して70%近く減少しています。世界的にその影響は大きく、世界の哺乳類バイオマスに占める野生哺乳類の割合は、1900年の17%から2015年にはわずか4%に減少しました。残りの96%は人間と家畜が占めています。
人間社会は、明らかに大きなインパクトを自然に与えていると同時に、自然に大きく依存しています。世界のGDPのおよそ60%は、清潔な水の供給から受粉に至るまで、人類は自然の多様なサービスに少なくともある程度依存しています(下図)。
信頼の構築
このようなリスクを認識し、2022年、世界は「自然のためのパリ協定」である「グローバル生物多様性フレームワーク」に合意しました。その2つの主な目的は、2030年までにグローバルな生物多様性の喪失に向かう時計の針を逆転させることと、2050年までにネイチャーポジティブを達成することです。
しかし、コンセンサスが得られても、行動が伴わなければ意味がありません。グローバル生物多様性フレームワークに対する信頼は、まだ構築途中です。各国は現在、その目標を国家戦略に反映させており、2024年の国連生物多様性条約締約国会議(COP)で進捗状況を確認する予定です。
わずか6年で生物多様性の喪失に向かう時計の針を逆転させることは、時間との戦いです。懐疑的な見方をする人々を責めることはできません。国際社会は、2010年に「愛知目標」と呼ばれる生物多様性目標に合意しましたが、この目標を達成できなかった主な理由は、明確な実施計画が合意されなかったことです。
目的地に向かうための道
生物多様性の喪失を食い止めるためには、多くのステップが必要です。まず、効果的な測定方法を確立すること。測定できないものを管理することはできません。生物多様性の喪失を食い止める最善の介入策を特定するには、何が喪失を招く原因となっているのか、どこで、どのような速度で喪失が進行しているのかを知ることが重要です。
現在ですら、地域の生態系の状態をグローバルレベルで追跡するための測定インフラは不足しています。高度に局所的で複雑な自然の性質に対応した、正確かつタイムリーで粒度の細かい膨大なデータが必要です。インフラ整備に手落ちがあれば、生物多様性のグローバル目標のアキレス腱となりかねません。
幸いなことに、革命的な飛躍を遂げた新たな測定技術を生み出す必要はありません。UBSが最近発表した白書「繁栄か破綻か(Bloom or Bust)」では、今日の「ネイチャーテック」業界が、生物多様性の状態を追跡するために必要なテクノロジーをすでに提供している理由を明らかにしています。目下の課題は、生物多様性の喪失に向かう時計の針を逆転させるために、これらの技術をより速く、より大規模に展開することです。
立ちはだかるハードル
測定技術の迅速な展開は、自然発生的に起こるものではありません。
歴史的に、民間の資本配分、企業行動、消費者行動は、日々の活動において自然の価値を無視してきました。その理由は三つあります。第一に、自然を害する活動で得る補助金の額が自然を保護する活動を支援する補助金の額の5倍であること。第二に、自然を正当に評価する方法論が確立されない限り、自然はビジネスや金融の意思決定の枠外に置かれたままであること。第三に、生物多様性に関するグローバル目標の実施計画が未確定のままである限り、進むべき方向が不明瞭であることです。
そのため、2030年の目標達成に必要な投資はおろか、2050年までにネイチャーポジティブな世界へと長期的に移行するための投資も滞っています。数年前、このギャップは現在費やしている額の5倍から7倍になると推定されていました。現在ではさらに拡大している可能性が高く、生物多様性の減少を逆転させるという課題は、時間の経過とともに難しくなっています。
負債が大きくなるにつれ、誰がそれを清算するのかという課題はますます複雑になってくるでしょう。民間資本の大規模事業者が求める安定したリターンと効率性を、自然関連資産でまかなうことが難しいことを考えると、民間資本だけでギャップを埋めることはできそうもありません。
破綻を回避し、繁栄を目指す
生物多様性の喪失に向かう世界をわずか6年で回復させるには、さまざまなステークホルダーの早急かつ大規模な行動が求められます。私たちの最新の白書は、国際社会に対し3つの分野で行動するよう呼びかけています。
まず、ソリューションの鍵となるのがトランジション・ファイナンスです。ここには、合意された持続可能性目標の達成に向けて秩序ある移行を支援するために必要なあらゆる融資活動が含まれます。一般的に気候変動対策として知られるトランジション・ファイナンスは、自然に関する課題にも適用できます。環境目標を達成すれば金利が低くなるなど、サステナブルな成果を促進する基準と融資条件を結びつける金融商品があります。トランジション・ファイナンスは万能薬ではありませんが、金融市場が実体経済において生物多様性の向上を促進する最良の手段を提供することできます。
第二に、革新的かつ協議の上で合意された資金調達を支援するために、各国政府の関与が必要です。皆が等しく、生物多様性に悪影響を与える補助金を廃止するための措置を講じるべきです。そうすることで、生物多様性を回復するためのグローバルな取り組みがそのまま経済的なインセンティブとなり、市場に明確なシグナルを送ることができます。
第三に、パートナーシップが鍵となります。生物多様性はあらゆるセクターに影響をもたらしているため、生物多様性を管理する戦略は必然的に多様なステークホルダーに依存することになります。当社の役割は、パートナーを結集してソリューションを開発・拡大し、その効果を最大化することです。他のステークホルダーがこの旅に加わることを心から願っています。
著者:Suni Harford(Member of the Group Executive Board; President, Asset Management, UBS AG)
※ この記事は著者の意見を反映したものであり、世界経済フォーラムの主張によるものではありません。