南アフリカの“凶悪ビル”が子どもたちの希望の場所に。コミュニティ再生を目指す草の根運動

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かつて、人種隔離政策アパルトヘイトが行われた国、南アフリカ共和国(以下、南アフリカ)。豊富な天然資源により今でこそアフリカ最大の経済大国となった同国だが、約80年にわたり行われたその悪名高い政策が残した負の遺産は、今もなお格差や貧困といった形で南アフリカの社会に残り続けている。

長年問題となっているのが、高い失業率だ。新型コロナウィルスの影響を受けて更に悪化し、2021年1月〜3月の失業率は全体で35.3%を記録、15歳~24歳の若年層に限ると65.5%にも昇った(※)

また、そうした社会不安が続くために、都市部では犯罪が絶えず、現在も治安が問題となっている。特に主要都市のひとつであるヨハネスブルグではその問題が大きい。

そんなヨハネスブルグで、子どもや青少年の集う場を作り、人々の地域に対する認識を変えていこうと尽力する企業がある。2012年に設立された「Dlala Nje(ダラ・ンジェ)」だ。

Dlala Njeが活動を行うのは、ヨハネスブルグの中でも特に治安が悪く、海外から訪れた観光客はおろか、南アフリカ国内の人々でさえ近づくことが少ないヒルブロウという地区。そして、彼らが拠点として使用するのが、周りの建物とは明らかに異なる様相を呈し、ヒルブロウ地区の中でも危険だと噂される54階建ての超高層ビル「ポンテ・シティ・アパート」、通称「ポンテタワー」だ。

ポンテタワー

ポンテタワー

このポンテタワーは、アパルトヘイトが行われていた1975年、白人居住地に白人専用の高級マンションとして建設されたが、目的とは裏腹に、建設直後から白人の郊外への移住が進み、白人以外の多様な人々が周辺に移り住むようになった。そうした流れから、タワーは反社会的な集団に不法占拠されるようになり、麻薬の密売や売春などが行われる犯罪の巣窟となってしまった。

2000年ごろからは不動産業者が反社会的な集団を排除し、セキュリティ面を整備したことで現在は多くの一般人が住むようになった。しかし、こうした歴史的背景により、このタワーには「凶悪ビル」というあだ名がつき、現在も人々の間で「あのビルは恐ろしい」というイメージが根強く残っているという。

しかし、Dlala Njeは、そんな“恐ろしい”タワーの地上階に、子どもや青少年のためのコミュニティセンターを作り、運営しているのだ。

Dlala Njeコミュニティセンターの外観

Dlala Njeのコミュニティセンターの外観

Dlala Njeは、ズールー語で「just play(ただ遊べ)」という意味。同社の制作した動画を見てみると、コミュニティセンターにはよちよち歩きの幼児から高校生まで、多様な年齢の子どもたちが集っている。絵を描いたりサッカーゲームをしたりと、思い思いの時間を楽しそうに過ごしている。身近なごみをリサイクルして作品を作るコンテストなど、子どもたちがクリエイティビティを発揮できる機会も提供しているようだ。

Dlala Nje共同創業者であるMichael Luptak氏は、この場所への想いを同団体の制作する動画にてこう語る。

この場所を地域の人々のクリエイティブな才能を解き放ち、また彼らが作品を披露するプラットフォームとして提供したい。この地域やポンテタワーの周りに溢れるクリエイティビティには、地域の現実を変える力があると考えています。

Dlala Njeコミュニティセンターの中
Dlala-Nje イベントフライヤー

また、海外にまでその恐ろしいイメージが伝わる場所だが、人には「怖いものほど見たい」という性質があるためか、実はヒルブロウ地区やポンテタワーにはツアーの需要があったのだという。

Dlala Njeはそれを掴み、ポンテタワーやその周辺のヒルブロウ地区などを案内するツアーも企画。この場所が実際には噂のような恐ろしい場所ではなく、さまざまな魅力もある場所だということを、地域の外から訪れる人や観光客に伝えている。ツアーのページに記載された注意事項の最後にある「Leave prejudices at home(先入観は、家に置いてこよう)」という記述に、その理念が表されている。

ツアーでは、路面店で買い物をしたり飲食店で食事をしたりと地域の日常を体験することができ、そのアテンドは地域の人に担ってもらうことで就労の機会も提供している。また、その収益はコミュニティセンターの運営にあてているという。

Dlala Nje共同創業者であるNickolaus Bauer氏は、同団体の制作する動画で、「この場所に訪れる子どもたちだけではなく、(地域の)他の人々のマインドセットも変えたいと思っています。人々が自分たちで行わなければ、ビルも、まちも、そして国も、決して変えることはできません」と語る。

ツアーやコミュニティセンターを通じて、地域内外の人々が持つ地域への負のイメージを変え、住民が自らの力で自らの人生や環境を変えていく勇気を与えるDlala Nje。

ポンテタワーもヒルブロウも、まだ多くの課題を抱えている。しかし、小さくても、足元から変化を起こそうとしている人たちがいる。理不尽な歴史を経験してきた場所だからこそ、こうした草の根に近い運動が、地域に欠かせない希望の光となるのではないだろうか。

南アフリカ共和国(Republic of South Africa)基礎データ(外務省)

【参照サイト】Dlala Nje
【参照サイト】Dlala Nje-ing in Inner Jozi
【参照サイト】アパルトヘイト後の非情な現実 南ア最大の旧黒人居住区はいま

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