私たちを盲目的にさせているものは何か。気候危機時代に考え直す、“命のための経済”

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私たちが、つい忘れがちなことがある。それは、人類のつくった社会は、地球の生態系の中で「一つのシステム(系)」であり、他の自然や生態系と支え合ってできていることだ。

2021年1月に世界経済フォーラムから出された「グローバルリスクレポート(2022)」において、気候危機はトップリスクの問題として認識された。この問題を生み出している原因は、生態系と共存することを忘れた私たちの社会システムだ。この社会システムを変革させるために、今なにができるだろう。

2022年1月22日から23日にかけて、ワークショップ 「& Climate(アンド・クライメート)」がオンライン開催された。ここでは、心や文化など目に見えないものも含め、環境学、組織開発、食べもの、身体、金融、国際協力、意識の発達理論、地域での実践事例など、さまざまな観点から社会システムを捉える。そして対話をしながらシステムチェンジのための”ツボ“と”つながり“を探り、自分からはじまる行動の一歩を見つけていくことを目指す時間だ。

本記事では、イベントの分科会『リジェネレーション-全ての行動と意思決定の中心に命を置く考え方』での、鮎川 詢裕子さん(株式会社クラリティマインド代表・ドローダウン・ジャパン・コンソーシアム共同代表)によるトークを中心に取り上げていく。

行動の意思決定の中心に命を置く「リジェネレーション」

イベントには、環境活動に参加する人、ドローダウンや気候危機に興味がある人、「中心に命を置く」というキーワードに惹かれたという人、多様な属性の21人が参加した。

イベントには、環境活動に参加する人、ドローダウンや気候危機に興味がある人、「中心に命を置く」というキーワードに惹かれたという人、多様な属性の21人が参加した。

鮎川さんの話のキーワードは、「ドローダウン(温暖化の逆転)」と「リジェネレーション(再生)」だ。

ドローダウンとは、環境活動家ポール・ホーケン氏が始めた、温暖化を逆転させるためのプロジェクトである。温室効果ガス排出量を減少させるために何をすることが効果的で、2050 年までの30年間でどれくらいドローダウンが達成できそうかをはっきりさせる、という目的のもと立ち上げられた。CO2の削減量や、新たなツールの導入コストなどを数値化している。

プロジェクトの中では、次のような分野の解決策がデータとともに紹介されている。

  1. エネルギー:特に陸上風力タービンとさまざまな規模のソーラー
  2. 食品廃棄物、農業、土地の修復:食品廃棄物の削減、肉の摂取量の削減、泥炭地の再生、土壌炭素の保護、森林の再生、慣行農業の転換、劣化した生態系の回復
  3. 産業:冷媒の管理、代替セメントへの切り替え、リサイクル、バイオプラスチック
  4. 建物:断熱材、太陽熱暖房、木造建築
  5. 輸送:改良された公共輸送、電気自動車、鉄道

そして、この「ドローダウン」の続編として提唱されたのが「リジェネレーション」である。これは、すべての命に息吹を吹き込む生き方であり、あらゆる意思決定の中心に「命」を置くアプローチだと説明された。英語ではリジェネレーションに関わる解決策のネットワークがあり、日本ではこの考え方をまとめた翻訳本が出版されている。

私たちの目的は、気候危機を終わらせることだけではない。生態系の回復や、漁業や農業の活性化、格差の解消などに取り組み、持続可能なエネルギーシステムやまちづくりなど、共につくっていくことも目指す考え方だ。

経済のための命か、命のための経済か

リジェネレーションに関する翻訳本の中では、「今日私たちが個人として、産業として行っていることは、命を消費し、自然を退化させることなのではないか」といった問いを投げかけている。現状、環境団体や人権団体からは、企業活動によって環境破壊や人権侵害が起きていることが報告されている。

私たちがその事実に向き合っていくことこそが、本質的な解決へと踏み出すための一歩なのではないか。説明のあと、この問いについて話す少人数でのグループ対話ワークが展開された。

Regenerationサイト

「Regeneration」英語のサイトでは何ができるか、とてつもない数の行動リストとともに参考リンクが掲載されている

対話では、この「私たちの行動が命を消費している」という状況に対し、私たちはなぜ盲目的になってしまっているのか、盲目的にさせているものは一体何なのか、という問いが参加者から出てきた。

それに対し、「資本主義が当たり前」という価値観が出来上がった時代に生きてきたからこそ、そこへのコンプレックスから解放されずにいる状態が、気候危機問題をそこに居続けさせているのではないか。また、「命を守るためにつくられた経済」ではなく「経済を守るために命を使う」という、手段と目的が逆転してしまっている状態が、私たちの盲目をつくっているのではないか、という意見が出た。

“人が本来の命の輝きや尊厳を取り戻す” 人間活動とは?

日本でもさまざまな気候危機対策が展開されているが、「そもそも何のためのカーボンニュートラルか?」「すべての活動は何につながっているのかを、意識しながら行う必要があるのではないか」という意見も出た。

鮎川さん「個人が企業に 『あなたたちの活動によって、こんな風になっているよ』とフィードバックしていく必要がある。それによって企業は気づくことができる。それは、コミュニケーションであり、コラボレーションでもある。日本は調和を重んじる国ですが、このような状況においては、この世界を愛するためにも勇気をもって真実を伝えなければならない時代にいる。環境活動家ポール・ホーケン氏もそう話しています」

鮎川さん

鮎川さん「リジェネレーションの観点において、気候危機の活動は追加でするものでなく、事業や活動を行う上での目的と前提に置くものです。事業においてそれが現れるのが、損益計算書の最初の項目だといわれています。部分的な活動ではなく、全体を見ることが重要です。私たちが経済や事業のあり方を見直し、人としての本来の尊厳を取り戻す必要があるのです」

リジェネレーションの翻訳本の中には「気候危機は科学的な問題ではなく人間の問題で、人々やすべての生き物への尊敬にかかっています」とある。経済システムの一部となってしまっている文化と、それに影響されている私たちの価値観。まずは、私たち自身の問題に向き合うことこそ、気候危機解決の本質なのではないか。

【参照サイト】Regeneration
【参照サイト】The Drawdown Review
【参照サイト】‘Project Drawdown’ report says we’ve already got the tech to reach negative emissions by 2040s
【参照サイト】気候危機を一世代で終わらせるために、今、私たちにできること
【関連ページ】リジェネレーションとは・意味
Edited by Kimika

寄稿者プロフィール:松尾沙織(まつお・さおり)

ライター・ファシリテーター。震災をきっかけに社会の持続可能性に疑問を持ったことから、現在はフリーランスのライターとしてさまざまなメディアで「SDGs」や「サステナビリティ」を紹介する記事を執筆。SDGsグループ「ACT SDGs」立ち上げる他、登壇、SDGs講座コーディネートも行う。また「パワーシフトアンバサダー」プロジェクトを立ち上げ、気候変動やエネルギーの問題やアクションを広める活動もしている。

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