※本記事は、「BETTER FOOD(ベターフード) VOL.4 コーヒーの未来を探して」掲載記事を、一部IDEAS FOR GOOD向けに編集したものです。
朝、マグカップから立ち上る湯気の中に、私たちは何を見るだろう。
焙煎された豆の香ばしさ、心地よい酸味、あるいは目覚めの安らぎ。しかし、その液体の向こう側に、どれだけの「人の手」が介在し、どのような物語が紡がれているかまで思いを馳せることはあまりないかもしれない。
イギリス南西部のサマセット。ここに、鮮やかな色のパッケージが並ぶロースタリー「Girls Who Grind Coffee(ガールズ・フー・グラインド・コーヒー)」がある。2017年に創業されたこのブランドは、ある特徴で知られている。それは「扱うコーヒー豆はすべて、女性生産者が手がけたものに限る」というものだ。
創業者のCasey LaLonde(ケイシー・ラロンド)さんは、ニューヨーク出身。彼女がこのルールを定めた理由は、単なるマーケティング戦略ではない。それは、コーヒー業界の巨大なシステムの中で「不可視化(インビジブル)」されてきた存在を、可視化するための挑戦だった。
話者プロフィール:Casey LaLonde(ケイシー・ラロンド)
Girls Who Grind Coffee創業者、ヘッド・オブ・コーヒー、認定Qグレーダー。ニューヨーク州北部で育ち、10代の頃からコーヒー業界に身を置くことを志す。20代でバーモント州のロースタリー兼ラボにてキャリアを始め、カッピングラボでテイスティングと焙煎技術を習得。Qグレーダーコースのアシスタントも務めた。ラボでの実務経験を経て、Girls Who Grind Coffeeを立ち上げ。現在はGWGCのヘッド・オブ・コーヒー兼ヘッドロースターとして、世界中の卓越した女性生産者からの豆の調達、そしてそのポテンシャルを最大限に引き出す焙煎を一手に担う。
コーヒー生産の70%を担う「見えない」主役たち
「コーヒー生産の現場において、女性の仕事はあまりにも見えにくいのです」とCaseyさんは語る。2017年の統計によれば、コーヒー生産における労働の約70%を女性が担っている。収穫、選別、乾燥。質の高いコーヒーを作るための根気のいる作業の多くは、彼女たちの手によるものだ。
しかし、その労働が正当に評価されているとは言い難い。女性が農園で働いていても、それは「家族への義務」や「手伝い」とみなされ、賃金が支払われないことも珍しくない。多くの場合、土地を所有し、農園の財務決定権を持っているのは男性である。輸出業者も、農園の管理者も男性。女性は労働の担い手でありながら、ビジネスの意思決定からは排除されている。
汗を流して豆を育てる人と、その豆を売って富を得る人。その間に横たわるジェンダーの溝。Girls Who Grind Coffeeが「女性から買う」ことにこだわるのは、この構造的な歪みに光を当て、実際に農園を運営し、意思決定を行っている女性たちをサポートするためだ。

Imagei via Girls Who Grind Coffee
「女性だから」ではなく「プロだから」選ぶ
ここで誤解してはならないのが、Girls Who Grind Coffeeの取り組みは単なる「チャリティ」ではないということだ。「女性だから買う」という支援の文脈だけで語られることを、彼女たちは良しとしない。同社はあくまで「スペシャルティコーヒー・ロースタリー」であり、提供するのは最高品質のコーヒー体験だ。
その想いの背景には、Caseyさん自身が業界内で感じてきた「プロとして認められることの難しさ」がある。
「ロースタリーの物件を探していたとき、不動産業者の男性に『ビジネスプランはあるの?』などと偉そうな態度で言われました。もちろんプランは持っていましたけどね」とCaseyさんは苦笑する。
焙煎の世界は、重い生豆の袋を運び、巨大な焙煎機を操作する「男の職場」とみなされがちだ。男性がロースタリーを開けば「知識がある」とみなされるが、女性は常に実力を証明しなければならない。そうした状況で「インポスター症候群(自分を過小評価してしまう心理)」との闘いが、彼女たちを技術の研鑽へと駆り立ててきた。
だからこそ、Girls Who Grind Coffeeは品質に妥協しない。「多くのロースターは、誰が作ったかを知らない状態でカッピング(試飲)をして豆を選びます。そうすると、少しでも基準に満たない豆は『これはダメだ』と簡単に切り捨てられてしまう。でも私たちは、生産者の顔を知り、関係性を築くことを重視しています」
顔が見えるからこそ、安易に切り捨てることはしない。その豆が持つポテンシャルを最大限に引き出す焙煎レシピを見つけ出し、それぞれの豆に「適した居場所」を作るのがロースターの腕の見せ所だとCaseyさんは語る。
しかし、女性生産者のみから高品質な豆を調達し続けることは、想像以上に困難な道のりでもある。その最たる例が「デカフェ(カフェインレスコーヒー)」だ。
「女性生産者によるデカフェを見つけるのは、本当に至難の業なんです」とCaseyさんは明かす。
デカフェ処理を行うには、工場で一度に処理するための最低ロット数(ボリューム)が決まっている。しかし、彼女たちが提携するような品質にこだわる女性生産者の多くは小規模であり、女性生産者の豆だけでその基準を満たす量を確保するのは構造的に難しい。
この壁を打ち破ったのが、パートナーである女性生産者支援団体「Bean Voyage」のアイデアだった。「女性グループを集めてデカフェのロットを作ろう」彼らが持ちかけたこの提案により、メキシコからの調達が実現したのだ。

Imagei via Girls Who Grind Coffee
一番人気のブレンド「Girl Crush」が支持されている理由は、こうした困難を乗り越えた末にある「コーヒーとしての美味しさ」に他ならない。Girls Who Grind Coffeeがこだわるのは、多くの人が「飲みやすい」と感じるバランスの取れた味わい。プロフェッショナルとしての品質へのこだわりが、ブランドの信頼を支えている。
気候変動と女性生産者の労働
生産者との深い対話は、品質の向上だけでなく、産地が直面する深刻な課題をも浮き彫りにする。それが気候変動だ。気候変動はすべての人に影響を与えるが、その被害は決してすべての人に“等しく”降りかかるわけではない。
「気候変動対策には、長期的な計画と投資が必要です。例えば、気温上昇に耐えうる新しい品種に植え替えるには、苗が育つまでの数年間を耐える資金がいります。しかし、土地所有権を持たない多くの女性は、銀行からの信用を得られず、融資を受けられません」
土地を持たないがゆえに、資金が得られない。資金がないから、気候変動に適応できない。この負の連鎖が、女性生産者をより脆弱な立場へと追いやってしまう。そこでGirls Who Grind Coffeeは、単に豆を買うだけでなく、Bean Voyageとも連携しながら、市場知識や栽培技術といったスキルに加え、事業に必要な小規模資金の提供も支援している。
さらに、気候変動への適応策として、これまでアラビカ種よりも低品質と見なされがちだった「ロブスタ種」にも注目が集まっている。
「アラビカ種の栽培適地が減少する中、病害虫や暑さに強いロブスタ種は重要です。変化に強い品種を栽培することは、女性生産者の経済的安定にもつながります。ウガンダのナフィサさんの『スペシャルティ・ロブスタ』は驚くほど美味しいんですよ」
既存の価値観にとらわれず、環境に適応した新しい品種を積極的に買い付けること。それもまた、プロのロースターとしての慧眼であり、公正な生産者支援の形なのだ。
「平等」の前に「公平」を
Caseyさんのこうした活動の根底にあるのは、「平等(Equality)」ではなく「公平(Equity)」という考え方だ。
「男性と同じスタートラインに立つためには、女性特有の障壁を取り除く必要があります。育児や家事による移動の制限、土地所有の欠如、そして業界内での発言力の弱さ。それらを埋める公平性があって初めて、真の平等が実現するのです」
この「公平性」の実践は、単なるスキル支援にとどまらない。経済的なリスクを共に背負い、女性生産者が市場から脱落するのを防ぐ防波堤になることも意味する。
象徴的なのが、ホンジュラスの生産者グロリアさんとの取引だ。生産コストの高騰により、彼女の豆の価格は3〜4倍に跳ね上がった。通常の市場原理であれば、より安い豆へと切り替えられてしまう局面だ。しかし、資金的な体力や信用力が乏しい女性生産者にとって、取引の打ち切りは死活問題となる。
だからこそ、Girls Who Grind Coffeeは購入を止めなかった。「価格が上がれば、私たちも販売価格を上げる。コーヒーは季節農産物であり、市場価格は変動するものだと消費者に伝えていく責任が私たちにはあります」とCaseyさんは言い切る。安さではなく、継続的なパートナーシップこそが、生産者の生活を安定させ、気候変動や社会的な逆風に立ち向かう力を与えるのだ。
こうした深刻な課題に向き合いながらも、Girls Who Grind Coffeeのプロダクトは驚くほど明るく、開放的なイメージ。パッケージには、ハイタッチをして喜び合う女性たちのイラストが描かれている。コーヒー業界、特に焙煎の世界にある「専門的で威圧的な雰囲気」を解きほぐし、誰もが楽しめるものにしたいという願いがそこにはある。
「男性を排除したいわけではありません。むしろ、男性にもこの会話に参加してほしいのです。ジェンダー平等は、女性だけの問題ではなく、みんなで取り組むべき課題ですから」
一杯のコーヒーは、世界を映す鏡だ。そこには、遠く離れた土地で働く女性たちの生活があり、気候変動という地球規模の課題があり、そしてそれらを変えようとする人々の意志が溶け込んでいる。Girls Who Grind Coffeeのコーヒーを飲むとき、私たちは単にカフェインを摂取しているのではなく、見えなかった糸を紡ぎ直し、公平な未来を手繰り寄せるための、長い物語に参加しているのだ。

Imagei via Girls Who Grind Coffee
編集後記
取材中、Caseyさんが発した「公平なくして平等なし」という言葉は、コーヒーに限らずあらゆる社会課題に通じる核心だ。気候変動の影響が、土地所有権を持たない女性に重くのしかかるという事実は、環境問題とジェンダー問題が不可分であることを突きつける。
しかし、Girls Who Grind Coffeeのアプローチは決して悲観的ではない。彼女たちのコーヒーは、確かな焙煎技術に裏打ちされた「美味しさ」と、パッケージのイラストのような「明るさ」で、飲む人をエンパワーする。「美味しい」というシンプルな感動こそが、実は社会構造を変えるための最も力強いエネルギーになるのだ。
【参照サイト】Girls Who Grind Coffee
食分野におけるサステナビリティの先行事例を紹介する不定期刊行誌〈ベターフード〉第4号の特集は、私たちの日常に欠かせない「コーヒー」。しかし2050年問題とも言われるように、気候変動の影響によって、2050年までにコーヒーの栽培適地が大きく減少する可能性が指摘されています。このまま気候変動が進めば、あと数十年後には今のようにコーヒーを楽しむことができなくなる未来が訪れるかもしれません。コーヒー産業が直面する問題に立ち向かい、より良いコーヒーの未来を創ろうとする人々に取材を行いました。






