「新しい思想」は、すでに暮らしのなかにあった。ポーランド・クラクフで研究者に聞く、中東欧の「偶然の脱成長」

2026.08.21

脱成長」という言葉は、どこで語られるかによって、まったく違う響きを持つ。

消費社会に疲れた人にとって、それは自由な時間を取り戻すための提案に聞こえるかもしれない。気候危機に不安を抱く人にとっては、地球の限界内で生きるための現実的な選択肢に映るかもしれない。

しかし、かつて欠乏を経験し、急速な民営化と失業をくぐり抜け、ようやく「先進的地域に追いついた」と感じてきた人々にとってはどうだろうか。「もっと少なく」という言葉は、希望ではなく、貧しさへの逆戻りとして受け取られることもある。

2026年6月、ポーランド・クラクフで、中東欧における脱成長をテーマにした国際会議「Degrowth: bridging green and just in Central and Eastern Europe」が開催された。会場となったヤギェウォ大学には、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーのV4諸国をはじめ、ドイツ、エストニア、ウクライナなど欧州各地から、研究者や活動家、学生、市民が集まった。

脱成長に関するアート展示なども行われた | Photo by Wiktor Wolanin

会議の大きな問いは、「green」と「just」をどうつなぐか。つまり、気候危機への対応を、労働、生活、地域の公正と切り離さずに考えることだった。

脱成長という思想は、これまで西欧やグローバル・サウスの文脈で語られることが多かった。しかし、旧社会主義圏であり、急速な市場化を経験し、いまもロシアによるウクライナ侵略の脅威を身近に感じる中東欧では、その意味は大きく変わる。

西欧から輸入された理論ではなく、自分たちの歴史や生活のなかから、脱成長を語り直すことはできるのか──それは、中東欧だけの問いではない。西欧型の近代化や経済成長を追いかけてきた日本もまた、長時間労働、地方の衰退、災害復興、観光開発といった足元の現実から、脱成長を語り直す必要があるのではないか。

ポーランドという場所から見た脱成長は、日本にどのような問いを投げかけるのか。会議の運営メンバーの一人であり、環境社会学を専門とするヤコブ・ヴィドラ氏に話を聞いた。

話者プロフィール:Jakub Wydra(ヤコブ・ヴィドラ)

Jakub Wydra環境社会学を専門とする研究者。ポーランド・クラクフを拠点に、都市、環境、脱成長、労働運動、社会運動などをテーマに研究・実践を行う。ポーランドにおける脱成長ネットワーク「Degrowth Poland」のメンバーとしても活動し、2026年6月にクラクフで開催された中東欧の脱成長会議「Degrowth: bridging green and just in Central and Eastern Europe」では運営メンバーの一人を務めた。

「ヨーロッパはドイツで終わるのか」

「外から見れば、ポーランドはEUの一員であり、シェンゲン圏にあり、強い経済を持つ欧州の国に見えるかもしれません。でも、ここにいる私たちの実感としては、西欧とは同じではないのです」

ヴィドラ氏はそう語る。

ポーランドは地理的にも歴史的にも、チェコやハンガリー、スロバキアといった中東欧諸国と近い経験を共有している。社会主義体制の記憶、1990年代以降の急速な市場化、EU加盟後の経済成長、そして「西欧に追いつく」ことを目指してきた感覚。そうした背景は、フランスやイギリスのような西欧諸国とは異なる社会の前提をつくってきた。

クラクフで会議を開く構想が生まれた背景には、国際的な脱成長会議で感じてきた「空白」があった。これまでポーランドの研究者たちは、ザグレブ、ポンテベドラ、オスロなどで開かれる国際会議に参加した。その中で、彼らが繰り返し話題にしていたのが、中東欧の視点の不在だった。

「欧州の都市についての発表を聞いていると、取り上げられるのはスペイン、フランス、英国、オランダ、ドイツばかりでした。イタリアも、せいぜい北部。では、バルト諸国は?ポーランドは?ヨーロッパはドイツで終わるのでしょうか」

Photo by Wiktor Wolanin

彼の違和感は、西欧の研究者への単純な批判ではなかった。むしろ、脱成長という思想が本当に社会を変える力を持つためには、それぞれの地域の歴史や生活の感覚に根ざして語られる必要がある、という問題提起である。

「私たちは、スペインやフランスの事例を読んで、それをポーランド語に翻訳するだけでは十分ではないと感じていました。もしかしたら、すぐ隣のスロバキアやルーマニアに、私たちにとってもっと近い実践があるかもしれない」

中東欧から脱成長を語ること。それは、単に地理的な空白を埋めることではない。西欧の理論を一方的に受け取るのではなく、自分たちの経験から未来を語るための場所をつくる試みだったのだ。

会議の様子 | Photo by Wiktor Wolanin

同時に、その「中東欧」という位置づけは、外から与えられるものだけではない。ヴィドラ氏によれば、ポーランドの人々のなかにも、自分たちは「東」ではなく「西」に属しているのだと示したい感覚があるという。西欧に追いつくこと、近代化すること、より「進んだ」社会として認められること。その欲望は、社会主義体制後の移行期を経験した国にとって、単なる憧れではなく、生き延びるための戦略でもあった。

だからこそ、脱成長を語ることは難しい。「もっと成長しなくてよい」と言われたとき、それは西欧の余裕ある社会から投げかけられる言葉に聞こえてしまうことがある。まだ十分に届いていないものがある地域に対して、外から「もう十分だ」と告げるように響いてしまうのだ。

「脱成長」という言葉は、ポーランドでどう響くのか

ポーランドで脱成長を語る難しさの一つは、その言葉自体が持つ響きにある。

「人々は、脱成長という言葉そのものに身構えます。『成長が良いものなら、脱成長は悪いものに違いない』。とても単純に、そう受け取られてしまうことがあるのです」

その背景には、ポーランドの現代史がある。1990年代、社会主義体制の崩壊後、ポーランドは急速な民営化と市場経済への移行を経験した。ヴィドラ氏は、この時期の変化がポーランド社会に大きな傷を残したと指摘する。

失業の増加、公的サービスの縮小、仕事を求めた西欧への移住。そうした経験は、人々の中に「成長しなければならない」という切迫感を刻み込んだ。EU加盟後には、国外で働く親を持つ子どもたちを指す「ユーロ・オーファン(ヨーロッパの孤児)」という言葉も生まれたという。

その後、ポーランド経済は成長を続けた。2008年の金融危機の影響も比較的軽く、都市部には多国籍企業が進出し、生活水準も上がった。だからこそ、多くの人にとって「成長」は、貧しさや混乱を脱した成功の物語と結びついている。

一方で、個別の生活課題に目を向けると、脱成長の考え方に通じる感覚はすでに存在している。たとえば労働時間の短縮、再利用、食品ロスの削減、過剰な観光への違和感、公共交通の充実。ヴィドラ氏によれば、人々は「脱成長」というラベルには距離を置く一方で、その中に含まれる具体的な提案には共感することが少なくないそうだ。

「私は大学で教えていますが、学生たちと話していると、『もっとゆっくり働きたい』『飛行機に乗りたいわけではなく、鉄道が高すぎるから飛行機を使っているだけだ』という声が出てきます。観光地化によって住民の暮らしが圧迫されることにも、多くの人が違和感を持っています」

つまり、問題は思想そのものが遠すぎることではない。人々の暮らしの感覚と言葉をどうつなぐかにある。

会場で開かれた洋服の交換会。新しく買うのではなく、すでにあるものを分け合い、使い続ける実践も、会議の一部となっていた。| Photo by Wiktor Wolanin

脱成長は「洞窟に戻ること」なのか

脱成長への典型的な批判に、「原始時代の洞窟に戻るのか」というものがある。ヴィドラ氏は、それに対する一つの応答として、エネルギー消費を抑えながらすべての人に十分な生活水準を保障する可能性を論じた、Millward-Hopkinsらの研究をもとにした比喩を紹介してくれた(※)

「脱成長とは洞窟に戻ることだと言う人がいます。でも、その洞窟に公共交通がつながっていて、適切な温度が保たれ、電気が通り、近くに学校があり、15分圏内で必要なものにアクセスできるならどうでしょうか。そこで働く時間が短くなり、庭で過ごす時間もあるなら、それは悪い暮らしでしょうか」

もちろん、これは本当に洞窟で暮らそうという話ではない。重要なのは、脱成長が「何もかもを失うこと」ではなく、過剰な生産と消費を減らし、その分、公共サービスや自由な時間、地域との関係を取り戻すことだという視点である。

「脱成長によって、なくなる産業もあるでしょう。私たちは今ほど頻繁に飛行機に乗ることはできないかもしれないし、いまのように大量の不要なものを生産し続けることもできません。でも問うべきなのは、それらが本当に私たちの生活に必要なのかということです」

たとえば車も同じだ。公共交通がない地域では、車は生活に不可欠である。しかし、家の前のバス停に10分おきにバスが来るならどうだろう。維持費や保険料、駐車場探しの負担を抱えながら、それでも車を持ち続けたい人はどれほどいるだろうか。

「まずバスを用意しなければなりません。公共交通がないのに『車を使うな』と言うことはできませんからね」

この言葉は、脱成長を個人の我慢や道徳として語らないための重要な視点だ。必要なのは、選択肢を奪うことではなく、別の豊かさを選べるインフラをつくることである。

ヴィドラ氏

過去の遺産を、未来のインフラに変える

ポーランドにおいて、社会主義の記憶は脱成長を語るうえで大きな壁になる。左派的な提案は、しばしば「共産主義への逆戻り」と見なされるからだ。

しかし、ヴィドラ氏は同時に、その歴史のなかには未来のために使えるものも残っていると語る。

「たとえば、協同組合や社会的経済の記憶。国家が建設した集合住宅。市民農園や庭。修理して使い続ける文化。公共交通、公立大学、公立文化施設。そして、地域の公共図書館……ポーランドには、まだ多くの公共サービスが残っています。公共交通の多くは自治体所有の会社によって運営され、鉄道も国有企業が大きな役割を持っています。公立大学や文化施設もあります。英国のように、すでに多くが民営化されている国とは状況が違うのです」

特に興味深いのが公共図書館だ。ポーランドでは、公共図書館が地域のインフラとして広く整備されている。ヴィドラ氏によれば、小さな村では、図書館が子どもたちの放課後の居場所であり、地域の女性たちがコミュニティのリーダーとして機能する場所でもあるという。

「図書館は、脱成長のアイデアを社会に届けるための、とても大きな可能性を持っています」

こうした場所は、必ずしも「脱成長」のためにつくられたわけではない。図書館も、団地も、修理の文化も、地域の共有も、人々が日々の暮らしを成り立たせるために残してきたものだ。しかし結果として、それらは過剰な所有や消費に頼らない生活の基盤になっている。

言い換えれば、そこには「accidental degrowth(偶然の脱成長)」と呼べる実践がある。脱成長という言葉を知らなくても、すでに人々は、物を分け合い、直し、使い続け、地域の公共サービスに支えられながら暮らしてきた。その足元の実践を、これからの社会を考える言葉として捉え直せるかどうかが問われている。

また、社会主義時代に建てられた集合住宅も、いま改めて評価されている。新しく建てられる住宅が高密度で狭く、価格も高騰するなか、かつて国家によって建設された団地には、緑地や公共空間、生活の余白が残っている場合がある。

「多くの人が、いまになって『あの時代の地区はよくできていた』と言い始めています」

会議中には、クラクフ東部のノヴァ・フタ地区を歩くプログラムもあった。社会主義時代に製鉄所と労働者の住まいを中心につくられた計画都市で、広い道路や集合住宅、緑地、公共交通を含む都市設計が、現在の暮らしを考える手がかりとしても見直されている。 | Image via shutterstock

もちろん、過去の体制をすべて美化することはできない。社会主義時代には抑圧も欠乏もあった。しかし、すべてを失敗として捨て去るのではなく、そこに残された公共性や共同性を、未来の道具として見直すことはできる。

ヴィドラ氏は、家庭に残る再利用の文化についても語った。

「ポーランドの家庭には、レジ袋の中にレジ袋をためている、という共通のジョークがあります。なぜ必要なのかわからない。でも、いつか再利用するかもしれないから取っておく。そういう感覚が、私たちには染みついているのです」

それは貧しさから生まれた習慣でもある。しかし同時に、資源を使い捨てにしない生活の知恵でもある。若い世代のなかには、修理や編み物、服の手入れに関心を持ち直す人も増えているという。

「ある学生が言っていました。母親から受け継いだ服は今も着られる。でも、自分が買ったファストファッションの服は、次の世代まで残らない、と」

食の領域にも、同じような可能性がある。ポーランドは大きな農業国であり、地域によっては小規模な生産や家庭菜園、保存食の文化も残っている。もちろん、それらを単純に理想化することはできない。それでも、食料を遠くの市場に全面的に依存するのではなく、地域で育て、分け合い、無駄にしない感覚のなかには、食料主権やレジリエンスを考える手がかりがある。

「環境」と「労働」は、どうすれば同じ未来を描けるのか

今回の会議のテーマである「green」と「just」の接続について、ヴィドラ氏が最も重視しているのは、環境運動と労働運動の分断を乗り越えることだ。

「私たちは、一部の右派的言論が“緑”を奪っていると感じています。環境政策は、エリートが庶民を貧しくするためのものだという語りが広がっているのです」

気候危機は階級の問題でもある。環境負荷の責任を個人の消費行動に押しつければ、すでに生活に余裕のない人々にさらなる負担を強いることになる。右派ポピュリズムは、その不満を巧みに利用し、「環境政策はあなたから車や仕事を奪うものだ」と語る。

だからこそ、ヴィドラ氏たちは労働組合との接続を重視している。彼自身も労働組合に関わっており、会議の背後にある研究プロジェクトでも、環境運動と労働運動をつなぐことが重要なテーマになっているという。

「鉱業や交通、空港、発電所など、本当に社会のインフラを動かしている労働者たちとつながる必要があります。彼らに対して、私たちはあなたたちの仕事を奪いたいわけではない、と伝えなければなりません。移行は必要です。しかしそれは、そこで働く人々がただ生き延びるだけでなく、その先でもよりよく生きられる形で進めなければならないのです」

守るべきなのは、石炭そのものではない。そこで働く人の生活である。そして、公正な移行が目指すのは、単に失業や困窮を回避することだけでもない。地球の限界のなかで、働く人々が移行の先にもよりよい生活を築けること。環境運動には、「あなたの仕事を奪いに来た」のではなく、「どのような仕事と暮らしなら、ともに持続していけるのかを考えたい」と語り直すことが求められている。

その意味で、脱成長は単なる環境思想ではない。労働時間の短縮、公共サービスの充実、住宅、交通、ケア。働く人々の生活の質を、地球の限界のなかでどう保障していくのかを問う政治的な提案でもあるのだ。

クラクフ市内の水辺エリア、ザクシュヴェクを歩くプログラム。かつての採石場跡にできた水域を中心に、公園や遊歩道が整備され、都市のなかの自然と余暇を公共のものとして考える場となっている。(筆者撮影)

ウクライナ戦争の影で、脱成長を語るということ

中東欧から脱成長を語るとき、避けて通れないのがウクライナ戦争である。

脱成長の議論では、しばしば軍事化への批判や、軍事費の削減が語られる。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻を身近な脅威として受け止める地域では、その議論は簡単ではない。

ヴィドラ氏は、ポーランドにおいてNATO解体や非軍事化を単純に主張することは難しいと話していた。イラク戦争など、NATO加盟国による軍事行動への批判がある一方で、ロシアの脅威を前にした中東欧の国々にとって、安全保障は抽象的な理念ではなく、生活の前提に関わる問題でもあるからだ。

「ポーランドには、ロシアという非常に攻撃的な隣国がいます。脱成長は軍事化にも向き合わなければなりません。しかし、どうすればよいのか。私たちはまだ答えを持っていません。だからこそ、この会議が必要なのです」

ここで問われているのは、平和を語る思想が、侵略の脅威の下で暮らす人々の現実をどこまで引き受けられるのかということだ。中東欧からの脱成長論は、気候危機や経済成長の問題だけでなく、地政学的な不安のなかで、持続可能性と安全保障をどう同時に考えるのかという難しい問いも投げかけている。

会議初日の全体セッション「ウクライナから脱成長コミュニティは何を学べるのか」。戦争が続く地域の現実から、平和、軍事化、安全保障、気候正義をどう考えるのかが問われた。| Photo by Wiktor Wolanin

脱成長は、何を奪うのか。それとも、何を取り戻すのか

脱成長をめぐる議論でヴィドラ氏が重視しているのは、「何を減らすか」だけではなく、その先にどのような暮らしの条件をつくるのかという視点だ。

むしろそれは、成長の過程で当たり前のように差し出してきたものを、もう一度見つめ直すための問いなのかもしれない。働く時間、移動の手段、住まいのあり方、地域のなかで物を貸し借りする関係、壊れたものを直す技術。そうしたものは、便利さや効率の陰で少しずつ見えにくくなってきた。

ヴィドラ氏はこう語る。

「私たちは、人々に何かを失わせたいのではありません。むしろ、誰かに奪われていたものを返したいのです。自由な時間、地域とのつながり、必要なものにアクセスできる公共サービス。そうしたものです」

その出発点は、必ずしも大きな政策でなくてもいい。近所の人と物を貸し借りすること。使わなくなった家具を地域のグループで譲ること。修理すること。公共交通を求めること。働く時間を減らすことを、怠惰ではなく生活の質の問題として語ること。

「なぜ現実的ではないと思うのか、と聞くと、人々は考え始めます。市がバスにもっとお金を出さないからなのか。上司がそうさせないからなのか。そこで初めて、問題が個人ではなく構造にあることが見えてくるのです」

脱成長が差し出そうとしているのは、「昔はよかった」という懐古ではない。過去に戻るのではなく、まだ十分につくられていない生活の選択肢を増やしていくこと。働く時間を減らしても暮らせること。車がなくても移動できること。必要なものを一人ひとりが所有しなくても、地域で共有できること。

そうした具体的な条件を整えていく先に、成長とは違う豊かさが見えてくるのかもしれない。

会議参加者との全体写真 | Photo by Wiktor Wolanin

編集後記:中心ではない場所から、未来を語る

クラクフでの会議を振り返ると、会議そのものが、脱成長的な実践としてつくられていたことが思い出される。研究者、活動家、アーティスト、学生、労働組合の関係者、地域で実践を続ける人々が集い、発表や討論だけでなく、まち歩き、映画、パフォーマンス、歌、食事、服の交換会、集団で振り返る時間も組み込まれていた。

それは、知識を一方的に受け取る場というより、そこにいる人たちが少しずつ持ち寄りながら、場をつくっていくような時間だった。声高に掲げられる革命というより、互いの疲れや不安を認め合いながら、それでも何かを始めてみようとする、やわらかな実践だったように思う。

この気づきは、日本で脱成長を語るときにも大切にしたい。海外の理論をそのまま輸入するのではなく、日本の地域が積み重ねてきた経験や、生活の実感と照らし合わせながら、問いを編み直していくこと。バスの本数が減った地域、空き店舗が増える商店街、災害のあと土地との関係を結び直してきた場所、壊れたものを直しながら使う技術や、近所で貸し借りする習慣──そこには、脱成長という言葉を使っていなくても、成長だけでは測れない豊かさを考えるための具体的な実践がある。

クラクフで学んだのは、未来は大きな理論や中心的な場所からだけ語られるものではないということだった。誰かと一緒に食べること、歩くこと、直すこと、分け合うこと、疲れたと言えること。そのような小さな実践の積み重ねのなかに、これからの社会を考えるための手がかりがあるのかもしれない。

Providing decent living with minimum energy: A global scenario
【参照サイト】Degrowth, Central and Eastern Europe, Caressing Conference, Soothing Revolution
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この記事を書いたライター

富山 恵梨香(とみやま えりか)。IDEAS FOR GOOD 編集長。大学卒業後は日系不動産会社のベトナム、ハノイ支店で営業マネージャーとして従事。2018年ハーチ株式会社に入社、国内外の社会的企業への取材や記事の企画などを行う。現在はフランス・パリを拠点に国際会議への参加やリサーチやイベント、教育事業などに取り組む。関心テーマは、ウェルビーイングを実現する新しい経済のあり方。(この人が書いた記事の一覧