人間だけの地球じゃない。
そんな当たり前のことも、街で忙しく生活していると忘れてしまっていないだろうか。
今回、気候危機に立ち向かう共創プロジェクト「Climate Creative」のメンバーは、楽しみながら生物多様性を学べる、カードを用いたワークショップ「The Biodiversity Collage バイオダイバーシティ・コラージュ」を体験した。本記事では、「気候危機」を活動の中心に据える本プロジェクトのメンバーがなぜ「生物多様性」のワークショップに注目したのか、そしてそのワークショップの内容と体験後の気づきをお届けする。
気候危機解決にあたり、生物多様性の理解は必要不可欠
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に沿う形でTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言も行われるなど、生物多様性の損失は気候変動と並んで特に解決に向けた動きが加速している環境課題だ。人々が地球で安全に活動できる範囲を科学的に定義し、その限界点を表したプラネタリー・バウンダリーの最新の研究発表(2023年)においても、生物多様性に関わる「生物圏の一体性」は限界を大きく超えていることが示されている。

最新のプラネタリー・バウンダリーの図。左上「Biodiversity Integrity」が生物多様性に関わる「生物圏の一体性」であり、枠を大きく飛び出していることがわかる。|Image via Stockholm Resilience Center, Stockholm University
気候変動と生物多様性は相互に関係しあっている。例えば、森林の再生速度を超えた伐採が進めば気候変動も生物多様性の損失も加速することや、気候変動の影響を受けて存続が難しくなる生物種があることは想像に難くない。
しかしそれだけでなく、2024年に北海道で再生可能エネルギーの拡張を目的とした風力発電機の設置が、希少魚種であるイトウの生息地を脅かすとして日本自然保護協会が意見書を提出するなど、時に気候変動対策が生物多様性の損失を招くことも危惧されている。環境・社会課題の解決に向けては自然を基盤とする必要があるという「Nature-based solutions(自然を基盤とした解決策)」という考え方も出てきており、気候危機へのアクションを考える上で、生物多様性への理解は欠かせないものとなっているのだ。
しかし、生物多様性は数値化が難しいことや、人間の生活への影響が実感しづらいという側面もあり、気候変動と比べると特に企業がその価値を理解して行動に移すことにはまだハードルがあるようである。そこで今回、編集部は東京都・代々木八幡にあるアーバンシェアフォレスト「Comoris(コモリス)」を訪れ、ワークショップを体験することで、生物多様性を知識と体感の両面から理解することを試みた。
ワークショップは都市の真ん中にある小さな「森」、Comorisにて
Comorisは都市の「森」のシェアサービスだ。その立ち上げの背景には、生物多様性をプラスに転換することを目指すネイチャーポジティブへの世界的な潮流がある一方で、自然への共感が育まれる土台となるような自然との触れ合いが、特に都市部において少ないという課題がある。
そこで、都市の空地や遊休地をNFTを用いたメンバーシップ制で共に育てていく小さな森に転換することで、都市に住む人々が自然とのつながりを見直し、新たなライフスタイルとコミュニティを築き上げていくことを目指している。さらに、街の中の「グリーンリビングラボ」として住民と共に企業や教育機関、自治体など多様なステークホルダーの参加も促し、人々のクリエイティビティが引き出される場にもなっている。

都市型の「森」Comoris。Climate Creativeが企画するオンライントークイベント「Climate Creative Cafe」の2024年8月の回でも、Comorisについてお話を聞いた(レポート記事はこちら)。Photo by Ryuhei Оishi
Comorisには在来種の草木が植えられ、都心とは思えないほど緑にあふれ、心地よい空間だ。よく見るとオンブバッタやハムシなどの姿もあり、「街」に住んでいるのが私たち人間だけでないことが改めて感じられた。さらに、近所の住民がペットのうさぎをここで散歩させるなど、Comorisを利用する中で会話のきっかけが生まれたり、住民やメンバーが一緒になって朝食会やバーベキューが企画されたりしているというお話もあった。多くの人が住む都市だからこそ、このような自然が個人での体験にとどまらず、人とのつながりの中で新たな活動へと発展する場となっているようだ。
そんな都心にいながらも生物の息づかいが感じられ、コミュニティが生まれる空間で体験した、バイオダイバーシティ・コラージュの内容と実際の様子を見ていこう。
バイオダイバーシティ・コラージュとは
バイオダイバーシティ・コラージュは、生物多様性について学び、理解を深めることを目的としたフランス発の参加型ワークショップだ。カードゲーム形式で進行し、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の報告書を参考につくられた39枚のカードを用いて、生物多様性の仕組みやそれに影響を与える要因、人間社会とのつながりを探求する。
参加者はチームとなって協力してカードを並べながらマップを作り、生物多様性に関連する要素の因果関係を視覚化することで、生物多様性の重要性や喪失がもたらす影響を理解できるようになっている。直感的に学べるため、初心者から専門家まで幅広い層が参加できるのも特徴だ。現在は教育や企業研修で活用されており、人間と自然が共生する未来を築くことへの意識を高める、有効なツールとされている。

Photo by Ryuhei Оishi
このバイオダイバーシティ・コラージュの日本語ローカライズパートナーの一つが、今回ワークショップに協力してもらったいちごブルームだ。同団体は生物多様性をはじめ、気候変動、海洋プラスチック問題など、地球環境課題についての科学的な知見をワークショップや対話など楽しい形で広めながら、持続可能な未来に向けた実践者として参加者のエンパワメントを行う団体だ。団体名にある「いちご」には、「苺」のようにワクワクするかたちで、「一期」の人との出会いや関わりを大切にしながら、「1.5℃」目標に向かって行動を起こしていくという想いが込められている。
今回は同組織の篠原美奈巳さんをファシリテーターとしてお迎えし、バイオダイバーシティ・コラージュの世界に踏み込んだ。
並べることと対話すること。その循環から浮かび上がる景色
まず手渡されたのは、表にキーワードと写真、裏にその説明が書かれたカードと、記号が書かれたステッカーだ。カードに書かれたキーワードは「穀物」や「田舎の鳥」、「生垣と木立」など。ステッカーに書かれた記号には、相関関係を表す矢印や、増減を表すグラフ、食物連鎖を表す食器などがあった。
これらのカードを、現実世界のエコシステムを表現する形へと、参加者同士で対話しながら模造紙の上にマッピングしていく。「穀物をバッタが食べ、そのバッタを小鳥が食べ……」「木立は鳥の住処になるから、木立が減ったら鳥も減りますよね」と、カード同士の関係性を紐解いていく。相関図を描くようにしていくことで、言葉だけでなく視覚的に関係性を理解することができる。対話と同時並行で視覚的に関係性を調整することができる。そして並べたものからさらに対話が生まれていった。
マッピングを終えたら、参加者の一人がそれをひとつのストーリーとして説明。「ある田舎の生垣には、小鳥たちが住んでおり、その小鳥たちはバッタを食べて暮らしています……」。ストーリーにすることは、関係性全体を改めて整理し、理解することにつながる。

Photo by Ryuhei Оishi
このマッピングと言語化を通して、頭の中に一つの景色、それも漠然とした「田舎」ではなく、そこにある木や鳥などの要素と関係性が意識された具体性のある景色が浮かび上がった。この後もワークはマッピングとストーリー形式での言語化を1ラウンドとし、全部で39枚あるカードを数回に分けてラウンドを繰り返しながら進んでいった。
人間の活動はどう影響しているのか
2ラウンド目以降は、「生態系の多様性」「種の多様性」といった生物多様性の要素が書かれたカードや、「受粉」や「土壌生成」など自然の働きが書かれたカード、そして「農業」「都市化」「土壌の劣化」「侵略的外来種」など、人間の活動やその影響、さらに生物多様性への危機要因を示すカードが少しずつ追加されていった。それらをマッピングしながら、「土地利用の変化は農業でも都市化でも発生するものだから、どこにカードを置くのが良いか」「『原材料』とは、人間だけへのものではなく、他の生物への場合もあるのではないか」など、参加者は活発に問いを立て、それに対する意見を交わした。
マップをストーリーとして説明しようとする際、関係図が複雑化していくにつれ、参加者は話している途中に立ち止まることが多くなった。ストーリーというアウトプットの過程で自分が理解できていない箇所に気が付き、新たな問いが生まれるきっかけとなるのだ。並べる、対話する、語る、問う。繰り返すうちに、参加者の思考がどんどん深まっていった。

Photo by Ryuhei Оishi

Photo by Hirohisa Kojima
自分たちなりの理解の地図
ラウンドを5回ほど繰り返し、39枚すべてのカードがすべてマッピングされた生物多様性の地図が完成した。その場にいる全員が対話に参加しながらできあがった地図だ。だからこそ、自分たちなりの理解があり、納得感もある。
バイオダイバーシティ・コラージュは科学に基づいたワークであるが、1つの正解にたどり着くことが目的ではなく、それぞれの解釈とエピソードを折り重ねながら、その場に集まった参加者ならではの着地をすることを大切にしている。生物多様性を概念として知るだけでなく、自身の理解の中に位置づけることで実際の行動変容につながると考えているからだ。今回は多様な生き物が実際に住まうComorisで実施したことや、メンバーの興味関心もあるのか、「蟻だったらどう考えるだろう?」「魚の視点だったら?」と、「人間以外の視点」からも生物多様性を考えようとする姿勢が印象的だった。
最後にその地図に思い思いに絵を追加し、タイトルをつけて完成だ。今回付けたタイトルは「多様性のマーチ」。人間だけでない、多様なプレーヤーがその中にいることと、それらが互いに絡み合って紡ぎ出されるうねりが、明るいものであるようにという願いも込めた。

Photo by Hirohisa Kojima

Photo by Hirohisa Kojima
ワークショップを経て縮まった、「生物多様性」との距離
生物多様性。これからの世界で非常に重要な言葉ではあるが、筆者としては何を意味しているのかを捉えるのが難しく、距離を感じてしまいがちな言葉な気がしている。生物とは具体的に何を指しているのか、どこにいるのか。多様性とはどういう状態なのか、活動の結果として得られるものなのか、何かと比較した解釈なのか。特に都市で過ごす時間が増え、日々の生活で生物との関わりが減っている、あるいは意識する機会が少ない人にとってはなおさらであろう。
ワークショップを終えて、筆者は自分たちの行動のひとつひとつがまるでビリヤードのように、自分以外の存在に影響を与えながら外へ外へと波として広がっていく気がした。食べるものや住む場所、それらを支え、時に暗黙となっている社会のシステム。普段生活している中では特段思いをめぐらすことのない行動や常識も、バイオダイバーシティ・コラージュの中で他の生き物と共にカードとして改めて見つめることで、大きな関係性の網目の中にあり、影響を及ぼし合っているひとつの要素なのだということが「地図」という形でわかりやすく感じられた。

Photo by Ryuhei Оishi
バイオダイバーシティ・コラージュを通して、生物多様性に絡む要素を、俯瞰して整理することができた。参加者からも、「エコシステム全体を改めて考える機会はあまりなく、充実した時間になった」との声が上がった。そして目の前の地図と共に、頭の中で映像化された世界で一つ一つの要素が他の要素と影響し合っていることがわかったからこそ、「自分の日々の行動も何かにつながっているのでは」と、想像ができた。結果として、「生物多様性」という言葉との距離が縮まるとともに、「自分にもできることがある」と感じられるきっかけとなったように思う。Climate Creativeのメンバーとしても、普段はマクロな現象として捉えることが多い「気候変動」を、今回改めて生物多様性の危機要因の観点から「一要素」として捉えなおすことができた。
ファシリテーターの篠原さんは、「バイオダイバーシティ・コラージュで、参加者の知識と意識の基盤をつくりたい」と語った。まさに、カードの説明を読みながら、チームで対話しながら要素を俯瞰して整理することで知識がつき、そして「あらゆる要素がつながっている」と理解できたとき、その「あらゆる」の中に自分も含まれていることを悟り、意識の変化が起こるワークショップだ。

Photo by Ryuhei Оishi
最後に、「いちご」に表現されている、仲間と一緒に話をしながら進める楽しい時間がそこにはあった。確かに生物多様性の現状は、決して良いものとは言えないかもしれない。ただ、これからどうすればよいかを考えるその時間までもが暗いものである必要はない。明るい朗らかな雰囲気で考えるからこそ、前向きになれ、行動したいと思える。そして、自分には仲間がいるのだと感じられることで、変化を起こせるかもしれないという気持ちも湧いてくるのではないだろうか。
【参考サイト】The Biodiversity Collage (バイオダイバーシティ・コラージュ)
【参考サイト】いちごブルーム
【参考サイト】Comoris(コモリス)
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