「定年制」はエイジズムにあたるのか?少子高齢化が加速する社会の、シニア雇用を考える

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人生100年時代。「老後」の境界が曖昧になりつつある現代で、ふと考えることがある。「私は何歳まで働くのだろう」と。

一定の年齢に達したことを退職の理由とする「定年制」は、日本では明治時代後期に一部の企業で始まった。定年に関する最も古い記録である1887年の東京砲兵工廠(こうしょう)の規定によると、当時の定年年齢は55歳だった(※1)

その後、基準年齢は段階的に引き上げられてきた。2024年現在施行されている高年齢者等の雇用の安定等に関する法律には、定年を定める場合、事業主は65歳までの安定した雇用を確保するための措置(高年齢者雇用確保措置)を講じるよう記されている。

年齢や勤続年数に伴って昇進や昇給をしていく「年功序列」や、同一企業で定年まで働き続ける「終身雇用」という雇用慣行のある日本では、定年制は労働者への賃金の過大化を防ぎ、若い世代の雇用機会の創出にもつながっている。しかし、定年基準年齢の妥当性や、制度の廃止をめぐる議論はあとを絶たない。

その背景にあるのは、労働人口の減少、定年後も継続雇用を希望する人の増加、年齢で判断されることへの違和感などだ。果たして定年制は必要なのだろうか。

定年制を採用する国、禁止する国、それぞれの現状

世界の事例を見てみよう。日本を追うように少子高齢化が急速に進む中国も、定年制を採用している国の一つだ。2024年9月、国の立法機関である全国人民代表大会常務委員会で、法定退職年齢を男性は60歳から63歳に、女性は一般労働者は50歳から55歳(管理職は55歳から58歳)に、2025年1月から15年間をかけて段階的に引き上げることを決めた。1950年代に定年制が定められて以来70年ぶりの見直しとなった(※2)

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韓国では2013年4月に成立した「雇用における年齢差別禁止及び高齢者雇用促進に関する法律」によって、2016年より労働者300人以上の大企業と公共機関において、定年を60歳以上とすることが義務化されている(※3)。一方、定年延長を企業が保障する代わりに、人件費削減のために一定の年齢以降で一律に賃金を削減する「賃金ピーク制」を導入している企業もあり、役員に昇進できないとわかると定年前に退職する労働者も多いという。この制度は年齢差別(エイジズム)にあたるとして反発の声が上がっている。

一方、定年制を廃止している国はどうだろうか。アメリカでは、1967年に成立した雇用年齢差別禁止法(The Age Discrimination in Employment Act=ADEA)によって、(公共交通機関の業務など一部の例外はあるが)40歳以上の人々に対して年齢を理由に解雇することを禁止している。米国のFORTUNE誌が毎年発表する全米企業の総収入上位500社のCEOの平均年齢は57歳、リストに載っているいくつかの企業のCEOは71歳から91歳で、最長の在任期間は57年だった(※4)

個人の能力や健康面に不安がある場合であっても企業側から雇用を終了することが難しいため、退職は本人の意思に委ねるしかない。国民から高齢による健康状態が不安視された結果、米大統領選への再選出馬を断念した81歳のジョー・バイデン氏のニュースも記憶に新しい。

アメリカ同様、カナダやオーストラリアでも定年制を禁じている。イギリスでは、65歳に設定されていた民間企業の定年退職年齢を2011年10月に完全廃止した(※5

定年制のメリットとデメリット

このように定年制の捉え方には国の情勢や社会的背景が大きく関係している。それでは、一般的に定年制にはどのようなメリットとデメリットがあるのだろうか。それぞれ見てみよう。

定年制は業務の属人化を防ぎ、退職のプレッシャーも軽減?

定年制導入のメリットは、まず一定程度の身体能力が必要な職業や、危険が伴う業務におけるリスク軽減につながる点だ。年齢を重ねるとどうしても体力や判断力は低下していく。小さなミスであっても命の危険に関わる職業も少なくない。

雇用主が労働者の健康を守ることは人道的意義や法律上の義務だけでなく、生産性という側面から企業にとってもメリットであることは間違いない。さらに、定年退職制度による人員の入れ替わりで、若い世代の成長のきっかけとなり、組織の高齢化によって起こる業務の属人化も防ぐことができる。

また、退職のタイミングを自ら決定できない従業員にとって、定年の年齢が設定されていることで、周りからのプレッシャーや批判を受けずに退職することができ、ストレス軽減にもなるだろう。第二の人生を考える上での区切りの目安にもなる。

定年制がエイジズムとエイブリズムにつながるという指摘も

反対に定年制のデメリットは、働き続けたい人の就業意欲や自由意思を無視した年齢差別(エイジズム)や、能力のある人が優れているといった健常者優先主義による社会的偏見(エイブリズム)にもつながることだろう。

これは雇用対策法に記された「年齢にかかわりなく均等な機会を与える」趣旨と矛盾しているようにも見える。無意識に植え付けられた価値観や差別によって、有能な人材への正常な評価が妨げられ、高齢者のモチベーションは下がり、チームや会社全体のパフォーマンスが低下することも否めない。長年勤めたことで得た知識や経験の蓄積が軽視される可能性があることも大きな問題だ。

労働人口の減少が進むこの時代で世代交代がうまくいかなかった場合、熟練した彼らからの知識継承が途切れ、メンターシップが構築できなくなってしまう。これは企業全体の不利益につながる可能性もある。

「高齢者」は「熟練者」。老いにまつわる用語をアップデートするThe Aging Index

AIの進化は労働人口不足の解決となるか

さらに、高齢者の雇用のあり方を考える上で、人工知能(AI)やロボット技術の進化が雇用に与える影響も忘れてはならない。

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現在、危険を伴う作業や、判断力や体力に依存しない仕事は、機械化・自動化することで少ない人員で業務効率化ができると期待されている。少子高齢化の時代に、労働者が一気に定年退職する時に起こる労働人口不足の解消の後押しにもなるだろう。

AI技術の進歩によって私たちの暮らしはより便利になっている。しかしながら、豊かな人生経験に基づく判断力や生きた知識、相手の感情に寄り添った対応などにおいては、AIが人間の代わりになることは難しいだろう。テクノロジーの持つ正確性と高齢者の経験、若い世代の柔軟な思考。それぞれの長所を活かし合える環境の実現を考えなければいけないはずだ。

編集後記

定年制は「廃止すべき」か「維持すべき」か。簡単に結論づけることはできない。私たちは、日々変化していく時代に合わせて最善の対応を模索し続けなければならない。年長者から得られる言葉や体験は、若い世代にとって大きな学びであり、知識となってまた次の世代への橋渡しとなる。世代を超えたコミュニケーションが企業の成長のカギになるかもしれない。

筆者の父は70歳を超えた今も、毎日元気に働いている。仕事に向かう父はどこか生き生きとしていて、そんな父をいつも誇らしく思う。働くことで得られるものは非常に多い。経済的な安定はもちろん、社会とのつながり、自身の成長、誰かの役に立っていると感じることで得られる幸福感。

日本では約3.9%の企業が定年制を廃止している(※6)が、大事なことは働く意欲のある人たちが、彼らの能力を十分に発揮できる環境が当たり前にあることだろう。誰しもが自由に仕事を選択できるという社会であり続けることを願ってやまない。

※1 立命館大学資料集「定年制と平均寿命」
※2 BBC China raises retirement age for first time since 1950s
※3 独立行政法人労働政策研究・研修機構 「定年延長法成立、2016年から段階的に施行」
※4 Yohoo!Finance Meet Fortune500’s most senior CEO’s
※5 厚生労働省 定例報告 第4節 英国(United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland)
※6 厚生労働省 令和4年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果

【参照サイト】独立行政法人労働政策研究・研修機構 OECD対日経済審査報告2024ー労働分野に関する政策提言
【参照サイト】Yahoo!finance Is a mandatory retirement age good for younger workers or ageist?
【参照サイト】Daijob.com HR Club コラム 何歳まで働ける…?世界各国の定年退職事情
【参照サイト】英国ニュースダイジェスト 英国の社会保障制度とその変革–元気な高齢者と定年制度廃止
【関連記事】高齢者が生き生きと働ける場を。おばあちゃんたちがお菓子作りを教えるオンラインレッスン
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Edited by Megumi

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