IDEAS FOR GOODでは、自分が自然や人とどのような「つながり」をもっているのかを可視化し、これからどんな「つながり」を築いていきたいのか、読者の皆さんと一緒に考えていきたいという思いから、「Design for Good 〜つながりのリ・デザイン展〜」を企画しました。
今回は、8週連続トークライブ配信イベントより2020年7月21日に行われた、第6回「Giveが循環する、つながりの経済」のイベントレポートをお届けします。
ゲストにお迎えするのは、資産共有アプリ「nukumo」開発者の尾倉侑也さんです。「お金ではなく何かをシェアすることで新しい“つながり”が生まれる」社会を目指す尾倉さん。その想いに迫るべく、お話を伺いました。トークのファシリテーターは、IDEAS FOR GOOD編集部の水野渚が務めています。
話者プロフィール:尾倉侑也(おぐら・ゆうや)
広島大学大学院工学研究科卒業後、Yahoo! JAPANにエンジニアとして入社。「みんながやりたいことができる社会」の実現のため入社後1年で退職を決意し、2018年5月、資産管理アプリ「nukumo」をリリース。翌年5月には一般社団法人nukumoを設立。また、株式会社ワールドエリアネットワークスの取締役も務める。大学時代は広島県で初となるVRハッカソンや広島県で開発されたデジタルコンテンツを体験できるイベント「はてなワールド」などのイベントを主催。人と人とのつながりを大切にし、「やりたいことをやる。全部やる」をモットーに、活動を続ける。「nukumo」ウェブサイト: nukumo
もっと自由に好きなことを追い求めても良いはずだ
──初めに、「nukumo」と尾倉さん自身の活動について伺いました。
尾倉さん:まず、皆さんに問いたいことがあります。あなたは好きなことをして生きていますか?
素敵な家庭を築きたい。旅行に行きたい。飲食店を開業したい。私たちには、様々な「やりたいこと」がありますよね。しかしその一方で、お金や人脈などの理由からやりたいことを諦めてしまったり、「将来、いつかできたら」と先延ばししてしまったりする人が多いと思います。
このような社会の現状を見てきて、「もっと自由に好きなことを追い求めても良いはずだ」と感じ、これをビジョンとして掲げてnukumoを立ち上げました。
では、やりたいことをするために解決しなければいけない課題は何か。その一例として、「すれ違う資産」というものがあると考えています。生活の中でとあるものが欲しいけれど持っていない、その一方で身近な人が実は持っていて、かつ使っていない。このように資産が「すれ違う」ケースが非常に多くあると思います。
そこで、今まですれ違っていた資産をシェアすることで、無駄に消費をしたりスキルに悩んだりすることなく「やりたいこと」ができ、貸す人と借りる人との間で温もりが生まれる社会を作りたいと考えました。これを実現するのが、創業時に開発したアプリケーション「nukumo」です。
他にも、2020年の1月にクローズしましたが、規格外野菜のような食品ロスを活用したレストランを運営していました。また、nukumoが大切にしているビジョンに共感してくれる人たちがあらゆるものをシェアしながらやりたいことを実現していくコミュニティ「nukumo city」を運営しています。具体的には、東京でシェアハウスを運営したり、自然豊かな場所にあるコミュニティビレッジを別荘としてお借りしたり、農作業を手伝ったら野菜がもらえる野菜版ベーシックインカムの制度を作ったりしています。
ゆとりから価値が生まれる、“Giving Cycle”
──人々の「やりたいこと」を実現するため、「すれ違う資産」という無駄に着目した尾倉さん。無駄になってしまっている部分を価値に変えていくため、“Giving Cycle”という考え方を大切にされています。
尾倉さん:私たちの中には、「使っていない資産」や「経済的な余裕」、「時間の余裕」のような「Spare」(ゆとり)を持っている人がいます。このようなゆとりをただ消費してしまうのではなく、「Creation」(価値の創造)に使うことが大切だと考えています。そして、次は創造された価値を誰かに届けていきます。これによって、届けた人からの信頼や、時間、知識といった「Return」が戻ってきます。この「Return」は「Spare」となって、さらなる価値の創造につなげていくことができます。
nukumoは、この“Giving Cycle”を社会の様々な仕組みに当てはめ、どのようにすればみんなでゆとりを価値に変えていくことができるのかを考えるということを大切にしています。
水野:どのような経緯で“Giving Cycle”という考え方、そしてnukumoの創業に至ったのでしょうか。
尾倉さん:まず、自分自身がやりたいことをやって生きていきたいという想いがありました。私は昔、学校での掃除をしたくなくて、やりたい人が掃除すればいいのに、と思っていました。これはわがままと言われてしまいますが、そうではなくそれが認められる社会にならないかと考えていました。
その時に出会ったのが共同創業者の山田でした。彼はニュージーランドで育ち、その文化に触れてきました。ニュージーランドでは、仕事で残業をせず家庭での時間を大切にしているほか、お裾分けのような「Give」の文化があります。私はその「Give」の精神が「やりたいことをして生きていく」ことにつながると気づきました。自分が掃除をしたくなくても、「掃除が好きだから私がやるよ」という人がすれば良いし、もしその人が料理が苦手でも得意な人がすれば良い。そんな「Give」で助け合える社会を想像することができたので、nukumoの立ち上げに至りました。
また、日本では集団行動に美しさを見出すように、集団としての意識が重視されがちですが、ニュージーランドではみんなが好きなことをしています。私たちからすればニュージーランドの子どもたちはわがままに見えてしまうかもしれませんが、彼らも成長の過程の中でわがままというものに気づいていくのです。
水野:ニュージーランドは、人助けや寄付のような「Give」の指数である「World Giving Index」(※)で世界3位に選ばれていますね。ニュージーランドの人々が大人になっても自分の好きなことや「Give」をし続けられるのはなぜでしょうか?
※World Giving Index:英国チャリティ団体のCharities Aid Foundationが発表している「世界寄付指数」。見知らぬ人を助けたか・寄付をしたか・ボランティアに時間を捧げたかの3要素に基づく。
尾倉さん:やはり、人々の育った環境が影響していると思います。日本では「見知らぬ人にはついて行くな」「見知らぬ人から物をもらうな」と教わりますが、ニュージーランドではそのような教え方をしません。大人の子どもに対する接し方の違いが、物事の捉え方に差が生まれる一番大きな要因だと思います。
シェアリングがもたらす温もり
水野:“Giving Cycle”のお話の中で、「余剰(ゆとり)」から「価値」を生み出すことが大切とおっしゃっていましたが、具体的にはどういうことなのでしょうか。
尾倉さん:日本では、毎日一人当たりお茶碗1杯分の食品ロスが発生していると言われています。その一方で、「なぜ働くのか」と問われると「生活のために稼ぎたいから」と答える人が多いのです。つまり、食べ物や洋服などの余剰があるのに、しかも仕事が楽しいと思っていないのに、多くの人が生活のために仕事をしているのです。
こういった余剰の資産を共有して生きていけば、「働かなければいけない」という状態から脱し、「働かなくてもいい」時間が増えていきます。例えば、月に20万円稼いでいる人がもし「月に5万円あればフォトグラファーとして生きていける」となれば、きっとフォトグラファーとしての夢を追いかけますよね。
水野:好きなことのために節約をするのではなく、「好きなことをする手段としてシェアする」という発想が面白いですね。nukumoは招待制のアプリということですが、オンライン上で信頼を築いていくことについてどのようにお考えですか。
尾倉さん:人々の「共通項」が可視化されているので、オンラインの方が信頼を構築しやすくなってきています。だから初めて会っても仲間のように感じることができます。その一方で家族のようには信頼できない難しさがあり、ここに「信頼のグラデーション」があると感じます。
水野:nukumoのコミュニティ「nukumo city」には、どういったユーザーが多いのでしょうか。
尾倉さん:nukumoの「やりたいことをする」というところに共感する人が集まってきます。また、nukumo cityのメンバーの知り合いで、かつ、想いの部分で共通項がある人が集まってきます。それ以外の共通項はあまりなく、多様です。学生もいれば起業家やフォトグラファーの方もいます。
水野:住んでいる場所はバラバラでもコミュニティとしてつながっている点で、昔ながらのコミュニティとは違いユニークで面白いですね。こちらは、nukumo cityのメンバーの方に作ってもらったnukumoの考え方がわかる動画ですので、ぜひご覧ください。
豊かなつながりで、やりたいことができる社会へ
水野:「nukumo」は「温もり」に由来しているというお話しがありました。尾倉さんがnukumo cityを運営する中で「温もり」を感じたストーリーがあれば、聞かせてください。
尾倉さん:温もりは毎日感じています。nukumo cityのシェアハウスにはルールがありません。ゴミ捨てや掃除も、やりたい人や気付いた人がしようということになっています。実は、シェアリングにおいては「与えた側」が温もりを感じやすいのです。私はミラーレスカメラをとある夫婦にシェアしたことがありますが、「こんな素敵な写真が撮れた。ありがとう。新しいカメラを買ってみるね」とメッセージをいただきました。このように、シェアリングでは与えた側に金銭的なメリットはありませんが、お金では測れない温もりがあります。これがシェアという行為の特徴です。
水野:心地のよい人とのつながり方や距離感、コミュニティとはどういったものだとお考えですか。
尾倉さん:一つは、お互いに何かしらの共通項があることだと思います。好きなものやスポーツなどですね。家族でいえば、苗字が同じですよね。もう一つは、みんなが嫌々やっていないということです。厳しいルールや決め事は、「守らなければいけない」という苦痛や、守らない人に対して「なんで守らないんだよ」という不満を生む可能性があります。ルールがなくても許容範囲でうまくやっていけるのなら、その方が心地よいですよね。
水野:自分の好きなことをする社会を作っていくなかで、仲間以外に必要なものは何でしょうか。
尾倉さん:もし技術の発展によって働かなくて良くなったとしたら、やりたいことをやるしかありません。現状はそうではありませんが、「やりたいことをする」割合を上げていくことが大切だと思います。Spare(ゆとり)を感じられるかどうかはお金があるかどうかではなく、それ以外のゆとりを自分の中に感じられるかどうかではないでしょうか。
水野:どういった時にゆとりを感じられるとお考えですか。
尾倉さん:基本的に、他者と比較をしないことだと思います。単純に自分自身がその状態に満足しているかどうかが大切で、案外、自分にとって最低限の暮らしを考えたら大体の人はすでに満たされていると思います。それを踏まえて、何が幸せなのかという幸せの定義について自分なりに考えてみるのも大事なのかもしれません。
水野:それでは、尾倉さんにとって幸せとは何だと思いますか。
尾倉さん:私は、自分がやりたいことをやれていても、周りの友達がやりたいことをできていないと「なんでだろう」と思います。これは自分のやりたいことの中に「周りの友達がやりたいことをやれている」ということが含まれているからではないかと思います。逆にいうと「やりたいことをやっている」人に囲まれたら幸せなのではないでしょうか。子どもたちはやりたいことをやっているので、周りに子どもがいると幸せですね。
水野:nukumoに集まってきたメンバーに対して、サービス創業者として提供できるものは何でしょうか。
尾倉さん:サービスの価値は利用する方が判断するものだと思うので、提供できるものはあまり考えていないですね。私にとってはなんでもないことをしたつもりが、結果的に「ありがとう」と言われることが日常の中にあります。また、つなげたら面白そうだな、と思ってつないだ二人が結果的にうまくつながったりします。
つながることが目的ではなく、好きなことをするなかで「誰かの力を借りたい」という時につながりが生まれます。やりたいことを追い求めるなかでつながりが生まれていくのです。
水野:新型コロナウイルスの感染拡大によって、社会の様々な問題が浮き彫りになりました。これからの社会で必要なつながりとはどういったものでしょうか。
尾倉さん:コロナの拡大で問題が浮き彫りになったというか、以前から感じられていた問題を認めざるを得なくなってしまったと言うべきでしょうか。対応せざるを得ないために変わっている企業や人が多く、そこにヒントがあるような気がします。
したいことをするためには、したくないことをしない、つまり素直になることが大事です。今まさに、素直にならざるを得ない状況になっているのではないでしょうか。友達と会うためにはどうするのか。仕事をしたくないならば仕事をしないためにはどうするのか。このようにやりたいことを見つめ直すなかで、つながりは自然に生まれてくるのではないかと思います。
水野:最後に、視聴者の皆さまにメッセージをお願いします。
尾倉さん:僕は皆さんがやりたいことをできる社会になるといいなと思っていて、まずはnukumoのコミュニティのメンバーたちと自分たちの理想を作り上げています。活動を通じて、お金ではなく温もりが人生を豊かにするということを示していきたいです。もし共感してくれるという方がいらっしゃったら、是非行動を起こして欲しいです。
nukumo cityには基本的に友人・知人しか入ることができませんが、コミュニティに入るという選択肢だけではなく作るということも考えてみてほしいと思います。その人が作りたいコミュニティを作ることができますし、私もそのお手伝いをしたいです。信頼できる人たちとコミュニティを作り、ルールがなくてもまとまる規模のものが複数あって、コミュニティどうしでアドバイスし合うのも面白いのではないでしょうか。一人ひとりの行動からそういった社会が実現されたら素敵だなと思っています。
編集後記
皆さんにも「やりたいことをして生きていく」ことに対する尾倉さんの強い想いが伝わったのではないでしょうか。nukumoのストーリーを聞く中で、私たちが見失いかけていた素直さや温もりの大切さに気づくことができた気がします。
自分にとってやりたいことや大切にしたいこと。もしかしたら気づかないうちにそういったことを犠牲にしたり諦めてしまったりしているかもしれません。人々が手を差し伸べ合い、やりたいことができる社会になるといいですね。
次回のイベントレポートもお楽しみに!
【参照サイト】nukumo
【Youtube動画】Design for Good 〜つながりのリ・デザイン展〜 Vol.6「Giveが循環する、つながりの経済」
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text by Hirohisa Kojima