“移民”ではなく、“住民”になってほしい。
そんな想いで生まれたレストランがスペインのバルセロナにある。その名も「Mescladís(メスクラディス)」だ。
中世ヨーロッパの趣が残る旧市街にある店舗は、平日のランチタイムになると、お腹を空かせた地元の人や、足を休める観光客で賑わう。全席テラス席で心地よい風と太陽の光を浴びながら食事をすることができる場所として人気だ。
このレストランで働くのは、主にスペインでの在留資格を持たない移民。さまざまな理由で国を去り、バルセロナに行き着いた人々だ。メスクラディスでは、彼らに対し、調理やホスピタリティのスキルを学べる研修プログラムを提供している。卒業後には、他のレストランなどでの就職を目指すことができる仕組みだ。
スペインは、1990年代から積極的に移民を受け入れてきた国のひとつである。移民が経済成長に貢献してきたという肯定的な見方がある一方で、雇用問題や治安への懸念を理由に、否定的な声も少なくない。そんな中、メスクラディスは「移民」ではなく、「地域の一員」として社会に関わる機会を生み出そうとしている。レストランという開かれた場所を通じて、住民と自然に交流が生まれる場をつくり、そうした声と向き合っているのだ。
本記事では、レストラン現地の様子と、メスクラディスで働く人々の様子をレポートしていきたい。

筆者撮影
料理の力で、移民の人々の未来が変わる
店舗は、旧市街エリアにある1号店「Mescladís del Pou」のほか、週末にライブミュージックを楽しめる「Mescladís Lliure Montjuic」、スーパーブロックの中にある「Mescladís Borrell」など、バルセロナ市内に計5軒ある。今回筆者がランチで訪れたのは「Mescladís del Pou」だ。食材は地元産のほか、フェアトレードの製品を扱い、安心安全な食を提供している。

Mescladís del Pou付近のオフィスで働く人たち。たびたびランチに訪れるそう。
店名の「メスクラディス」は、カタルーニャ語で“混ぜる”を意味する。その名の通り、ここではさまざまな国から来た人々が働いている。この特徴はメニュー構成にも表れている。基本的にメニューは講師が決めるが、一部メニューは実習生が週替わりで考案している。
そのためスペインやイタリア料理だけでなく、モロッコ、メキシコ、ボリビア、中東、セネガル、タイ、インド、ペルーなどの料理を楽しめる。実習生が考案したメニューが美味しいと評判になれば、名前付きで定番料理として採用されるため、スタッフの大きな励みになっているという。

スペイン夏の定番スープ「ガスパチョ」
メスクラディスで実際に働く人々
メスクラディスが実習生に提供するのは、ウェイターやキッチンシェフとして経験を積む機会だ。対象者は、ビザを持たない移民の人のほか、低所得層や家庭環境に問題を抱えるスペイン人も含まれる。
研修期間は基本的に店舗勤務で、レストランでの仕事の基本を3ヶ月間学ぶ。その後1ヶ月のインターンを経て、無事にコースを修了すると卒業となり、実習生たちは提携レストランへ就職したり、星付きレストランに進んだりするケースもある。
なかには数年後、メスクラディスに指導者として戻ってくる人も多く、2025年現在、メスクラディスで働くスタッフの約7割が卒業生だという。すでに店舗運営の中心を担う人もおり、実習生にとっては将来の自分の姿を思い浮かべるロールモデルになっている。
スペインでは雇用契約書を結んだり、特別なトレーニングを修了するなど、一定条件を満たした場合にビザを申請できる仕組みがあるため、メスクラディスの日々は在留資格の取得に向けた希望でもあるのだ。
一連の研修費用は無料だ。メスクラディスではレストラン事業のほかにケータリングサービスなども展開しており、これらの収入が運営費の7割に。自己持続型の社会的起業モデルとしても高く評価されている。

Mescladís Borrellのテラス席でゆったりランチをする地域住民たち
料理人としてスペインのビザを取得するための研修制度
実習生の一人に話を聞いた。アフリカ西部にあるガンビア出身のファマラさん、18歳。約1年前、手漕ぎボートで7日間かけてバルセロナまでやってきた。知り合いを通じてメスクラディスを知り、キッチンスタッフとしての研修を受けて2ヶ月ほどが経ったという(2025年6月取材時点)。
得意なことはお米の調理やマフィン作り。一方で、苦労したことは、母国とは異なる盛り付け方法などをマスターすることだったそう。サッカーのレアル・マドリードの大ファンであることを、バルセロナのまちで隠しながら生活していると、こっそりはにかみながら教えてくれた。そんな彼には将来の夢がある。
「いつかシェフになりたいです。お米やパスタを美味しく調理したい。たとえばトマトソースのマカロニパスタはきっと喜ばれると思う。そしてお金をもらえるようになったら、ガンビアにいる家族をサポートしたい」
シャイな雰囲気ながら、その目からは覚悟が滲む。
他にも、ウクライナ出身のスタッフも。ロシアの侵攻をきっかけにバルセロナへ来て、仕事を得るために研修中だという。

実習生とスタッフたち。さまざまな国籍、バックグラウンドを持つ人々が集まる
いつかメスクラディスがいらなくなる日を目指して
スペインでは、観光業や農業、介護などにおいて移民の労働力が不可欠になっている一方で、近年は移民排斥の動きも強まっている。
社会学研究センター(CIS)が2024年9月に発表した調査では「スペインが現在抱えている問題は何か」という問いに対して、スペイン人の約3人に1人(30.4%)が「移民」と回答し、政治問題や経済よりもポイントが高くなった。
否定的な意見が多い背景の一つには、不法入国者数が増加し、治安悪化の要因になっていることがあげられる。他にも宗教や文化の違いによる摩擦、雇用を奪っているといった批判が相次いでおり、この状況を極右政党が煽っていることもポイントが高くなった理由であろう。
スペインに限らず、世界中で移民に厳しい目が向けられていることについて、メスクラディス創業者マルティン・アビアゲ氏は警鐘を鳴らす。
「少子高齢化が進む社会では、移民はむしろ必要不可欠な存在です。ヨーロッパも日本同様、社会保障制度を維持するために若い働き手が不足していて、経済面から見ても移民の流入はプラスの影響があります。にもかかわらず、一部メディアなどが『彼らが“ケーキ”(職など)を奪っている』と伝えています。むしろ移民は新しい知識や経験とともにケーキの形やサイズを大きくしているのです」
スペインでは、2024年の新規雇用46万8,000件のうち、約40万件以上がラテンアメリカや他の欧州諸国、またはアフリカ出身者の雇用である。スペインの中央銀行であるスペイン銀行は、移民が2022〜2024年の一人当たりGDP成長分の20%以上を担ったと分析している(※)。

マルティン氏
マルティン氏は続けて、コミュニティの醸成が大切だと訴えた。
「みんなが尊重される社会づくりが大切です。多様性を前提に、対話し、価値観を交換し、ともに成長する。それが本当の共同体づくりだと信じています。つまり、お互いが歩み寄り、変化し合いながら共に進む関係です。だから私たちは店舗内装や食事提供のプロセスにもこだわりつつ、スタッフの表情や空間の雰囲気が来店者にも伝わるよう工夫しているのです」
メスクラディスが目指すのは、「メスクラディスが不要になる社会」の実現だ。
「移民が差別されたり排除されたりするような社会ではなく、未来の世代が現在の私たちを『当時はこんなことしていたんだ……』と恥ずかしく思うような、人と人が自然に共存する社会。それが最高の夢です」
メスクラディスで働く一人ひとりは、地域の人々との交流を通じて、“移民の誰か”から “まちに暮らす誰か”になる。メスクラディスを通じて、現地の人も、移民の人も、互いが理解し合おうとする社会が少しずつできていくのではないだろうか。
※ La inmigración es el principal problema para los españoles, según el CIS
【参照サイト】Mescladís
【参照サイト】Instituto Nacional de Estadística(INE)Estadística de Condenados: Adultos / Menores Año 2023
【参照サイト】How Spain’s radically different approach to migration helped its economy soar
【参照サイト】Sánchez: “Los españoles somos hijos de la inmigración, no vamos a ser padres de la xenofobia”
【参照サイト】An estimation of the contribution of the foreign population in Spain to GDP per capita growth in the period 2022-2024
Edited by Megumi