1950年代、フランスには約5万軒の靴修理店があった。しかしその数は、2012年には3,000軒にまで減少。新品を安く早く買うことが当たり前になった社会で、「直す」という文化は急速に失われつつある。
そんななか、サステナブルスニーカーのパイオニアとして知られるフランス発のブランドVEJA(ヴェジャ)は2024年2月、パリ10区に修理専門店「VEJA General Store」をオープン。そこではVEJAに限らず、あらゆるブランドのスニーカーが修理され、社会復帰をめざす人々の雇用の場にもなっている。
そして2025年9月、同社は北部ルーベに「L’École de la Réparation(修理の学校)」を開校。ルーベはかつて繊維産業で栄えたが、いまは失業や貧困の課題を抱える街だ。旧織物工場を改修した校舎で、20人の若者が1年間にわたり週35時間、合計1,400時間のフルタイム研修を受けることになる。
カリキュラムにはスニーカー修理や衣類のお直しに加え、エコデザイン、テキスタイル加工、経済や起業の知識まで幅広く組み込まれている。さらに著名デザイナーによる特別講義も予定されており、卒業後には靴職人やスタイリスト、テキスタイルデザイナーなど約15種類の専門職に進む道が開かれる。プログラムの一部では、国家資格CAPの取得も目指すことができ、特筆すべきは、参加者全員がフランスの最低賃金(SMIC)に相当する給与を受け取りながら学べる点だ。
なぜ、有給なのか。プロジェクト責任者のマラン・デルマス氏は、CM-CM.frの取材に対し、「私たちの業界では、従来の職業訓練(インターンシップ)はうまく機能しません。工房の多くは小規模で、十分な教育体制を整えるのが難しいからです」
と答えている。だからこそ有給で研修を行うことは、生活を支えるだけでなく、修理を正当な価値を持つ職業として再定義するために必要なのだ。
この学校の構想は、VEJA共同創業者のセバスチャン・コップ氏と、社会活動家ステファニー・カルヴィーノ氏との出会いに遡る。カルヴィーノ氏が率いる団体「Antifashion」を通じ、学歴のない若者たちをVEJAのスタッフとして受け入れた経験が基盤となった。その後、両者は「古い工場を再利用し、困難な道を歩んできた若者のための学校をつくろう」と考えるに至ったという。
コップ氏は第一期生となる20名の若者たちに、自身のLinkedinの投稿でこう語りかけている。
「僕たちはVEJAを、自分たちが心から働きたいと思えるようなプロジェクトとして作り上げてきた。この学校も同じだ。僕たちが心の底から学びたいと思える学校を作った。僕たちは君たちのために戦う。だから、君たちも僕たちと共に戦ってほしい」
フランスの修理・リサイクル分野では約45万6,000人が働いているが、靴職人は1950年代の4万5,000人から現在は3,500人に減少した。一方で消費者の意識は変化しており、調査会社IFOPによれば83%が「衣類や靴を修理して長く使いたい」と答えている。2023年には修理費を国が一部負担する「修理ボーナス」制度も始まり、1年間で82万件以上が補助対象となった。需要は高まっているのに担い手が不足しているというギャップを埋めるのが、この学校の使命なのだ。
学校の初期投資額126万ユーロ(約2億円)はすべて民間の寄付で賄われた。LVMH、デカトロン、アニエスベー、パラブーツ、Green Gotなど30以上のブランドや団体がパートナーとして参画している。これはVEJA一社の取り組みを越え、業界全体が修理という価値に共感している証といえるだろう。
VEJAがルーベに開校した「修理の学校」は、単に技術を学ぶ場ではない。そこでは環境と社会の課題を同時に修復する統合的アプローチが実践されている。給与を支払う決断は修理の価値を再定義し、使い捨てに代わる新しい経済の可能性を示す。そして業界全体を巻き込む協働は、未来の社会インフラを共創する営みへとつながっている。小さな「直す」という行為が、やがて社会そのものを修復していく──そのビジョンを、この学校は体現している。
【参照サイト】L’École de la Réparation
【参照サイト】VEJA lance son École de la réparation et rémunère ses élèves
【参照サイト】À Roubaix, Veja ouvre l’École de la réparation
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