知ることで、守れる。植物研究家が伝える「野草」の魅力

Browse By

日本人は、昔から草木とともに生きてきた。日本列島には、樹木や草花など約7,000種もの多様な植物が自然の中で育っている。そしてそのうちの約4割の2,900種が、日本にしかいない植物であるという。温暖多雨な気候と南北に長い海岸線、そして高山などの複雑な地形があり、植物が育つ環境として日本は最適だったのだ。日本文学を見ても、それを思わせることが多いことに気づく。

茜さす 紫野行き 標(しめ)野行き 野守は見ずや 君が袖振る

国語の教科書などで一度は目にしたことがあるかもしれない。額田王(ぬかたのおおきみ)が詠んだ、万葉集に収録されている代表的な歌だ。この歌に出てくる「紫野」は、野草の「ムラサキ」のこと。ムラサキは、古代より染料や薬草として日本人に親しまれていた。

しかし今、かつて万葉集に歌われるほどであったこのムラサキは、絶滅危惧種に指定されている。近年、乱獲や外来種の持ち込み、農薬散布、気候変動などの影響により、多くの植物が姿を消しているのだ。これまでもすでに33種の植物が絶滅しており、ジバカマなど1,690種もの植物が絶滅の危機にさらされている。実に4種に1種の植物に絶滅のおそれがあるのが現状だ。

そんな中、日本に根付いた野草を後世に残すため、野草の素晴らしさを国内、そして世界に発信しているのが、野草研究家の山下智道さんだ。山下さんは、昔からある日本人の野草の知恵や伝統を守るため、古来からの伝統的利用法を紹介したり、独自の分類法を提唱し、「ハーブ王子」という名前で活動している。今回は山下さんに野草の魅力や、植物の身近にいるからこそ感じる、近年の自然環境の変化について話を聞いた。

話者プロフィール:山下智道(やましたともみち)さん

山下さん野草研究家・作詞作曲家・ヴォーカリスト。登山家の父のもと幼少より大自然と植物に親しみ、野草に関する広範で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の観察会・ワークショップを開催。TV出演・雑誌掲載等多数。【公式】ハーブ王子 山下智道 ファンサイト

身近にある野草の価値を知り、活用する

「雑草という草はない。それぞれに名前がある。」という昭和天皇の言葉がある。どんな草にも名前や役割があり、人間の都合で邪険に扱うような呼び名をつけるべきではない、という意味を持つ。山下さんはまさに、野草の名前や役割を人々に知ってもらうため、発信し続けている。

「知るだけで、『雑草』が『薬草』に変わるんです。野草の価値を知っているだけで、道端で抜いた草が道の駅で販売できる。自分の身近なものに価値を感じることで、住んでいる場所が好きになる。『雑草』という名前では、みんなスルーしてしまいますよね。野草の付加価値をどう見つけて、伝えていくかが大事なんです。食べ物にしても衣類にしても、今は無駄が多すぎます。使えるものを使わず、新しいものばかり取り入れている。雑草と呼ばれる『野草』を、無駄にするのではなく、価値を知ることでどんどん活用して欲しいんです。」

そう自身の活動について語る、野草研究家の山下さん。山下さんが持っている野草の知識量は底知れない。草木だけではなく、海藻なども把握しており、現在は自身の経験から得た、生活に活用できる身近な野草のレクチャーや観察会、野草を使った料理教室などを全国各地で開催している。人々のライフスタイルに結びつくハーブや、野草を使った化粧品や歯磨き粉を作成するワークショップなども人気だという。そのほかにも、オーガニック商品のプロデュースを行うなど、活動範囲は幅広く、テレビや雑誌にも引っ張りだこだ。山下さんにとって、野草の魅力とは何なのだろうか。

「野草は、私たちの身近なところで見つけることができます。本当に力強くて、どこにでも生えているので買う必要もありません。それが健康にもすごくいいときたら、知って損はないですよね。」

講座の様子。

講座の様子。講座では、植物図鑑に載っていない、実際の体験から得た情報や本に載っていないレシピ、時代背景、識別のポイントなどを発信している。

身体に良いものを突き詰めると、野草にたどり着く

野草の魅力を伝えることで、健全な食生活を実践する人間を育てる。そんな「食育」を行う山下さんの講座には日々、多くの受講者が集まる。これまでは50〜60代の受講生が多かったが、最近では若い世代の参加者が増えてきたという。新型コロナ感染拡大による健康意識の高まりや、家にいる時間が増えたことなどから、身体にいい「食」にこだわりを持つ人々が増えてきたことが背景にある。

「身体に良いものを摂取したいという想いを突き詰めると、植物の中でも『野草』にたどり着くんです。」

「栄養素が高い野草を日常の食に取り入れることで、免疫力や代謝も上がります。実は今、みなさんが日々の中で取り入れている『野菜』の大元は『野草』なんです。野草のアクと毒を薄めて、食べやすく改良したのが野菜。身近な例でいくと、ナスビやピーマン、レタスなどの大元は毒草でした。レタスの原種は地中海にあり、もともとは苦く、幻覚症状が発生するような毒が含まれていたんです。それを改良してアクがないものにしたのが今のレタス。つまり野菜は、人間が生み出した、先人たちの知恵なんです。」

アクがない野菜は毎日食べることができる一方で、野草と比べると栄養価も減ってしまう。日常に手間をかけずに「野草」を取り入れるためには、まずは普段の料理で使っている「野菜」を「野草」に変えてみることだという。「まずは種類が多いタンポポや、ヨモギがおすすめです。」と、山下さんは勧める。

タンポポ

Image via unsplash

古くからある日本の伝統を、継承していきたい

「みなさん、春の七草などは馴染みがあると思いますが、これまで日本には古来より引き継がれていた野草の文化がありました。しかしそれらは戦後に西洋医学やアメリカの食文化に切り替わっています。野草を広める活動を通して、多くの人に故郷や日本文化に興味を持ってもらい、地産地消を進めていくことが目標です。そのために講座の参加者には、まずは身近なハーブや漢方の魅力をお話しし、それらを入り口に、植物に深く興味を持ってもらっています。」

日本古来からある伝統的な野草や発酵、麹菌。そうした昔から日本にあり、代々続いているものを活動を通して守り、復活させたいという想いを持つ山下さん。今こそ、失われつつある文化に改めて戻る時期なのではないかと話す。

「田舎に住んでいたら田舎の魅力がわからないように、離れてみてよさがわかることってたくさんありますよね。戦後に西洋の文化などを取り入れてきた日本は、一旦日本独自の文化から離れました。一度他のものに触れたことで、今がまさに人々が日本独自の良さに気づいてきた頃だと思うんです。今こそ、過去の文化を取り戻す時期なんです。」

野草に興味がある人を増やしていくために山下さんは、あまり馴染みのない野草を「健康」「美容」「歴史」など、他の身近なものと結び付けることによって、多方面から野草に関わる人を増やしているという。

「僕、植物の歴史も大好きなんです。日本の歴史と野草は、実は絶対に紐ついているんですよね。明治以前は特に、そもそもの私たちの生活の基盤に薬草がありました。『薬草を知っていれば国を制する』と、言われていたほど、健康体でいられることが大事だったんです大事だったんです。歴史上の人物も、地位が高ければ高いほど、野草に興味がある人物は多いんです。秀吉も信長も空海もみんな、薬草が大好きでしたから。」

野草を使った食事会を開催している

野草を使った食事会を開催している

「知ること」で、多様性を守れる

野草研究科として活動して6年目の山下さんだが、自然の近くで関わり続ける山下さんだからこそ感じている問題があるという。それが、「食害」だ。

いま、シカの個体数が増加している。放棄された農地が増え、草木や低木が餌資源となったり、地球温暖化により積雪が減ったことで、シカが生息できる範囲が増えたりしたことが原因とされている。個体数が増えすぎてしまうことで、生態系や農業に及ぼす被害が深刻な状況になっているという。

「この前、屋久島に行ったのですが、生態系が乱れて悲惨な状況になっていたことに驚きました。綺麗な円系のはずの生態系は、媒介する虫など何か一つでも欠けてしまうと、ドミノ式にバランスが崩れてしまいます。それにより、普通では発生しない虫や菌が大量発生し、さまざまな問題につながっていくのです。」

「生態系に関しては、農薬も問題です。日本は世界一農薬を使っている国です。園芸業界で一番使われているのが、植物を殺す薬ですからね。土が侵されるとすべて侵されてしまいます。いま、それに気づいて自然農を始める農家さんが増えているように、オーガニックでうまく植物と付き合う必要があります。何事も、昔から使っているものだからといって、いいわけではありません。情報を鵜呑みにするのではなく、立ち止まって一度自分で考え、実際に調べて納得がいった方法を進めていかなければいけません。」

このままでは、子どもたちが多様な植物を楽しめない世界が来てしまうかもしれない──山下さんは、ここ数年の異常気象に対して警鐘を鳴らす。そして生態系を守るために重要なのは「きちんとした知識を持つこと」だという。

「知識がないと、ビルや建造物を作るときに伐採してしまい、どんどん希少種が減ってしまいます。人間に知識がないことで破壊されてしまっている自然があまりにも多すぎます。みんなが正確な知識を持って、環境を守ることが大切です。「国語」「社会」「理科」「薬草」、のように教育に取り入れてもいいくらいではないでしょうか。」

「好きなもの」が、世界を広げてくれる

植物に対する愛で溢れている山下さんが尊敬してやまないのが、植物学者の牧野富太郎だ。

「牧野さんは植物への情熱がものすごく、家の壁や床が抜けるほどの植物の標本を持っていたそうです。明治時代の植物学者は堅い方が多いですが、彼はとてもおしゃれな洋服を着て、『植物は恋人だから、恋人に会いに行く気持ちで正装している』と語っていたほどです。あそこまで、好きなものに対してまっすぐになれることがすごい。ああいうおじさんになれたら、人生良かったと思うんでしょうね(笑)」

「好きなものがあること自体も武器だと思います。何か一つでも好きなものがあったら、それは自分の軸になって、何かあったときに自分を救ってくれます。そして、好きなものは芋づる式にあらゆることとつながり、自分の世界を広げてくれるんです。僕は、植物経由で宗教を調べたり、歴史を学んだりと、植物のおかげで色々なことと関連付けることができて知識を増やすことができました。植物のおかげで、人生が面白くなっていることを感じます。」

そんな山下さんは現在、保育園や小学校でも毎月、野草の講座を開き、子どもたちと一緒に植物観察や料理を行うことで、植物好きをどんどん増やしているという。

「最近、保育園の子どもたちにも、植物オタクが増えてきています。好きになるものは何でも良くて。何かしら自分が好きなものにのめり込める子どもたちが増えたら嬉しいです。『好きなものを見つける』というのが、僕の講座での裏メッセージなんです。」

そんな山下さんに、最後に「野草を通して、これからやりたいこと」を聞くと、ワクワクする答えが返ってきた。

「野草の魅力を、『若者』にどんどん伝えていく活動はまだまだ続けていきますが、日本の植物を体系化して、北から南までのっている図鑑を40歳までに完成させたいと思っています。やるならとことんやりたい。あとは新型コロナが落ち着いたら、海外とのつながりも広げ、日本の文化を伝える活動もしたいです。野草は僕にとって、一生を費やしてもいいと思っているほどライフスタイルの一部になっています。掘っても掘ってもたどり着かないくらい奥が深い植物を、これからも守っていきたいです。」

山下さんと受講生の方々

山下さんと受講生の方々

編集後記

私たちにとって、野草はあまりにも身近な存在すぎて、その姿を気にも留めなかった人も多いだろう。しかし、野草の中には、漢方でも珍重されている薬草なども多く含まれている。そんな野草の価値を発掘する山下さん。これほどまでに野草を好きになったきっかけは、自身の家庭環境が大きかったという。

「母が生け花をやっており、父が登山家でした。3歳のとき、母に生け花教室に行かせてもらったのですが、先生が面白い方だったのでやっていくうちに好きになっていったんです。普通の生け花って、チューリップや薔薇を生けるのが普通だと思いますが、その先生は実際に山に出かけて花を積み、野草を生けるタイプの生け花を教えてくれました。」

小さい頃から山下さんの身近にあった野草。山下さんの話からは、そんな大好きな野草を守りたいというまっすぐな愛が伝わってくる。そしてそれは何も山下さんが特別な経験をしていたわけではない。私たちの誰しもに、小さい頃にタンポポの綿毛で遊んだり、ヨモギの葉っぱの匂いを嗅いだりした経験があるだろう。そんな実は身近にある野草に、もう一度目を向けてみるのは、案外簡単かもしれない。

取材の中でも山下さんが繰り返し話していた、「知ること」の大切さ。その名前を知るだけで、歴史を知るだけで、効能を知るだけで、愛着が湧き、大切にしたくなる。身近な野草が「雑草」ではないことに気づいたら、日常の景色が違って見えるかもしれない。

【参照サイト】 【公式】ハーブ王子 山下智道 ファンサイト
【参照サイト】 シカが日本の自然を食べつくす(環境省)

FacebookTwitter