若者を中心に賑わうイーストロンドン。古着のマーケットやカフェ、古書店、レコードショップなどが建ち並び、街のいたるところにストリートアートを見ることができる。その混沌とした美しさから「街全体が芸術品」と称されることも。アートやデザイン、イノベーション分野の企業も多く拠点を構える、今ロンドンで最もホットな場所の一つだ。
そんなイーストロンドンで、食のシーンを牽引するのがSilo London(サイロ ロンドン)だ。Siloは今までイギリス国内でも多くのメディアで取り上げられてきた、世界初のゼロウェイストレストラン。フィンランドの著名なゼロウェイストレストランであるNollaも、創設時にSiloのコンセプトを参考にしたという。
Siloは設立からどのような道筋を辿ってきたのだろう。そしてなぜ彼らはこんなにも注目され続けているのだろうか。その背景を探るべく、2021年11月に7年目に突入したSiloについて、創設者のDouglas McMaster氏にお話を伺った。
世界初「ごみ箱のないレストラン」の誕生秘話
Siloが誕生した2014年、世の中には「サステナビリティ」「ゼロウェイスト」という言葉が今ほどは浸透していなかった。そのような状況で、Siloのコンセプトはどのように誕生したのか。その背景には、Douglas氏の友人からの問いかけがあった。
「『ゼロウェイストのレストラン』というアイデアは僕自身のものではないんです。あるとき、アーティストで私の友人でもあるJoost Bakkerに『レストランでごみ箱を持たないことってできるかな?』と問いかけられました。そのときは『うーん、どうなんだろう……』って。正直わからなかったですね(笑)でも、実際にやってみようと思ったのです。農家との直接取引をすることで、店内で食品ロスや包装などのごみを出さないことはもちろん、食品はコンポストにし、『無駄』を一切出さないようにする。それがSiloの挑戦のはじまりでした。」
そんなSiloもいまやロンドンで有名なレストランとなった。8名のシェフ、5名のホール担当、3名のショップ店員(※Silo Londonにはローウェイスト・ショップが併設されている)、3名のマネージャーのチームで運営されている。
5年目のSiloをブライトンからロンドンへ移した理由
設立当初は、ロンドンから電車で1時間ほどの港町であるブライトンに拠点を構えていたSilo。ロンドンに店舗をつくることはDouglas氏の念願かなってのことだったという。
「ずっとロンドンに店舗を持つことを夢見ていました。私はロンドン出身ではないのですが、最初にイーストロンドンに引っ越して来たときからこの街に惚れ込んでいたのです。イーストロンドンは、クリエイティビティ、アート、イノベーションの街で、こんな雰囲気の場所でレストランをやりたいとずっと思っていました。
でも、ロンドンはとにかく高いんですよね。私は26歳のときにSiloをオープンしたのですが、イーストロンドンに店を構えるほどの、金銭的な余裕はありませんでした。ブライトンはロンドン近郊にありながら、手の届く価格だったので、まずはブライトンでのオープンを決めたのです。
ブライトンでの5年の賃貸契約が終わるころ、人々がSiloに寄せる関心・期待はオープン当初とはまったく変わっていました。ファンも増えましたし、投資も増えました。『イーストロンドンに店を開くなら今だ』と思い、2年前この街に移ってきました。」
肌で感じた「ゼロウェイスト」に対する人々の価値観の変化
ブライトンで5年、ロンドンで2年──「どちらも素晴らしい時間だった」と語るDouglas氏。Siloに訪れる人々や自身の周りで交わされる会話を見聞きするなかで、社会の変化をはっきりと感じたという。
「7年前はゼロウェイストにすること自体がすごく難しいことでした。すべての食材がプラスチックで包まれており、食品調達の段階で頭を悩ませていました。ブライトンの良かったところは、街が自然の隣にあることです。海の側でもありますし、農園の近くでもあったため、農家とパートナーシップを組むなど工夫のしようがありました。そうしてやっとゼロウェイストにする方法にたどり着いたのです。
ロンドンとブライトンの客層の違いは正直あまり感じません。『場所』よりも『時間』の要因の方が大きいと思います。お客さんの反応から時代の流れを感じますね。サステナビリティに関する会話は7年前より格段に増えました。グレタ・トゥーンベリやデイビッド・アッテンボロー(※イギリスの動物学者・プロデューサー)らは、環境問題や気候変動を私たちの身近なものにしてくれましたよね。いまやどこでもカジュアルに環境のことが話されているように思います。
その結果、ブライトンで苦労していたマーケティング・プロモーションも、今はかなり楽になりました。みんな環境の問題に気付き始めて、そんなにプロモーションをしなくてもお客さんが入ってくれるようになったんです。『自分も変化の一部になりたい』と思って、Siloに来てくれる人が多いのはありがたいことですね。」
Silo Londonが大切にする「自然とのつながり」
Financial Timesのインタビューで「自然とのつながりが大切」と述べていたDouglas氏。Silo Londonではどのようにそうした「つながり」が大切にされているのだろう。
「明確な自然とのつながりの『体験』があるわけではないのですが、直感的に大切だなと思っています。私たちは自然の一部です。もし私たち自身を自然の『外部』に位置付けて、無責任な行動をしたとしたら、私たち自身の生活環境を破壊することになり、当然未来もなくなります。それがロジカルにも感覚的にも自分のなかにずっとあったのです。
ロンドンにいても自然とのつながりは意識していますね。Silo Londonで使われている食材はすべてロンドン近郊で収穫されたもので、食材はそれぞれすべて異なる農園から来ています。ケンブリッジから来ているものもありますし、ケントからきているものも、サセックスから来ているものもあります。ブライトンとロンドンはそんなに遠くないため、ブライトン時代と同じ農家と契約して使っている野菜もあります。」
Siloのサステナビリティの鍵は「質」
ブライトンからロンドンに移転してからも、多くの人に愛されているSilo。新型コロナによるロックダウンの影響はもちろん受けたものの、規制解除後は元どおりにお客さんが入るようになったという。より広い範囲の人々に受け入れられ、愛される秘訣について、Douglas氏はこう断言する。
「鍵となるのはとにかく『質』です。私があなたにあまり美味しくないサステナブルな料理を提供したとしましょう。あなたは『今回は美味しくなかったから、他のサステナブルな料理を試してみよう』と思うでしょうか?大概の人は次回から『美味しくて、サステナブルじゃない料理』を選択すると思うのです。そのあたりがお客さんの五感に訴える料理の世界のシビアなところでもあると思います。」
「Silo Londonのミッションは『サステナビリティをハイクオリティにすること』です。ダイニングルームのインテリアも、料理も、人も、すべてSilo Londonでのサステナビリティを高品質なものにする要素なのです。それがお客さんに来続けてもらう秘訣でもあると思いますね。私たちが成功したら、他のレストランが真似をするかもしれません。そうやってレストランのなかでサステナビリティが広がっていくのもいいと思います。」
Silo Londonの扉は、サステナビリティに関心のある人だけに開かれているわけではない。たとえサステナビリティに関心がなかったとしても、美しい料理を楽しむことで環境に関して興味を抱く可能性が秘められているのだ。
レストランの内装のこだわり
美しい料理はもちろん、実際に店舗に入るとあたたかみがありながらシックな内装が目を引く。実はこの内装もDouglas氏はじめ、スタッフのこだわりがつまったものだった。
「Silo Londonのインテリアは二つの種類の素材で作られています。一つ目は『再生可能な自然素材』、二つ目は『ごみ』です。例えばこの床はコルクでできています。このコルクは『再生可能な自然素材』ですね。」
「バーカウンター・受付デスクはごみをアップサイクルしてできています。このライトも、廃棄されたワインボトルからできているのです。」
「お客さんがコートをかけるためのワードローブも造作家具なのですが、一切の金属をつかっていません。またのりも使っていません。ただ木材のかみ合わせでパーツを合体させているのです。日本では古くからある技術ですよね。料理だけではなく、あらゆる要素がサステナビリティを体現しているというのが私たちのこだわりです。」
サステナビリティは「生活そのもの」。スタッフとの日常会話こそが大事
インタビューに訪れた午前中、店内やキッチンでは穏やかな表情で楽しそうに会話をするスタッフたちの様子が目立った。そもそもサステナビリティに関心のある人が多く参加するというSiloだが、どのようにスタッフの間で「サステナビリティ」に関するアップデートを行っているのだろう。
「Siloは自然について、プラスチックについて、包装について、私たち自身の生活について、話し、読書をして学び、実行するためのコミュニティだと思っています。サステナビリティとは、毎週の定例会議で『さあ、今日は環境についての話をしよう!』といって浸透していくものではなく、私たちの生活そのものです。だからこそ、日常的な会話を大切にしています。Siloで織り成されるどんな小さな会話も、そうした本質的なサステナビリティにつながっていると思います。」
そしてこのチームこそが、Douglas氏がサステナビリティを実現するために楽しく働き続けられる秘訣であるという。
「私が楽しく仕事をできている秘訣は間違いなく『人』です。Silo Londonで働く人々を家族のように大切にしていますし、お互いのことをケアし、一緒にSiloのコンセプトを育んでいます。それが私にとって一番のモチベーションになっていますね。ときには、『そのアクションはあんまり良くないね』とお互いに指摘しあうこともあります。そうした積み重ねによって、サステナビリティがゆっくりですが、たしかに育まれているように感じます。」
Silo Londonの新たな挑戦
今年で設立から7年目を迎えたSilo。今後はどんな新しい挑戦を見せてくれるのだろう。
「実は料理教室を始めようとしています。料理教室といっても、場所を使って開講するものではなく、オンライン上のコミュニティです。『どうしたら自宅でゼロウェイストクッキングができるか?』などノウハウを紹介した動画をInstagramを中心に配信しています。まだスタートしたばかりですが、オンラインの対話を通じても、新しいゼロウェイストカルチャーを育んでいきたいと思っています。」
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編集後記
すべての問いに対して穏やかながらも、迷いなく答えてくれたDouglas氏。その話しぶりからSiloが経験してきた7年間に対する自信と、そこに携わった人々を愛おしむ気持ちが感じられた。
近年「サステナビリティ」が特別なもののように取り上げられているが、私たちの食べるもの、着るもの、住む場所、そのすべてが本来自然に紐づいている。本当にベストな状態で衣食住が成り立っているのか、自分は現状を気持ちいいと感じているか。そうしたことを仲間とともに問うていくこと自体がサステナビリティの本質なのではないだろうか。Silo Londonのメンバーのコミュニケーションを見聞きして、そう感じた。
【参照サイト】Silo London
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