江戸時代から続く東北三大祭りの一つ、「仙台七夕祭り」。毎年8月6日〜8日の3日間にわたって行われ、仙台駅周辺の商店街や家庭などで合計3000本の飾り付けで街中が七夕一色になる。地元の人々からも長年愛され続けており、例年200万人以上の人が訪れる。
そんな夢のような美しさで仙台の街中を彩る七夕飾りだが、お祭り終了後には役目を終え、再利用しにくい現状があることをご存知だろうか。仙台七夕飾りにはもともと、プラスチック素材ではなく高品質な和紙が使われていたが、ぼんぼりと吹き流しをつなぎ合わせるために使用されている木枠や針金の分別に手間がかかることから、お祭りが終わるとそのほとんどがリサイクルされずにいた。
そんな中、七夕飾りを分別し、リサイクルした上で再度すき直して短冊を作り直す「TANABATA PAPERプロジェクト」が昨年2019年にスタートした。TANABATA PAPERは1年かけて形となったが、今年2020年の仙台七夕祭りは新型コロナ感染拡大の影響で中止。現在は、このプロジェクトをなんとか2021年につなげようとクラウドファンディングに取り組んでいる。
このTANABATA PAPERプロジェクトを仕掛けたのが、東北の伝統工芸品を取り扱うショップ「東北スタンダードマーケット」を運営する株式会社金入の岩井巽さんだ。今回、岩井さんに「TANABATA PAPERへの想い」や「これからの東北のものづくり」について話を聞いた。
話し手:岩井巽(いわい たつみ)さん(株式会社金入/東北スタンダードマーケットディレクター)
1992年宮城県生まれ。東北芸術工科大学プロダクトデザイン学科在学時、東北発地域創生プロジェクト派遣員に選出され、イタリアのファッションブランド「BRUNELLO CUCINELLI」の職人育成学校に短期留学。同社の手仕事による地域再建に影響を受け、帰国後、山形県で90歳の菅笠職人と商品企画を行う。卒業後に株式会社良品計画を経て、現在は株式会社金入(カネイリ)のディレクター・デザイナーを務める。カネイリでは東北6県の工芸・クラフト・地域食品を扱う「東北スタンダードマーケット」を展開し、職人との商品企画・デザインを担当。「山形ビエンナーレ2018 / 畏敬と工芸」や「Nozomi Paper Factory / 東北の手仕事と福祉」など、手仕事と他の領域を繋げる企画に携わる。2020年4月より、新型コロナウイルスによる東北のものづくり業界への打撃へ立ち向かうべく、オンラインプロジェクト「#tohokuru(トホクル)」を発足。目下、プロジェクトの進行に努めている。
「品質の高い和紙を再利用したい」という想い
TANABATA PAPERプロジェクトは、明治時代から紙問屋を営み、本物の和紙の七夕飾りを製造する鳴海屋紙商事株式会社の「品質の高い和紙を再利用したい」という想いから始まったという。
鳴海屋紙商事は、もともと七夕飾りの針金が使われていない折鶴部分を「仙臺七夕祈織」としてリサイクルしていた。しかし、それ以外の飾りの部分を分別して再生するためには膨大な手間暇がかかるため、鳴海屋紙商事だけでは実現が難しかったという。
さらに、和紙職人の高齢化や後継者不足も課題だった。伝統和紙の作り手が減ることで、将来的には七夕飾りの和紙の供給が減ってしまうかもしれない。そこで岩井さんは、仙台七夕を持続可能なお祭りにするために、鳴海屋さんと宮城県南三陸町の福祉事業所であるNOZOMI PAPER Factoryをつなぎ合わせたのだ。
「福祉」と「手仕事」がつながってうまれたTANABATA PAPER
NOZOMI PAPER Factoryは、のぞみ福祉作業所という福祉施設が工房になっており、全国から届くリサイクルされた牛乳パックや新聞紙を溶かし、すいてつくる「NOZOMI PAPER®︎」を製造している。岩井さんはなぜ今回、鳴海屋紙商事とNOZOMI PAPER Factoryをつなぎ合わせようと思い立ったのだろうか。
「NOZOMI PAPER Factoryさんを訪問した際に、工房の様子を見せていただいたんです。その時に、牛乳パックをリサイクルしてNOZOMI PAPER®︎を作るために必要な数多くの手作業を、施設の方々みんなで分業していることを知りました。牛乳パックの表面のコーティングを一枚ずつ剥がし、その後に紙を溶かし、紙すきをする人がいて、絵を描く人がいて、それを活版印刷して販売する。僕はその方法論が、材料の採集から加工までに多くの人が関わる、工芸のものづくりの世界と共通するのではと、直感的に思ったんです。NOZOMIの皆さんの『手』があれば、七夕飾りを再利用できると考えました。」
工芸の領域に高齢化・後継者不足の問題があることも、リサイクル事業が難しいことも、根本的な問題は同じだ。どちらも「手仕事」である以上、膨大な時間と人手が必要になり、それが現代の経済性と見合わない。しかし、NOZOMI PAPER Factoryは「福祉」と「手仕事」をつなぎ合わせることで、手仕事を未来につなげている。
「NOZOMIさんの工房を訪ねた際に聞いた話が、実はもう一つあります。普通の会社の場合、先に『仕事』があって、その仕事に適切な人を採用しますよね。しかし、福祉施設の場合はその順番が逆で、『人』が優先されます。それぞれができることを分担して行う紙すきの作業が、結果として仕事になったと伺いました。TANABATA PAPER プロジェクトでも、お祭りを飾る人と、飾りを再利用する人とを結んで、新しい仕事が創れればと願っています。」
結果的に七夕飾りは、NOZOMI PAPER Factoryで働く人々の手によって一つ一つ丁寧に針金が取り除かれ、2か月の時間をかけて色ごとに分別し終えることに成功した。
「スタンダード」が持つ、本当の意味
今回のプロジェクトを手掛けた東北スタンダードマーケットを運営する株式会社金入は、1947年に青森県の八戸市で老舗の本屋として運営が始まり、2010年に「東北STANDARD」プロジェクトを立ち上げた。100年後に残したい東北スタンダードを発信するために、2016年に東北6県の工芸・クラフト・地域食品を扱うお店「東北スタンダードマーケット」をオープン。
本屋を運営する時代から金入が大切にしていることは変わっていない。本であっても工芸品であっても、購入者は「モノ」という物体にお金を払っているわけではない。どちらも、物体が持つ「物語」に触れたい人が、そこにお金を支払っている。金入が伝えたいのは、今も昔もモノではなく物語、つまり「東北のストーリー」なのだ。
金入のプロジェクト名にもある「東北スタンダード」だが、この言葉にはある想いが込められていると岩井さんは言う。「スタンダードを日本語に訳すと、多くの人が『標準』や『定番』などの言葉を当てはめますが、金入が大切にしている考え方は、スタンダードの語源をよく見るとわかります。スタンダードの語源は、『Stand(立ち上がる)』と『Hard(確固になる)』が合わさった『確立する』という意味です。つまり、スタンダードは、はじめからスタンダード(定番)だったわけではないんです。」
「どんなに長く続いてきた伝統でも、はじまったときのきっかけが必ずあります。どうやって立ち上がったらいいかわからないピンチのときに、願いを込めるために作られた郷土玩具がとても多いんです。人々の心の支えになり、求められていく過程で、それに共感する人々が合わさって、気がついたらスタンダードになっている。スタンダードとは、過程を表す言葉なのかもしれません。」
「そうした東北スタンダードを増やしていくために、その場所では当たり前となるモノを増やしていきたい。長く続いているからいいわけではなく、むしろその時その時の小さな文化を残し、多様性を認める意味でのスタンダードを広げたいと思っています。TANABATA PAPERのプロジェクトも、そんな想いで取り組んでいます。」
コロナ禍の今だからこそ「伝統」が必要
TANABATA PAPERはクラウドファンディング開始後、1週間で目標を達成し、現在はセカンドゴールに向けて挑戦中だ。岩井さんにTANABATA PAPERプロジェクトを通して伝えたいことを聞くと、こんな答えが返ってきた。
「TANABATA PAPERを通して“問い”を投げかけてみたいんです。」
「一般的にリサイクルは『良い活動』として取り上げられますが、作り手さんの視点から見ると、同じ物を使い回してしまうことで、モノが売れなくなる可能性もはらんでいます。しかし、資源を大事にしようという意識が生活者に芽生える中で、『お祭り』と『リサイクル』と『福祉』の3点をつなぐ社会実験として、このプロジェクトを立ち上げました。」
「仙台市に限らず全国的に、お祭りは豪華な装飾が見ものであることは間違いないですし、その文化は残ってほしい。一方で、資源の再活用に目を向けた活動が少なかったので、新しい『選択肢』の一つとして問いかけて、クラウドファンディングの『支援』という形で広がりを可視化したいと思いました。僕は、色々な選択肢がある時代を作りたいんです。」
新型コロナ感染拡大の影響で今年2020年の仙台七夕祭りは中止になってしまったが、8月7日には「東北スタンダード」のスタッフが仙台市内に飾った七夕ペーパーをYouTubeでライブ配信し、全国の視聴者から願い事をコメントで募るイベントを開催するという。
「七夕祭りは今でこそ経済のためという風潮が強いですが、もともとはみんなのお願い事を一箇所に集めて祈るお祭りでした。たとえ仙台に見に来られなかったとしても、まるでその場にいるかのように動画で現地の様子を伝え、コメント欄にみなさんのお願いをリアルタイムで寄せられるようにしたいと思っています。」
東北の工芸や芸能の中には、災いをきっかけとして生まれた文化が数多く存在するという。今年の仙台七夕祭りは開催されないが、コロナ禍の今だからこそ、人々の心の支えになるものとしてお祭りが必要なのではないだろうか。「映像という小さな形ではありますが、何もやらないよりはずっといい。」と、岩井さんは東北を盛り上げるため、人々に選択肢を提供し続ける。
編集後記
環境面だけではなく、雇用を生み出し伝統文化を守るなど、異なる側面で関わる人を幸せにするTANABATA PAPERプロジェクト。新型コロナの影響を受けながらも、岩井さんは「今できること」を探し続け、次々と形にしている。
伝統工芸品や、伝統的なお祭りなど、これまで長く続いてきたものに変化を加えることは決して簡単なことではない。岩井さんの話でもあったように、ある面で正義であっても、違う側面で見るとそうでない場合もよくある。そうした中でも大切なのは、常により「ベター」な選択肢を提示し、その中でどんどんアップデートし続けていくことではないだろうか。
東北スタンダードマーケットでは、新型コロナウイルスによる観光減少で打撃を受けたものづくりやお土産業界を支援するための取り組みとして、2020年4月に#tohokuruというサイトも立ち上げている。1か月に1度だけカートが開く予約販売方式で、予約を受けた分だけ職人さんに発注することによって廃棄も発生しない。これも、古くからある伝統を今の時代にあった形に掛け合わせることで、伝統をより多くの人に届けている。
今年、仙台七夕祭りは開催されないが、ライブ配信という新たな形で今までと変わらない「人々の願いを一箇所に集める」という目的を果たし、人々の心の支えとなるだろう。
【参照サイト】 仙台七夕飾りをリサイクルした「TANABATA PAPER」を届けたい。
【参照サイト】 #Tohokuru
【参照サイト】 東北STANDARD
【参照サイト】 鳴海屋紙商事株式会社
【参照サイト】 NOZOMI PAPER Factory