「グリーン成長はおとぎ話である」今こそ議論したい“脱成長”とは【多元世界をめぐる】

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特集「多元世界をめぐる(Discover the Pluriverse)」

私たちは、無意識のうちに自らのコミュニティの文化や価値観のレンズを通して立ち上がる「世界」を生きている。AIなどのテクノロジーが進化する一方で、気候変動からパンデミック、対立や紛争まで、さまざまな問題が複雑に絡み合う現代。もし自分の正しさが、別の正しさをおざなりにしているとしたら。よりよい未来のための営みが、未来を奪っているとしたら。そんな問いを探求するなかでIDEAS FOR GOODが辿り着いたのが、「多元世界(プルリバース)」の概念だ。本特集では、人間と非人間や、自然と文化、西洋と非西洋といった二元論を前提とする世界とは異なる世界のありかたを取り上げていく。これは、私たちが生きる世界と出会い直す営みでもある。自然、文化、科学。私たちを取り巻くあらゆる存在への敬意とともに。多元世界への旅へと、いざ出かけよう。

「最近、環境汚染を減らしながらより多くの生産をすることは可能だ、という噂が広まっています」

そんな言葉から、彼のスピーチは始まる。

「それをグリーン成長と呼ぶ人もいます。この噂は単なる言説ではなく、現在の環境戦略に深く組み込まれた信念でもあります」

Timothée Parrique

Timothée Parrique氏 Image via Beyond Growth Conference

持続可能な開発目標(SDGs)の8番は、経済成長と環境負荷のデカップリング(分離)を目指し、パリ協定や、欧州グリーン・ディールなどの気候変動対応策でさえ、常にそれらの前提にあるのは「経済成長」である。そんななかで彼は断言する。

「自然から完全に切り離された経済成長という考えはおとぎ話です。科学的にも根拠がありませんし、グリーン成長の考えは、より効果的なトランジション戦略から私たちを遠ざけています」

2023年5月、3日間にわたりEU議会議員が開催した「Beyond Growth Conference(ビヨンド・グロース会議)」。「Beyond Growth」とは「成長を超えて」を意味する。

▶️もうGDPで豊かさは測れない。EU主催「経済成長のその先」会議の論点まとめ

本記事では、2日目に行われたセッション「資源消費の限界への対応と、レジリエントな経済への移行」のなかでもBest of #BeyondGrowth 2023に選ばれ、スピーチ後に会場から大きなスタンディングオベーションを浴びたTimothée Parrique(ティモシー・パリック)氏のスピーチを紹介する。

ティモシー氏は、スウェーデンのルンド大学で生態経済学を研究し、生産と消費の縮小を意味する「脱成長」の専門家。今や欧州の環境イベントに引っ張りだこの存在である。

「どうすれば私たちはプラネタリーバウンダリーの枠内に収まりながら、持続可能な経済活動ができるのか?」ティモシー氏が提唱する、デカップリング理論についての議論をレポートしていく。

デカップリングは可能なのか?5つの重要事項

デカップリングとは、経済活動と生態系への影響を説明するために使われる概念である。前述したグリーン成長を実現させるためには、生産と消費をあらゆる環境負荷からデカップリング(分離)させる必要がある。

現在、世界中で注目されているサーキュラーエコノミーは、廃棄物を循環させ続けることで自然を再生し、人々のウェルビーイングや環境負荷と経済成長をデカップリングすることを目指した概念である。

ティモシー氏は、このデカップリングに対して、経済成長を真に持続可能なものにするためには、以下の5つのことを行う必要があると語る。

BeyondGrowth 2023

Image via Beyond Growth Conference

1. 生産と消費の絶対的デカップリング:相対的デカップリングでは不十分である(※)
2. すべてのデカップリング:CO2だけでなく、物質的フットプリント、淡水の利用、生物多様性の損失、大気汚染など、すべてに対してデカップリングする必要性
3. すべての地域でのデカップリング:国内・国外も含めてデカップリングする必要性
4. 十分なスピードでのデカップリング:生態系の崩壊を避けるために、十分なスピードですべてを行う必要性
5. 長期にわたるデカップリング:これらすべてを実行し、二度とリカップリングをしない必要性

※ デカップリングには「相対的デカップリング(relative decoupling)」と「絶対的デカップリング(absolute decoupling)」の2つがある。環境負荷の変化率がプラスであっても、それがGDPの上昇率よりも小さい状態を相対的デカップリングといい、GDPが上昇しながらも環境負荷の変化率がゼロまたはマイナスである状態を絶対的デカップリングという。

上記5つを満たすグリーン成長は、地球上でこれまで達成されたことはなく、それが可能だという説得力のある証拠も見たことがないとティモシー氏は続ける。もしあなたがグリーン成長を信じるのであれば、これら5つのことが可能であることを示す必要がある──これが、ティモシー氏の考えだ。

経済成長をグリーンにする最善の方法は、経済成長しないこと

ここで、温室効果ガス排出量に関するグリーン成長のサクセスストーリーとして、欧州28カ国の地域別排出量の推移を見ていく。

「これらの削減量は非常に小さなもので、特に経済成長が著しく減速した数年間のみに集中しています。これをグリーンと呼ぶのは、まるで私が200グラム体重を減らして『ダイエットに成功した』と言うようなものです」

BeyondGrowth 2023

BeyondGrowth 2023

「経済成長をグリーンにする最善の方法は、経済成長しないこと」。これが、ティモシー氏が曲げない考え方だ。

「たとえば、2030年までに温室効果ガスの排出量を55%削減したいとしましょう。現在のGDPとCO2の関係性を見ると、その目標を達成する唯一の方法は、GDPを年間マイナス1〜2%減少させることです。そして、それはCO2だけで定義された目標を達成するためのものであり、領土排出量や、社会的公平性は考慮していません。それらも配慮するとしたら、もっと多くの削減が必要でしょう」

BeyondGrowth 2023

BeyondGrowth 2023

生産と消費が増えれば、エコロジカル・フットプリントの削減は難しくなる。たとえ私たちがどのような技術を持っていようと、生産と消費のレベルが少ない状況の方が、エコロジカル・フットプリントを削減するのは簡単で手っ取り早い方法であるといえる。

「技術の進歩が加速すれば、CO2排出量をより早く削減できます。しかし、一握りの経済学者の曖昧なモデルによって予測される、この可能性の低い奇跡に人類の存続を賭けるのは、無責任で愚かなことではないでしょうか」

脱成長は「定常経済」に向かうもの

「最終的な目標は、GDPをCO2から切り離すことではなく、人々のウェルビーイングを環境負荷から切り離すことです」

いま、経済成長によって、地球の生態系はオーバーシュート状態に陥っている。現在と今後のことを考えると、生産と消費をスケールダウンさせることなしには、地球のプラネタリーバウンダリーの中に収まることはもはや不可能である。

そこで、ティモシー氏が現実的な方向だとして提唱するのが、脱成長後の「steady-state economy(定常経済)」という戦略だ。

BeyondGrowth 2023

BeyondGrowth 2023

「環境目標を達成したいのであれば、一時的な“脱成長”を避けることはできません。これは、生物物理学的に肥満化した経済圏のための、一種のマクロ経済的ダイエットともいえます。この段階を超えれば、第3段階の『定常状態』として、経済の規模は一定の割合で変動することができます」

「長期的に重要なことは、経済がプラネタリーバウンダリーを超えることも、適切な生活水準を下回ることもないようにすることです」

「グローバルノースの一時的な脱成長」と、「グローバルサウスの一時的な成長」

ここでティモシー氏が強調するのは、世界の国々ごとに出発点が異なることを考慮しなければいけないということだ。下の表は、プラネタリーバウンダリー内で、安定した経済に到達するためには何が必要かを説明している。

黄色い象限にあるグローバルノースのような富裕国は、幸福を満たすために必要な生産や消費レベルをはるかに超えている。これらの国は、プラネタリーバウンダリー内でウェルビーイングを満たす、緑の象限に移行するために、最低限必要な財やサービスの生産と消費まで減らす必要がある。

BeyondGrowth 2023

BeyondGrowth 2023

「表の右上(黄色い象限)に位置する高所得国は脱成長が必要です。それにより、他の恵まれない国々が、満たされていないニーズを満たす生産能力を構築し、より持続可能なニーズを満たすためにシフトすることが可能になります」

「グローバルノースの一時的な脱成長」と、「グローバルサウスの一時的な成長」、その両方が持続可能な定常状態に達することで、プラネタリーバウンダリー内で、すべての人のウェルビーイングを実現することができるという。

「デカップリングができるというストーリーは心強く、すべてがうまくいくという類のものですが、それこそが危険な理由なのです」

「地球が悪夢のような状況に陥っている今、グリーン成長という寓話は、一種のマクロ経済的なグリーンウォッシングともいえます。私が心配しているのは『いつか、もしかしたら、デカップリングが起こるかもしれない』と可能性の低い議論をして、私たちの貴重な時間を失っていることです。」

そして最後にティモシー氏が残したメッセージは、会場を奮い立たせた。

「事実、今日の豊かな国々はシーソーのように見えます。GDPが上がれば、自然は下がる。本当に救いたいのはどちらですか?」

編集後記

今から50年ほど前、イタリアで発足されたローマクラブが「成長の限界」という報告書を発表した。「人口増加や環境汚染などがこのまま続けば、100年以内に地球上の成長は限界に達する」とし、資本主義が環境問題を悪化させていくと警鐘を鳴らしたのだ。この報告書が発表されたちょうど1年後、石油危機が始まった。

ビヨンド・グロース会議が行われた後、この「脱成長」という人々にとって新しい用語に対し、欧州ではますます議論が白熱している。「脱成長は不況を意味するのではないか?」「脱成長は共産主義なのか?」「反イノベーションなのか?」など、その誤解や疑問は尽きない。そんな賛否両論ある中でも一つ心に刻みたいのは、ティモシー氏のこの言葉だ。

「私が心配しているのは『いつか、もしかしたら、デカップリングが起こるかもしれない』と可能性の低い議論をして、私たちの貴重な時間を失っていることです」

確実とは言い切れないデカップリング論を信じながら、私たちは確実にプラネタリーバウンダリーの限界に近づいている。「グリーン成長」と「脱成長」。どちらが確実か明確な答えはまだ出ていないが、今必要なのは、この欧州全体が注目する議会で「脱成長」が議題に上がっていることを受け入れ、お互いの理論を尊重しあいながら議論していくことではないだろうか。

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【参照サイト】Beyond Growth Pathways towards Sustainable Prosperity in the EU

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