“宝の海”を守りたい。対馬から問いかける地球の環境課題のいま【対馬未来会議2023レポート・前編】

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パソコンに向けていた顔を上げ、高速船の窓に目をやると、広い海の上に緑色の冠が見えた。ゆっくりと厳原(いづはら)港に着岸する。一歩外に出ると、ゆったりとした明るい島の空気が出迎えてくれた。

博多港から約2時間、ここは東シナ海と日本海の間に浮かぶ島、長崎県・対馬だ。自然豊かなこの島は、日本有数のアナゴの産地(※1)。またツシマヤマネコなどの固有種も多い。しかしながら、近年では海洋漂着ごみ問題などの海洋汚染の文脈で語られることも増えている。さらに地球温暖化の影響や高齢化・過疎化といった社会問題も重なり、日本および世界における変化や諸問題の縮図のような場所となっているのだ。

対馬の海の玄関口、厳原港

対馬の海の玄関口、厳原港|Photo by Ryuhei Oishi

2023年10月20日と21日の2日間にかけて、対馬で一般社団法人ブルーオーシャン・イニシアチブ(以下、BOI)が主催する「対馬未来会議2023」が行われ、IDEAS FOR GOOD編集部も参加した。

BOIは海における環境・社会課題解決に向け、「ブルー・イノベーションの共創と、ブルーアクションの実践を通じ、海洋の保全と資源開発が両立した、持続可能な未来社会を実現する」を目的に掲げ、企業同士の共創アクションを支援している団体だ。その活動の中で、2023年5月に対馬市と「海洋プラスチック削減」「海洋資源保全と海産業活性化」「海洋と気候変動対策」などについて連携協定を締結した。

今回の対馬未来会議2023は、「2050年までに、対馬を世界最先端のサステナブルアイランドにする」というビジョンを掲げて、どのようなテーマのもと活動するかを設定するため開催された。これがBOI会員企業(※2)と対馬の関係者が現地に集う初めての機会であり、2日間を通して60名を超える人々が対馬の未来に向けて議論を交わした。

1日目には現地のリアルな状況を把握するための「社会課題発見ツアー」、2日目には目標を達成するためのアイデアを参加企業と現地のステークホルダーが話し合う「未来への提言ディスカッション」が行われ、今後の具体的なアクションに向けての出発点となった。

1日目、参加者はボートで養殖場や磯焼けの現場を巡った

1日目、参加者はボートで養殖場や磯焼けの現場を巡った|Photo by Natsuki Nakahara

今回、対馬未来会議2023の様子を、前編と後編に分けてお伝えする。

前編である本記事は、歴史や地理的視点から対馬を紐解くと共に、島が直面している海洋環境の課題や、市が掲げるサステナブルな島づくりのビジョンを紹介する。後編の記事でお伝えする実際の視察の様子や参加者間の議論に向けた事前インプットとして、ぜひ読者のみなさんも本記事を通して「対馬」に足を踏み入れてみてほしい。

情報と人が交わる地、対馬

日本海と東シナ海をつなぐ対馬海峡上、ちょうど九州と朝鮮半島の間に位置する対馬は、古くから交易によって栄えた島だ。その歴史は3世紀後半の中国の書物『魏志』倭人伝にも記されている。周辺地域から人々が訪れ、島民も大陸を小舟で往来して仏教や青銅器、稲作などの文化・技術を取り入れては日本列島にも伝えていた(※3)

今回の対馬未来会議2023・現地ガイドの川口幹子さん(一般社団法人対馬里山繋営塾・代表理事)いわく、周辺地域から情報が集まっていた対馬は日本初の取り組みも多く、稲や蕎麦の栽培などがそれにあたるという。遣隋使が対馬を経由して大陸へと渡った記録もあり、大陸と日本本土の双方向から情報が集まる土地であった。

また、対馬の生活の基盤であり、周辺地域との交流を加速させていたのが漁業だ。九州大学の清野聡子准教授によると、対馬周辺の海域は「宝の海」と呼ばれ、日本屈指の好漁場となっているという。その「宝の海」形成のカギとなっているのが南西からの「対馬暖流」とそれによって生まれる「対馬渦」だと、清野准教授は語る。

「対馬暖流そのものは栄養分(クロロフィル)が比較的乏しいのですが、海流が島に対して絶妙な角度で当たることにより、島の東部に北方からの栄養豊富な海水を巻き込んだ『対馬渦』を作ります。その渦にプランクトンや魚がたまり、好漁場(※4)となっているのです。島外の漁師も『ここで魚が獲れなくなったら終わり』と言っているほどです」

講演をする清野聡子准教授と、対馬周辺海域のクロロフィル(栄養分)のマップ。島の東側で渦を巻いていることが分かる

講演をする清野聡子准教授と、対馬周辺海域のクロロフィル(栄養分)のマップ。島の東側で渦を巻いていることが分かる|Photo by Ryuhei Oishi

このような恵まれた海を持つこと、そして海流交易で培った航海術や周辺地域からの情報も相まって、対馬の漁師は優れた漁業・船舶技術を有していたと清野准教授は語る。地理的に対馬は漁業における寄宿地となっており、他地域の漁船が対馬に停泊し、盛んに情報交換がなされていた。他地域の漁師が停泊中に対馬漁船の設備や技術などを習うことも多く、対馬の船は他地域に行っても注目を集めるほどであったそうだ。

「対馬の人は昔から周辺地域から情報を得て、自分たちの技術を磨くとともに、それを島外の人にも伝えていました。いわば、オープンイノベーションの状況にあったんです」

立地条件と自然環境が相まって、対馬では歴史を通して情報と人が交差していたのだ。

漁業や交易に適した「好立地だからこそ」生まれる問題も

その立地により交易や漁業が栄えた対馬であるが、それゆえの問題もある。中でも深刻なのが、海岸の漂着ごみ問題だ。対馬海峡に壁のように佇む立地と、海流や季節風などの条件が重なり、対馬には毎年推計2~3万立方メートルのごみが流れ着く(※5)。国の補助事業を活用して毎年8,000立方メートルほどの漂着ごみを回収しているものの、漂着量を考えると回収が全く追いついていないことが分かる。

対馬東部、赤島海岸に漂着した海洋ごみ

対馬東部、赤島海岸に漂着した海洋ごみ|Photo by Natsuki Nakahara

ガイドの川口さんは、「漂着ごみ問題は『回収してリサイクルすればよい』というほど簡単なものではありません」と語る。

「大きなポリタンクなどは拾いやすいけれど、ロープに絡みついたものは拾うことができず、たとえ拾えたとしてもその後の分別がとても困難です。また、発泡スチロールなどは中の異物を手作業で取り除かねばならず、プラスチックは目に見えない汚染物質も付着しやすいためマテリアルリサイクルには洗浄も必要になるなど、多くの人手を要します。一方で市は高齢化の問題も抱えており、今後は誰が拾うのかという問題もあります」

マテリアルリサイクルの事例もあるが、回収・分別・洗浄には多くの労力を要する

マテリアルリサイクルの事例もあるが、回収・分別・洗浄には多くの労力を要する|Photo by Natsuki Nakahara

また、漂着ごみの中には海外の製品も多く混ざっており、対馬だけでは到底解決できない問題だ。

加えて深刻なのが、海藻・海草がなくなり海中の岩がむき出しになる「磯焼け」の問題だ。磯焼けは主にアイゴ、イスズミ、ブダイといった海藻・海草を好んで食べる魚が、海中の植物をその再生率を上回って食べ尽くすことで発生する。海中の藻類やアマモは、小魚やエビなどの隠れ家、エサ場、また産卵場所ともなり、磯焼けは海中の生物多様性を大きく損なうことにもつながっている。

アイゴ、イスズミ、ブダイは暖かい水を好む南方系の魚だ。特に対馬暖流があたる南西地域は30年前から磯焼けの話があり、この地域の磯焼け解決は大変困難だと清野准教授は話す。

磯焼けを引き起こしている魚の一種、イスズミ

磯焼けを引き起こしている魚の一種、イスズミ|Image via Shutterstock

この磯焼けに拍車をかけているのが、地球温暖化による海水温の上昇だ。研究によると、対馬が位置する東シナ海北部の海水温は、1900年から2018年までの約100年間で1.48℃上昇(※6)。その影響か、対馬南西部に限らず南方系のアイゴ、イスズミ、ブダイが増えており、磯焼けの範囲も広がっているという。実際、ひじきなどの海藻類の陸揚げ量が1979年から2019年までで99%以上減少したとするデータもあるほどだ(※5)

このように、対馬の「宝の海」は現在危機に瀕している。その原因として、大量生産・大量消費をベースとした資本主義社会やそれに伴う気候変動の影響も大きい。漂着ごみも磯焼けも対馬で起こっていることでありながら、原因は地球規模であり、解決は容易ではないのだ。

SDGs未来都市、対馬市のアクションプラン

まさに今環境・社会課題に直面している対馬市は、現在サステナブルなしまづくりを進めている。2020年にはSDGsの視点に沿ったしまづくりの構想を内閣府に提出し、SDGs達成に向けて先進的に取り組む自治体として「SDGs未来都市」に選出された。2022年には「対馬市SDGsアクションプラン」(※5)を作成し、以下3つの土台と7つの重点アクションを掲げている。

3つの土台

  • 対馬の島しょ生態系・風土・歴史文化・アイデンティティの保全
  • SDGs推進の仕組みづくり・人づくり
  • 「正義」

7つの重点アクション

  1. 地域共生社会
  2. 地産地消
  3. 持続可能な農林水産業
  4. サステイナブル・ツーリズム
  5. ゼロ・ウェイスト
  6. 気候変動対策
  7. 域学連携

掲げられたプランを具体的な行動に移すべく、2023年4月にはSDGs推進課も設置された。

3つの土台と7つの重点アクションのイメージ

3つの土台と7つの重点アクションのイメージ|Image via 対馬市

「SDGsの17のゴール全てを意識すると、行政として総合的に取り組もうとするあまり、結果として何も進まないということが多くありました。7つのアクションに集中することで、具体的な変化を起こします」

そう語るのは、SDGs推進課の前田剛さんだ。前田さんいわく、このアクションプランを元に現在特に注力しているのが、国内外の島づくり・地域づくりのモデルとして発信できる環境・社会課題解決スキーム「対馬モデル」の構築だという。

島である対馬は森・里・海がコンパクトにまとまっている上、ヒト・モノ・カネの出入りを把握しやすく、実証実験や課題解決アクションの効果測定が他地域と比べて容易だという強みがある。さらに、対馬市は高齢化や過疎化といった社会問題や前述の海洋ごみ問題や温暖化の影響など、日本および世界における変化や諸問題の縮図のような場所となっている。

対馬市としては、社会課題や気候変動の影響が集積している対馬だからこそ、間接的な影響を与えていることに気付きにくい都市部や海外にまで見える形で「正義」を問いかけ、発信し続けることが重要だと考えているのだ。

対馬はBOIとの連携に何を期待するか?

この対馬モデルの創出と実現に向け、対馬市と共創的に動いているのが、BOIだ。

前田さんによると、これまで市や企業が単体で課題解決に取り組んできたが、なかなか思うような成果を生み出すのは難しい状況であったという。そんな中、複数の企業の連合体であるBOIが動き出した。

「これだけ多くの企業が一緒になってアクションに向けて動き出したのは初めてです。対馬と各企業が連携しそれぞれの強みを引き出すことで、これまでにない提案力と行動力、そして発信力があるのではないかと期待しています。また、補助金だよりではない、ビジネス視点も活用した自走的な取り組みであることもこれまでにない点です」

参加者と積極的に意見交換をする前田剛さん

参加者と積極的に意見交換をする前田剛さん(左)|Photo by Natsuki Nakahara

前田さんは、これまでの対馬は漂着ごみなどの「問題」という視点でメディアに取り上げられることが多く、ポジティブなニュースで全国報道になることは少なかったと話す。だからこそ、BOIがあらゆるステークホルダーのハブとなり、地域と各企業が面的につながって動くことでこれまでにないインパクトを生み出し、企業の発信力で対馬がポジティブな形で世界的なモデルになれる可能性があると、大きな期待を寄せている。

さらに、これまでバラバラに動いていた島内のステークホルダーが、BOIの動きによって結びついていくことも注目される点だ。また、島外の人が動き出して初めて、島民の環境への危機意識も高まるのではと前田さんは考えている。

「2050年までに、対馬を世界最先端のサステナブルアイランドにする」と掲げ、これまでにない変革への期待の中で行われた対馬未来会議2023。では、その変革に向けて対馬を訪れた参加者は何を見て、感じ、考えたのか。そして、その後のステークホルダー同士の対話を通して紡ぎ出されたアイデアとは。

これらを後編で詳しくお届けする。

▶ 世界最先端のサステナブルアイランドへ。地球の環境問題の縮図、対馬の挑戦【対馬未来会議2023レポート・後編】


※1 2021年におけるアナゴの都道府県別漁獲量では、対馬を含む長崎県が第1位
※2 Blue Ocean Initiativeの会員企業全てが参加していたわけではない
※3 国境の島・対馬の歴史を紐解く|対馬観光物産協会
※4 対馬周辺の海域ではアカムツやクエなど高級魚と称される魚の水揚げも多く、またタチウオなどの魚は独自のブランド名で流通している
※5 対馬市SDGsアクションプラン:未来のための羅針盤|対馬市
※6 対馬における気候変動影響に関する基礎的研究

【参照サイト】Blue Ocean Initiative
【参照サイト】対馬市SDGsアクションプラン|対馬市
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Edited by Natsuki Nakahara

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