【特集】幸せなお金のありかたって、なんだろう?今こそ問い直す、暮らしと社会の前提
お金は、ただの紙切れでも数字でもない。生き方や価値観、人間関係、社会制度にまで影響を及ぼす「見えざる力」だ。便利で、時に残酷で、そして人間的なこの仕組みは、いつから私たちの当たり前になったのだろう。自己責任が求められる働き方、そして「お金がない」ことを理由に後回しにされる福祉や環境対策──議論は世界中で交わされているが、日々の暮らしの中でお金の本質を見つめ直す機会は少ない。だからこそ今、問いたい。「お金」とは何か、そして私たちはそれとどう向き合っていけるのか。本特集では、経済だけでなく、文化人類学や哲学、コミュニティの現場など多様な視点からお金の姿を捉え直す。価値の物差しを少し傾けてみた先に、より自由でしなやかな世界が見えてくることを願って。
「金融」は、私たちの生活とは少し距離のある世界だと感じられるかもしれない。しかし今、その金融の世界で、ジェンダー平等の実現に向けた新しい動きが加速している。資金の投じ方を変えることを通じて、より良い社会を築こうという試みだ。
その中心にあるのが、女性の地位向上や経済的な自立を支援する事業などに使途を限定した債券、「ジェンダーボンド」だ。
ルクセンブルク証券取引所(LGX)とジェンダーレンズ投資を推進する非営利団体「2X Global」の共同調査によると、ジェンダーボンド市場は2020年6月時点の440億ドル規模から、2025年6月には2,460億ドル超へと、5年間で5倍以上に拡大(※1)。この急速な成長は、金融業界においてジェンダー平等が重要な投資テーマとして認識されつつあることを示唆している。
この流れを象徴する事例として、ジェンダーギャップ解消に向けた取り組みで世界をリードするアイスランドが挙げられる。同国は2024年6月、国家としては世界で初めてジェンダーボンドを発行した(※2)。
調達されたのは約5,000万ユーロ(約86億円)。これらは、主に弱い立場にある女性のための住宅提供や、これまで無報酬とされがちだったケア労働の負担軽減など、生活に直結する課題の解決に充てられた。大きな市場の動向が、人々の日常を支える具体的な政策として結実した重要な一歩となっている。
そして日本でも、同様の取り組みは始まっている。2021年には、JICA(国際協力機構)が国内で初めてとなるジェンダーボンドを発行。主に開発途上国で、銀行融資を受けにくい女性の起業支援や、公共交通機関における女性専用車両の設置といった事業に活用されている(※3)。
ジェンダーボンド市場が成長する背景には、投資家の価値観の変化がある。2X GlobalのCEOであるジェシカ・エスピノーザ氏はImpact Investorの取材に対し「ジェンダー平等の推進は、単なる社会貢献活動ではなく、レジリエントで将来を見据えた金融の原動力である」
との見方を示した。社会課題の解決が経済的なリターンにも結びつくという考え方が、発行体と投資家の双方に広がり、市場の成長を後押ししているのだ。
一方で、市場の急成長に伴い課題も指摘される。今後、資金が実際にジェンダー平等にどう貢献したのかを示す、透明性と信頼性の高いインパクト報告が不可欠になってくるだろう。こうした報告が伴わなければ、取り組みが「実態のないもの」と見なされる可能性もあるためだ。こうした課題に向き合う視線こそが、ムーブメントを一過性のブームで終わらせず、本物の社会変革へと進化させるためのステップともいえる。
ジェンダーボンドはサステナブルボンド市場全体のまだ3%に過ぎない。透明性という進化の鍵を手にしたとき、その先に「1兆ドル規模の機会」が広がっていると、エスピノーザ氏は語る(※1)。この市場の成長は、資金の流れがより公正で豊かな社会を築く力になる可能性を示しているのではないだろうか。
※1 Gender-focused bond issuances soar, study finds
※2 First sovereign gender bond issued by Iceland
※3 日本初、女性を支援する投資システム「ジェンダーボンド」とは?
【参照サイト】Gender-focused bond issuances soar, study finds
【参照サイト】世界初の国家発行「ジェンダーボンド」、アイスランドがひな型示す