「横浜」という名前を聞いたとき、皆さんはどんなイメージを思い浮かべるだろうか。東京からも程近く、海と港を持つ、異国情緒あふれた国際都市。そんな印象をお持ちの方も多いのではないだろうか。
しかし、そんな魅力的なブランドイメージを持つ横浜も、実は日本中の地方都市と同じように少子高齢化に直面しており、様々な地域課題が表面化していることはあまり知られていない。横浜市の調査によると、横浜市の人口は2019年の373万人をピークに減少が始まり、2065年には302万人にまで減り、65歳以上の高齢化比率は2019年の24.8%から2065年には35.6%まで増加すると推測されている。
少子高齢化に伴って深刻化している問題の一つが「空き家」だ。横浜市では、2013年時点の空き家率は約10%と全国平均よりも低いのだが、その増加率(2008~2013年)は約11%と全国平均(約8.3%)よりもはるかに高く、急速に空き家が増えている。
地域が抱えるこれらの課題に対し、住民や行政、NPOなど様々な立場の人々と協働しながらユニークな手法で解決に取り組んでいる地域密着型企業がある。それが、横浜市南区・井土ヶ谷に本拠を置くリフォーム会社、太陽住建だ。
本業を通じた社会貢献をモットーとし、横浜市から「横浜型地域貢献企業」の最上位認定も受けている同社は、太陽光発電事業を通じた障がい者雇用の促進、空き家を活用した地域のコミュニティスペースづくり、地域のオープンイノベーション拠点となるリビングラボの運営など、従来の企業という枠組みを超えた活動を展開しながら地域の課題に向き合い、あらゆるメディアの注目を集めている。
今回IDEAS FOR GOOD編集部では、同社の代表を務める河原勇輝さんに、太陽住建の取り組みについて詳しくお話をお伺いしてきた。
本業を通じた社会貢献とは?
太陽住建の主な事業はリフォーム・リノベーション事業と太陽光発電事業だ。これだけ聞くと、よくある街のリフォーム事業者のようにも聞こえるが、実態は大きく違う。太陽住建は、本業と社会貢献が一体化した事業を展開する地域密着型の先進企業なのだ。
例えば、太陽光発電事業では介護施設の空いている屋上を借りて太陽光発電を設置し、地震などの災害時でも福祉避難所として電力供給ができる拠点づくりを進めている。工事費用は太陽光発電投資に興味がある投資家が負担し、平常時は発電した電力は電力会社へと全量売電される仕組みとなっているため、施設側の費用負担はかからない。投資家の利回りは現状10%程度もあるという。
また、屋上での太陽光パネル・架台設置工事には地域の就労支援施設と協働して障がい者の方々を雇い入れており、新たな雇用の機会を生み出している。まさに、全員がwin-winとなる三方良しの仕組みだ。
一方のリフォーム事業では、地域のケアプラザや社会福祉協議会、市役所などと協働しながら地域の活用されていない空き家をリノベーションして地域の人々が自由に集まれるコミュニティスペース・コワーキングスペースづくりを進めつつ、リビングなどのスペースに防災シェルターを設置することで災害時の防災拠点にする取り組みも進めている。
他にも、代表の河原さんは本業の傍らで休日は地元の消防団で活動しているほか、ゴミ拾い活動を行うNPOのgreen bird横浜南チームリーダーや認定NPO法人市民セクターよこはまの理事を務めるなど、幅広い側面から地域の課題解決に関わっているのだ。
きっかけはゴミ拾い。地域貢献企業への道のり
今でこそ横浜市を代表する地域貢献型企業として注目を浴びるようになった太陽住建だが、どのようにして今のような企業へと成長したのだろうか。
そもそもの経緯について、河原さんはこう語る。「僕は中学でちゃんと勉強をしなかったので、すぐに外構工事の会社に就職し、そこから独立して太陽住建を設立しました。しかし、二年ほどで会社がつぶれそうになり、光熱費も払えず夜も眠れずに考えていたら、それまでの仕事は埼玉や東京、(横浜市外の)県内など遠くに出向くものが多く、地域からの仕事がないことにはっと気づいたのです。」
「太陽住建のような規模の会社は、地域に愛されてこそ成り立つと考えました。そこで、地域の人々はゴミ捨て場がないことに困っていることを知っていたので、まずはちょうど道角にあった事務所をゴミ置き場として使ってもらうことから始めました。そして、地域のゴミ拾いをして歩くようになったのです。すると、毎日同じ時間に犬の散歩をしている地域の人と会うようになり、地域の催し物に誘われたり、エアコンを直してくれないかと頼まれたり、徐々に地域の人と仲良くなって仕事が生まれるようになりました。すると、今度は区のおまつりでボランティアをやらないかと声がかかるようになり、それがきっかけで市内の様々なボランティア活動にも携わるようになってきて、今の活動にいたりました。」
まずは地域の役に立とうと会社の近所から掃除をはじめた結果、地域の人々と話す機会が多くなり、その中で「ゴミ拾いは最高の仲間づくり」だと実感した河原さんは、都内などでゴミ拾いボランティア事業を展開しているNPO法人green birdの川崎駅チームの田村リーダーとのご縁から支部を横浜で初めて立ち上げ、リーダーとして本格的に活動に取り組み始めた。
すると、ゴミ拾いをツールとして活用することで地域のネットワークを広げていくという同氏のやり方が横浜市住宅供給公社の街づくり課担当者の目に留まり、一緒に街づくりをすることになった。
その結果、2017年の1月に生まれたのが「井土ヶ谷アーバンデザインセンター」だ。太陽住建と住宅供給公社のコラボレーションにより、公民学が連携したまちづくりの推進組織・施設となる「アーバンデザインセンター」が南区の井土ヶ谷に誕生した。
民間事業者が立ち上げたアーバンデザインセンターとしては全国初の事例となり、市民や企業、NPOなどが一緒になって事業やイベントを開催し、地域を盛り上がる拠点となった。格闘技をやっている河原さんは、K1選手との対戦イベントを開催したこともあったという。(※太陽住建の移転に伴い、2018年8月末で同拠点は同町に移転。)
「井土ガヤ会議」が「リビングラボ」に
井土ヶ谷アーバンデザインセンターで定期的に開催されていたのが、地域住民や企業、行政職員などが井土ヶ谷について語り合う「井土ガヤ会議」だ。この会議は、地域にある課題を共有したり、地域活動をしている人を紹介しあったり、お互いの強みや弱みを発信することで相互に助け合いながら解決策を模索していく場所だ。
すると、今度はたまたま6回目の会議に参加していた横浜市政策局の方から「この取り組みは、いま横浜市でも進めようとしている、海外から来た『リビングラボ』という手法そのものだから、これを『リビングラボ』と銘打って広げていってはどうか?」と誘われた。
リビングラボとは「リビング(生活)」と「ラボ(実験室)」を組み合わせた言葉で、企業や市民、行政、NPOなどが立場を超えて共創し、オープンイノベーションを生み出すための活動拠点のことを指す。もともとは1990年代にアメリカで概念が生まれ、その後に北欧を中心とするヨーロッパで急速に発展した取り組みだ。いまでは日本でも少しずつ広がりを見せている。
太陽住建の場合、リビングラボという概念に目をつけて取り組みを始めたのではなく、もとからやっていた「井土ガヤ会議」という取り組みを後から「リビングラボ」と名付けた点がユニークだ。
そうして始まった「井土ヶ谷リビングラボ」は2ヶ月に1回ほど開催され、その中でも特に話が盛り上がったのが、「空き家問題」だった。井土ヶ谷がある横浜市南区は空き家の放置率が市内で第2位と高いうえ、「新築に囲まれていて壊しにくい」「そもそも違法に建築されている」など、問題のある空き家も多かった。
そこで、河原さんが空き家問題についてリビングラボに話を持ち込んだところ、南区に隣接する磯子区にある空き家の話が舞い込んできた。その空き家は、オーナーこれまで思い入れを持って管理をしてきた物件であり、できれば地域のために活用したいということで持ち込まれた物件だった。
空き家を地域のコミュニティ・コワーキングスペースに
そこで河原さんらが考えたのが、この空き家を地域の人々のためのコミュニティスペースとして開放するというアイデアだ。そうして生まれた「Yワイひろば」は、空き家活用の先進的な事例としてメディアからも注目を浴びることになる。
二階建ての一戸建てをリノベーションした「Yワイひろば」は、1Fが地域のためのコミュニティスペースとなっており、リビングラボや、二ヶ月に一度地元の人や区・社協・ケアプラザの職員などが集まる地域会議などが開催されている。また、2Fはこのコミュニティスペースを活用してリビングラボの手法でサービスの実証実験をしたい企業や団体のためのシェアオフィスとして貸し出されており、現在は4社が入居している。
入居団体は、福岡を拠点とする介護用ITの企業、子供向けに理科実験を通じて科学の面白さを伝える活動をしているNPO、フリーランスIT起業家など様々だ。いずれも、コミュニティスペースに集まる高齢者や子どもに対して実験的にサービスを使ってもらい、フィードバックをもらえることをメリットに入居している。
また、河原さんはコミュニティスペースを活性化するためには企業だけではなく地域の方々に使ってもらうことが重要だと考え、この空き家活用を「ルートハウスプロジェクト」と名付け、行政の職員にも関わってもらえる仕組みにした。
なお、一階にあるキッチンには大手家電メーカーのシステムが導入されているほか、壁や床にも自然素材が使用するなど、太陽住建にとってYワイひろばはリフォーム展示場としての機能も兼ねているそうだ。
Yワイひろばのような空き家を活用したコミュニティスペースづくりを成功させるにあたって重要となる点について、河原さんはこう話す。
「空き家のコワーキングや一級建築士が手がけた綺麗な空き家のリノベーションのような事例を調べてみると、そもそもなくなっていたり、運営主体が変わっていたり、継続できていないところがとても多いのが現状です。それはなぜかと言うと、よその地域から入ってくる人に頼っているからです。それも大事ですが、これから一番大事になってくるのは、地域の人が使うということ。そもそも地域だけで成り立つというモデルを創ったうえで外から入ってもらうという形にしないと成り立たないと思っていて、だからこそYワイひろばでは地域会議もやっているのです。」
空き家コワーキングスペースの利用者同士をつなぐアプリ
実際に、リビングラボの手法を通じて生まれているユニークな事業プランの例をご紹介したい。いま、河原さんはYワイひろばの2階に入居している方とコラボレーションして、とあるアプリを開発している。
それは、今後増やしていく予定の、空き家を活用したコワーキングスペースの利用者同士をつなぐアプリだ。会員はアプリに名前や所属団体などのプロフィールなどを登録し、いつ、どこの空き家コワーキングスペースにいるかを会員同士でシェアする。「赤」「黄」「青」という3つのボタンを使って、コミュニケーションがとれる時間、仕事に集中したい時間をお互いに確認し合えるようになるという。
こうすることで、コワーキングスペースの利用者はお互いにどんな人なのかをアプリ上で確認し、興味があればお互いのスケジュールと居場所を確認して直接会ってコミュニケーションがとれるようになる。
河原さんが創り出そうとしているのは、空き家をリノベーションしたお洒落なコワーキングスペースではなく、そのスペースを通じて生まれる人と人とのつながりなのだ。
つながりが「コト」を生む
上記で紹介したように、地域を拠点として様々な事業を展開している河原さんだが、その根底にあるのが、「つながりが『コト』を生む」という信念だ。同氏は、なぜここまで人との「つながり」を大事にしているのだろうか。
「僕自身はできることがとても少ないんです。頭は悪いし、気合と勢いだけでやってきて、会社も二年でつぶれそうになるなか、いろいろな人に相談に乗ってもらったり、助けてもらったりするなかで、人との関わりが本当に大事だと思うようになりました。自分自身にできることが少ないので、人と協力していかないと生きていけないというのが根本にありますね。」
「自分がそんな感じだから、人と人をつなげることに、とてもワクワクするんです。どこでどんなつながりが生まれるか分かりませんが、つながりがあるからこそ、僕も本来であればお付き合いできないような方々とイベントをご一緒させていただくこともできるようになりました。」
そう謙虚に語る河原さんだが、その言葉には、ゴミ拾いから始まった一つ一つのつながりを大事にしながらここまで多くの仲間を集め、地域に愛される事業を創ってきた経営者ならではの説得力がある。
キーワードは感動。社員を変えた「お客様会議」
河原さんが率いる太陽住建のような地域貢献型企業は、どのようにすれば創れるのだろうか。
当然ながら、地域貢献企業は経営者一人の力だけで実現できるものではない。企業として地域に深く関わっていくためには、経営者はもちろんのこと、社員全員が一丸となりその理念を共有し、行動を実践していく必要がある。
社内にそのような考え方を浸透させるうえで河原さんが最も効果的だったと語るのは、同社が毎月実施している「お客様会議」だ。
「感動」をキーワードに掲げる太陽住建では、毎月一度、お客様に対してどのような感動を与えられたかを共有する「お客様会議」を実施している。そして、この会議には、社員だけではなく、地元横浜で地域貢献活動に取り組んでいるNPOや企業の人なども参加してもらい、一人一人の発表を評価してもらっているのだという。
河原さんは、「あるとき横浜の地域貢献活動でとても有名な方がお客様会議に参加し、その方が従業員に対して『太陽住建は社歴は浅いけど、周りの人々は太陽住建を社会貢献企業として見ているから、自分たちがどう見られているかを意識した方がよい』とバシッと言ってくれたんです。それがきっかけで社員のモチベーションは大きく変わりました。第一線で活躍されている第三者の方から褒めてもらった、助言してもらった、という経験が励みになり、また感動させたい、評価されたいという意気込みが生まれるのです」と話す。
こうしたお客様会議などの取り組みが高く評価され、太陽住建は今年の3月には横浜型地域貢献企業の中でも特に優れた取り組みを行っているとして横浜のCSRを代表する「プレミアム企業」にも認定された。
自社の会議に地域の人々を巻き込み、それによって社員の意識を変革させ、真の地域貢献企業を創り出していく。それが河原さんのやり方だ。
事業と社会貢献とのつながりを明確化してくれるSDGs
さらなる発展に向けて、太陽住建はエネルギー事業、リフォーム事業のそれぞれに対し、SDGsの目標に沿って2030年までの事業目標を設定した。
最近ではSDGsを事業に取り入れる企業も増えてきているが、太陽住建の場合、SDGsという分かりやすい指標があることで、自社のこれまでの事業と社会貢献とのつながりがより明確になったという。
最後に「仕事において一番大事にしていることは何ですか?」と尋ねたところ、こう返ってきた。
「仕事については感動をキーワードにこれからもやっていきたい。もともと、本業を通じて皆さんに感動を届けようと思って太陽住建という名前にしました。太陽光発電をやっているから太陽住建なのではありません。リビングラボはいろいろな人といろいろなことをやってきた集大成だと思っています。太陽住建として、リビングラボで事業を創り、それを通じて社会貢献をしていくことが一番大事だと考えています。」
「人とのつながりのなかで、いろいろな人に支えてもらって生きてきたので、これからもギブアンドギブを大事にして、人に寄り添って生きていくスタイルを貫いていきたいですね。」
そう語る河原さんが、少子高齢化、空き家問題など様々な課題に直面している横浜でこれからどのような「つながり」を生み出し、どのような「コト」を創っていくのだろうか。今後の取り組みがとても楽しみだ。
【参照サイト】太陽住建