エイブリズム(Ableism)とは・意味
エイブリズムとは?
エイブリズム(Ableism)とは、能力のある人が優れているという考えに基づいた、障害者に対する差別と社会的偏見を意味する。辞書には「障害(=他の人がすることが難しくなるような病気、怪我、状態)を持っていることを理由に不当な扱いを受けること(出典元:Cambridge Dictionary)」と記載されている。日本語では「非障害者優先主義」「健常者優先主義」「能力主義」とも訳される。
エイブリズムの根底には、障害者は「治す」必要があるという前提があり、障害によって人を定義する考え方がある。エイブリズムは、人種差別や性差別と同様に、ある集団全体を「劣ったもの」として分類し、障害を持つ人々に対するステレオタイプや誤解、一般化などを含む。
エイブリズムはメリトクラシー(日本語では同様に「能力主義」と訳される)の考え方と深く結びついている。メリトクラシーは、個人の能力や達成に基づいて報酬や地位が与えられるべきだとする理念だが、このシステムではしばしば障害を持つ人々が持つ異なる能力や状況が適切に評価されず、彼らが社会的に不利な位置に置かれることがある。エイブリズムはこのような環境下で、障害を理由に個人の潜在能力や貢献を見過ごすことにつながる。
また、エイブリズムは優生思想とも関連がある。優生思想は、遺伝的な「優れた」特性を持つ人間の繁殖を奨励し、「劣った」特性を排除しようとする考え方だ。この思想に基づく政策や態度は、障害を持つ人々に対する社会的な差別や偏見を強化し、彼らを社会の外側に追いやる原因となりうる。優生思想により、障害が「不都合」または「望ましくない」特性と見なされ、障害者の存在そのものが問題視されることもあるのだ。
エイブリズムの形態
意識的エイブリズム
意識的エイブリズムは、障害者に対する故意の差別や偏見のことを指す。これには障害を持つ人々を意図的に排除する行動、障害に基づいたハラスメント、侮辱、あるいは差別的な言動が含まれる。意識的エイブリズムの例としては、障害者を雇用から除外する企業のポリシーや、障害者に対して公然と不適切な扱いをする行為が挙げられる。このような行動は、障害者に対する社会的な偏見を強化し、彼らが社会の完全なメンバーとして受け入れられることを妨げるものだ。
無意識的エイブリズム
無意識的エイブリズムは、障害者に対する意図しない差別や偏見を指す。多くの場合、個人が自らの行動や態度において障害者への偏見を認識していないことから生じる。無意識的エイブリズムは、ステレオタイプや社会的な誤解に根ざしていることが多く、例えば、「障害者はいつも助けを必要としている」というような仮定に基づく行動がこれに該当する。無意識的な行動や言動は、障害者が直面する障壁を不可視化し、彼らの自立を制限する結果を招くことがある。
構造的エイブリズム
構造的エイブリズムは、制度や社会の構造が障害者に不利益をもたらす形で設計されている状況を指す。これには、建築的障壁、情報へのアクセス制限、教育や雇用の機会不平等などが含まれる。例えば、車椅子ユーザーが利用できない公共建築物や、視覚障害者に配慮されていないウェブサイトのデザインなどがこれに該当する。構造的エイブリズムは、障害者が社会の各方面で平等に参加する機会を奪うため、それを抑止することは包括的な社会を構築する上で重要だ。
エイブリズムの具体例
社会のなかでのエイブリズムは、具体的に何を指すのだろうか。社会のデザインから、日常的で無自覚なものまで、いくつか挙げてみる。
- 建物の設計にアクセシビリティ(※)の観点を取り入れない
- 障害を持つ人がアクセスしにくいウェブサイトを構築する
- 障害を持つ人は「治す」ことを望んでいる、「治す」ことが必要であると思いこむ
- 障害をジョークのオチにしたり、障害を持つ人を馬鹿にしたりする
- 障害を持つ生徒を別の学校に隔離する
- 障害を持つ生徒を管理する手段として、拘束や隔離を行う
- 障害を持つ大人と子供を施設に隔離する
- ニュースや映画などのメディアで、障害を悲劇的あるいは感動的なものとして取り上げる
- 映画や演劇、テレビ番組などで、障害のある人物を演じるために障害のない俳優を起用する
- 音声ガイドやクローズドキャプション(音声・台詞などを字幕化したもの)がない映画をデフォルトだと考える
- 目に見える障害がなければ、実際に障害があることにはならないと思い込む
- 障害のある人に対して、幸せで友好的で素朴、予測不可能で危険、冷淡で無粋などのステレオタイプに当てはまると思い込む
- 障害のある人に対して、子供に話すように話しかける
- 障害のある人に直接話しかけない(障害のある人が目の前にいるにもかかわらず、その隣にいる障害のない人と、障害のある人「について」話す。または障害のある人「のために」話す)
- 誰かが「実際に」障害者であるかどうか、あるいは「どの程度」障害者であるかを質問する
- 障害のある人の病歴や個人的な生活について、関係性が構築されていない状態で立ち入った質問をする
※アクセシビリティとは、情報やサービスなどがどれくらい利用しやすいか、障害を持つ人や高齢者などが不自由なく利用できるかどうかの度合いを示す。
エイブリズムとパラリンピック
エイブリズムは、2020年東京パラリンピックの課題としても取り上げられた。順天堂大学スポーツ健康科学部の渡正准教授は、パラリンピックをきっかけに「障害を持つ人々の間でも、能力主義的な格差が助長されるのではないか」という不安を語る。
勝ち負けがつきもののスポーツにおいて、できなかったことを克服し、勝利を目指す障害を持つ人が素晴らしいとされてしまうと、高度な運動能力を持つパラリンピック選手と、スポーツをしない・できない障害を持つ人の間で隔たりが生じる。
車いすマラソンで、パラリンピックに2大会出場した花岡伸和氏は、2018年7月に開催された東京大学先端科学技術研究センター主催のシンポジウム『日常への帰還』にて、「身体機能を最大限に生かしている人」や「強者」というパラリンピアンのイメージが「障害者のイメージとして定着すると危険です」と話している。
世の中にはスポーツが嫌いな人もいれば、さまざまな理由でできない人もいる。障害の種類や程度も人それぞれ異なる。
だが、スポーツが持つ能力主義的な側面や「勝利を目指す障害を持つ人は素晴らしい」「特別な能力がある障害を持つ人」といったイメージは、スポーツをしない・できない障害を持つ人に「劣っている」と考える人を増やしたり、難しい状況を乗り越えない障害を持つ人に「怠けている」と考える人を増やしたりする可能性があると考えられている。
エイブリズムを避けるために
言語の使用における配慮
エイブリズムを避けるためには、まず言語の使用に注意を払う必要がある。例えば「障害者」ではなく「障害を持つ人」という表現を使うことで、人が障害によって定義されるのではなく、一個人として尊重されるべきであるという点を強調できる。また、「障害がある」という表現は、「障害を持つ」と置き換えることが推奨される。これにより、障害が一時的あるいは部分的な状態であることが暗示され、その人のアイデンティティ全体を障害が占めているわけではないことを示せるからだ。
さらに、言葉遣いにおいては、障害を持つ人々に対する同情や憐れみのニュアンスを避け、彼らの能力や貢献を前向きに強調する表現を心掛けることが重要だ。例えば、「障害者は困難に立ち向かう勇者である」といったステレオタイプを避け、彼らの日常生活や達成に焦点を当てることにより、障害を持つ人々も社会の他のメンバーと同様に多様な役割を果たしていることが強調される。
コミュニケーションと対話
エイブリズムを避けるためには、実際に障害を持つ人々とのコミュニケーションと対話を促進することが不可欠だろう。対話を行う際には、偏見や前提に基づく質問を避け、オープンな質問を通じてその人の視点や経験に耳を傾けることが重要だ。
また、障害についての理解を深め、無意識の偏見を解消するためには、障害を持つ人々との直接的な交流を促すことも効果的だ。職場や教育の場において障害についての研修やワークショップを定期的に行うことで、障害を持つ人々に対する理解と敬意が育まれることもある。このような活動を通じて、障害に関する誤解やステレオタイプを明らかにし、それを和らげることができるかもしれない。
環境のアクセシビリティの向上
物理的な環境のアクセシビリティを向上させることは、障害を持つ人々が社会に完全に参加するために極めて重要だ。建築設計においては、車椅子でのアクセス可能な入口やエレベーター、階段の代わりにスロープの設置を行うことが基本。また、視覚障害者や聴覚障害者を考慮して、適切なサインや音声ガイダンスシステムの設置が求められる。
情報のアクセシビリティも同様に重要だ。ウェブサイトや公共の情報ツールは、障害を持つ人々が容易にアクセスできるように設計されるべきであり、これには、画面読み取りソフトウェアに対応したウェブデザインや、手話や字幕を利用したビデオコンテンツの提供が含まれる。環境のアクセシビリティを向上させることによって、障害を持つ人々は自立を促進され、社会的な孤立から解放される一助にもなる。
エイブリズムに直面した時に、私たちができること
エイブリズムは、その時代の社会による価値規範の影響を受けやすい。そんなエイブリズムを認識したとき、それを回避するためにできることを最後に紹介する。
- 障害を明らかにした人を信じる
- 同様に、その人に対して障害を「偽っている」と非難しない
- 障害を持つ人が助けを必要とした時には、その人の話を聞く
- その際、その人が何を必要としているかを知っていると思い込まない
- 障害を持つ人の同意なしに、その人自身やその人が利用する用具に触れない
- 興味本位の質問は、自分の中だけにとどめておく
- 障害を持つ人から明確に依頼されない限り、その人の代わりに話をしない
そしてエイブリズムに対抗するために最も重要なことは、意思決定が行われる場に障害を持つ人がいることである。
【参照サイト】Ableism 101 – What is Ableism? What Does it Look Like?
【参照サイト】Words Matter, And It’s Time To Explore The Meaning Of “Ableism.”
【参照サイト】Disabled People Have an Ally Problem: They Need to Stop Talking For Us – Crutches and Spice
【参照サイト】東京パラリンピックを前に “能力主義”とどう付き合うか – 記事 | NHK ハートネット
【参照サイト】田中恵美子『2019年度学界回顧と展望 障害児・者福祉部門』社会福祉学 第61巻第3号、2020年
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