日本の海岸線で、近年目立つようになった光景がある。かつて豊かな海藻が広がっていた場所が、今では岩肌がむき出しになり、生き物の気配が薄れる──これは「磯焼け」と呼ばれる、沿岸の海域で海藻が著しく減少する現象のことだ。磯焼けが今、沿岸部の生態系に深刻な影響を与えている。
磯焼けの影響が顕著なのが藻場(もば)である。藻場とは、昆布やワカメ、アマモなどの海藻・海草が密集して生育する場所のことで、「海のゆりかご」とも呼ばれる。1990年には約34万ヘクタールあった藻場は、2017年には17万ヘクタールにまで減少。これは、1年間に東京ドーム約1,200個分の藻場が失われているのだという。海藻が失われることで、魚や貝類の生息環境が悪化し、生態系全体に大きな影響を及ぼす。磯焼けが進むと、藻場を頼りに生活する魚介類の数が減少し、漁獲量の低下を招くため、漁業にも深刻な影響を与えるのだ。
海の資源が急速に減少する中、私たち陸上に暮らす人々はその変化を実感しにくい。これまで日本を含む各国で藻場の再生が試みられてきたが、費用対効果の問題や持続性の難しさから十分な成果を上げられていない。そこで、海藻を含む海洋生態系の調査や教育・啓蒙活動を通じて、より実効性のある解決策を見出すため2023年に設立されたのが、一般社団法人グッドシーである。
同社は、磯焼けによって減少した海藻を採取・研究し、環境負荷の少ない陸上栽培と海面栽培の両方を活用して海藻の再生を図る。今回は、公益財団法人日本財団の支援により2024年12月に開催されたグッドシーの調査報告を取材した。

Image via グッドシー
磯焼けはなぜ起こるのか?原因と、藻場の役割
そもそも、磯焼けはなぜ起こるのか。グッドシー理事・蜂谷潤氏は、これには複数の要因が関係しており、沿岸開発や水質の悪化、気候変動による水温上昇が挙げられると説明。特に近年問題視されているのは、藻食性の魚やウニによる食害の影響だ。温暖化によってこれらの生物の活性が上がり、藻場を食い尽くしてしまうことで、海の生態系が大きく変化しているという。
本来、藻場は、海の生態系を支える重要な基盤である。魚や貝などの生き物たちの命を育む場であり、産卵場や幼魚の生育場として機能するのだ。それだけでなく、水質を浄化し、海水の透明度を向上させるほか、光合成によって酸素を供給する役割も果たす。最近は、二酸化炭素を吸収し、炭素固定を行う「ブルーカーボン」としての機能も注目されており、気候変動の緩和にも貢献すると言われている。

グッドシー理事・蜂谷潤氏
「養殖藻場」という新たな挑戦
磯焼けによる藻場の減少を食い止めるために、行政や漁業者はウニの駆除や防護ネットの設置などの対策を講じてきた。しかし、これらの方法はコストが高く、広範囲での実施が難しいという課題があった。そこで新たな解決策として注目されているのが、グッドシーが命名した「養殖藻場」を作ることである。養殖藻場とは、海藻をロープや籠を使って育て、魚やウニの食害を回避しながら藻場を再生することをいう。
養殖藻場で本当に生き物が増えるのだろうか。グッドシーは、この養殖藻場の可能性に着目し、北海道、愛媛県、熊本県の3拠点で調査を実施。海藻が存在することで、空間を立体的に活用することが可能になる。それにより、海藻表面に堆積物や珪藻等が新たに出現したのだ。結果、藻場の再生だけでなく、魚類の個体数増加などの生態系回復にも寄与することが確認された。具体的には、養殖藻場内では魚類の個体数が最大36倍に増加し、ヨコエビ類の個体数が最大2億個体増加するなどの成果が得られたという。
天然藻場面積は、1年あたり6,000ヘクタール減少するとの試算だ。この減少面積を、仮に養殖藻場として活用して広げることができれば、最大1,800万個体の魚類個体数を生むことにつながるという。これは、養殖藻場が単なる海藻の増殖にとどまらず、海洋生態系全体の再生につながることを示している。

Image via グッドシー
そしてこの未来を実現させるためには、海藻生産の効率化と海藻の付加価値化を進めながら、漁師に産業として養殖藻場を広げてもらうこと、さらに漁師だけでなく、業界を超えた養殖藻場拡大がカギとなってくる。
「海藻の消費量を増やすこと」の重要性
海藻は単なる水産資源ではなく、幅広い分野での活用が期待されている。「農水省のデータによれば一人あたりの海藻の消費量は28年間で50%減少しているというデータがあります」と、グッドシー理事兼、合同会社シーベジタブル共同代表の友廣裕一氏は話す。

グッドシー理事兼、合同会社シーベジタブル共同代表の友廣裕一氏
そこで議題に上がったのが「海藻の消費量を増やすこと」の重要性だ。食材としての需要拡大に向けては、生産性を高めてコストを下げる必要があるため、そこに向けて2024年11月には、シーベジタブルとパナソニックHDとの共同実証も開始。このような技術的な協業に加えて、消費を広げていくという点でも企業との協働が進んでいるという。
パナソニックの社員食堂では、海のネイチャーポジティブにも配慮し、大阪府門真市の本社内でシーベジタブルの海藻を取り入れたメニューを導入した。これは健康経営の一環として注目されているだけでなく、日本の同規模の企業が同様の取り組みを行い、1食あたり25グラムの海藻を含むメニューを1日4万人が摂取すると仮定すると、単純計算で1日あたり約1トンの海藻需要が生まれることになる。これを年間100日実施すれば、100トンの海藻消費が見込まれ、持続可能な市場の創出につながると期待されている。

Image via グッドシー (c)Nathalie Cantacuzino
海藻の新たな可能性。食材だけではない新たな「出口」も模索
また、海藻は食用以外にも多くの可能性を秘めている。海外では、海藻由来のバイオプラスチックや、化粧品原料、栄養補助食品などの開発が進む。日本でも、海藻を活用した新たな市場を創出することで、持続可能な産業としての成長が期待できるかもしれない。
「海藻の養殖は農業に近い」と言われるのは、漁業のように自然の環境に左右される不確実性が比較的少なく、計画的に生産できるためである。漁業では魚の回遊や天候などに左右され、収穫量が大きく変動するが、海藻養殖では設置と収穫のプロセスを管理することで、安定した生産が可能になる。特に、海藻は種苗の設置後、海の栄養素を吸収しながら成長するため、魚のように餌を与える必要がないという利点もある。そのため、漁業者が従来の漁業に加えて、副業的に取り組むことも可能になってくるのだ。

パネルディスカッション「自治体や組織による海藻活用の可能性について」
海藻養殖は単なる漁業の補完ではなく、地域経済の活性化にもつながる新たな産業としての可能性を秘めている。特に過疎化が進む沿岸地域では、新たな雇用創出の手段としても注目されており、持続可能な形で産業として根付くことが期待されているのだという。
磯焼けは、日本の海にとって深刻な課題であり、その影響は漁業や生態系にとどまらず、気候変動や地域社会の存続にも関わる。海藻を増やし、持続可能な漁業を実現するためには、養殖藻場の導入、消費拡大、産業構造の転換が不可欠だ。海の未来を守るために、今こそ行動が求められている。
【参照サイト】海藻の海面養殖による生態系への定量調査報告書「GOOD SEA Future Report」を公開
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