Sponsored by 日本真珠輸出組合

無数の光の粒が、海の上に浮かんでいる。「日本のエーゲ海」とも称されるその海は、どこまでも穏やかで、心まで落ち着かせてくれるように、ただただ美しく、そこで煌めいていた。
ここは、三重県志摩市南部・英虞湾(あごわん)。1893年に世界で初めて真珠の養殖が成功した「真珠の聖地」である。入り組んだリアス式海岸が特徴のこの海で、筆者は小さな船に揺られながら、岸から15分ほどの入り江に向かっていた。目的は、真珠養殖の際に使われる「バール」を回収するため。バールとは、養殖に使ういかだを浮かせるための発泡スチロール製の大きな浮きであり、それが使用後に浜に打ち上げられ、大量の「ごみ」となっていた。

入り江にはバールや漁業ごみが大量に溜まっている
2026年2月下旬、筆者は英虞湾で年に一度開催される「浜掃除」に参加した。片田真珠組合と日本真珠輸出組合が主催する養殖現場の清掃の取り組みだ。本記事では、今回4度目となる浜掃除と、その後行われた地域の未来を考えるワークショップの様子をレポートする。
真珠に関わる人々の想いから始まったこの活動は、単なるごみ拾いではない。真珠養殖の現場が抱える環境課題と向き合いながら、「海と人はどう共に生きるのか」という問いを投げかける取り組みでもあった。130年以上続く日本の真珠養殖。その営みのなかに息づく循環の知恵と、海の再生を目指す人々の姿から、現代のサステナビリティのヒントを探っていく。
頭上高く積み重ねられた「白い塊」
気持ちのよい陽の光が降り注ぐ朝9時。軍手と長靴を身につけた人々が浜に集まってきた。地元の養殖業者から、真珠を加工し、世界に届ける加工流通業者(組合員)、真珠の研究者、地元の観光業者、そして環境省や三重県、志摩市の職員に大学生まで。住む場所も立場年齢も多様な人々およそ50名が、英虞湾の浜に集合した。

今回の目当てであるバール回収のため、参加者たちは小さな船5隻に分かれて乗り、入り江へ向かった。木々やごみに絡み合ったバールを分担して拾い集め、両手いっぱいに抱えて船に積んでいく。積み終えると、また浜へと戻る。
出船時は人だけが乗っていた船体の半分以上を、帰り道は白い塊が占拠。残りのスペースに人々が身を寄せ合って腰を下ろす。浜へ戻ると、今度はバールを運び出す作業。「これは結構重いよ~」などと声をかけ合いながら、息つく間もなく、隣の人へバールを手渡していく。

午前中はその作業をひたすら繰り返した。浜と入り江を何往復かしたのち、ふと沖の方から浜を見やると、頭上より高く積み上がった白い塊が見えた。その数、およそ250個。人の背丈より高く積み重なったバールを見た参加者は、「想像していたよりもごみ問題が深刻だった」と話した。
バールは、長いものでは約15年にもわたって海に漂い続けるため、ひどく汚れ、削れてボロボロになっているものも少なくなかった。いまだリサイクルのスキームが十分に整っていないことから、今回岸に集められたバールは、特別な機械で細かく粉砕し、産業廃棄物として処分するという。

「自分たちが使っているものに、最後まで責任を持たなければならない。現状、使った後のことまで考えられていないのではないか」
ある若い養殖業者は、そんなふうに声を漏らしていた。
130年の伝統が教える「海との共生」
2022年にスタートした浜清掃は、養殖による海や自然環境の汚染に気付いた人々が、その現状を変えようという想いから生まれた。美しく高貴なイメージの真珠の裏側にある「負の側面」を自ら外に発信していく──養殖業者の大きな決断からスタートした活動だ。
過去数回の開催では、ブイや漁網、食品包装類やプラスチック片、鉄のワイヤーの切れ端など、さまざまな海ごみを拾い、アップサイクルできるものには新たな生命を吹き込み、循環させてきた。また、廃漁具を再び漁具へと戻す「水平リサイクル」にも取り組み、業界のサーキュラー型へのシフトを推し進めてきた。
そうした廃棄物の課題を抱える真珠だが、その歴史に目を向けてみると、実は古くから「循環」の仕組みが根付いている。たとえば、日本で養殖されるアコヤ貝は、人間が与えた餌ではなく、山から海へと流れ込む栄養分で育つプランクトンを食べ、水を浄化しながら、数年の歳月をかけて真珠を育む。さらに、真珠を取り出した後の貝殻は、ボタンや漆喰、医薬品や化粧品の原料に。貝肉や残渣は堆肥として大地へ還り、貝柱は地元の冬の味覚として食卓に並ぶ。

真珠の里山里海循環図/ 画像提供:日本真珠輸出組合
さらに、昨今は科学的にもその価値が見直されている。貝類やサンゴが自らの殻を作る「石灰化(バイオミネラリゼーション)」というプロセスによって、真珠は海洋中のCO2固定に貢献していると考えられているのだ。海の水を浄化しながらブルーカーボンにも寄与する。自然と共生する真珠と自然のサイクルに寄り添う養殖のあり方は、持続可能な伝統文化として日本に根付いていた。
「きれいな水」だけでは救えない、海の現在地
研磨せずとも、手にした瞬間から輝きを放つことから「世界最古の宝石」と呼ばれ、人類を魅了してきた真珠。その生産現場で起きているのは、目に見えるごみの問題だけではなかった。120年以上にわたり発展してきた真珠の伝統を揺るがしているのは、皮肉にも「きれいになりすぎた水」による変化だ。
英虞湾で真珠養殖を行い、宿泊施設「COVA KAKUDA」の総支配人である天羽雅彦さんは、現在の真珠養殖、ひいては日本の自然保護のあり方に一石を投じる。
「伊勢志摩国立公園の約96%は民有地です。つまり、ここは人が住んで、生業があってこその国立公園なんです」

COVA KAKUDAの総支配人・天羽雅彦さん
一般的に、環境保護といえば「人間の介入を最小限にし、自然のままに戻すこと」が正解だと思われがちだ。しかし、真珠養殖の現場で見えてきた歴史は、その正反対であった。
かつてこの英虞湾には、適切に処理された生活排水が海に適度な栄養を与え、山からのミネラルと混ざり合うことで豊かな生態系が育まれていた。しかし、経済成長と共に過剰な排水が問題視され、浄化技術が進んだ現代では、逆に「きれいすぎる水」が海へと流れ、栄養が不足する状態になっているという。
「人の生活がなくなっていくことで、山が荒れ、海への栄養供給が途絶えてしまった。真珠貝にとって必要なのは、きれいな水ではなく、生命を育む『豊かな水』なんです。人が生活し、経済活動を行い、適切に管理された生活用水が海に流れ出ること。それが、本来の英虞湾の姿だったはずです」と天羽さんは続けた。
だからこそ、COVA KAKUDAは、長年行ってきた真珠の養殖に加え、敷地内での農業や養鶏、そして宿泊客が海に関わることができるアクティビティなど「生活の循環」を取り戻す試みを行っている。それは、人間の生活が自然の一部であったかつての営みを、再び実現するための挑戦だ。

化学薬品を極力使わず、自然のサイクルに寄り添い、出たものはすべて使い切る。明治時代に世界で初めて養殖に成功して以来、世界に誇る独自の伝統産業として、職人たちの手によって磨き上げられてきた日本の真珠養殖。「海と共生」してきたそのあり方を通して、里海と里山の循環を取り戻そうと人々は動き始めていた。
「飾らないリアル」を見せることが価値になる
浜掃除の後は、IDEAS FOR GOODの企画のもと、ワークショップが開催された。テーマは「英虞湾の真珠の価値を、より多くの人に伝えるには?」。少人数のチームに分かれて行われた議論で、参加者はまず「英虞湾の魅力とはなにか」を語り合った。

そのなかで、あるチームが話していたのは、英虞湾が持つ「等身大のあり方」という魅力。ほかの真珠の産地である愛媛や長崎と比べ、英虞湾には家族経営の小さな養殖場が多く、後継者不足などの課題にも悩まされている。だが、そうしたなかでも、自然を「再生させていく」ために、外部の目を入れながら、あえてごみの現場を公開し、人々を巻き込んで現状を変えようとしている。
また、中国など他の国で進む真珠の大規模な生産とは対照的に、英虞湾では採算の取りにくいい小さな真珠「厘珠(小珠)」を古くから作り続け、その伝統技術を貫いてきた。こうした真珠に向かう姿勢そのものが価値であり、その「飾らないリアルな姿」こそが魅力なのではないか──そうした声があがり、シーズンのオンオフにかかわらず、季節ごとに表情を変える英虞湾の「ありのまま」を体験してもらうことが大事ではないか、という意見が出た。
人間は地球のゲストであり、資源は地球が生み出した作品
今回のワークショップの講師を務めたIDEAS FOR GOODの創刊者・加藤佑は、議論の前にこんな言葉を共有していた。
「人間は地球のゲストである」
これは、大阪・関西万博オランダパビリオンの設計を手がけた建築家、トーマス・ラウ氏が発した言葉だ。人間はみな、この地球の「ホスト」ではなく、一時的に滞在している「ゲスト」である。自然界に存在したものに、人間がゼロから生み出したものは一つとしてない。すべては与えられたものだ──そう話すラウ氏は、循環経済を、限られた芸術作品を誰もが楽しめるようにシェアしている「美術館」のモデルに例えてこう続けたという。加藤は彼の言葉を引用し、こう語る。
「何も所有していない私たちは、毎日自分たちのものではないものを扱っており、そのほとんどは、限られた資源によって作られています。つまりすべてが『Limited Edition(限定版)』です。誰もレンブラントの枯渇、ゴッホの枯渇とは言わないように、資源の枯渇というのは間違った表現です。資源は地球が生み出した芸術作品であり、私たちは芸術作品を扱うように資源を扱わなければなりません」

COVA KAKUDAが運営する宿泊施設/ 写真提供:COVA KAKUDA
もとを辿れば人間がつくっていると思われるものも、実は地球の限られた資源を使って生み出されている。ラウ氏の言葉に重ね合わせながら、加藤は、最後に「英虞湾も、自然が生み出した美しい作品」だと参加者に伝えた。この美しい作品を誰もが楽しみ続けるためには、真珠養殖業者、加工者、消費者、行政関係者──すべてのステークホルダーが集い、協力し続ける必要がある。一人ひとりの努力により、この「英虞湾」という大きな作品を守り、次世代へと繋いでいくことができるのだ。
長年真珠とともに生きてきた人、未来を担う若者。世代や立場、地域を超えた人々が集い、地球が生み出した美しい作品を守り続けるために、私たちは地球のゲストとしてこれからどう振る舞い、何ができるだろうか。そんなことを考えさせられる一日だった。

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【参照サイト】日本真珠輸出組合
【参照サイト】COVA KAKUDA






